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2026/01/30

■ 農家の積雪期の剪定作業にはぜひスキーを


画像は、りんごの"樹氷"。美しいです...

  ...などとは言いたい気分にならないのが、りんご農家ではないでしょうか。

 この光景は、農家にとっては、今にも雪の重みによる"枝折れ", "幹割れ"が起きつつあるのが一目瞭然で、心が痛む図だと思います。

 りんごなどの果樹の樹形は、陽の光をまんべんなく浴びやすく、花と実の着きを良く、かつ作業性を良くするため、低い地上高で枝が十分横に広がる"噴水型"樹形になるよう、"矮化"栽培がなされてきました。

 結果として、積雪地に生息する針葉樹のような雪に耐える構造から離れ、雪の重みには極端に弱い形に変化させられたことになります。

 その歴史はやむを得ないアプリオリなものとして受け入れ、どんな対策が考えられるかですが、積雪地にて林檎や梨や桃を"矮化"した果樹で栽培するのであれば、積雪期間は、マメに巡回して枝の雪落としをするしかないでしょう。積雪地の住宅の屋根の雪下ろしみたいなものでしょうか。

 この際に大きな障害となるのが、そもそもりんご畑のなかには、積雪のせいでたどり着けないことです。

 個人的に何十年も思っていることですが、農家の積雪期の剪定作業には、スキーを用いるわけにはいかないのでしょうか?

  現時点まで、"かんじき(スノーシュー)"が伝統的に用いられています。が、履いて雪上をあるいてみたことはありますか?

 普及しているのは、ホームセンターで売っている数千円のプラスチック製のものです。

 が、1) あるきづらい、2) 割れやすい(ひと冬か数シーズンで使い捨て)、の2点で、致命的な欠陥商品です。数歩あるくだけで体力の消耗は大きいです。ただ、安さゆえに購入され普及していますが、使う農家は、上の2点のせいで、気が重く、冬は畑に足が向かず、作業がはかどらずに滞り、結果として毎年多かれ少なかれ積雪被害を被る宿命となっている図式です。

 私は軽量で高速移動可能な競技用のスノーシューも持っていますが(🔗2025/1/5)、競技用なら軽く速く少しラク、でも高額。とは言え、農家には、歩荷(ぼっか)するという、競技とは別の目的があります。いずれにしても移動の速さや容易さは、スキーと比べられるような快適さではありません。

 他のアプローチ手段として、スノーモービルや除雪機もありえますが、積雪は、1m2mと新雪が累積していくとすれば、両車両のクローラ(キャタピラー®)は、新雪上で空転し、車両は前に進まずに下にのめり込むばかりです。また、サイズが農作業にはデカすぎ、価格が乗用車並みと高すぎる点もナンセンスでしょう。

 深雪の果樹園に容易に進入できるベストな移動ツールは、"あるくスキー"だと思います。作業の樹木群まで雪原をスキーで歩荷しつつアプローチし、作業現場ではかんじきで雪落としや剪定をする、というわけにはいかないのでしょうか?

 長いスパンで見て、普及する日が来ることを願っています。

2025/12/19

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-4 -理解できそうに...

井沢元彦『逆説の日本史』
14 近世爛熟編

この30年間で飛躍的に進歩した日本史研究。50歳台より上の方が学校で習った'かつての日本', '知っていたハズの日本'とは、まるで異なる背景をもった'日本'に、実は生きてきたのですよ。70代80代90代の人は、あのときの知識が更新されないままであれば、過去に幻想を抱いたまま消えゆく世代かもしれませんが、この情報化時代を活用してまだまだ新しいいきいきとした世界がこれから開けると思います。

 20年以上前なら単行本で高額だった井沢元彦の『逆説の日本史』。"日本の歴史を創るのは「言霊、和、怨霊、穢れ」への無意識の信仰"という基調に惹かれ、読むともなく手に取ってきましたが、 2010年代に文庫本化され、けっきょく今日まで全26巻を手元に置いて読んでいます。未だ完結していないのですが、もはや中公文庫-堀米庸三他『世界の歴史』16巻、井上光貞他『日本の歴史』全26巻など、大学生の頃に古本屋で揃えて読んだ大著に匹敵する巻数となっています。

 芝居『忠臣蔵』に対する個人的な違和感をスッパリと解消したのが、井上の14巻-『近世爛熟編』でした。

 吉良による浅野への嫌がらせの複数の論拠が浅薄なことを始め、襲撃現場の詳細など、芝居やドラマで日本人が常識だと思っている『忠臣蔵』のデタラメな(つまり史実と異なる)ディテールを、一つ一つていねいに論証で覆しています。

 「だからどうぞお読みください。終わり」でいいんですが、要点を書き出すと;

 そもそも芝居『忠臣蔵』を、史実たる『赤穂事件』の再現だとする点が、多くの日本人の根本的な誤り。芝居は、事件から着想を得て庶民にウケるよう複数作家の手で改訂に改訂を重ねたまったくの創作。だから、"『忠臣蔵』は史実と異なるデタラメ"などと言っても無意味です。...この時点で、私は、自分の長年の勘違いを、膝を打って納得しました。別なんですよ。そういう発想をまずしなくては。

 芝居の襲撃場面と、歴史的資料に基づく襲撃場面は異なる。いかなる一次史料にあたっても、朝廷からの勅使到着、それも"ご予定より早いご来城"の情報を得て、江戸城内における準備の慌ただしさはピークのはずで、芝居のような、吉良による浅野への直前のあのねっとりした挑発という目撃証言は存在しない。

 しかも実は、この度の朝廷勅使接待は、恒例のもの以上の重大さがあった。綱吉が、朝廷に対し、母桂昌院に、女性では史上前例のない、"従一位 (摂政関白クラス)"を拝命しようとかねてより重ねて大運動展開中のところ、その正式な会見となるはずのものだった。この'プロジェクト'に際して、総責任者たる吉良が、部下に嫌がらせをしたり恥をかかせたりして、勅使接待を失敗に終わらせる意図など介在の余地はないはず。

 襲撃の模様も異なる。浅野(33歳)は吉良(60歳)を、突然背後から肩口に切りつけ、驚いて振り返ったところ顔面正中から切り、逃げようとした背後からさらに2度切った。その時点で梶川に羽交い締めにされて制止された。

 浅野は大名=藩主であり、幼少時より武芸の訓練を得た壮年。一方、吉良は旗本として大小を挿すことも慣れないような本丸出仕の中央官庁の官吏であり、老人である。浅野は背後から、殺意を持って老人を襲うという、殺人方法としては圧倒的に優位だったにもかかわらず、また、武士の戦い方としてはありえないほど卑劣だったのだが、4度も斬りつけたのに、絶命させることができなかった。

 殿中では小刀のみ帯刀を許されていたが、小刃の用い方は、『斬る』のではなく『突く』というのは武芸の基本である。また、城内の接待役たちは皆、勅使接待の場における正式装束の"大紋"着用、と同時にとうぜん風折烏帽子を着用していたが、これは型崩れ防止のために頭まわりの全周に鉄輪が用いられ、額を斬りつけても小刀で斬ることは当初より不可能である。

 この点は、事件当時の江戸市中の川柳でも揶揄され("初手を斬り 二手を突かぬ不覚さよ...")、明治期の乃木希典ですら、「斬るのではなく刺すのだ」と、襲撃手法の不可解さを露わにしている。

 その勅使到着の本当に数時間前の殿中での抜刀と刃傷事件で、赤穂藩の末路は明らかであるにも関わらず、藩主でありながら見境もなく行為に及んだ。

 判断力が欠落し、武道に劣り、人格的に卑劣...。

 綱吉が激怒して、みずから「浅野は即日切腹」を言い渡したのも当然すぎる結論だ。

 ついでながら、私にも、その判決"切腹"は、綱吉ならではの政治的温情、いや、武家政権のコペルニクス的転回にも近い発想だと思えてきます。

 井沢によると、平安貴族に代わって、暴力を政治力とする鎌倉武士団台頭以降の武断政治であれば、このような場面では、"切腹"でなく"打首"です。綱吉こそ、一連の社会保障政策である"生類憐れみ関連諸法"(🔗9/18)と"服忌令(ぶっきりょう)"で、暴力でも宗教でもなく、政治力によって統治体制を変えた、明治維新にも匹敵する支配体制の転換を遂げた将軍、という捉え方がなされています。

 さて、そもそも最大の疑問、「なぜ浅野は、見境もなく殿中にて襲ったのか」については、奇想天外な結論です。

 井沢は、歴史学者大石慎三郎、精神医学者中野静雄、大石神社社務所宮司飯尾精などのプライオリティを断りつつこれを引用して、"浅野は統合失調症(かつての'精神分裂病')もしくはその周辺の精神障害を持病としていた"、当時の表現で"癪を持病とし", "毎日薬持参で登城"という記録や結論です。

 あの刃傷の場で、いきなり猛り狂った'乱心'は、当時の一次資料にもあるようです。井沢はさらに歴史学者松嶋栄一による、刃傷事件の決裁の場を引用しています。綱吉が集めた5人の老中のうち3人は、浅野の'乱心'、つまり発作によるもので、今日の刑法・刑事訴訟法上の"責任無能力(心神喪失)状態"と見受けられるとして、綱吉に、最終的な処分の猶予を願ったとのことです。日頃の異常行動が周囲に知られていたのかもしれないですね。が、怒りの綱吉は座を立ち、奥にて、月番老中の土屋を呼んで、浅野の切腹を命じたとのいきさつがあります。

 この本で、いわば初めて、浅野という人物像の概要を少し詳しく知った気がして、また、長年のもやもやが意外にも収束した自分の気持ちを知って、放心した記憶があります。

 このくらいにしましょう。反発する方もいらっしゃるかもしれません。が、明らかになりつつある史実に接することの重要さに並行し、その一方で、芝居は芝居として、日本人の心に触れる作品へと長年に渡り洗練された芸術作品として尊重します。引き続き、さまざまな視点や立場と新たな史料から歴史書を楽しむ傍らで、芸術作品の訴える大きな情動や感動も、楽しみ続けたいと思います。

2025/12/18

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-3

赤穂城
赤穂観光協会Website

この芝居で、ストーリーを知った高校時代から理解不能だった点が2つ;

 最も不可解な疑問;殿中(江戸城内)で刀を抜いて刃傷沙汰を起こすと、"本人は切腹、その配下のお家は御取り潰し"という鉄の掟を知らない者は絶対にないはず。凶行に及んだ赤穂藩主浅野長矩だって百も承知だったではないの? 

 言葉による度重なる罵倒や遺恨にガマンしきれなくなって刀を抜き、その場で鬱憤を晴らすことができたとして、翌日以降、自分と赤穂藩はどうなるのか、藩主浅野に見境がつかなかったのはなぜか、という点です。

 第2の疑問は、"仇討ち"という表現です。一般に、仇討とは、親や主君が殺された場合、子や臣下に当たる者が、殺した者に、決闘を挑むことです。

 この芝居では、"主君たる浅野長矩が、吉良義央に殺され、この'仇討ち'を旧藩士四十七士が遂げた"ワケじゃなくて、どちらかと言えば発端たる事件の被害者加害者が逆転し、"主君たる浅野が、吉良を殺しそこね、四十七士は重ねて吉良を襲った結果殺した"というのが事件の経緯です。これは'仇討ち'のカテゴリーに入るのか、逸脱していないか、という点です。

 以上の2点、どう説明をつければ納得がいくかなぁと、以来ずっと、大学時代もその後も、12月14日になって"今日は討ち入りの日"などとお気楽モードな報道を耳にする度にもやもやとしてきました。

2025/12/17

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-2

忠雄義臣録第三 
歌川豊国三世画 1847

芝居『忠臣蔵』のストーリーのうち第1の事件『刃傷事件』の場面;

 加害者被害者両当事者は、赤穂藩主浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)と吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)。

 後者は高家旗本(高家肝煎)職なので、中央省庁たる幕府江戸城にて朝廷関連儀式を司る職で、定期的にある勅使饗応行事の実務を監督する。そのもとで、饗応役事務方は、各藩の持ち回り当番制。

 1701年の勅使饗応役は、播磨赤穂藩が選任され、藩主浅野長矩が江戸城に登城し、吉良の指示で立ち回っていた。言うなれば、中央省庁本庁の局長級の偉いお役人が、当番制でやってきた県知事に指示を出して、共同プロジェクトの遂行にあたっていたとでも捉えることができそうです。事件の4月21日は、勅使到着の当日。

 浅野は吉良から、日頃、ことあるごとに、田舎者扱いされ、恥をかかされ、パワハラ、嫌がらせ、イジメ、挑発を受けていた。

 その原因は、諸説によると、吉良の指導に対する浅野からの"指導料"たる献上進物(賄賂)が少ない、という短期的なものから、塩田における製法と販路と販売量を両者が競っていたが、赤穂藩が圧倒していた、という長年に渡る因縁まで、種々積層していたというもの。

 事件は、江戸城本丸御殿の中で、最も広く、かつ長いもので、障壁画として松が描かれていたことから、「松之廊下」と呼ばれていた場。 ここは、御三家、加賀前田家、越前松平家等の登城時の控えの間があり、幕府の権威を示す特に重要な儀式が行われる場。儀式によってはこの廊下で行われることもあり、当日はこの場に朝廷勅使が到着する直前であった。

 この時点で、芝居『忠臣蔵』と史実である『赤穂事件』とで、"傷害事件"である事件の時系列に食い違いはないようです。

 芝居『忠臣蔵』の描写によると;

言葉による挑発に耐えかねた浅野が、「吉良、待て」と声をかける。振り返った吉良の顔面に正面から一太刀浴びせ、額に流血。驚いて逃げようとするその肩口にさらに一太刀。膝から崩れ落ちる吉良。この時点で、現場にいた梶川与惣兵衛頼照によって、浅野は背後から羽交い締めにされて制止され、逮捕・拘引され、お裁きとなる。

 この、襲撃行為の描写に、芝居と史実とで大きな喰い違いがあるようです。

2025/12/14

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-1

江戸城本丸 松の廊下 
(模型 都江戸東京博物館)

12/14は"赤穂浪士討ち入り事件の日"。

 毎年この日になってニュースなどの話題に"今日は『忠臣蔵』の日"なんてのを耳にする度に、もやもや感が...。

 人形浄瑠璃・歌舞伎から現代のお芝居に至るまで、最も有名な伝統的芝居です。

 一般的には、彼らの"主君の仇討ち"行動は、"忠義"に基づいた、人としてあるべき"義挙"として、日本人の琴線に触れるような称賛される見解が優勢です。日本の文化や価値観において広く"美談"として受け止められている気がします。

 いま、あなたも私も、「暴力は/自力救済は/決闘は、現代の民主主義国家では禁止されて...」という現代法をひとまずおいて、武家社会に身を置いてみるとすれば、古来日本人の儒教的価値観に基づき、"肉親と主君の仇討ちは、忠義で美しい行為"ということをいったん疑義なく肯定するとします。

 討ち入った"赤穂浪士"は、"主君を自死に追いやった敵を、討ち倒し、亡き主君の無念を晴らした"。上の価値観に適合しそうです...。

 じゃ、その"敵"って、"主君"を殺したんですか? どんな殺し方をしたんですか。だから"仇討ち"という報復を遂げたんですか?

 主君が自ら死なざるをえなくなったいきさつを知って、激しい疑問が沸いたのが、ストーリーを知った高校時代。

 祖母が、やはり年末迫る今の時期、テレビで『忠臣蔵』を見ていて、私が、それはどんな芝居かと尋ねたら、お前は忠臣蔵を知らないのかと驚かれたのがきっかけです(;^^...く、くやしい...。当時高校生の私は、すぐに調べました...。

 史実となる事件は、時系列的には2つに分けられます(Wikipediaを参照);

1) 1701年4月21日、江戸城内で、赤穂藩藩主・浅野長矩が、高家肝煎・吉良義央に対し、背後から重傷を負わせる刃傷に及んだ。

幕府が江戸城内で朝廷の使者である公卿を歓待する当日に起きたこの刃傷事件に対し、激怒した五代将軍徳川綱吉の命で、浅野長矩は即日切腹となった。結果、浅野家赤穂藩は取り潰し、藩士は全員牢人(浪人)となった。

2) 翌1702年12月14日深夜、うち47名が、吉良邸を襲撃、1)の刃傷事件の被害者吉良義央らを殺害した。その後、この浪士たちは切腹、その遺族は連座して処罰された。

 私の目には、どうしても、

"殺人未遂犯が処刑された。被害者は一命を取り留めた。翌年、犯人の元部下47名が被害者を再度襲って殺害した"という事件に思えました...、今でも、というかますます強く。

 これは"仇討ち"なのですか。日本人の価値観において"美しい行為"なのですか。

2025/12/11

■ まなぶ ■ 演奏会で"ブラボー"やめて

X(旧ツイッター)

" 名古屋フィルハーモニー交響楽団@nagoyaphil

様々なご意見があるかと思いますが、終演後の早すぎる「ブラヴォー」は、私どもにとってうれしいものではございません。完璧な静寂の方が、はるかにうれしいです。今日は、指揮者も楽員も事務局員も、失望を感じておりますので、あえて投稿いたします。

午後6:23 · 2025年10月11日"


名古屋フィルハーモニー交響楽団の苦しい一言。

 もうちょうど2ヶ月たちますか、名フィルの事務局があえてX(旧ツイッター)に投稿して大きな議論になったのは。

 演奏会に来る客というのは、そもそもオケ自身の存立基盤の中核をなすであろう熱烈なファンと最大の資金源なはず。その人たちに対して苦言を呈する以上は、よほどの苦悩があったことでしょう。

 楽員・事務局員のこらえきれない総意を、抑えに抑えて短くつぶやいたのでしょう。

 論争のほとぼりの冷めた今さら、賛成の意をぼやっとひとこと。(論争のさなかだと、恐怖の論争に巻き込まれる危険がありそうでしたので。)

 演奏会に個人的には絶対に行きたくない多くの理由(→Syn🔗2023/11/5)の、最大のものです。

 300年前に確立した裕福な市民向けの"演奏会"って、今でもそうあり続けています。

 おそらくその当初から、"音楽を聴く"のが第一の目的の人のためのものではなくて、それを踏み越えたいくつかの何らかの欲望を持って向かう場な気がします。

 ゆえに、"演奏会"に"完璧な静寂"は今後も絶対にありえないです。この点、名フィルは、演奏会形式という集金機構によって存立する職業音楽家の立ち位置に、絶望的な矛盾を孕む願いを述べている気がします。

 更に加えて、20世紀の多様な音楽媒体が、"演奏会"を、"音楽を聴くこと"とはいっそう無縁にしたと感じています。

 でも、そういう場に生涯縁がない私を含んだ人類の多数派が存在し続けるのと同様に、演奏会がこのような形で存在し続けるのも、経済的な需給関係があるのであれば、別に良いのでは、と思います。

 さりながら、その場にいなければならない芸術家の皆さんの心中は、お察し申し上げたいと思います。→Syn🔗2024/2/3

2025/11/18

■ まなぶ ■ 自然描写と科学者の筆

寺田寅彦『鳶と油揚』 岩波少年文庫

 文学的情緒のある文に、科学者の筆致を混入させたら...意図するとしないとにかかわらず、諧謔的な雰囲気が出ます。

 "自分は理系"を標榜する多くの方の文が、期せずしてその方向に走り、一般の人から見て違和感があるのみならず、書く本人がマジメなほど読む側には愚かしく見えて笑いがもうこらえ切れなくなるという困った事態も往々にして経験します。

 私もそれがおかしくて、マネして書いてみたい気になったりもします。

 寅彦に示唆されて夏目漱石『猫』に描写された「首つりの力学(🔗10/27)」など、その祖ではないかなと思います。

 寺田の300あまりある随筆から類例を3例、つまんで見てみましょう (なお、引用文中のカッコは私が付しました。数値は私が漢数字をアラビア数字に書き直しました);

 1) まずは師の漱石に敬意を表して;

    落ちざまに虻を伏せたる椿かな        漱石

 アブが椿の花に止まった瞬間、椿の花が落花し、アブを伏せたまま着地...。

  人が追い払ってもいまいましくまとわりつくアブが、優雅な赤い椿の花に、あっさり伏せられた一瞬に、かろやかな心地よさがあります。

 寺田の評を見てみましょう;
 この二三年前、偶然な機会から椿の花が落ちるときにたとえそれが落ち始める時にはうつ向きに落ち始めても空中で回転して仰向きになろうとするような傾向があるらしいことに気がついて、多少これについて観察しまた実験をした結果、やはり実際にそういう傾向のあることを確かめることができた。
 それで木が高いほどうつ向きに落ちた花よりも仰向きに落ちた花の数の比率が大きいという結果になるのである。しかし低い木だとうつ向きに枝を離れた花は空中で回転する間がないのでそのままにうつ向きに落ちつくのが通例である。
 この空中反転作用は花冠の特有な形態による空気の抵抗のはたらき方、花の重心の位置、花の慣性能率等によって決定されることはもちろんである。
 それでもし虻が花の蕊の上にしがみついてそのままに落下すると、虫のために全体の重心がいくらか移動しその結果はいくらかでも上記の反転作用を減ずるようになるであろうと想像される。すなわち虻を伏せやすくなるのである。
 こんなことは右の句の鑑賞にはたいした関係はないことであろうが、自分はこういう瑣末な物理学的の考察をすることによってこの句の表現する自然現象の現実性が強められ、その印象が濃厚になり、従ってその詩の美しさが高まるような気がするのである。

寺田寅彦『思ひ出草 二 』昭和9年

 この、空中における重心移動の物理学的機序を理解することによって、"その詩の美しさが高まるような気が..."...あなたは、しますか?


 2) いかにも...、な典型的文章だと私が思うのは(;

 昭和7年12月13日の夕方帰宅して、居間の机の前へすわると同時に、ぴしりという音がして何か座右の障子にぶつかったものがある。子供がいたずらに小石でも投げたかと思ったが、そうではなくて、それは庭の藤棚の藤豆がはねてその実の一つが飛んで来たのであった。宅のものの話によると、きょうの午後1時過ぎから4時過ぎごろまでの間に頻繁にはじけ、それが庭の藤も台所の前のも両方申し合わせたように盛んにはじけたということであった。台所のほうのは、1間(1.8m)ぐらいを隔てた障子のガラスに衝突する音がなかなかはげしくて、今にもガラスが割れるかと思ったそうである。自分の帰宅早々経験したものは、その日の爆発の最後のものであったらしい。
 この日に限って、こうまで目立ってたくさんにいっせいにはじけたというのは、数日来の晴天でいいかげん乾燥していたのが、この日さらに特別な好晴で湿度の低下したために、多数の実がほぼ一様な極限の乾燥度に達したためであろうと思われた。
 それにしても、これほど猛烈な勢いで豆を飛ばせるというのは驚くべきことである。書斎の軒の藤棚から居室の障子までは最短距離にしても5間(9m)はある。それで、地上3メートルの高さから水平に発射されたとして10メートルの距離において地上1メートルの点で障子に衝突したとすれば、空気の抵抗を除外しても、少なくも毎秒10メートル以上の初速をもって発射されたとしなければ勘定が合わない。あの一見枯死しているような豆のさやの中に、それほどの大きな原動力が潜んでいようとはちょっと予想しないことであった。...
寺田寅彦『藤の実』 昭和8年

 あなたも私も、高校時代、"神社のコンクリート製 の鳥居の上(h=10mとする)に質量1Nの石片を投げ上げてピタリと乗せるには、投げ上げる際の初速を何m/sにすればいいか"について上に凸な放物線を描いて計算した経験、"火災が起きているアパートの3階 h=10mに取り残された人に、地上から消防隊員が、質量10Nの救助ロープ先端をつないだペットボトルロケットを射出する際の初速とそれに必要なこの爆発カロリーを有する何グラムの火薬が..."など悩んだ経験があるのと似ていますね 。(え? そんなオタクなヤツと一緒にするなって?)

 3) トップ画像の考察は、ユーモラスさを超えて、さすがに優れた考察で、これはう〜んとうなるようなすばらしい科学者の眼です(寺田には、上1), 2)よりもむしろこのような随筆の方が多いのですがネ);

鳶(とんび)に油揚げをさらわれるということが実際にあるかどうか確証を知らないが、しかしこの鳥が高空から地上の鼠(ねずみ)の死骸などを発見してまっしぐらに飛びおりるというのは事実らしい。
 鳶の滑翔する高さは通例どのくらいであるか知らないが、目測した視角と、鳥のおおよその身長から判断して100メートル200メートルの程度ではないかと思われる。そんな高さからでもこの鳥の目は地上の鼠を鼠として判別するのだという在来の説はどうもはなはだ疑わしく思われる。
 かりに鼠の身長を15センチメートルとし、それを150メートルの距離から見る鳶の目の焦点距離を、少し大きく見積もって5ミリメートルとすると、網膜に映じたねずみの映像の長さは5ミクロンとなる。それが死んだ鼠であるか石塊であるかを弁別する事には少なくもその長さの10分1すなわち0.5ミクロン程度の尺度で測られるような形態の異同を判断することが必要であると思われる。しかるに0.5ミクロンはもはや黄色光波の波長と同程度で、網膜の細胞構造の微細度いかんを問わずともはなはだ困難であることが推定される。
 視覚によらないとすると嗅覚が問題になるのであるが、従来の研究では鳥の嗅覚ははなはだ鈍いものとされている。...
寺田寅彦『鳶と油揚』昭和9年

 ここから彼の知識と推理力を駆使して、すばらしく整合する突破口を見出すのですが、ま、どうぞぜひご自身でご覧になってみてください。

2025/11/13

■ まなぶ ■ 洗面所は湯気だらけ

(vapor layer added & retouched by me: the auther of this weblog)

シャワールームと洗面所は、我が陋屋の場合、ドアのない1つの空間です。

 寒い時期、空気中の飽和水蒸気量が低い時期は、シャワーを使うと、あっという間に湯気だらけで視界0な状態に。

 夏も冬も、シャワーで温冷浴(2024/12/17, 2023/8/20)を毎日2,3回しますので、夏は気にならないのですが冬は空間の湯気を早く消したいです。真冬も窓を開けて換気扇をつけ、どんどん氷点下の空間になっていく...割には、換気扇により流入する外気で置換される空間は、いっそう飽和水蒸気量のキャパシティが低い空気なわけで...。

 知り合いの建築士さんに「シャワールームの換気扇が非力で、長時間湯気が引かずに湿っぽくて、その分電気代がかかりそう。もっとハイパワーの換気扇に交換して早く換気できないものかな。」と尋ねました。

 ら、彼は、私の提示した型番を見て少し調べて

「この口径の家庭用の換気扇には、そう"松竹梅"みたいな豊富なグレード展開は無いよ。あのさ、そもそもハイパワーにしたら、けっきょく電気代がかかるんじゃないの?

ex 1) 非力な今の換気扇が、例えば1000秒で湯気がおさまる; 

            10W ☓ 1000秒 (sec) = 10000 Wsec

ex 2) 5倍強力なものにしたとして、5倍早い200秒で湯気がおさまる; 

                        50W ☓ 200秒 (sec) = 10000 Wsec

  ...電力を用いて同じ効果を得るなら、かかる電気代は同じだよ。

「それよりさ、湯気を乾燥させたいなら、今の換気扇で10分で無理なんだったら30分でも60分でも作動させていれば、かならず空気は入れ替わっているんだから、いつかは乾燥するのではないの? "電力"というパラメータを操作しないで、"時間"というパラメータを操作すれば、結果は必ず得られるのでは?」

 あ、...そうか。水蒸気の飽和量が低いだのつべこべ考えずに、機械やお金のパワーで解決しないで、時間というパワーをぎっしり使えばいいのか...

 目からウロコ。専門家の発想を仰ぐ値打ちを痛感しました。

2025/11/11

■ まなぶ ■ 紙が貼られた位牌


■ あまりわくわくするようなステキな話題ではないのですが、"位牌"。

■ 物心ついたときからついこないだまで、"位牌"というものは、仏壇の奥に鎮座した謎のアイテム(?)で、積極的に手にとったり寄り付きたい気持ちにはなりませんでした。実家整理に伴って仏壇の閉眼供養をしたとき(🔗2023/4/2)ですらそうでした。

■ 先日、ただ単に思い立って、実家整理により仏壇なきあとていねいに仕舞い込まれた5柱の位牌を、解体して清掃し、札板を調べ、表計算アプリケーションソフトウェアを使って、"そもそもどなたの位牌か", "年周忌表と法要年", "そこから推理される生年没年"を、何枚もの表計算シートにまとめ、1冊の表計算ブックにしてみました。いろいろなことがわかりました。

■ うち1柱に、終戦直後に19歳で逝去した人がいます。

■ 彼女の位牌は、現在一般的な、箱型をして札板を8枚収める"札位牌"(トップ画像右↑)とは違い、現在では49日法要までに用いられる「仮位牌」のような1枚の板だけでできており、そこに、札板の代わりに紙が貼られています。

■ 年周忌の法要のたびに、上から紙を貼っており、平成の時代に法要が営まれた50回忌までの紙が貼られています。

■ 戦後まもない時期の位牌で、当時の物資不足という社会情勢を反映してか、戒名や年周忌の法要年を記した札板を用いずに、紙を用いたものと推測します。

■ 没後、一周忌、三回忌の紙が、糊で貼り付きあい一体となって破れています。

■ あまりの痛々しさに、心臓がしめつけられる思いです。

■ その後、昭和の豊かな時代を迎えたからと言って、その間にゴージャスな位牌に作り替えなかった...のも、おそらく、故人とその背景を胸に刻み続ける意図だったのでしょうか。

■ 少し理解を深めたい気持ちになりました。調べてみたり、父の傍系親族に話を聞きに出向いたり。

■ その結果、逝去した直系・傍系親族のみならず今同じ時間を生きている他の年上の親族についても、時を超えて、一気に理解と共感が深まりました。

■ 5柱の位牌は、もはや、敬遠したい謎のアイテムではなく、親密な家族そのものと思えるようになりました。

2025/10/14

■ あるく ■ 津軽平野北部の"葦野原"


今日も秋晴れの穏やかな良い天気。画像は昨日のドライブの帰りです。

 一級河川"岩木川"の下流域の広大な河川敷に、葦野原が広がっています。(syn;🔗 2024/12/2 )


 "葦"の読みは"アシ"ですが、"悪し"の音を嫌って"ヨシ"とも読まれるようになって数百年。同じ植物です、が、植物学的に種類はいくつかに分かれます。

これも、物心ついたときからあたりまえの光景ですが、実は貴重なものだそうです。

Google AI 検索

環境省のサイト(🔗環境省 ウェブサイト)では;


- 生物多様性保全上重要な里地里山 -
選定理由 - 岩木川の芦野地区から、十三湖に至る11kmの両岸に約400haに広がる、日本でも有数の面積を誇るヨシ原である。
茅葺きや簾、漁具など生活用品の素材にするために、古くから地元住民によるヨシの刈取りやヨシなどの野焼きが行われ、ヨシの純群落が保たれていることから、オオジュリン、コジュリン等の草原性の野鳥をはじめ、希少な鳥類が多く生息している。また人里も近く、イイズナの生息も確認されている。
保全活用状況(取組状況)- 現地ではヨシ原の研究者や、ヨシを刈払い、建築資材等として利用している業者が居り、保護活動や鳥類の観察会等も実施されている。
今でもヨシは茅葺き屋根の材料、りんご栽培で重要な役割を果たすマメコバチの巣の材料として活用されている。
その他参考情報  - 日本の重要湿地500

白波がゆらめいているようなふさふさとした白い葦野原に、実際にたたずむと、私などは小さい頃の原風景として、まずは広大さへの恐怖感。しかし今では、こころなごむ遠景です。

 "河川敷の植物などクマの通り道になるだけだから、すべて伐採して燃やしてしまえ"と、公然と個人ブログで主張する農家の方も存在しますが(🔗10/12)、あんまりなのでは...。

 この光景がなくなるだなんて、悲しいです。

 東北の川風景100選(🔗東北地方整備局)では、さすがに一般人の取れない視点から撮影されていて、どれを見ても溜め息の出るようなすばらしい画像です。


ついでに、近くの藤崎町河川敷に渡ってくるハクチョウ。この皆さんは、すっかり餌付けされ、ヒトを信頼しきっていて、餌をもらいに寄ってきます。ほんの10kmほど離れた、私のさんぽみちの"廻堰大溜池"では、はるか遠くにヒトの影が見えた途端、コロニーの皆がいっせいに逃げるというのに。


いずれにしても、永くあり続けてほしい光景だと信じています。

2025/10/12

■ まなぶ ■ 津軽平野の藁焼き


津軽の風物詩。

 ...と表現すれば風情がありますか。通称"藁(わら)焼き"、"藁焼き公害"。

 津軽平野の田んぼという田んぼが、いっせいに火祭り状態です。

 つまり、稲刈り後の稲わらの焼却のことです。Google先生の解説は過去形になっていますが、トップ画像でおわかりの通り、毎年変わらず現在進行形ですよ。


 稲刈りは、今どきはどこでも、コンバインで刈り取り、コンバインからは作業時に同時に、鋤き込みに便利なように裁断した稲わらを排出します。稲刈り直後に、稲わらを改めて土壌に鋤きこんで土中にて冬中にゆっくり腐敗させ、菌類細菌類などの生態系分解者に委ねれば、翌年の土壌改良につながります。

 が、津軽の人間はそれをせずに、さっさと燃やしまくって、すぐに首都圏などに冬の4,5か月間"出稼ぎ"に出発します...。

 このスキームが、昭和やそれ以前から続く"寒冷地の貧農=津軽地方"の決定的印象です。

 藁焼きの匂いとせき込むような煙が、せつない冬の到来を告げるようです。

 と同時に、このスモッグは、人工的な濃霧に近い存在で、重大な交通事故や交通障害、健康被害をもたらしてきました。

 街中にあるあなたの家の中にまで煙は入り込み、布団や衣類や洗濯ものにびっしりと煙くささがこびりつきます。逃れられる場所は無いです。

 "農家に限って、野焼きは許される。植物は二酸化炭素を吸収して生長したのだから、これを燃焼しても、二酸化炭素をもとの空気中に返したダケだ。カーボンニュートラルは保たれているんである"と主張する論者は、もちろん自分の利欲が絡んでいるからです。数十年数百年かかって吸収した二酸化炭素を、いきなり一瞬のうちに放出する、それもあなた個人の金銭的利益のためだけに...。あなたの利益のためなんだから、他の人類は交通事故や健康被害くらいガマンしなくては...。

 最近ではさらに加えて、"クマの通り道となる河川敷の植物という植物は、徹底的に伐採して燃やしてしまえ!"という論も果樹農家から主張されています。(🔗8/20のクマの珍情報源(個人のウェブサイト))

 都道府県自治体では、その意見を支持していないようすですが、どうなのでしょうか。

 青森県庁のウェブサイトでは、「法律上も条例上も野焼きは禁止。稲作農家の藁焼きは弊害がある」として抑制する傾向です。

 "交通事故多発"は今は置くとして、誰にでも起こり得る"健康被害"を、「🔗稲わら焼却による大気汚染状況調査結果(R6)」(PDF文書)にてまとめています;

〈調査項目について〉
○浮遊粒子状物質(SPM
大気中に浮遊する粒径10μm以下の微細な粒子。自動車や工場の排ガス中の化学物質のほか、火山灰や黄砂等の自然由来のものにも含まれ、大気中の光化学反応により二次的に生成される場合もある。 
○二酸化窒素(NO2
主として、重油、ガソリン、石油などの燃焼により発生する一酸化窒素が、大気中で酸化されて生成する。二酸化窒素を含む窒素酸化物(NOx)は光化学スモッグの原因となるほか、人体の中枢神経系に影響を及ぼし、呼吸気道、肺等に障害を与える。
○微小粒子状物質(PM2.5
SPMの中でも直径2.5μm以下のもの。通常のSPMよりも肺の奥に入り込みやすく、吸い込むと肺がんや循環器疾患の原因となると言われている。

 SPM、NO2、PM2.5の各濃度とも、稲刈りとそのスモッグ発生時期には、跳ね上がっているグラフが、このPDF文書からは、容易に視て取れます。

例; PM2.5濃度

 市町村自治体の採る対策はといえば、『藁焼きはやめましょう』というノボリを主要国道県道バイパス沿いに立てるという無能ぶりです。

 "津軽地方だなんて、貧しい稲作農家地帯なんだから、鋤きこむという手間ヒマ費用を惜しんで稲刈り後はすぐ出稼ぎに"、というスキームは、今でもこの津軽地方にやはりあるのかなぁ、農家の皆さんが豊かに暮らすためにガマンしなくちゃだめかな、やっぱり...。お米はあんなに高いのに...。街場の路地裏にすむ私は妙に目がしょぼしょぼして涙が出てきました...ごほごほ。

2025/09/24

■ まなぶ ■ 「香害」


 やはりあったのか、こういう言葉。

 以前にも書きました(→ 🔗2024/1/5)。通学時の児童生徒さんたちに感じる洗剤の香り。これを、通う学校教室内で過剰に意識した近所の知人のお子さんが、医療機関の診察を受けた話。

 私は嫌いではないし特別好きでもないです。清潔感を感じて好感が持てる、くらいの意識です。

 んで、先日また洗剤を購入したら、これが強烈な香り。ずっと同じものを使っていればよいのでしょうが、違う製品だとハッキリ強い香りかも。業界のリーディングブランド製品は、合成洗剤として効能に優れているかどうか知らないのですが(それを期待して買うのですが)、価格は高めで香りがきついです。それが日本の家庭ではウケるんでしょうか。「いや、アメリカの柔軟剤(メキシコ産ファーファなど)はもっとキツいから」とおしえてくれた方もいます。どんな世界だ。

 洗濯して屋外で乾燥させる分には何ら気になりませんが、これからの雨天・低温・降雪時の室内干しを考えると、次回からホームセンターの安いプライベートブランド品にした方がいいのかなと逡巡しています。

 こういう時に限って、NHKの記事が、タイミングよく目に入ります。やはり一種の社会問題になっていたんですね。


以下引用;

"中学生以下の子ども1万人のうちおよそ8%が、生活用品の人工的な香りで体調不良になるいわゆる「香害」を経験したことがあるとする調査報告を、国内の学会の研究チームがまとめました。

この調査は、柔軟剤や合成洗剤といった生活用品の人工的な香りが子どもに与える影響を調べようと、日本臨床環境医学会と室内環境学会の研究者たちのチームが実施し、9つの都道県に住む中学生以下の子どもおよそ1万人について、保護者に聞きました。

調査では、「香害」と言われる人工的な香りによる体調不良を経験したことがあるか質問したところ、「ある」という回答は全体の8.3%にあたる856人となりました。

症状としては、吐き気や頭痛などを経験したという子どもが多かったということです。


また、経験があると回答した割合は、
▽未就学児で2.1%
▽小学生で8.9%
▽中学生で12.9%と、
学年が上がるにつれて多くなる傾向がみられたということです。

さらに、どこで経験したか質問したところ、「園や学校」という答えが最も多く、香りが原因で登園や登校を嫌がるケースもあったということです。"
引用終わり。

競うようにして強烈な製品をつくり大いに潤っている化学薬品会社ですが、そういう形での需要という圧力があったのかもしれないですね。会社はもちろん、お客の側でも"豊かな暮らし"を実感しているものなのかな。

2024/06/01

■ まなぶ - 連休明けの3人 (3)

パイロット website「色彩雫見本帳」より
https://www.pilot.co.jp/promotion/library/010/index.php

書道のお手本って、どんな言葉が思い浮かびますか? 小学校で書道を始めるとしたら「希望」「元気」「努力」など二字熟語。書道は、学校外で教室に通うとすれば、級位段位を設けて研鑽を積む形が多いです。進むにつれて、そりゃ2字熟語や4字熟語じゃなくなりますよネ。

 毛筆書道の会派流派は非常に多いです。他に、硬筆書写の世界つまりペン字で美しい字の研鑽を積む芸術分野もあって、コレは会派流派が集約されている印象です。

 文房具メーカーのパイロットでは、万年筆の需要掘り起こしも兼ねてか「硬筆書写の廉価な通信講座」というユニークな事業を実施しています。ここの「今月の課題」は、ウェブサイトで公開されているので、その級位クラスの課題を見てみましょう。

パイロット ペン習字講座 「今月の課題 2024年5月」
https://www.pilot.co.jp/promotion/penmanship/info/202405.html

 わかりやすい日常のことばですネ。パイロット講座は、楷書でも行書でも提出可能だそうですが、順調に進級するには「希望をもって元気に努力」する必要があるようです。

■ 5月の連休明けにチョイと机に向かった人を、3人ほどご紹介中。おとといの続きです。

 Cさん。年齢30代、研究職。地方の旧帝大の修士卒の方です。

 明るく楽観的なCさんは、数学理科が好きだし得意。文学のようなあいまいさ、美術や音楽のような主観的バイアス、公民科目のような結論なき狭い価値観の衝突。これらに比べると、数学や物理のような「疑義のない客観的な一つの真理」、化学や生物のような「物質たちのクッキリとした個性と多様性」。迷いなく進み、思考と結論を積み重ね、楽しめます。大学進路もそうなりました。希望の大学に合格し、理系である自分に対する自信、誇り、プライドも高まります。

  Cさんの大学受験の頃と時期を同じくして「リケジョ」が流行語に。学部・修士と彼女があゆむと同時進行で、女性研究者への社会的注目度が爆発的にアップしました。すばらしい好条件で研究職に就き、迷いのない生き生きとした毎日です。

 若き研究職のまさに花であり花形としての毎日なのですが、世間では、輝くリケジョのアイコン的存在の方が発見提唱したナントカ細胞が、世界的注目度がピークになった...ら、なんだか妙な雲行きになってきました...。

 職に就いてからの趣味は海外旅行です。お盆・年末年始・5月大型連休は海外のリゾート地を満喫します。「研究職」の毎日からの大きな解放感が得られ、非日常の休日で大いに充電してまた仕事に臨みます。

 コロナの世の中になりました。気にせず海外旅行したいのですが、社内の同僚たちの目がちょっと...。また、仕事は、研究の現場があるのですが、基本的に自宅でリモートワークです。

 その状況下でお盆や年末年始のお休み...、とは言っても、家で仕事、家で休日...。世間のニュースでは製薬会社の若い研究職夫婦間で殺人事件など、気持ちがしぼむ世の中になってしまいました...。

 家で過ごす休日のある日、同居する母親に簡単な頼みごとをされました。母のお友達に書道何段だかの方がいて、いつもは展覧会を見てお食事やおしゃべりをして...だった習慣が、コロナ禍で「書道展覧会がオンラインにて実施」になっちゃったのだそうです。母は、展覧会のウェブサイトを見たいとのことで、Cさんの大画面パソコンを操作して展覧会を見せてもらいたいのだそうです。

 Cさんは書道には興味がないです。学校時代にすでに気づいた通り、芸術作品などは、見る人によって価値が異なる主観的バイアスが、知性では納得できず、理不尽です。が、母の頼みごとはたやすいことでしたから、いっしょにPC上で展覧会のウェブサイトを見ました。

 見ると、母の世代の書家の方々の毛筆は、楷書体はなく、草書体...。行書体もあるのですが、平安仮名で綴った詩歌のようです。隣で一緒に画面を見る母は、喜んだり感心してため息をついたりしていますが、Cさんは、どれを見ても意味不明です。

 が、ずっと見て進むうちに、硬筆書写の展覧会にもブラウザで遷移できました。そこで、ペンで書いたその展覧会の作品群を見ると、楷書も多く、行書も読みやすく、意味が分かる...どころか、なんだか美しさもわかります...

 い、いや、わかる、を越えて、その美しさに引き込まれます。

 見るほどに、蜘蛛の糸よりも細く、経験したことのない美しい行書体や仮名の連綿体が大画面いっぱいに広がり、まったく新しい価値の世界がどんどん奥に広がっていく気持ちになりました。

 このコロナのご時勢、私も硬筆書写を始めたい!とまで、こころを打たれました。

 調べてみると、教室に通わなくても、「パイロット」と「日ペンの美子ちゃん」が通信講座の双璧とわかりましたので、親しみがわく「美子ちゃん」の、ペン字の「競書誌」を毎月購読して課題(お手本)を書いて提出し、進級していく形で、自分も練習して、あの美しい文字を目指すことにしました。

 新しい価値観・新しい人生の目的ができました。コロナ禍の閉塞した毎日に張り合いが出ました。

 最初は10級からスタート。毎月、清書した課題を郵送で提出。2か月後の競書誌で自分の名前と進級したかどうかを見ることができます。もし順調に進めば、...2級,1級,準初段,初段,2段...5段...準師範,師範という最高位に登りつめるシステムです。

 級位クラスと段位クラスでは、課題(お手本)が違います。級位クラスの手本は、10文字以内のごくやさしい日常表現です。

 1カ月間、ほぼ毎日課題を練習して、清書して、送るのが、彼女の日課となりました。

 Cさんは、9級, 8級, 7級と、毎月どんどん進級します。

 夢中で練習して半年以上...。意識下で気づいていたかもしれないチョっとした違和感が...。

 彼女は学部時代以降ずっと、科学論文を読んで書いてきました。その際は、誰にでもわかりやすい日本語や英語に慣れ、こころがけてきました。必要な情報が、客観的に、短く、装飾なく、主述が完結した一文に、おさめられていなくてはなりません。

 他方で、ペン習字のお手本って...。感傷的だったり、途中で切れている感があったり、誤った表現に思えたりと、国語的な感覚が、自分の価値とは整合しない気が...。

 彼女が違和感を感じた課題が何なのか、その時点における課題がもう再現できないのですが、類似の課題の例は、どうやら、以下の↓ようなものらしいです;

日本ペン習字研究会「ペンの光」

 「LEDの多彩な光が」;え?...光が、...どうしたの? そこまで言って感極まったの? それきり言って息絶えたの? 

 「すっかり冬の装いで」;え?...装いで、それで、どうしたの? 続きは?

 「先んずれば人を制す」;繰り返し練習すればするほど、な、なんだかこれまでの課題から一転して急に攻撃的な雰囲気を感じるのですが...。

 「霞始めてたなびく」;これは新暦では2月にあたる七十二候の「霞始靆」に由来する漢語なのはわかるんですが、現代日本語では、「はじめて」という単語は、「経験・時期的に」の意味で「副詞として/名詞(体言)として」使う場合は、「初めて」という漢字をあてたほうがいいんじゃないかしら。「始めて」だと、動作を表すマ行下一段動詞「始める」の連用形に接続助詞の「て」を接合した一文節で、動作の並列状態を指すのじゃないかしら...。疑問に感じたCさんは、図書館で数冊の「類義語辞典」や岩波の「広辞苑」を調べます。すると、Cさんの理解と似たような説明がありますが、追加的に、"慣例的にいずれも用いられる"点を書き添えています。

 Cさんは、自分が大学受験までに学んだ「日本語の現代文法と古典文法」vs「今月の課題」の齟齬を感じたことが、もう数回。その都度、「今月の課題」の日本語を図書館で何冊かの辞書に相談した経験をしました。するとそのたびに「どちらも誤りではないが」「慣用的にそう用いられる」などといった結論に達して、自分は大学受験時代に理系だったけど、国語だって人並み以上には勉強したのに...と、自分の知識や自信やプライドが揺らぎ、腑に落ちない気持ちになりました...。

 極めつけが、日常的な、あまりにも日常的なお題、お料理名です↓。「美子ちゃん」でも「パイロット」でもたまにあるのですが、Cさんには初めての体験だったこの課題は、積もっていた疑問「習字はきれいな字を書けばそれでいいんだけど...」「でも、毎日練習する甲斐がある、ちょっと日常を離れて上を見上げるような『努力』『希望』的なお題がいいんだけどな」「私、小料理名を毎日繰り返し書いていて、楽しいのかな...」を明確な意識に浮上させてしまいました。

日本ペン習字研究会「ペンの光」

 さて、そんなふうに疑問を感じ始めた途端、これまでの情熱が色褪せてきました。

 すると、順調に昇っていた進級が、3級でぱたりと止まりました。先月も3級、今月も3級でした。だからいっそ1カ月お休みして、気を取り直して次の課題を清書して提出したものの、やはり3級...。

 この連休中こそ一生懸命に書道の練習を重ねようとして与えられた課題が「サンマの塩焼き」や「本マグロの中トロ丼」だとしたら...。「サンマの塩焼き」を繰り返し激しく真剣に清書しなくちゃ...し、しなくちゃ...。た、食べればおいしいんだ...、なごむんだ...、楽しいんだ...、と言い聞かせる自分。

 なんだか気が進まないような気がするペン字課題を自宅にこもって練習して、今年の5月の大型連休は終わりました...。え? 「充実感」? 今は、こころに寒い風が吹く言葉です。これを清書して提出して来月も3級なら、私の連休って...。

 知性では納得がいきません。こんなに頭を抱えた連休は経験がありませんでした...。

 これまで、爽やかな5月の連休は、青い海と白い砂浜の海外リゾートで、大いにのびのび解放感...だったのにナ...。

 私は、Cさんが自力でブレイクスルーを成し遂げてくれることを、心の中で祈っています。

2024/05/30

■ まなぶ - 連休明けの3人(2)


 5月の連休明けにチョイと机に向かった人を、3人ほどご紹介中。おとといの続きです。

 Bさん。年齢30代、宮仕えをヤメて自営業。私大御三家(?)の経済学部卒。実は旧帝大を受験して不合格。とはいえやはり学校時代の16年間はある程度は人並みに勉強した人でしょう。私などこの方の爪のアカでも...。

 こだわりのないストレートな性格。高校生のときは大学めざして一途に努力したけど、落ちてすぐ私大へ。私大受験科目は、英語・国語・数学。つまり社会科の科目ではありません。彼にとっては、大学のこだわりは、過ぎてしまえばもう不要。まして文系理系の区別など、18歳の一時的便宜的区別。7歳の運動会で赤組になったか白組になったかという区別と同じレベル。社会に出たら不要。「文系は事務屋・理系は技術屋」という昭和ステレオタイプとそれに伴う優越感劣等感はゴミ箱へ。経済学も哲学も数学も言語文法も法学も、論理構造のコアは、記号や言語という外延を定義済みの概念を用いた論理学の分野なんだから、この時点で文系理系の区別は破綻していないか?...という持論です。

 仕事は自分のオフィスの自作ハイスペックPC複数台を忙しく操作。早朝深夜土日も仕事。平日朝夕の交通頻繁な時間帯は外に出ず、平日昼に、用足しや健康のエクササイズや昼寝。1年中連続して仕事なので、「気分転換」「仕事を離れた休日気分」などはなく、それで別にかまいませんでした。

 数年来の仕事も慣れた頃、とある6月の日曜日の爽やかに晴れた静かな朝、平日なら通学の時間帯に、所用で近くのコンビニに歩いて行くと、意外にも社会人風の若い人たちで混雑しています。人の流れを見ると、近くの高校の校門へと吸い込まれていきます。コレは何かの試験とか? と推理し、門前を見ると「危険物取扱者試験会場」。

 「危険物」だなんてまるっきり縁がない世界。でも、勉強したみんなが年の差なく集まって努力の成果を試す場...。なんだか忘れかけていた充実感のような羨望の気持ちが湧いてきました。しかも、こんなすぐ近くで「国家試験」が受けられるとは。

 自分も参加してみたくなりました。調べると、化学の分野の資格ですか...。思い出すと、物質量の手計算から始まって、熱化学方程式や酸塩基や酸化還元反応など理論編、物質各論の金属非金属、果ては大物難物の有機化合物まで思い出すと...、改めて勉強できる自信はゼロ。自分には全然関係ない...けど、資格試験の出題内容を調べてみると、「化学」はあれど暗記系が多い上、かなり実用的で楽しそうです。資格のグレードは何種類かありましたが、来年は自分も参加するとして、気候の良い6月の試験を受けるなら、連休中に集中して勉強すれば、その期間で間に合いそうなグレードは、身近な「危険物乙種第4類」だと特定しました。

 来年の予定表(MS Outlook)の出願時期頃の週予定に書き込んでおき、その後すぐ試験のことは忘却したのですが、翌年、予定表を見て思い出しました。勉強開始と終了は4月末の連休から2か月間と決め、参考書と問題集を買い込んで、開始。高校化学に比べればそう恐ろしく難しいものではない反面、関連諸法令をはじめとする暗記系も分量があったので、連休中、わざわざ色鉛筆を使って楽しんで勉強しました。忘れかけていた「紙にシャーペンで書いて勉強している」「休日感」「充実感」を得たかったんです。

 終わってみると、やはりあっけなく合格した感じです。その後またいつもの、休みも平日もない生活に戻りました。でも、毎年、5月の連休の時期になると、虚しく一人人混みの中にお出かけなど論外、むしろあのときの充実感を思い出して、自分の仕事には関係のない身近な資格試験のため、ひとり自分のオフィスで机に向かうようになっているそうです。

おとといのAさんみたいに、長い時間をかけてちょっと重い資格を取るのではなく、いつもと違う休日気分を味わいたいがために机に向かうという、一種の気分転換なのでしょうか。それでもAさんとBさんは、何か発想が同源のような印象をもちました。

2024/05/28

■ まなぶ - 連休明けの3人(1)


5月の連休明け。もう何年も前のことですが、「連休明け後の3人」のお話を。昨年2023の8/3にも、「夏休みの3人」をお話しました (🔗→ 2023/8/3)。今回は1人ずつ3日間に分けて。

 Aさん。年齢30代、事務職。旧帝大の法学部卒で、つまり学校時代の16年間はある程度は人並みに勉強した人でしょうか。私などこの方の爪のアカでも煎じて...、いや、それはどうでもいい話で。でも文系のAさんは、理数系のお勉強について、もっと勉強しておけばよかったな、ホントは楽しかったのになと、チョッと後悔とコンプレックスを感じています。

 仕事はデスクワークのみで、外回りもなく、業務中は会社からあてがわれたデスクトップPC端末を筆記具代わりに使っています。

 そのPCの端末は、自分で改変したりソフトウェアをインストールしてはならず、保守は別部門の人がやってくれますので、自分にとってはホントに「会社から貸与された文具」に過ぎません。が、操作がわからなかったり、他方で家で使う自分のPCもわからないことがよくあります。

 PCの知識を得るためには、自分の今の仕事には何の必要性もないけれど、この際、PCに関したいちばん基本的な検定や資格みたいなものを勉強したら、基本的な知識を網羅的に得られるかも、と思い、調べた結果、国家資格であるITパスポート試験(=IP試験)(旧初級システムアドミニストレータ試験)を知りました。本を買って独学です。知っていることとまるっきり未知のことがあって、勉強し、ためになり、資格を取得しました。

 社会人エンドユーザ向けのIP試験。その次の段階として、情報処理技術者向けの最も基本的な資格である基本情報技術者試験(=FE試験)を受けてみようかなと思いました。

 この勉強は、文系のAさんには、高校数学I(集合論と命題論), A(mod合同式, ユークリッド互除法, n進数), II(線形代数, 指数対数関数), B(数列)や、Aさんの世代では履修していない数III(行列)などを使う計算がたいへんでしたが、これで年来の理系コンプレックスもある程度克服できそうです。また、試験日は春期と秋期の2回あって(現在はCBT方式で随時受験可能)、独学の自分に向いているし、気合いが入りました。

 5月の連休は、家族サービスやら人づきあいやらのしがらみもなく、籠って勉強してみました。これまで約200時間をかけてきた仕上げに連休の50時間。結果、FE試験に受かりました。

 PCのハードウェアの構造は、個人のPCを自作するようになってから、理解していたのですが、初めてソフトウェア開発者の視線に立って、n進数演算やアルゴリズムの基本的な考えやプログラミングの発想の初歩から、セキュリティやITストラテジーに至るまで、まったく新しい眺望が開け、目を見張る思いでした。

 連休があけて、その収穫があったという実感。新しいステージに登って振り返る充実感。私などこの方の爪のア... 人生では大事なことだナと、振り返って自分の生活を戒めようと思いました。

2023/10/22

■ まなぶ - 漆器を使う


漆器は毎日使っています。津軽塗の器です。親の家で暮らしていた学齢期の昭和の時代は、どこの家庭でも食器や身の回り品として、ふつうに使っていたと思います。その後、東京で大学生活を始めて以来今日まで、やはり使い続けているようです。

 …なんてことは、考えたこともなかったのですが、人に「津軽塗の映画を観た」との話を聞き、自分で使ってきた経緯を振り返って見ましたら、使わなかった時期は無かったことに気づいた次第。ついでに興味を惹かれたので映画の予告編をちらりと見たら、弘前が舞台らしいのですが、話している言語が、俳優さんたちの努力はじゅうぶん伝わるのですが、だいぶ異なる言語なので、ちょっと...(そういうことにこだわるなよ)。

 小学校のとき(こりゃまた半世紀前の話かよ...)、友人と、砂利と土だらけの山道を自転車で上って、下りる際にスピードを出し過ぎた私も友人も、カーブを曲がり切れずに、二人とも谷底に...落ちる前に、樹木にひっかかりました。なんとか自転車も引きずり上げて、「あ~愉快」などと擦り傷だらけで帰宅。ワイルドな田舎キッズですが、友人が、その際に力いっぱい抱きついた木が、漆の木でした。翌日の発疹やかぶれ(漆性皮膚炎)が猛烈だったようで、数日間学校を休んだので、見舞いに行った記憶があります。

 中学時代の通学路として、津軽の伝統的工芸品「こぎん刺し (麻と綿の刺繍)」「ブナコ (山毛欅木工細工)」「津軽塗」の、いずれも工房の前を、偶然ですが、通っていました。街中でしたがずいぶんのどかな通学路です、今から思うと。うち、ある友人が、「津軽塗」の工房の前にさしかかると、止まって、慎重に、店の戸が開放されていないか確認した動作をします。聞くと「あの工場(こうば)の前を通るとかぶれるんだ」。ホントかっ!? と思いましたが、のちに知ったところでは、敏感な人には、未乾燥の漆液から発散する漆酸のせいでやはり皮膚炎は発症するのだそうです。

 昭和の東京の4畳半の下宿でも使っていました。貧相な男子大学生が、漆塗りの盆と茶托に白磁の器を毎日使っているだなんて、異様ですが、「茶などこぼしても大丈夫で便利」「なじんでいるから使いやすい」というだけの理由です。プラスチックのお盆でもたぶん抵抗なく使ったことでしょう。

 ところが、病院で入院生活をした20代になって気づいたんですが、病院のプラスチック製のお盆は、食器も指もよく滑って使いづらいです。今どきのプラスチック製のお盆は、防滑性耐久性その他の性能の点で、漆器を軽く上回る素材やコーティング技術だと思うのですが、あの当時、病院から自分の部屋に帰って初めて、それが塗り盆であるがゆえに使いやすいのだと気づきました。

 それ以来、意識して津軽塗製品を使っています。と言っても、まともに買うと、いまだに私の財力とは金額の桁が大きく異なるので、親の実家にあったもので古いものや使っていないものばかりを、今日にいたるまで使っています。

 画像の盆は、もう親子三代、少なくとも60年は使っていますが、たぶんもっとずっと古いでしょう。上塗りの蝋色磨きの釉はすっかり白くザラけてしまいました。塗りの再生作業の依頼も可能ですが、購入する金額とあまりかわらないようす。プラスチック以前の時代は、地元では必需品かつ消耗品で、需給関係と市場の大きさから、庶民も買えるものだったのかもしれないと思います。

 この春の実家整理の際に、使わずにしまい込まれた同種の盆を何枚か見つけたので、画像の盆のような古いものはもう処分しよう...とは思わず、まだ使おうと思いました(;^^...。十数年前に、所用で会津若松に行った際、偶然に入った繁盛している大きな古いお蕎麦屋さん。ここ30年ほどで外食した回数は片手で数えられますが、その一つです(どうでもいいか)。そこでは、驚いたことに大きな膳で給仕されました。いっそう驚いたことに、その什器類がすべて漆器でした。膳だけは、猛烈に使い込まれています。他の什器のような黒や朱の会津塗ではありません。近隣の秀衡塗や浄法寺塗でもなく、木目地は見えず春慶でもない。不思議に思って、お店のお姉さんに塗りの種類を尋ねたら、代わって女将さんがお出ましになって、「津軽塗です」と。こんな大掛かりな膳のセットで津軽塗...。「お客さんはあの青森ナンバーのお車の方?」とも。...この女将さんの力量の大きさに刮目してしまいました...。

 あの膳に比べると、小さなわが家族が50年100年使ったくらいじゃ、あの貫禄は出ないので、ボロくなっても生涯使おうかなと思います。でも、艶のある新しい塗りは、やっぱりいいです、画像の茶托みたいに(...軟弱者)。

2023/10/05

■ まなぶ - チャプリン「独裁者」の演説

左;チャプリン『担へ銃』  /  右;リンバーガ―チーズ (Wikipediaより)

史上名高い20世紀最高の演説の一つ、チャプリン『独裁者』の最後の6分間。初のフル・トーキー映画(映像と音声がシンクロした映画;現在では常識ですが...)で彼は何をアピールしたかは、誰にでもハッキリとしています。独裁者=暴力に対する強い怒り。民主主義に対する信念。絶対に揺れない意志を学びます。

プー ヒトラーは1933年に政権を掌握し権威主義・軍国主義・全体主義化を進めたのですが、この危険な体制の進行を、苦虫をかみつぶして見ていたイギリス等のヨーロッパ諸国は、ロシア共和国 ソ連を刺激したくないばかりに放置。これに乗じて、ロシア ナチスドイツは、2022年 1939年にウクライナ ポーランドに侵攻開始します。自称「枢軸国家」のお友だちのアジアの狂犬 北ちょ 大日本帝国は、その少し前のクリミアの (イタリアによる)エチオピアの侵略のときと同様、これに祝福メッセージを送り、自らも近隣諸国の侵略に乗り出します。...チョイとコロナワクチン副作用で、記憶が二重になって指が滑る現象があるようです。見苦しくてすみません...。

私が大学生の時に初めてこの映画を観た際には、てっきり戦後になってから作製されたお笑い映画だと思い込んでいましたが、観た直後に調べて、ピッタリ同時代だとわかって、恐怖感にとらわれました。

 チャプリンとヒトラーは同じ歳。チャプリンが撮影を開始したのは、ポーランド侵攻、ユダヤ人強制収容開始、パリ陥落と、ナチスドイツが破竹の勢いでヨーロッパを席捲しつつあった頃で、ピッタリ同時代のヒトラーの演説を、チャプリンは、あのデタラメなムチャクチャなドイツ語風の恐怖演説でマネしたわけです。ヒトラー本人も、もしかしたらこの映画を観たのではないか、少なくとも噂は耳にしたはず...などと言われます。

 まったくリアルタイムでの、独裁者=暴力に対する強い怒り。民主主義に対する信念。リアルタイムに主張したがゆえに「絶対に揺れない意志」を学び感じることができます。

このトーキーに先立つこと二十数年も前の、第1次大戦の終盤に、チャプリンが制作したのが、『担へ銃』で、塹壕戦の中の兵士の生活や敵との戦いぶりをコミカルに描いていますが、ほぼ同じ状況設定で、後にレマルクが『西部戦線異状なし』でより具体的に、どころかゾっとするような嘔吐するような記述で写実しています。それは、イマ私が入力しあなたが読んでいるこの瞬間のウクライナ・ロシアの若者の描写そのものです。

 さて、第1次大戦以降さまざま投入された殺人兵器(兵器はそもそももっぱら殺人のためにのみ用いる用途ですので、この4文字は同語反復なのですが)のなかに、毒ガスなど感覚神経にダメージを与える兵器があるそうです。

チャプリンの「担へ銃」には、その一つとして、チーズが出てきます...え(;--?

塹壕戦の描写で、主人公の兵士に故郷から届いた小包の中味が、リンバーガー・チーズだとわかった瞬間、彼は直ちにガスマスクを装面し、包みを開いてすぐ敵の塹壕へ投げ込み、敵軍の将校の頭を直撃してチーズを頭からかぶり、あまりの悪臭に塹壕の兵士たちがパニックに陥ります。

鼻を突くような猛烈な悪臭だった...のですか? リンバーガーとはどんなすごい兵器 チーズなんでしょうか。

2023/08/11

■ まなぶ - おうちで勉強?

『巨人の星』

また思い出話なんですが、大学3年のときに知り合った同じ大学学部の千葉のS君の話です。昨日お話したMc君は、人類の階級的頂点に生まれついた人でしたが、それとは極端に対照的な環境、と言っちゃあ悪いのですが、昭和の刻苦勉励ドラマ『巨人の星』の星飛馬並みにニッポンの下層庶民的な境遇の人です(「そう言うお前は人のことが言えるのか」と言われると、ま、それはその、いまはしっかり棚の上にあげておくことにしましょう...)。人見知りで遠慮がちで人と目を合わせずに静かに話します。星飛馬とまではいかなのですが、家族みんなで暮らす自宅は昭和の大都市周辺人口過密地帯に造成された公団住宅の一室。3部屋から成り、「居間兼食堂兼台所」「父母の部屋」「子ども部屋」。自分専用の部屋など、もちろんないです!3人兄弟の長子長男なのですが、3人で六畳一室の「子ども部屋」があるのみです。そこは弟妹がいつも耳元で騒ぎ、一人あたりの机は学校のより狭く、机の上も下も学校教材や衣類や運動具などの荷物置き場です。考えてもみよ、もしあなたがこの環境で生まれ育ったら、どうやって勉強するというのですか? いやふつうもう勉強なんてしないから…。

というふうに、家で勉強などするはずのない小学校時代を経て、中学生となった彼は学校の授業もわからずテストもふるわず…。それは「平均的」「ふつう」「平凡」ということで、責められるべきこととは言えないですが、自分で何だか不完全燃焼感がありました。運命の分かれ目は、この感覚をどの程度まで持つか、ということでしょうか。わかると楽しい、もっとわかりたい、という衝動にかられました。中学生が一人でじっくり勉強するには、中学校の図書室や放課後遅くの自分の教室も、選択肢としてはありうるのですが、放課後遅くの教室は委員会や新聞作成やらで、一人で勉強する雰囲気ではないですし、図書室には怖い生徒さんたちがいて、勉強空間というより、イマ風に言えば、深夜の都市部のコンビニ前の若者が集う風な空間です。人口爆発中の昭和の都市部の公立中学校にはよくある話でした。

で、勉強できるスペースとして彼が目を付けたのは、狭い自宅の居間兼食堂兼台所の、家族全員で使う食卓テーブルです。さすがに星飛馬のおうちのような、父星一徹がよくプッツンとキレたら貧乏なくせに食べ物を粗末にするかのように、ごはんごとひっくり返して怒り狂うという、例のあのちゃぶ台ではなく、椅子つきの洋式テーブルでした。ただ、家族全員で食事や茶菓や団欒その他のために使うし、TVもあって、そこで一人で静かにのびのび勉強はムリです。サイズは広くていいんだけどな。

そこで、考えて試して、1. 家族が起きていない早朝の時間帯、2. 夕方弟妹が学校や外遊びから帰ってくる夕食前のごくわずかな静かな時間、3. 朝に開錠したばかりの学校教室、をフル活用することにしました。父母や弟妹にもわかってもらいました。弟が帰ってきて遠慮して漫画みたいにヌキ足で歩いているのを見て、ヘンなかっこうに大笑いしましたが、感謝しました。

ただ、テーブル使用時間に非常に大きな制約があります。授業中や下校時間に、頭の中で、とにかく優先順位を決め、所要時間の見積もりを立て、だらだらせず、ただちにとりかかる必要があります。

「45分以内にやれなければ必ずあきらめる」「今日はコレをやってアレは必ず捨てるしかない」と、猛烈にタイトでシビアな取捨選択を、瞬時に決定し、強烈な集中力で試験勉強をするのが、まさに日常茶飯事となりました。時間は絶対厳守のため、体調を整えて規則正しい朝型生活となりました。おそらく勉強時間は非常に短かったのではないでしょうか。

成績がふるわない小太りな小学生だった彼が(風貌は関係ないのですが)、コレを始めた中学後半から、あれよあれよという間に学年1位に昇りつめました。結果、県内トップの県立の進学高に進みました。高校では、学校の図書室を存分に使うことができて、読んで書いて現実を忘れてしまうような夢のような環境でした。

この話を大学時代に何人かで聞いた際には、ただの雑談の場だったのですが、皆が大いに感銘を受けました。自分の部屋や図書館を使える境遇って、ほんとうに恵まれていて幸せです。

昨日お話したイギリス人のMc君の場合は、場所的な割り切りが気持ちの入れ替えに通じていたとも表現できるでしょうか。北ヨーロッパ的な住居の構造に対する発想もまた、西洋的合理主義を生んだ一因ではないでしょうか。19世紀に世界を制覇したイギリスに対する国家的イメージは、ケインズの流動性選好説に象徴される怜悧で現実的なジョンブル精神だし、他に同様な家屋構造や空間の捉え方を持つヨーロッパの民族性を顧みると、フランスの明晰判明なエスプリ、ドイツの思想や科学における冷徹な合理主義、アメリカのプラグマティズムなど、どれも緻密な構造計算を次々と積み重ねて壮大な思想的建築物を構築していくような気がします。教会建築に代表されるような、意志を持った堅牢な石造りの空間構造が、ヒトの考え方をもリジッドに規定しているような気がします。

場所がアプリオリに措定されている前提に基づいて、業務・私生活・食事・睡眠など日程や計画を画定する、すなわち「空間が時間を画定していく」わけですが、このようにヒトを外部から規定して日常を消化し積み上げていくヨーロッパ的発想は、目的を達成するための段取りとして、究極的の合理性があると思います。

では、ヨーロッパのステキな石造りのおうちに住んでもいないしそんな合理主義的伝統もない東洋に住む私たちが、何か目的をもち、これを合理的に達成するにはどうしたらよいでしょうか。場所を変えて気分を入れ換え、定めた作業に集中すればよいとしても、「いつ」「どこで」を割り振って、実際に行動に移すには、綿密な計画と強い意志が要りますネ。星一徹みたいな厳しいお父さんが監視してくれればいいのにな…(という考えも意志薄弱な私のただの甘えです)。

2023/08/10

■ まなぶ - 空間が時間を画定する


外気温37℃。体温なみの外気温がここ数年は当然となってしまいましたね。

涼しさを求めて…思いつくのは、私の場合、図書館です。で、やはり今日も図書館は混雑していました。涼しくて静かな雰囲気をシェアし合うというのは、良いことですね。

図書館で勉強やデスク作業をしたい気持ちを、昨日に続いて、もうちょっと敷衍して考えてみます…って、リクツっぽくてもうたくさんでしょうか。これも折に触れてずっと何十年か感じてきたことです;

「図書館が勉強しやすい理由」は、「合目的的な空間」だから。

空間を限定することで、自分の時間の使い方を、ひいては「自分の使い方」を、最も狭く集中させる効果があるということです。

ということは、昨日の話ですが、ヨーロッパ人の発想、つまり『食事や睡眠や勉強やくつろぎといったそれぞれの行動に応じて部屋がある』という発想は、『空間が、目的を明確に意識させ、作業を規定し、時間を画定する』という発想です。

空間を変えるという行為によって、複数の作業と有限の時間を計画的に細分化し、次々に消化して、その結果、目的を達する、という知恵は、考えてみれば、偉大ではないでしょうか。

翻って、東洋の発想はどうでしょうか。

日本の伝統的家屋の発想は、畳の座敷の1部屋で、食べたり、書いたり、眠ったり、茶を飲んだり。また、その座敷の襖を取り払って、2つの部屋3つの部屋を次々とつなげて、巨大空間が広がり、日常寝起きしているその畳の上で、厳粛に冠婚葬祭を執り行なうのでした。

つまり、ハレ(霽れ)とケ(褻)の場が、物理的空間という意味では同一です。家族や集落といった、『運命を共にする集団の共同生活が、ヒトの行動を規律し、時間を画定し、空間を遷移させる』ような気がしてなりません。この融通無碍の発想も、改めて考えると、底知れぬ偉大さを感じます。

以上の両極に乖離した発想のこの空間の文化論(?)を、私は大学生の頃に気づき、ずっと考えては、その極端な乖離が、実に不思議、しかしいずれの発想も実に偉大だと、うならされてきました。この問題が人間の形をして具体的に私に接近してきたのが、昨日お話したMc君でした。その点で、両手で強く握手したい気分になったものです。 ただ、あの時の私は、上の「東洋の発想」を自分の英語力で表現する能力がありませんでしたし、そういう議論を展開する雰囲気でもありませんでした…。

ところで、あなたは、図書館で、または自室で、勉強しつつ、あるいは勉強しに入ったカフェで、香ばしくて甘いキャラメルマヒアートのヴェンティサイズとボリュームたっぷりのかにアボカド石窯カンパーニュサンドイッチと冷たくてフルーティーで甘くてゴージャスなトクシンベリーフラペチーノをお供に、15インチのサーフィスラップトップをサラリと使いこなして、大学のレポートをオシャレに考えますか(なんかしつこい?)。

...緊張感をほぐすなごめるまろやかなステキな雰囲気で美しい絵になります……か…? 思うんですが、『空間の合目的性』が、なんだかブレて酔い始めてきました…。(ただのひがみです。)

2023/08/09

■ まなぶ - なぜ図書館は自室より勉強しやすい?


学校の夏休みも後半でしょうか。青森県の場合、7/22~8/23頃だそうです。私の近隣のいくつかの市立図書館は、さすがに勤勉な中高生でいっぱいです。昼過ぎにうっかり行こうものなら、座席はないです。ところで図書館にお越しの皆さんは、図書館の本が必要なわけではなくて、「空間」が必要なのでしょう。ご自宅に「私個人だけで使える自室」はないんですか? あるなら、自宅で勉強してくれよ、…とは言えないですよね。私だって、学校に通っていた頃は「空間」が目的で、利用しました。

いまどきは小中高生なら「自室」はありそうですね。大学生や独身者など、一人暮らしなら当然アリ。では、なぜわざわざ図書館にやってくるかというと、そりゃ、図書館の方が集中できるからでしょう。なぜ集中できるのでしょうか。自室の方が快適なのに...。大昔に知人に考えさせられ学んだ気がしたことを書いてみます。

小中高生なら、自分のお部屋はどう使っているでしょうか。親に「勉強部屋」と称されて明け渡されているかもしれませんが、ドアを閉めて「自分の城」の主となった以上、ナンでもデキる専制君主に君臨しているでしょう。勉強も睡眠も当然ココ。音楽も聴ける。スマホでネットもLINEもTVも無制限OK。ゲーム機はやっぱり標準装備でしょうか。そこでは、軽く飲んだり食べたりもしますか? 他に、ヒトにより、趣味やスポーツのグッズが満載された快適空間でしょうか。

さて、私が大学時代に知り合ったイギリス人留学生のMc君の発想をどう思いますか。(彼の父は「上院議員だ」と彼はひと言説明したのみですが、イギリスの上院議員は、非公選で終身任用制の貴族院なはず…。しかもこの頃は世襲貴族議席の制限前の頃の話なのですが…。ま、家族関係は私はそれ以上詮索しなかったのですが、ちょっとしたいきさつで、音楽と茶の話で打ち解けて、気さくに話しかけてくれました。)

彼のイギリスの自宅(お屋敷というべきか)は、話から推理すると、チューダー王朝期(室町時代)頃の石造りの大邸宅のようです。この邸宅には、執事・運転手以下多くの係の方々を抱えているようでした。

当時私は都心の大学のすぐ近くの、戦前に建築された古い木造のおうちの1室を借りて下宿していました。10畳間で、部屋の2面が障子戸で、開ければすぐ廊下となる角部屋です。東京と言うより江戸の雰囲気です。ここで彼に紅茶ウバの夏摘み茶を白磁の茶器で出したところ、非常に驚かれました。貴重な知己ができたのもつかの間、その2週間後に帰国してしまったのですが。

彼は私の畳敷きの下宿部屋に興味津津のようで、それを見に来訪したようなものです。彼によると、日本に来て、まず嫌悪感を覚えたことは、ダイニングルーム以外で飲食することです。彼の国の自邸では、石造りのホールに靴音が響き渡る広大なお屋敷なわけですが、ここで育った彼にとって、睡眠はベッドルームで、食事はダイニングルームで、勉強はライブラリで、紅茶やスウィーツはティールームですべきことです(もちろん全部自邸に備わります)。音楽を聴くリスニングルームも別にあるそうです(石の家なので残響が大きく、RogersのLS-3/5Aという小さなスピーカでじゅうぶん楽しめる、と言っていたのをはっきり(羨ましく)覚えています...)。

彼が退出した後、私はチョイと考えてみました;

畳の座敷の1部屋が、書斎にもなるし食堂にも茶室にも寝室にもなることは、日本では何の違和感もなく、ごく普通のアパートから高級旅館までみなその発想です。が、この点に彼は大きな感情的違和感を覚えているようです。アジア的な発想、価値観の違い、と考え、自分の感情はひとまず理性で抑えることにしたようです。

ヨーロッパでは「目的別に部屋がある」。目的の定められた空間において、目的外の行為をすることには、倫理的嫌悪感があるということでしょうか。

私生活の場に限らず、日本では、学校でも職場でも、同じ教室同じ机で作業もすれば昼食もとります。ヨーロッパでもアメリカでも、すべての学校では、科学(理科)の授業は科学(理科)室で、地理の授業は地理室で。ランチをとるのはカフェテリアで。したがって、「自分のホームルームの自分の机で」という発想はありえないようです。

さて、『図書館が勉強しやすい理由』は、「自分のイマの狭い目的以外は、周囲にナニも無い」「その行為の達成だけに集中した専用の空間」「合目的的な空間」だからではないでしょうか。

イマ自分はここに、次の3時間で使うアイテム以外何一つ持っていないです。自分はイマこの瞬間その目的のためだけにこの世にある主観的存在で、ここはそれ以外の行為は絶対にできない物理的社会的空間つまり客観的存在です。これ以上簡素で合目的的な状況はないです。とりかかりさえすれば、容易に目的を遂げられます。

他方で、学校や職場の縛りを解き放たれて自宅の自室に帰れば、「自分は無限の可能性がある若者」(主観的存在)が、「何もかも揃っている自宅の自室」(客観的存在)の中にいます。逆に言うと「何一つモノにならない自分」が出来上がったりして...(すみません、私自身の反省です)。自室というのは、目的から最も遠い最悪の空間…にならないよう、自分を強く律していかないといけない空間ですね。