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2026/01/30

■ 農家の積雪期の剪定作業にはぜひスキーを


画像は、りんごの"樹氷"。美しいです...

  ...などとは言いたい気分にならないのが、りんご農家ではないでしょうか。

 この光景は、農家にとっては、今にも雪の重みによる"枝折れ", "幹割れ"が起きつつあるのが一目瞭然で、心が痛む図だと思います。

 りんごなどの果樹の樹形は、陽の光をまんべんなく浴びやすく、花と実の着きを良く、かつ作業性を良くするため、低い地上高で枝が十分横に広がる"噴水型"樹形になるよう、"矮化"栽培がなされてきました。

 結果として、積雪地に生息する針葉樹のような雪に耐える構造から離れ、雪の重みには極端に弱い形に変化させられたことになります。

 その歴史はやむを得ないアプリオリなものとして受け入れ、どんな対策が考えられるかですが、積雪地にて林檎や梨や桃を"矮化"した果樹で栽培するのであれば、積雪期間は、マメに巡回して枝の雪落としをするしかないでしょう。積雪地の住宅の屋根の雪下ろしみたいなものでしょうか。

 この際に大きな障害となるのが、そもそもりんご畑のなかには、積雪のせいでたどり着けないことです。

 個人的に何十年も思っていることですが、農家の積雪期の剪定作業には、スキーを用いるわけにはいかないのでしょうか?

  現時点まで、"かんじき(スノーシュー)"が伝統的に用いられています。が、履いて雪上をあるいてみたことはありますか?

 普及しているのは、ホームセンターで売っている数千円のプラスチック製のものです。

 が、1) あるきづらい、2) 割れやすい(ひと冬か数シーズンで使い捨て)、の2点で、致命的な欠陥商品です。数歩あるくだけで体力の消耗は大きいです。ただ、安さゆえに購入され普及していますが、使う農家は、上の2点のせいで、気が重く、冬は畑に足が向かず、作業がはかどらずに滞り、結果として毎年多かれ少なかれ積雪被害を被る宿命となっている図式です。

 私は軽量で高速移動可能な競技用のスノーシューも持っていますが(🔗2025/1/5)、競技用なら軽く速く少しラク、でも高額。とは言え、農家には、歩荷(ぼっか)するという、競技とは別の目的があります。いずれにしても移動の速さや容易さは、スキーと比べられるような快適さではありません。

 他のアプローチ手段として、スノーモービルや除雪機もありえますが、積雪は、1m2mと新雪が累積していくとすれば、両車両のクローラ(キャタピラー®)は、新雪上で空転し、車両は前に進まずに下にのめり込むばかりです。また、サイズが農作業にはデカすぎ、価格が乗用車並みと高すぎる点もナンセンスでしょう。

 深雪の果樹園に容易に進入できるベストな移動ツールは、"あるくスキー"だと思います。作業の樹木群まで雪原をスキーで歩荷しつつアプローチし、作業現場ではかんじきで雪落としや剪定をする、というわけにはいかないのでしょうか?

 長いスパンで見て、普及する日が来ることを願っています。

2025/12/27

■ あるく ■ Jazz喫茶アイディア

これまた写真歴50年のM君の
i-Phoneで撮影

「帰途のついでだから」と、M君は、青森市から弘前市に帰る際に、また魅力的な提案をしてくれました。青森市のJazz喫茶discの帰途(🔗12/25)、帰りにもう一軒行こうというわけで、彼に乗せて来てもらっている私は何の異論もナシ。ゼヒお願いします!

 青森市のJazz喫茶diskから、彼の快適な4ドアセダンに乗せてもらって30km、黒石市のJazz喫茶アイディアへ。

 私にはまるっきり不案内な黒石市。初めて探して訪れたしても私など絶対にわからない城下町黒石市の一方通行だらけの狭い小路です。しかもお店の駐車場は"3台あり"の表示。うち2台は埋まっていました。3台って書いてあるのに2台で満杯なんですけど...。M君は小路をぐるりと回って建物裏の小路へと進入し、3台目のスペースに難なく停めます...。スゴすぎるテクニック...。毎日猛烈に神経を使う歯科医の彼の、休日の趣味は、ご夫婦でこのような穴場中の穴場を、全県規模で巡り歩くことのようです。それで休日の解放感が得られるならステキな話です。おこぼれに与っています、今日の私は。

 狭い間口からお店に入ると、昭和のアンティークなお部屋のようです。石油ストーブのにおい。

 ワッチキャップをかぶったおじいさんが愛想よく迎えてくれます。第二次大戦前後のアメリカン女声ヴォーカルが流れています。着席したら、「あったかいあっちの席に移ったらどう?」と言われ、移ります。とそのついでに、スピーカーを凝視します。外は激しくなってきた雪、ほんのり暗闇の店内にあって、ユニットはまるで見えませんが、エンクロージャは、ここでもまたしても手作りですね、こりゃ。

 マスターのおじいさんがカップを運んでくれた際に、「あのスピーカーの箱は手作りですか?」と聞いてみました。「おぅ、もうガタがきてるけど、治してくれる人も高齢化しちゃってもうムリかな。それを言うなら、ユニットもウーファのコーンがこ〜んな風にたるんじゃって、もうダメなんだけど、治せないんだ、カネもかかるし。まぁこのままうまくやるさ」と軽く明るく饒舌なおじいさん。「あんたが入って来たときには、こりゃこんな曲の方がいいかなと思ってさ」と、60年代のアメリカンJazzのピアノトリオに曲が代わっていました。ありがとう!たぶん私の顔に「ピアノトリオにしてくれ」と書いていたんですね。すみません。「でも中音域の女声ヴォーカルの方が、スピーカーの負担が少なくて済むからいいじゃないですか。」と私が冗談を言ったら、「なるほどそうだね、あっはっは」とおじいさんは笑っていました。

 M君に連れていってもらった弘前富田の"Groovin'81"(🔗10/31)といい、青森奥野の"disk"といい、ここ黒石の"アイディア"といい、皆なんて良いオーナーさんたちなんだろう!ふだん古い倉庫そのものの自宅に籠もってばかりで、'カフェでコーヒー'とは縁のない私には、なかなか泣ける体験でした。

 M君、生涯忘れがたい体験を、どうもありがとう!

2025/12/25

■ あるく ■ Jazz喫茶disk

写真歴50年の友人M君のiPhoneで撮影

またMくん(🔗10/31)にお声がけいただいて、作業のお手伝いを。何度もやり取りし、時間がかかりそうでしたので、前日から、場面や関門となる箇所をよく考えて整理し、ひとまず出向きました。

 ら、必要に迫られていたMくんの、理解も決断も速く、ものの数十分であっさりと本日の目的が遂げられました。やはり"段取り8割作業2割(🔗8/9)"は金言だったか。

 「時間があるから、前回よろこんでもらった系のお店にまた行ってみよう」と勧められ、大胆に遠乗りして、青森市のJazz喫茶"disk"に、連れて行ってもらいました。もちろん私は初めてです。

 非常にきれいな店内に入ってビックリ!なんだあのスピーカーは!?

 ホーンにスリットはないけれどアルテックか、イースタン(EAW)か、まったく未知の機器と音。別世界に足を踏み入れました。大広間の遠くで生のセッションをしているような、広域から低域までの彫りが深いのに、軽く自然な音響、ですが、苦心して試行錯誤してじゅうぶんに調整した結果のすばらしい音場感が広がっています。

 エンクロージャは、見たこともない形状のバックロードホーン構造を横置きにしています。こうなるともはや自作でしょう。しかも横置きしたその真空管アンプ時代のバックロードエンクロージャの開口部にホーン&ドライバが吊り下げられています!

 たまらなくなって、カップを持ってきてくれたお店の方に「ユニットはアルテックですか?」と口からでまかせで聞くと、「私は何もわからないので」と言って下がってすぐ、はつらつとしたオーナーがお出ましになり、「スピーカーは、ヴァイタヴォックスのユニットで、エンクロージャは私の先代が山水(サンスイ)の技術者の方のアドバイスを容れて製作したものです。実はカウンタの向こうに、その技術者の方の手作りの球のパワーが置いてあるんですよ(真空管アンプのこと)。見ますか?」と、飛び上がるような僥倖の一言!

 もちろん拝見するのは外観ケースのフロントパネルのみですが、肉厚な金属パネルに最小限のトグルスイッチとシンプルなパイロットランプ、側面および天面パネルはパンチングメタル状で、きっちり几帳面な手作り感で満ち溢れています。固唾をのんで首を伸ばして見入ります。「球の寿命が短いし手に入りづらいしでもう...」と幸せいっぱいな笑い...。

 サンスイの技術者の方って、まさか平野さん(🔗8/11)?...そこまでは踏み込んで聞けませんでしたが。

青森 disk (Facebook画像より)

 う〜〜ん。名にし負ふ初めてその音を耳にしたVitavox。立派な家具調のエンクロージャしか知りませんでしたが、いま聴くこの音は、前回連れて行ってもらった弘前市内のGroovin'81のように、超高級品をガツンとダイレクトに聴かせてくれる猛烈なインパクトとはまったく別な発想ベクトルで、夢を見るような心地の良さがあります。もともとそういうキャラクターなのでしょうか。あるいていどマグネットの磁力が減衰して(ウーファとドライバの各ユニットは、50年は経っているハズ)、柔らかな音となっているのでしょうか。本当に自然な音場感や奥行き感です。

 汲めども尽きぬ透明な水がこんこんと湧き出てくるような自然な音場感...。これはまた今晩も眠れないです。明日も明後日も毎日ふらりと徒歩で立ち寄りたいです (;^^

2025/12/23

■ あるく ■ 津軽平野 - 北端の葦野原


今日もまた、冬の津軽地方には異例の"晴れ間"。気温は4℃と低いですが、この時期、太陽が出ているだけでも不思議な光景です。しかも路面は、この時期異例の"乾燥"路面です。

 むずむずして、ちょいとまた、冬眠中の(🔗2024/12/3)ロードスターのバッテリをつないで、冬眠したばかりのところ申し訳ないが、眠りを起こしてセルを起動します。

 いつもの大好きな"藻川"地区の田んぼの大平原(実はこの場で紹介したことはありません)。冬のお日様のもとで、暖かい黄金色の稲藁色の平原が広がる道を快速に進みます。葉の緑が消え失せた冬の、見晴らしが良い黄金色の道を、ぽかぽかと暖かくこじんまりとした室内のロードスターで走るのは、何だか異世界の幸せ感があります。

 一級河川岩木川に沿って土手沿いの道を、どんどん下ります(地理的には北上です)。

 広大な葦野原の河川敷(🔗11/6)。地平線が見えそうなくらいです("地平線が見える"地理的な条件は、前方直線距離27kmの平原ですので、惜しいところで及ばないのですが)。

 あるいてみます。さすがに4℃のもとでふきすさぶ風は寒い。

 白い太陽が冷淡です。正午の南中時刻付近ですが、太陽高度は計算上で仰角26度程度。だとしても、広大に広がる葦野原は、さすがに綿毛は朽ち果てたものの、今月一度雪野原となったはずの葦の平原が、驚いたことに、ごく少しの暖気でそのロフト(嵩高復活性能)を回復し、また立ち上がっています。


 湿潤期や積雪期に、大量の空気を含む断熱素材という点で冬暖かく夏は乾燥して涼しい屋根素材として、いかなる建材にも優る最高の素材である所以でしょう。

 長い積雪期を経た春には、例年、潰れ果てているのですが、今日この小春日和には、強靭で健気な立ち姿に、心打たれるものがあります。


 ふぅ、なにかことばに表せない充足感を覚えて、また楽しくロードスターのシフトノブを操って、昔ながらの集落をたどる旧道を縫うようにして帰途に着きました。

2025/11/25

■ あるく ■ 深浦の銀杏

2025/11/25

2週間を経て再度(🔗11/12)、北金ヶ沢の大イチョウ(深浦の銀杏)のもとへ。

🔗深浦町観光公式サイト

 今日は珍しく午前中に青空。その後は曇天と雨雪のまま12月にはなだれ込みそうです。路面凍結の前に、ひと目でも...。


 実際に近づくと、やはり威容です。1本の木が森をなしているかのようです。

 冬の日差しをかみしめます。

2025/11/15

■ あるく ■ 関の甕杉


先日の"深浦の銀杏(北金ヶ沢の大イチョウ)"🔗11/12 にほど近い、やはり北金ヶ沢にある三大巨木の一つ、"関の甕杉(せきのかめすぎ)"。

 樹齢は1,000年を超えていますので、私がよくあるく巖鬼山神社の杉↓(cf. 🔗2024/1/17)とほぼ同世代のようです。

cf. 巖鬼山神社の杉
 🔗2024/1/17

 山道ふうなアプローチをあるきます。この位置は、地理的には、マタギの文化が色濃い白神山地の西端が日本海に落ち込む位置なので、古来からのクマ生息エリアです。手ぶら無防備であるくのは少し心拍数が上がります。とはいえ、実はすぐ眼下に幹線国道101号線と北金ヶ沢の漁港集落およびすぐ白波立つ日本海が見渡せる、短い参道だったりします。


 この地域に散在していた鎌倉末期から南北朝にかけての古い石碑群も、昭和の御代にここに集められて祀られています。

■ 海を見下ろすとは言え、巨大で奇怪な形の杉と古碑群により、なかなか深山の雰囲気をたたえた異様な雰囲気です。

 '巨木の下にたたずんでみる' というのは、異世界につれてこられたようで、たまに現実を離れて身を置きたくなる空間体験です。

2025/11/12

■ あるく ■ 深浦の銀杏


北金ヶ沢の大イチョウ(深浦の銀杏)。まだでした。今年は黄葉がうんと早いかなと思ったのですが。でも、新緑みたいな黄緑の銀杏の葉も、この時期に異彩を放っていて、惹かれます。


 樹齢1,000年以上、高さ約31m、幹周約22m、国天然記念物...と言ってもさっぱり実感がわかないでしょう。大樹こそ、その場に行ってみなければ感銘がわかない存在です。

 例年12月初旬が見頃な気がします。その頃はもう路面凍結が怖いけど、また来てみることにします。

2025/11/06

■ あるく ■ 河川敷の葦野原


銀色にさやさやゆらゆらと

 さやさやさやさやさやさやさや...

 ゆ〜ら ゆ〜ら ゆ〜ら...

 はっ、意識を失うところでした、ふう...




2025/10/14

■ あるく ■ 津軽平野北部の"葦野原"


今日も秋晴れの穏やかな良い天気。画像は昨日のドライブの帰りです。

 一級河川"岩木川"の下流域の広大な河川敷に、葦野原が広がっています。(syn;🔗 2024/12/2 )


 "葦"の読みは"アシ"ですが、"悪し"の音を嫌って"ヨシ"とも読まれるようになって数百年。同じ植物です、が、植物学的に種類はいくつかに分かれます。

これも、物心ついたときからあたりまえの光景ですが、実は貴重なものだそうです。

Google AI 検索

環境省のサイト(🔗環境省 ウェブサイト)では;


- 生物多様性保全上重要な里地里山 -
選定理由 - 岩木川の芦野地区から、十三湖に至る11kmの両岸に約400haに広がる、日本でも有数の面積を誇るヨシ原である。
茅葺きや簾、漁具など生活用品の素材にするために、古くから地元住民によるヨシの刈取りやヨシなどの野焼きが行われ、ヨシの純群落が保たれていることから、オオジュリン、コジュリン等の草原性の野鳥をはじめ、希少な鳥類が多く生息している。また人里も近く、イイズナの生息も確認されている。
保全活用状況(取組状況)- 現地ではヨシ原の研究者や、ヨシを刈払い、建築資材等として利用している業者が居り、保護活動や鳥類の観察会等も実施されている。
今でもヨシは茅葺き屋根の材料、りんご栽培で重要な役割を果たすマメコバチの巣の材料として活用されている。
その他参考情報  - 日本の重要湿地500

白波がゆらめいているようなふさふさとした白い葦野原に、実際にたたずむと、私などは小さい頃の原風景として、まずは広大さへの恐怖感。しかし今では、こころなごむ遠景です。

 "河川敷の植物などクマの通り道になるだけだから、すべて伐採して燃やしてしまえ"と、公然と個人ブログで主張する農家の方も存在しますが(🔗10/12)、あんまりなのでは...。

 この光景がなくなるだなんて、悲しいです。

 東北の川風景100選(🔗東北地方整備局)では、さすがに一般人の取れない視点から撮影されていて、どれを見ても溜め息の出るようなすばらしい画像です。


ついでに、近くの藤崎町河川敷に渡ってくるハクチョウ。この皆さんは、すっかり餌付けされ、ヒトを信頼しきっていて、餌をもらいに寄ってきます。ほんの10kmほど離れた、私のさんぽみちの"廻堰大溜池"では、はるか遠くにヒトの影が見えた途端、コロニーの皆がいっせいに逃げるというのに。


いずれにしても、永くあり続けてほしい光景だと信じています。

2025/10/13

■ あるく ■ 平舘灯台


青森市内の親類を訪れた後、薄曇りの秋空のもと、暖かく乾いてさわやかな風に吹かれるように、自宅に向かわず、陸奥湾岸をゆっくり北上。

 青い空と青い海を背景にした白い灯台は、"灯台"の絵としていちばん映えるのですが、今日はどうかな。

 いつもの旧街道の松林。波音を聞きながらしずかにゆっくり抜けます。


 すぐ平舘(たいらだて)灯台・平舘台場。

 空は高層に巻層雲。高気圧下にのびやかに広がる秋の雲。気温は穏やかで、海風が気持ち良いです。


 "台場"という単語は、幕末に設置された砲台を言います。ここにもその謂れが掲げられています。


 が、それよりこの旧幕時代以来の松林の見事さ。さすが殿様時代のお役所が手を入れただけあって、幕末情緒が漂い、しばし見とれます。

 あ、肝心の平舘灯台は、足場が組まれ、お化粧直し、つまり塗装工事中だそうです。


 30分程度散策し、1時間半ほどかけ、山を越え、藁焼き煙る靄の津軽平野を縦断してゆるゆると帰宅。

2025/10/12

■ まなぶ ■ 津軽平野の藁焼き


津軽の風物詩。

 ...と表現すれば風情がありますか。通称"藁(わら)焼き"、"藁焼き公害"。

 津軽平野の田んぼという田んぼが、いっせいに火祭り状態です。

 つまり、稲刈り後の稲わらの焼却のことです。Google先生の解説は過去形になっていますが、トップ画像でおわかりの通り、毎年変わらず現在進行形ですよ。


 稲刈りは、今どきはどこでも、コンバインで刈り取り、コンバインからは作業時に同時に、鋤き込みに便利なように裁断した稲わらを排出します。稲刈り直後に、稲わらを改めて土壌に鋤きこんで土中にて冬中にゆっくり腐敗させ、菌類細菌類などの生態系分解者に委ねれば、翌年の土壌改良につながります。

 が、津軽の人間はそれをせずに、さっさと燃やしまくって、すぐに首都圏などに冬の4,5か月間"出稼ぎ"に出発します...。

 このスキームが、昭和やそれ以前から続く"寒冷地の貧農=津軽地方"の決定的印象です。

 藁焼きの匂いとせき込むような煙が、せつない冬の到来を告げるようです。

 と同時に、このスモッグは、人工的な濃霧に近い存在で、重大な交通事故や交通障害、健康被害をもたらしてきました。

 街中にあるあなたの家の中にまで煙は入り込み、布団や衣類や洗濯ものにびっしりと煙くささがこびりつきます。逃れられる場所は無いです。

 "農家に限って、野焼きは許される。植物は二酸化炭素を吸収して生長したのだから、これを燃焼しても、二酸化炭素をもとの空気中に返したダケだ。カーボンニュートラルは保たれているんである"と主張する論者は、もちろん自分の利欲が絡んでいるからです。数十年数百年かかって吸収した二酸化炭素を、いきなり一瞬のうちに放出する、それもあなた個人の金銭的利益のためだけに...。あなたの利益のためなんだから、他の人類は交通事故や健康被害くらいガマンしなくては...。

 最近ではさらに加えて、"クマの通り道となる河川敷の植物という植物は、徹底的に伐採して燃やしてしまえ!"という論も果樹農家から主張されています。(🔗8/20のクマの珍情報源(個人のウェブサイト))

 都道府県自治体では、その意見を支持していないようすですが、どうなのでしょうか。

 青森県庁のウェブサイトでは、「法律上も条例上も野焼きは禁止。稲作農家の藁焼きは弊害がある」として抑制する傾向です。

 "交通事故多発"は今は置くとして、誰にでも起こり得る"健康被害"を、「🔗稲わら焼却による大気汚染状況調査結果(R6)」(PDF文書)にてまとめています;

〈調査項目について〉
○浮遊粒子状物質(SPM
大気中に浮遊する粒径10μm以下の微細な粒子。自動車や工場の排ガス中の化学物質のほか、火山灰や黄砂等の自然由来のものにも含まれ、大気中の光化学反応により二次的に生成される場合もある。 
○二酸化窒素(NO2
主として、重油、ガソリン、石油などの燃焼により発生する一酸化窒素が、大気中で酸化されて生成する。二酸化窒素を含む窒素酸化物(NOx)は光化学スモッグの原因となるほか、人体の中枢神経系に影響を及ぼし、呼吸気道、肺等に障害を与える。
○微小粒子状物質(PM2.5
SPMの中でも直径2.5μm以下のもの。通常のSPMよりも肺の奥に入り込みやすく、吸い込むと肺がんや循環器疾患の原因となると言われている。

 SPM、NO2、PM2.5の各濃度とも、稲刈りとそのスモッグ発生時期には、跳ね上がっているグラフが、このPDF文書からは、容易に視て取れます。

例; PM2.5濃度

 市町村自治体の採る対策はといえば、『藁焼きはやめましょう』というノボリを主要国道県道バイパス沿いに立てるという無能ぶりです。

 "津軽地方だなんて、貧しい稲作農家地帯なんだから、鋤きこむという手間ヒマ費用を惜しんで稲刈り後はすぐ出稼ぎに"、というスキームは、今でもこの津軽地方にやはりあるのかなぁ、農家の皆さんが豊かに暮らすためにガマンしなくちゃだめかな、やっぱり...。お米はあんなに高いのに...。街場の路地裏にすむ私は妙に目がしょぼしょぼして涙が出てきました...ごほごほ。

2025/10/10

■ あるく ■ 砂沢溜池


津軽地方の奥地の、観光地でも何でもない山あいの集落地域を縫って、長くゆっくりクルマを走らせました。

 曇ってひんやりした空気。これまた津軽地方の鬱々と内向的な雰囲気に合っているのかもしれません。

2025/06/28

■ あるく ■ 湖畔の木陰の道 - 森田六沢溜池


スッキリ晴れました。暑くなりそう...と、身構えていたら、お昼の気温24℃、湿度は40%で、風は強いのですが(風力5m/s)、初夏のさわやかさ。すばらしい。

 たまに、忘れかけていた道を...。田んぼとりんご畑を縫ってクルマで20分ほどの、旧森田村のりんご畑の森の迷路に。

 かつては、サイクリングがてら、もっぱらフラットバー化したロードバイク(→🔗2024/6/3)で行き、延々と広がるりんご畑の迷路をランニングしたものです。農道が舗装・未舗装併せて網の目のような迷路状に広がり、ランニングしたあとに自分のチャリをどこにデポしたかわからなくなって顔面蒼白となったことがありました。2014年から1年の労働日数が365日となり、以来まったく足が向かなくなってしまいました。じゃ10年以上ぶりですネ。

 迷路の詳細を忘れたので、記憶をたどりつつgoogle mapで下調べしてから向かいます。

google map

 今後の暑い季節にまた来れるよう、溜池の湖畔の、なるべく木陰のある道を選びます。

 軽トラがやっと通れる道ばかりですが、その分、農家のお昼休みの時間帯に出向くと、静まり返った緑の散策路を遠慮なく堪能できます。

 道の両端が溜池です(①地点)。とおる風が実にさわやかです。

①地点

北岸

南岸

 さらに細い道に入ります。やはり左のガードレールが湖岸となっている道です。樹林が密で手入れもほぼなされていないのですが、湖畔というのは風がよく通る地形ですので、虫も煩わしくなく、涼しい木陰の小径となっています。

②地点

 気持ちの良い道を思い出しました。これから少しずつ迷路を解きほぐしていこうと思います。

③地点

2025/06/21

■ まなぶ ■ 縄文土器 - 三内丸山遺跡の展示


緑とそよ風にあふれるいにしえのさんぽ道を存分にあるきました(🔗6/19)。日も傾きかけ、閉館まで1時間に迫りました。

 改めて展示館に入り、今度はこころの照準を、"土器"に合わせて見て回りましょう。

館内は、写真撮影可。"SNSで紹介してね"との表示があります。


 ジオラマは、地理的鳥瞰とともに、自分の理解の俯瞰が一気に進む展示物なので、詳細に見ることにしています。作った人たちの苦労やテクニックや工夫も看取されて、楽しい小世界です。cf. 奥入瀬渓流🔗2024/4/26


 館内は、「見学者」という現代人の人影は完全に絶え、ひとり貸し切って、縄文人の方々に見られながら拝見、という状況です。縄文人の皆さんそれぞれさまざまな作業中...のところ、おじゃまします。そ、それにしても、土器の圧倒的な(発掘&復元)量と、それらの巨大なこと...。


 その形状が"熱効率"という思考を得ています。狩猟した大型中型動物を解体して「焼いて」食う...だけの食生活から、動植物を「煮炊する」ことによって、消化性・保存性が劇的に改善され、ヒトという生物の寿命は飛躍的に伸び、個体数は爆発的に増えた...、との趣旨を、中学1年生の"歴史"で習います。

 前回書いた"黒曜石交易文化圏"(🔗6/18)の感動もそうですが、中学高校の歴史の授業は、それを老人の皆さんが批判するような「支配者の入れ替わりを羅列するだけの歴史授業なんて、どうかと思います/けしからん」ではなく、きちんとヒトの営みの賢明さとその感動を伝えています。"博物館"の存在で、そのことは、批判する老人の皆さん(往々にして大学受験等の中等教育の歴史を履修していなかったりする)が生命体として発生する以前から、明らかですよ。大河ドラマばかりご覧にならず、脚を使って外に出て、博物館を巡るのも楽しいですよ。

 "土器"というテーマひとつとっても、感動が伝わります。

 こちら↓は、土器ですが、漆で仕上げた"漆器"です。内容物の貯蔵性や土器そのものの耐腐食性を改善した効果があったと思います。


 それにしても、5,000年以上前の"漆器"とは...。


 こちら↓は特別展。縄文草創期の"無紋土器"の次の世代に遷移しつつあった"細隆起線文土器"です(レプリカ。左端に発掘片)。三内丸山遺跡は縄文中期の大規模集落ですが、この特別展は、当遺跡の縄文中期からさらに1万年さかのぼる14,000年ほど前のものです。想像を絶する古さのはずですが、このデザインは、製作時に、作業性や使用時の効率を念頭に置いたほかに、装飾性・芸術性まで意識し始めた様式を感じます。


 こちら↓は通常展示。↑から1万年!へだたっています...。規模が巨大化し、意匠にも堂に入った製作者の意志を感じます。


 そう思うと、5,000年前の土器ですが、美しさという感覚をじわりと呼び起こされる思いです。

 特別展を出て館内を移動していると、地下への階段と「収蔵室」のガイドプレートが。ふつうは、見学者ならそのまま通過しそうですが、ちょっと下をのぞき込みます。見学者が降りてかまわないようです。


 壁は、発掘された土器片です。レプリカではないです。あの地元小学生だった彼の話を思い出します...。🔗6/19


 おぉ、復元中、もしくは石膏かエポキシ樹脂かで補修復元済みのおびただしい数の土器群がきれいに陳列されています。(トップ画像も)


 その壮観さに、しばらく見上げたまま...。はぁ~とため息が出ます。


 さて、最大の不思議、土偶。当遺跡のそれは、平板土偶です...が、よほど大量生産されたのでしょうか...。どう見ても、いわば「縄文アーティスト展」ともいうべき、現代アートのアトリエ主催の美術展の一角にしか思えない、不思議で心おどるような芸術性に満ち溢れています。

 蛇足ですが、私のこの感覚を煽るかのように、ここの展示枠の色は、ポップなマゼンタピンクの塗装ですよ!(笑...展示担当学芸員の方の「世代を問わず、親子で/友人と/カップルで、"現代アート"を楽しんで!」という意図を感じてしまいます。ステキな演出です!

 う~ん、キミたちはなぜ存在しているのだろうか。種々の説明がありますが、私の知能と理性では理解不能で納得がいきません。合目的的な存在価値を見出そうとするのは、しかしながら、「歴史の授業はこうあらねばならぬ」と何にでも"自分で理解できる(ハズの)科学的説明"を得たがるアタマのカタそうな科学者的態度になりそうですので、戒めることにします。

 この分野の専門研究の今後のさらなる成果に期待するとして、今は、自分の無知を知り、そのまま受け入れ、これらの存在の不思議さと芸術性を心に刻みたいと思います。