■ ■ 収穫の時期となりつつある旧柏村の田んぼ・りんご畑・左の青いネットはぶどう畑をあるきます。
■ ■ この時代考証不明ながら不思議な"ほっこり感"のある画風は、実に独自の趣がありますね。
■ ■ この時代考証不明ながら不思議な"ほっこり感"のある画風は、実に独自の趣がありますね。
■ ■ 公共の遊歩道の柵に強引にぶどうを誘引している個人的使用法ということなんですがネ。
■ ■ 今年は昨年にもまして手を抜いた でたらめな 簡易な方法を採用しているようです。
■ ■ でもぶどうは、ギュウギュウ詰めながらも順調に育っていますネ。
■ ■ もう薬掛け(薬剤散布)ですか。4時過ぎですよ。勤勉な農家だなぁ。
■ ■ 夏草がだいぶ繁茂して、春の頃の抜けるような広々感が弱まりました。
■ ■ 夏草の草原にぽつんとたたずむ小さな祠に来ました。
1) 長寿と厄除け
■ ■ 梅は、冬の寒さを耐えて春にいち早く花を咲かせるため、生きる力の強さの象徴とみなされてきたような気がします。敷衍して、「長寿」「無病息災」「厄除け」の縁起を担ぎ、園の入口に植えることで、りんごやその世話をする家族にとって守り神のような役割が期待されていると思います。
2) 春来訪と農作業開始の象徴
■ ■ 早春に花が開くことが、春の、農作業の一年開始の、"合図"の意味を持ち、りんご畑に彩りを添え、新しい一年への気持ちを高揚させる象徴的な意味を持っていると思います。
■ ■ 以上の2点と同じような意味にくわえ、近年では、さらに実用的な役割、つまりその果実を家族が楽しむという意味で、梅よりも、桜・梨・桃・さくらんぼを植える農家が増えているように見受けられます。その分、手入れの工程が増えますが、昔に比べて、栽培ノウハウの情報化や資材調達の容易さが進んでいるので、実利を取る農家が多いような気がします。
■ ■ いずれにしても、梅に限らず、農家の人たちの気持ちのゆとりが、とおりかかるすべての人の目を楽しませてくれますね。
大和には
群山あれど
とりよろふ
天の香具山
登り立ち
国見をすれば
国原は
煙立ち立つ...
■ ■ それはともかく、一般に、通りがかりに眼にする人にとっては、いかにも、汚れた雪をかき回すような、どう見てもキレイな光景には見えません。今日の画像も全部そうです。ごめんなさい。
■ ■ 1機あたり自重10t(普通の乗用車10台分)から30tのブルドーザで、堆積した広大な雪原に、高低差4,5m(今の時期の、八甲田連峰の雪の回廊レベル)もあるような筋を入れる作業は、豪快でもあり、猛烈に「危険・汚い・キツい」3K作業でもありますが、円滑な社会生活や環境復元のために有用です。
■ ■ 橋の上から、つい立ち止まって眺めてしまいます。
■ ■ 近寄って野次馬みたいに見るのはもちろんダメ...見たいのですけれどネ。そんなヤツいないか。
■ ■ そりゃぁ、キレイじゃない。けれど、私には、"鳥の渡り"のような、「春先の感動的な光景」そのものです。"鳥の渡り"は、宇宙や生命体に組み込まれた秩序をしみじみ感じますが、"筋掘り"には、ヒトの良心を感じます。いずれも、春の感動的な風物詩です。
■ ■ ゲーテの忠告通り「朝の時間は金貨をくわえている」「朝は偉人をつくる」ほど貴重なのは、気力や集中力が漲っているからだと思います。他方で私など、若い頃は惰眠や今は除雪や、あるいはただ朝起きして満足しているだけです。
■ ■ 3月を機に、もう少し工夫して充実した時間にしたいな、と、こんなすてきな景色のなかで、思います。
■ 雪は轟音を立てて水平に流れています。
■ 河畔のりんごの森を、クロスカントリースキーで散策...という優雅な風情ではなく、強行軍となっています。
■ ホワイトアウトしたりんごの森。どこをあるいているのかわからなくなりそうです。猛烈な西風なので、方角はわかりますから、あとは淵に落ちないよう気をつけます。