2026/10/20

■ あるく ■ 霧と曇り空の湖畔


■ ■ 明け方前の夜空を見上げると、雲の切れ間に星がちらほら見える程度の曇り空。昨日の雨から察すると、冷え込む明け方に向かって霧になりそうです。

■ ■ 思いのほか濃い霧がひろがってきました。


■ ■ 日の出前の薄明にあるき始めます。


■ ■ 曇天に霧ですが、それもまた佳し。


■ ■ 日の出の間際。光がさすにつれ気持ちも明るくなります。

■ ■ 曇り空でも、少しでも雲間が開けていれば、日の光と雲とで織りなす変化を楽しむことができます。


■ ■ 日が昇るにつれ、雲は厚くなってきましたが、霧が引いていきます。刻々と移り変わる朝の風情を楽しむことができました。

2026/10/19

■ あるく ■ 親柱のオブジェ - 虫2


■ ■ 岩木川本流に架かる橋で、"虫 (ref.→🔗10/19)"のオブジェが存在するそれは、2箇所のみです。が、これに流れ込む支流に架かる昔ながらの集落がある橋には、たくさんの土着の(?)"虫"がいて、この習俗が根深く浸透しているのを実感します。

【湊橋】河川距離標28.2km地点に流入する"十川(とがわ)"合流河口から約1km遡上地点


■ ■ 湊橋(みなとばし)の4本の親柱のうちの1本のみに屹立しています。同じ欄干の向こう端の親柱におそらく同じものについて破損撤去した痕跡があります。


■ ■ 改めてよく見ると、なかなか存在感があります。



【中泉橋】県道160号(羽野木沢梅田線)の十川架橋。十川には河川距離標が設置されていません。


■ ■ ここ中泉(なかいずみ)集落のはずれの橋にも、何かいます...。


■ ■ この存在感も大きいです。風雪に打ちひしがれ迫力が増しています。子どもが怖がりそうです。

■ ■ 橋と集落の入口を守るこの"虫"も、何代目かですが、その歴史は...何十年か、いやさらに古くから橋と往来する人を凝視してきたと思います。背後に強い信仰の存在がしのばれます。


【五所川原大橋】 河川距離標28.1km地点


■ ■ 岩木川本流に架かる"虫"の2橋目。これまでのようなリアルなフィギュア(彫像)ではなく、レリーフ(透かし彫り)のようです。

■ ■ 橋の歴史は浅く、30年あまり程度で、津軽令和大橋(ref.→🔗9/22)ができるまでは、岩木川に架かる最長最新の橋でした。

■ ■ 親柱に組み込まれている"虫"の透かし彫りは、一見すると、ブロンズ(青銅)、つまり金属製に違いないと思ってしまいます。「なぁんだ、装飾的な鉄格子みたいなものかぁ」と思うでしょう?

■ ■ 実は、こんな繊細なレリーフですが、金属ではなく陶器(焼き物)で、地元の"津軽金山焼き"です。

■ ■ 全国的に有名な"備前焼"と同じく、釉薬を使わず、1300度以上の高温で!(...青銅の融点1000℃や銅の融点1085℃を超え、鉄の融点1536℃に近い!)、じっくりと焼き締めた"陶器"です。

■ ■ 津軽の厳しい寒さ・雪・強風・雨に長年さらされる屋外の橋の親柱という過酷な環境でも、割れたり風化したりしにくいとのことで、たしかに40年近く耐えています。

■ ■ ふだんあなたも私も何も考えずにクルマでお気楽に渡る橋ですが、橋梁工学から芸術、宗教的信仰にいたるまで、ヒトの叡智・信仰・願いが込められていることに感動を覚えます。

2026/10/18

■ あるく ■ 岩木川に沿って [12] 30k > 34k - 強巻>鶴寿橋


■ ■ すっかり日の出も遅くなりました。朝の最低気温も5℃...。明け方の雰囲気を満喫できる時間も少なくなった気がしてしまいます。

■ ■ 前回の30.0kmポストからスタート。この時期、月齢が若いので、お月さまと明け方のさんぽを楽しむことはできないようです。真っ暗です。


■ ■ が、まもなく、霧の向こう、北八甲田連峰の山並みにふんわりと薄明(はくめい)の兆しが灯ります。


■ ■ 31kを通過。周辺は見渡す限りりんご畑ですが、りんごの木も実の色もまだ判別できないです。


■ ■ 32k。南西の空までほのかなピンク色が広がってきました。裾野の霧といい、冷え込んでいるような色彩です。


■ ■ 河川距離標"R_32k"表示が白塗りされています。改装中ですか?

■ ■ "R_33k"キロポストも。


■ ■ 近づくと; 


■ ■ 日の出となりました。土手のごく細い舗装路(河川管理用通路)が、赤いポプラ並木(!?)になっています。見慣れない表情と色彩の美しさに、じっくり見とれます。


■ ■ R_34k。鶴田町中心部の"鶴寿橋(かくじゅばし)"が見えました。このすぐ先で、静かな河川管理用通路に上ってくるように生活道路が合流してきます。今日はここで折り返しましょう。

■ ■ 岩木山の背景をなす色調の移り変わりが美しいです。高層雲もないすばらしい快晴です。


■ ■ 帰路、稲刈りが終わった田んぼの平原。農繁期とはちがう冬枯れに向かうおだやかな雰囲気です。


■ ■ 変化のない平野部の土手をあるいただけですが、私にとっては、景色の変化と空の色彩の移り変わりとのおかげで、往復で8km前後もあるいた実感がないくらい短く感じられます。万歩計を見るとたしかに11,000歩。毎朝の楽しみです。

2026/10/17

■ あるく ■ 湖畔を夜明けに


■ ■ 平地の紅葉も色づいてきましたが、まだこれからのようです。明け方の色を楽しんで良しとしましょう。

■ ■ 湖沼地帯の表情の多彩さは、言葉に尽くせない美しさがあり、それがヒトの知らない時間・場所で次々と展がっています。特に明け方は。そう思うと眠っていられない思いです。


■ ■ 東の空の日の出の表情のほかに、西の空に映える曙光の表情も趣があります。


■ ■ ここのナナカマドの実が、いつものくすんだ紅色とちがい、今年はずいぶん明るい色です。梅も紅葉も年によって見栄えが大きく違うのと同じでしょうか。

2026/10/16

■ あるく ■ 親柱のオブジェ - 立佞武多


【乾橋】河川距離標 27.4km地点

■ ■ 乾橋(いぬいばし)の親柱には、立佞武多(たちねぶた)のレリーフ。

■ ■ 欄干の両端の親柱が同じ絵です。

■ ■ 立佞武多は、五所川原市の夏祭りです。

■ ■ 和紙と木材で組み上げた立ち上がった人形山車で、最大高さ約23メートル、ビル約7階建て相当。これが市中心街を練り歩きます。

■ ■ 明治時代中期に勃興した祭りだそうで、現代より規模が大きかったと聞いて驚きます。電線が張り巡らされるようになった大正期に衰え、太平洋戦争で設計図も写真も塵芥に帰し、絶滅しました。

■ ■ その後昭和期には無かったのですが、1996年に復活させ、その知名度は青森の"ねぶた"・弘前の"おうぎねぷた"を凌ぐ勢いでまたたく間に全国区のお祭りとなったようです。地元では賛否あれど、新たな文化が生まれた感じがします。

■ ■ 乾橋は、その古風な名前からして、この近隣在郷ではもっとも歴史が古く、明治初期に木造の橋が架けられたそうです。

■ ■ どの橋にも、現代建築工学のすばらしさが現れているのみならず、歴史や文化を感じさせる面影が感じられて、興味深いです。