2026/10/14

■ まなぶ ■ 河岸距離標(キロポスト)と測距位置


■ ■ 河川の河口を起点"0km"として(ref→🔗9/11)、河川を挟む左岸と右岸の堤防上にある国交省河川事務所の管理用通路には、河川距離標(キロポスト)が設置されています。

■ ■ そうそう、訊かれたんですが、"右岸と左岸"とは?

■ ■ 例えば、あなたが橋の中央に立ち、"下流方向"を見ます。左腕側の岸辺が"左岸"です。高校地理ですネ。

■ ■ 河川管理用通路は、一級河川の場合、狭い箇所で幅員2m程度ですが、ほぼ全線に渡り舗装されているようです。"管理用通路"であって道路交通法上の"道路"ではないので、一般車両は通行禁止です。

■ ■ 歩行者は? ...国交省のパンフレットでは、キロポストの説明の一部に"散歩やジョギング時の距離の目安"と表現しています(ref🔗→国交省仙台地方整備局)。 ...いいみたいですネ。

■ ■ 設置距離は200mおきです。

■ ■ が、トップ画像を再度ご覧いただくと;

■ ■ 約100m程度の区間に、6本。"29.0k", "29.2k", "29,4k", "29.6k", "29.8k", "30.0k"が立て続けに。29km地点から30km地点までの1kmの区間を1分であるけそうです。そんなばかな。マラソン入賞者のペースは1km3分前後です。

■ ■ "散歩時の距離の目安"にならないではないか。何というでたらめなお役所仕事...というわけじゃなさそうです。私は測量の専門家ではもちろんないので推理しただけですが;河川を測距するに際して、どこで測距しているのかな?と考えました。どうやら堤防上で測距しているわけではないでしょう。

■ ■ たぶん、左右岸の水際を結んで、水流と垂直に交わる線分を引いた際、その線分の中点、水面の左右中心部ではないでしょうか。

■ ■ では、川の線形が蛇行している箇所は?

■ ■ カーブの外側の岸では距離標区間が長く、内側の岸では短くなるんじゃないでしょうか。ちょうど後輪軸にディファレンシャルギアのついたクルマの後輪がカーブを曲がる際、カーブ外側の車輪は長い距離、内側の車輪はそれを待つかのように短い距離を移動するのと同じです(ref🔗→sabin機械工学)。


■ ■ 調べると、国交省のPDF文書(ref→🔗国水環保2号H30/4/13)がありました。そのp14に私が赤で加筆したものです。


■ ■ 測距位置となる"流心線"が点線で示されています。

■ ■ 右岸R_1kmからR_2kmは長く、左岸L_1kmからL_2kmは短いです。

■ ■ トップ画像の距離標がごく狭い間隔なのも納得。

■ ■ この箇所から数十kmに渡り、典型的な氾濫原たる岩木川の奔放な蛇行ルートが続き、その堤防は非常に複雑なラインを描きます。この付近はまだ単純な線形か。


■ ■ おや、ということは、対岸は、キロポスト間隔がものすごく長いはず...。次回、右岸をあるいてみます (しんどいかも...)。

2026/10/13

■ あるく ■ 岩木川に沿って [10] 24k > 28k - 田川>乾橋


■ ■ 穏やかな良いお天気。今日の"河岸さんぽ"は、両岸いずれを選んでも往来頻繁な県道を兼ねた土手の道となりますので、明け方早めにあるき出します。

■ ■ 結果的に往復8km以上をあるきました。"朝のさんぽ"にしてはずいぶん...。以下の画像は河川距離標の数値の若い順に並べ、往路と復路の画像(太陽高度)が混在しています。

■ ■ 前回は河川距離標"R_24k"まで(→🔗10/9)。今日はあるく土手の道の交通量を勘案して、左岸をあるきましょう。"L_24k"から。


■ ■ 日の出の瞬間。いつ見ても軽い感動があります。希望とすがすがしさに満ちています。


■ ■ L_25kは、古くからの農村集落の南の入口にあります。


■ ■ 朝日を背にした"しゃこちゃん"に挨拶して新津軽大橋を通過。


■ ■ L_26k。道は広く快適です、交通量は対岸よりがっくり少なく、広い葦の原の輝く綿毛を楽しむゆとりがあります。


■ ■ 道は急な右カーブ。直進する先の草むらの小径は、JR五能線が岩木川をまたぐ鉄橋で行き止まり、立入禁止です。(トップ画像も; L_26.4k)


■ ■ その五能線の踏切を渡り、都市部に入ります。この『岩木川に沿って』の河岸さんぽで初めて鉄道と交わりました。


■ ■ 市街地の住宅地の小路を抜けて土手に出、L_27kを過ぎます。このシリーズ、27km目にして、初めて、歩行しているヒトと出会い、ヒトと発話します(;^^...。朝の挨拶をします。


■ ■ 国道101号線が通る"乾橋(いぬいばし)"を通過します。岩木川河口から南下してきて初めて"国道"と交わりました。


■ ■ 津軽平野のりんご栽培の北端、すなわち本州のりんご栽培の北限は、津軽平野を東西水平に貫く101号線以南です。ここから今後南下するにつれ、ずっと、おそらくこの『岩木川に沿って』のお話が終わるまで、りんご畑の光景が広がることになるでしょう。

■ ■ L_28k。河川敷側の葦の原から、対岸の取水塔を望みます。


■ ■ 五所川原大橋を対岸に渡って、R_28k。


■ ■ すっかり日が昇りきって、都市部の慌ただしい朝が始まろうとしている時間帯です。次回は右岸をあるくことにします。

2026/10/12

■ まなぶ ■ 親柱のオブジェ - 土偶


■ ■ "土偶"といえば"遮光器土偶"が圧倒的に有名です。日本史においてそのもっとも完成度の高い縄文晩期の代表例が、青森県つがる市亀ケ岡の"亀ケ岡石器時代遺跡群"(世界遺産)から出土したものだそうです。

遮光器土偶
(Wikipedia)

■ ■ もちろん橋の親柱にもしっかり。

【三好橋】河川距離標21.6km地点
■ ■ 橋の西側がつがる市です。西側の2柱で同じレリーフです。対岸は"虫送り"祭りでした(→🔗 10/10)。


【新津軽大橋】河川距離標25.2km地点
■ ■ 3Dフィギュア、文様の細部までかなり忠実なレプリカです(トップ画像と下の画像)


■ ■ 地元つがる市では"しゃこちゃん"と呼ばれて、市のマスコットの一つとなり、"しゃこちゃん広場", "しゃこちゃんグッズ"など観光に寄与しています。官民挙げてのイチオシ観光集客力のエースですね。親柱のご当地キャラクターとなるのも当然でしょう。

■ ■ つがる市にあるJR東日本五能線"木造(きづくり)駅"の駅舎は、建物前面いっぱいに高さ17mに及ぶ巨大な遮光器土偶モニュメントが存在します。


■ ■ しかもこれは、列車の発着時などに目が七色に点滅する"しゃこちゃんビーム"を発するそうです。

■ ■ 町内外の人にも観光客にも、官民挙げて、大いにウケているようです。

■ ■ あの...。小さな声であなただけにそっと言いたいのですが、地元で暮らしていると、その例外となる事例によく接します。

■ ■ 1) 年輩の人のなかには、いやがる人もいる...:

...つがる市の中心"木造町"は、かつては、津軽地方では、青森・弘前と並び、あとはここにのみあった"旧制中学校"のイメージが率いる、知的で骨太な気風あふれる町だった。文化財をネタに不気味なキャラでおちゃらけた客寄せをして銭をもらう風潮が、旧世代にはイヤがられている。

■ ■ 2) 子どもは、見て泣き出す...:

...i) その容姿のグロテ...強いインパクトがトラウマになって夢でうなされる子ども時代を過ごした人は、地元では隠れたマジョリティかも。

...ii) 特に、木造駅の巨大な遮光器土偶モニュメントに人生で初めていきなり接して衝撃を受け、恐怖で号泣し出す小さい子どもの話は複数聞き及ぶ。

...iii) また、クルマに同乗している子どもが「駅前は通らないで」と親に切々と愁訴するようになった...。

■ ■ お気楽に川沿いをさんぽする私の目には、新津軽大橋のレプリカ風フィギュアは、忽然と宙に浮いて視野に出現する超自然的存在感がドッキリなのですが、いま画像で見ると、なかなか毅然として誇り高い雰囲気も感じます...。

 ■ ■ が、三好橋のレリーフは...。クルマで通過する圧倒的多数派は、車内からパっとみて、「あぁ毎度おなじみ、役所の考えることは"しゃこちゃん推し"の一つ覚えだな」程度で一瞥しただけで橋を通過するのですが、私のように孤独にじっくり大河のほとりをあるく者が、立ち止まってじっくり見ると...:

...その雰囲気..."ヒト"としての容姿を超越した直立二足歩行生物の外形といい、地球外的天体のような背景といい、背景にとぐろを巻く謎の雲といい、言うに言われぬ雰囲気を醸し出している...気がするのは、個人の感想です。

2026/10/11

■ あるく ■ 湖畔の小径 - 色づき始め


■ ■ 夜明け前に通りかかる田んぼと集落。青空になりそうです。


■ ■ いつもの湖畔の小径をあるき始めます。


■ ■ 色づき始めたのがもうはっきりわかります。


■ ■ 日の出とともに明るくなり、青空になりました。


■ ■ ぐいぐいと太陽が昇るのがわかります。今日も穏やかな一日になりそうです。

2026/10/10

■ まなぶ ■ 親柱のオブジェ - 虫

■ ■ 橋の欄干の両端(始まりと終わり)をいま"親柱"と呼ぶことにします。その太い柱には、橋の名前、川の名前、竣工年月日などが記されています。


■ ■ 江戸時代以前の古い橋の親柱には玉ねぎのような形の擬宝珠(ぎぼし)がよく見られますが、現代の橋には、その土地の特産品や名物、神話・歴史・文化の象徴物、さらには"ご当地キャラクター"もよく乗っかっていて、アートなコーナーになっていますね。私は橋を渡るたびに期待して親柱を注視するクセがあります。両端の左右で計4箇所のアートが楽しめるわけです。

■ ■ 津軽地方の北部におけるそれは、伝統的に"虫"なんです。いや昆虫じゃないです。ま、それはすぐ下で。

■ ■ このウェブログの『岩木川を渡って』のお話で、これも一緒に見てもらいたいなと思っています(cf. 🔗2025/9/19 )。専門家ではないごくふつうの地元住民なので、解説はできないですが、見てお気楽な感想を持って楽しむことはできます。

■ ■ さて、岩木川河口"0km"から遡上してしばらく、架かる橋の親柱には装飾も何もなしですが、昨日の"藻川三好集落"あたりから、アートなコーナーが、岩木川数十キロに渡り展開し始めます。

【三好橋】河川距離標21.6km地点
■ ■ 岩木川親柱アートのトップバッターは三好橋(みよしばし)。

■ ■ 話が毎度長くなりそうなので、今日は橋の東側の親柱2本のみで(トップ画像)。

■ ■ 左右とも同じ絵柄のレリーフ(浮き彫り)です。


■ ■ 稲藁で編んだ巨大なドラゴン風の"虫"、"虫"の旗、踊っている人たち。当地のお祭り"虫送り"を描いたレリーフです。

■ ■ 津軽地方の"虫送り"における"虫"とは、"稲に被害をもたらす害虫"、おそらくその概念外延が敷衍して、"実りを妨げる要因"たる"冷害、飢餓、疫病、(昔なら)悪霊、その他集落にふりかかるの災厄一般"のメタファーです。

■ ■ 一方、お祭りの巨大な"虫"は、災厄の象徴でもあるし、その形から、川・水流・治水への祈りもありそうです。

【新津軽大橋】河川距離標25.2km地点
■ ■ これも東側の両柱を。まずは北東側。3Dフィギュア化されています。


■ ■ 南東側。同じ物だと思います。なかなかカッコいいです。


■ ■ 祭りのあとの1年間、祭りで使った"虫"を、集落の入り口の神社や道祖神のある木立にからませておくのが慣例です。「これではいつまでも災厄が居続けるのでは?」と、その論理的矛盾をずっと感じていた時期も個人的にはあります。

■ ■ が、この村はずれの"虫"の存在は、同時に、"災厄が外から集落に入り込むのを防ぐ守護神"という意味が込められている、いわばお地蔵様や百万遍と同様な信仰によるものなのだろうなと思うようになりました。

■ ■ でも、道を進んで知らない集落に入ろうかというまさにその瞬間、巨大な"虫"が松の木にからみついてギロリとこちらを睨んでいるのに気づいてびっくり仰天したことも何度か。津軽の人でなければ、そんな出会いは、いっそう心臓に悪そうです。