2026/10/28

■ まなぶ ■ マタギの集落に入るのは禁忌?

大川白神橋
津軽ダム上流: 2号水質保全ダム

■ ■ 西目屋村の白神山地ブナ原生林の散策路は、実は昨日初めてあるきました。

■ ■ マタギの里だった西目屋村は、昭和とそれ以前の弘前の町の古い家に育った人・老人がいた家族なら、"行ってはならない集落"という、漠然と暗い印象があると思います。

■ ■ 理由は不明でした。追及してはならないタブーのような印象を持っています。

■ ■ 同様に、やはり弘前の街場の人間には、"収穫前のりんご農家やりんご畑に近づかない"という、町人の倫理というか街場の暗黙の掟もありました。この理由は(ref.→🔗10/24)子どもでもわかるので、納得していましたし、街の人間でも、昭和の頃ではもう親族に農家は多いので、"マタギの村"に対するタブーほど、そう暗く厳しい感じはないです。

■ ■ かの地が世界遺産に指定され、多くの観光客を呼び寄せる政策を取るようになった現在でも、気持ちにちょっとひっかかりがありました。

■ ■ インターネットの時代になってその根拠をクッキリと理解した気がします。抽象論として要約すると2点でしょうか。

1) 村に独自の山岳信仰と、特有のルールと言語があり、町人文化の価値観をもって安易に"遊び・行楽・ドライブ・レジャー"目的で入り込むと、反感の目で見られる。

2) 藩政時代以来の秘密主義。猟場の秘密、津軽弘前藩と秋田佐竹藩との山岳国境線をめぐる争い。

■ ■ 集落は、交易路の通過点の集落とはちがって、"地の果て"で、"よそ者"が無用に入ってくる余地はなく、警戒し排除する印象です。

■ ■ 具体的には、藩政時代、西目屋のマタギは弘前藩から「御用マタギ」としての特権任務にあたっていたとのことで:

i) 質量単価が純金と等しかったクマの胆嚢「熊の胆(くまのい)」を藩に上納
 
ii) 白神山地を越え、佐竹藩からの猟場の侵略(クマと杉材等の山の幸)、兵侵攻や民間人密入国、または藩内からの逃亡者を監視する国境警備

■ ■ 町の人間は安易に出入りしてはならないのですが、逆に、集落側の人間は、町では歓迎されたようです:

■ ■ 藩政期、貨幣経済の浸透に伴い、山で採れた熊の毛皮、山菜、薪、炭を背負って弘前の城下町まで行商に来たことは容易に想像できます。

■ ■ その中心的役割を担ったのは、集落の女性たちだと知ったのは、つい数年前です。

■ ■ 若い娘たちが、炭2俵(30kg)を背負って4里前後(16km)をあるいて、弘前の街中まで行商に来たそうです。藩政時代から1960年代まで!

■ ■ 津軽ダム(トップ画像)で水没したマタギ集落群から弘前中心部の市役所まで22km,,,。昨日驚いたのは、トップ画像のような、高速道路みたいなありえない立派な道でした。炭を担いであるいたはずのこの道は、昭和の末まで、クルマのすれ違いも恐恐とした不安定な砂利道だったはず...。

■ ■ "炭俵2俵"は、尺貫法の度量衡では4貫目☓2で30kg。現代で、たとえば米が消費者に売られる最大単位は"半俵=30kg"ですが、あの紙袋を持ち上げるだけで2人に1人はぎっくり腰になりそうです。

■ ■ この娘たちの姿を写した"目屋人形"は、青森県の"伝統的工芸品"だそうです。


■ ■ リクツでは長年の禁忌が氷解したとしても、実は、昨日はクルマで、弘前郊外の"悪戸"を過ぎると「もう弘前の町ではなく、村落の入口」、"湯口"のアップルロード交差点を過ぎると"弘前はここで終わり"、"国吉"に入ると、「タブーを破って踏み込んでしまった」気がして、けっこう緊張してどきどきし出しました。

■ ■ 昨年6月に、友人に、「西目屋村の炭焼きコーヒー」をごちそうになりました。


■ ■ "西目屋村の", "炭焼き..."ですって...? ちょっとドッキリしました。が、その背景をひとり心の中で思い出しながら、格別の濃い味わいをじっくり噛み締めたことは、記憶に新しいです。

2026/10/27

■ あるく ■ 白神山地 - ブナ林の散策道


■ ■ 岩木川の源流の一つ、白神山地の暗門川を遡ると、ブナ原生林のなかに散策道が整備されていますので、たまに気分を変えて紅葉のちょっとした山道をあるきましょう。
→🔗 世界遺産の径 - ブナ林散策道 (西目屋村・白神エリア観光サイト)


■ ■ この散策道は、山歩きに不慣れな観光客を意識しています。とは言え、小径は猛烈な急坂と泥道ですので、足首を覆う登山靴でないと。また、狭い散策路のいたるところにクマの爪痕や掘り起こし痕があり(熊鈴必須・熊スプレー推奨)、まさに"マタギの山"に入った感があります。

■ ■ コースは"小回り→大回りの2つのループを巡って"所要時間60~120分"と訪問者の多様性を考慮して幅があります。ガイド付きツアーは2時間30分で、楽しい解説付きでゆっくりあるいてくれるそうです。いいなぁ...。


→ 🔗 白神山地ガイド会(PDF)

■ ■ 昼過ぎにひとりであるき始めます。訪問の人が比較的いそうな午前を避けて、おそらく森閑とした雰囲気が味わえると思って。実際そうでした。複数のクマさんたちに監視されながらあるいたかもしれないです。


■ ■ いきなり急坂ですが、これでも、コース上ではもっとも整備されたラクな道行きです。


■ ■ ブナ原生林の小径の雰囲気に満ちています。


■ ■ ブナは、モミジのような紅葉にはならず、"黄葉"になり、茶色がかって枯葉落葉となります。ブナの森の秋は、黄色や茶色の柔らかい雰囲気を醸し出すのが特徴です。

■ ■ 北斜面であることと、原生林ゆえに樹間の垂直密度も高いので、この小径全体は一日中日が当たらない湿った地形ですが、それゆえ植生は豊かです。

■ ■ 見上げると、梢越しに見る陽の光が独特の美しさに満ちています。


■ ■ 冬枯れから早春の初めての芽生えの頃が、ブナの森の緊張感ある美しさがあると、個人的には感じていますが、穏やかな秋の日も、実に佳いです。

cf. 早春のブナ樹林帯 →🔗 4/27

■ ■ コースの最奥に"水飲み場"があります。地表に露出した本当の生水です。私は躊躇なく飲みます。


■ ■ あっ!ほんとうにやわらかい!口にしたことのない超々軟水です。これはすばらしい。

■ ■ しばらくその場で深山幽谷に浸ったあと、急坂を足元に注意して降りることにします。


■ ■ 今回の所要時間は、"小回り→大回り→小回り"と巡って45分でした。

■ ■ このコースは、2026年度は、もうまもなく、11/10で閉鎖となるようです。まだこれからさらに"黄葉"が美しく進みそうで、名残惜しいです。

2026/10/26

■ あるく ■ 親柱のオブジェ - りんご


【津軽りんご大橋】河川距離標 R_41.2km地点

■ ■ 20年あまり前に、全く新規に架けられた現代的な構造の広く長い橋です。

■ ■ 親柱の4柱のオブジェは...まんまベタな 橋の名前にふさわしいものがゴロリと乗っかっていますね。

■ ■ 直径60cmの巨大な岩石です。素材は赤い御影石、淡い色の台座は安山岩です(ref.→🔗施工した石材店のサイト(PDF)。


■ ■ 近づいてみると、鏡面加工された"りんご"は、緻密な等粒状組織の結晶が輝いています。野ざらしの運命ですが、毎日拭けばさぞ美しいことでしょう。台座は、荒い斑状組織が割肌加工されています。

■ ■ 深成岩である花崗岩と、火山岩である安山岩(なんだか高校地学や高校入試の理科2分野みたいな話ですみません...ref.→🔗2023/12/23)。りんごと台座はその素材感が対照をなしているように見え、制作者にそういう素材感の対比を醸し出したい狙いがあったのかなと思います。

■ ■ でも、こんなふうに重箱の隅を いっしょうけんめい凝視するこの橋の利用者って、いるのでしょうか...。想像を奔放に膨らませつつ隅々まで味わいつつさんぽするのもまた一興です。

2026/10/25

■ あるく ■ 秋の小雨降る湖畔の道

湖畔

■ ■ 小雨まじりの曇天。雨具とトレッキングシューズで、自分は暖かく乾燥を保つように装備してあるき出すと、意外にも快適で違った風情や空気感を楽しめます。

朽ちかけたあずま屋

■ ■ 本州北端、平地からはやや山寄りの地形ですが、紅葉は、まだ"盛り", "見頃"には届かないようです。

りんご畑に接する散策路

■ ■ 昨日の岩木山の画像では、山頂付近は冬枯れ、中腹が紅葉見頃という色づきでした。

■ ■ でも平地はこれから楽しめると思うことにしましょう。

2026/10/24

■ あるく ■ 岩木川に沿って [14] 37k > 40k - 保安橋>津軽りんご大橋


■ ■ 前回は夜明け前の薄暗い画像だった河川距離標"R_37k"。

cf. →🔗10/22

■ ■ たまに晴天のお昼休みにあるいてみましょう。

■ ■ りんご収穫期のピークです。"Véraison(色づき期)"の8月以来、りんご畑のエリアにはさんぽの足を踏み入れないように留意してきました。漢代の『君子行』"李下に冠を正さず"ではないのですが、農家にしてみれば、神経を尖らせるピークの時期に、知らないヒトが自分のりんご畑の脇を能天気にあるいているようすは、やはり気に障る不審者です。

■ ■ "ウォーキングに熱心なヒト"を装って、土手の上の管理用通路から降りずキョロキョロせずまっすぐあるきます。

■ ■ 土手は、巨大な堤防工事がこの1年で完成し新品(?)の堤体になりました。距離標も距離杭(きょりこう)も新しく、先月に除草作業も入ったばかりです。


■ ■ 河川管理通路の土手は、車道と袂を分かつように、私のまったく知らないりんご畑の森に入り込んでいきます。実にのどかで広々とした土手の道。

■ ■ "R_38"を快適に通過。


■ ■ この先で、旧堤防に接続しました。手前のコンクリート壁の防流堤が旧堤防。奥に上がって新堤防。水平の防流堤が高い新堤防に吸い込まれていくようすから、新堤防は高く広く造られているのが肌身で感じられます。


■ ■ 旧堤防とはいえ、この区間はその防流堤でわかるように、かなり新しく強固で、また、集落と国道と河岸とがまた接する箇所で、大規模な堤体拡張工事の手が入りづらかったか。

■ ■ さて、旧堤防の数百メートルには、河川距離標がありません。肝心の格子点"R_39.0k"のキロポストもありません...。

■ ■ 戻ったり見回したりすると...。あっ!


■ ■ 河川側と反対の、国道側の、しかも反対車線側に...。道路交通標識と並んでいます...。


■ ■ クルマのドライバーに"岩木川、河口から39km"をアピールしてどうする!?

■ ■ あるく河川管理用通路は舗装されたばかりで、舗装仕上げ用の重機タイヤ式ロードローラーの痕がはっきり。幅員は対面2車線程度あり、左の旧国道R339よりどう見ても快適そうです、が、車両通行止めです。

■ ■ ら、さらに足元に、旧タイプの河川距離管理杭がコロリと...。


■ ■ そういえばあの幟(のぼり)...;新規に設置し直す作業ですか...。あたりに人影はなく、お昼休みですか...。


■ ■ "R_40k"ポストも、どうやらモデルチェンジ間近な装いですね。


■ ■ 向こうに、"津軽りんご大橋"が見えてきました。ここで今日は折り返すことにします。