2023/04/29

■ あるく - りんご畑 - 廻堰


ぽかぽか陽気のもと、りんごの花満開の道をあるきます。

みつばちやマメコバチの、小さなぶ~んという羽音が、私にとっては春満開の音です。


2023/04/28

■ こわすつくる - 実家整理 - 灯油ホームタンクをカラに



■ 実家に設置してある灯油のホームタンクに、およそ300リットル前後の残量があります。この周辺の灯油取扱業者は「灯油の引き取り」「灯油の移し替えサービス」などしないですので、処置に頭をかかえます。

■ 私とその周辺の人たちで利用できるものなら…と思います。そのためには、いったん灯油ポリタンクに移し替えた方が、分配しやすいでしょう。

■ 灯油ポリタンク(東日本では赤い18リットルタンク)を、300リットル分、すなわち17本程度用意する必要がありますが、普通の家庭がカラのポリタンクをそんなに所有しているわけがありません。

■ 手持ちのポリタンクをいわば運搬容器として、実家ホームタンク→ポリタンク→他のホームタンク、などのようにマメに移し替えるしかないでしょう。手間と時間がかかるのは、素人なんだからやむをえないと腹をくくります。

■ 実家の車庫の屋根裏から昭和のポリタンクも何個か出てきました。いずれにしても古いポリタンクは、状態を見て、内部も水洗いして乾燥させます。フタのパッキンは有機物なので、初期の性能は期待できないでしょう。応急的にラップ+輪ゴムを使いますが、ラップは半透膜だしもともと石油製品だし灯油が付着すると反応して分子間結合は膨満するでしょう。その結果、ふやける・溶ける・穴が開く・灯油が漏れる&揮発する...。軽トラでの運搬や自宅での保管はムリがありそうです。ホントに今日明日だけの応急処置です。

■ それより問題なのは、どうやって実家ホームタンクからポリタンクに移し替えるかです。素人なりにタンクをよく見て考えます...家庭用の灯油ポンプなど使えない。ホームタンク下のフィルター付近に分岐栓取付口はあるのですが、分岐パーツとバルブをモノタローで買って自分で取り付ければ1万円程度かな...。いやこれは、素人がやってよい作業ではない気もします。いちおう私は、危険物乙4種と石油機器技術管理士と二種電気工事士の資格(と一部は免状)があるんですが、「ある」というだけの”ペーパードライバー”。いやそれを言うなら、宅地建物取引者だ日商簿記検定だフィナンシャルプランナ2級だと、各種ペーパードライバー歴は数え始めればぞろぞろと…の割に所得税非課税の貧困世帯なのですが…。ま、今はそんな話じゃなくて、灯油をどうしよう(作業長期化により精神が荒んできました)?...プロに分岐栓一式取付をお願いしたら2万円程度かなぁ。今回1回しか使わないしなぁ。ドラム缶用の空気圧ポンプは使えそう。それならば3千円程度か。が、ただでさえ加圧するたいへんさに加えて今回は足場が悪く...。いやしかし、いっそ、費用と手間を考えたら、全部廃棄して、節約した300リットルなんて、新たに買う300リットルと、手間ヒマ金額的に1年後には埋没コストとなるのではないの?...などと考えがまとまりません。

■ ひとまず、十数年来の懇意の電気工事店のSさんに、ホームタンクから灯油ポリタンクに移せるか、移す道具は何か便利なものが業界にあるのか、尋ねました。

■ ら、「個人宅の石油機器の工事の際の移し替え用に、良いポンプをもっています。仕事で使っているものですが、時期的にもう使う頻度はほぼなくなったので、しばらくお貸ししましょう」との、ありがたいアドバイス。プロの道具をお借りするのは良くないことだと思いますが、つい甘えて頼ってしまいます。

■ お貸しいただいたのは、ドラム缶空気加圧ポンプが電動になった感じのもので、さすがに素人にはゴツいデカい。軽トラの荷台を作業台にして、ホームタンクと受け側のポリタンクの高さを高低微妙に合わせます。

■ 移し替え操作自体は、灯油漏れもなく、スムーズでした。作業前半は、数本程度のポリタンクに移したら、すかさずそのまま軽トラで私の自宅のホームタンクや倉庫作業場で使うFFヒータの屋内用タンクや手持ちの反射式石油ストーブや開放型自然吸気ファンヒータの気密カートリッジタンクやらを、マメにあちこち満タンにします。でカラになったポリタンクを軽トラでまた実家ホームタンク脇に。もう満タンにする石油機器がなくなっちゃった後半は、もう、「ひと夏を越すしかないかな」とあきらめて、ありったけのポリタンクをかき集めて充填し、私の倉庫(個人宅)に保管。

■ 条例上の少量危険物保管の数量要件に達するのではないかと恐れたのですが、個人宅の数量規制に抵触しない数量となりました。今後もなるべくマメにあちこちに補充・消費して(と言っても、もう季節は夏に向かうから暖房の利用は…)、ポリタンク群は危険のない複数の場所に分散安置して、ついでに複数本ある消火器(多少古いけど)と、実家整理で出てきたが捨てずに取っておいた純毛製の毛布類も窒息消火用にと、すぐ傍らに配置しておきました。

■ 以上のように、ヒマ人でなければ不可能なワザを使って、ついに300リットルのホームタンクはカラになりました。Sさんのおかげです。ありがとうございます(梅干しセットをもってお返しに上がりました)。

2023/04/27

■ こわすつくる - 実家整理 - 家具類処分



■ 家具・箪笥類など大物の家財を、ついに処分しました。

■ 箪笥・茶箪笥・食器棚計16棹と、鏡台・金庫・ガス台・巨大マッサージチェア・戦前のシンガーミシン・明治時代の長持ち...など、また、有料大型家電となる冷蔵庫・洗濯機をすべて処分。重量物の半数以上が二階にあります。

■ 効率よく搬出できるよう、私一人で準備に毎日数時間の作業で2週間程度かけました。すべての対象物の内容物は処分し、A6サイズの番号タグをつけて表示し、照合リストを作り、うんうん言って移動・整列し...、など、悔いなく準備はしておきました。

■ 10:30に、廃棄物処理業者のC商事(以前、植物処分でお世話になった業者さん)から、若者が6人、4トンユニック車と2トントラック2台と果ては塵芥車までやってきて待機。

■ 2F寝室のサッシ窓をハズし、手すりを電動インパクトドライバで撤去して、そこからすべての箪笥を下ろすという奇想天外なワザで屋外に出しました。

■ 向かいの家のなじみのおばあちゃんが、家の前の通りに出てきて、通りを隔てた向うから、目を丸くして見物していました。

■ たった40分程度で全ての作業が終了。暑い日、キツい重い作業で、全員汗だくでしたが、手際の良さにこちらは唖然としました...。

■「箪笥家具類が多そうだったので、ふつうならもっと凄いゴミだらけの家だろうと予想してやって来た」そうです。スグ終わったので向うも拍子抜けのようでした。

■ 処分費用は、おおよそ家具1棹あたり2,000円~3,000円程度でしょうか。最高額は金庫付きの家具で屈強な若者2人では持ち上がらなかったものが、10,000円。他に有料大型家電の費用も当然かかりました。こちらであらかじめ非常に細かくリストを作成して相談したところ、1つひとつていねいに金額を提示して精密に合計額を出してくれていました。が、今日は、「ほかに何かあればすべて追加費用なしで片付けますので、遠慮なく言ってください」という、涙の出そうなお言葉をちょうだいしました。

■ やはり、残置物やゴミなども、最初からこの若者の皆さんにやってもらった方がよかったと、幾多のケガ・心の荒廃・虚しく流れ去った春の2か月という時間を、今、転がって泣きたいほど激しく後悔しています。これを読む人は肝に銘じるようにしましょう。

■ 電気と水道の契約は、本日終了手続をしました。

2023/04/26

■あるく - りんご畑 - 十腰内



すっかり春の雰囲気。梅はもうあちこちで咲き、今年は桜の花びらも舞い散ろうかという勢いです。

あ、こちら津軽の岩木山麓では、雪に押し込められた梅と次の順番を待ちきれない桜は、ほぼ同時です。

東京では、2月3月に梅を楽しみ、3月4月に桜を楽しめるというのに、こちらでは一斉に咲いて散りますので、「よのなかに 梅と桜がなかりせば 春のこころは…」とでもぼやきたくなりそうです。



2023/04/25

■ こわすつくる - 実家整理 - 昭和初期のシンガーミシン


※ 画像は、同時期同機種別個体です

■ 基本的に捨てざるをえない物なのですが、それがさまざまな意味でつらい物は、きっと誰にでもあります。この家にもいくつかありました。その一つ;

■ 明治41(1910)年生まれの祖母の、「シンガー製ミシン」は、残して使おうかと、この家の解体処分が決まった3月上旬、実は、真っ先に脳裏をよぎりました。

■ あの家で最も古い道具、家そのものよりも古い道具で、道具というものの使い方を、身をもって示した、と言えるシンボリックな存在でした。たかがほこりだらけの古い足踏み式ミシンなのですが、実は、考えて眠れない夜が続きました。

■ 一般に、20世紀初頭から前半に英米で製造された金属製の工業製品には、製造番号(Date Code)が、英文字と数字の組み合わせで与えられ、製造場所(国、工場)と製造年月(四半期ごとのものも)とを追跡できる表示のものが多いです。一例ですが、私が愛用する物の中では、クラシックシェービングに使っている20世紀前半のジレット製のホルダーなど。"Gillette Date Codes"で英米独のサイトをググればたくさん出ます。e-bayオークション売買時に当事者は参照していると思います。

■ 探してみると、このルールが、やはりSinger製ミシンにもありました。

■ それによると、私の祖母のミシンは;

Date Code(製造番号)が、Y8 728 956

調べると、1933年2月2日頃に、スコットランド クライドバンク(Clydebank)工場製造品(※)のようです。

※Website; International Sewing Machine Collectors' Society>home>>Singer Sewing Machine Serial Number Database>

■ この個体は、祖母の嫁入り後数年して購入され、94歳で死去する平成13(2001)年の前年まで使われていました。シンプルで頑丈。

■ 製造年である1933年は;A・ヒトラーのNationalsozialismus(ナチス)政権成立の年、F・ルーズベルトの"New Deal"政策発足の年、前年日本が満州事変によって満州国を建国し、これがリットン調査団及び国際連盟など国際世論に非難されたことに対し、国連総会にて日本全権松岡洋右が日本を孤立した十字架上のナザレのイエスに例えて反論していっそう反感を買い、国際連盟を脱退した年…。

■ 私の父が1歳のときで、新生児に入用な周辺のものを作る必要があったのかもしれませんね。ただ、1929年の世界恐慌直後の当時、ミシンは「一般家庭がちょっとがんばれば買える金額」からは遠く見上げる位置にあり、シンガー社は明治時代に世界初の「月賦払い」制度を考案・実施し、わが祖母の家庭は当時かなり裕福だったようですが、月賦払いで購入したようで、祖母は生前、小学生の私によくその旨(「月賦で買った」こと)を、口にしていました。「月賦で買う」というのは、明治末期から戦前にかけては、金持ちのすることだったようです(ex; ブリタニカ百科事典の丸善による著名人への割賦販売が有名)。が、昭和の小学生の私は、「月賦だなんて。すぐには買えない貧しい家だったのかなぁ」と、祖母が胸を張って語るのが腑に落ちなかったものです。

■ 性能・意匠とも突出したトップブランドのシンガーミシンは、模倣の対象で、類似品がこの100年でたくさん出ているようです。近い例(な気がする)では、日本の某新興ミシンメーカー(かなぁと思うんですが)。このスコットランド製シンガーミシンに姿がよく似たモデルを「トーキョー オトコミシン」として売り出し、人気で生産が追い付かず、年内の次の予約販売は半年後だそうです。オトコが(コロナ禍の)在宅勤務の合間に、ジーンズや帆布の加工、手帳財布等の皮革の細工、オートバイの座席なんかを作るのに人気なのだそうです(個人的には、心和む風潮に感じます)。

■ 手元の個体は完動品です(祖母がしょっちゅう使っては手入れもしているようすが容易に思い出せます)が、一般に、壊れたままの状態でもヤフオクで万札が必要な程度の価値レベル。製造時のままの金の装飾模様が残っている美品は数十万円から上で売れるようです。

■ もし私が使おうと決意して、装飾復元なしでメカのみ調整レストアを外注すれば、費用が数万円+往復送料(鋳鉄製の脚フレームが分離できない構造なので、引っ越し家具の扱い)。

■ 立ち止まって考えます。祖母は毎日いきいきと軽快に使い愛情込めてメンテナンスをしていたのは確か。今のコンピュータ・ミシンと違って、構造は単純で故障の可能性もゼロの(必ず自分で治せる)"機械式"("電動ではない"という意味)なのです。が、ミシンの操作経験のない者浅い者が、そうすぐに祖母のレベルで使いこなせるものではないのでは? クルマの運転やパソコンの制作や大学入試共通テストレベルの数学IAIIBや化学Iやお気楽な英語問題の習得などよりずっと多くの知識・経験が必要だと思いました。

■つまり、目的が「感傷&鑑賞」ではなく「ソーイングで暮らしに潤いを」だとすれば、ふつうの人生経験や知識では習得困難なテクといい、レストアに費やすお金といい...。いずれも、今ならジューキ製のコンピュータ・ミシンに8万円を払えば、使い勝手は雲泥の差で、理性的選択がどちらであるか、明白でしょう。

■ ということは、結論がでました;祖母のミシンとは、もはやこれまで。永遠の別れです。


2023/04/24

■あるく - 柏村の田んぼの道


家からすぐ近くの柏村の田んぼを、8km、12,000歩ほど歩きました。

田んぼは、まだ冬の眠り。画像は真西に向いています。左寄り(南西)に岩木山。このエリアに特有の吹きすさぶ冬の季節風の西風が、まだまだ強烈です。でも、土が反されて今年の田んぼが始まるのは、この数日内かなという気がします。

昨年来、生活が運動不足がちなので、柏のイオンショッピングモールにある「つがる市図書館」まで往復8kmを、できるだけ歩くことに決め、実行しておりました(無雪期)。その後、雪かき労働のシーズン真っ盛りとなり、で、雪が消え、田んぼに軽トラも入り、春が戻ってきました。私は農家ではないのですが、この田んぼの道(舗装農道)を歩かせてもらっています。

すぐ並行して、国道101号線バイパスが、五所川原市と柏村との両方にある沿道のショッピングセンター地区(画像では右端にその一部)を結ぶ道となっており、かなりの交通量ですが、他方、この農道を通るクルマは農家の軽トラや地元の人の乗用車のみ。国道バイパスの喧噪を遠目に眺め、こちらはのどかです。クルマがやっとすれ違える程度の道で広いわけではないのですが、田んぼに開けた交通量が少ない道を徒歩で行く限りは、まだまだ冬の風は冷たいものの、気分が広々・せいせいする思いです。

 半世紀前も遠い過去、弘前の下宿先のお寺から、学校まで、城下町弘前の繁雑な小路を縫うように毎日往復8kmを、徒歩で通学しました。部活のオーケストラ部の楽器(ヴァイオリンかヴィオラ)をもって。しかし、いくら昔の話でも、こんな長距離を歩いている生徒はいなかったです。

昨年秋にこの田んぼの道を往復した初日は、あの時代と同じような距離なのに、復路の終盤は歩けなくなりそうでした。が、翌日以降、雨の日も休まず歩き、だんだん軽やかになっていきました。その毎日も、雪が降ったら終わりでしたが、季節が巡ってまたこうして歩けるのはうれしいです。

---...---...---

道すがら、ヘッドフォンで、モーツァルトのピアノソナタやバッハの無伴奏ヴァイオリンやシベリウスの弦楽四重奏曲を、少し大きめの音で聴きながら、広大な田んぼの道を歩きます。

...なんだか無限に広がるような大きな孤独感。歩いても歩いてもこの冬枯れの景色は変わらない気もします。行けども行けども希望の光や悟りに容易には達しない心情でしょうか。山頭火の「分け入っても分け入っても…」みたいです。疲労して眠った夜の夢にもう何十年間も見ているような光景です。

隔絶された寂寥感はあるのですが(おおげさです)、でも、うなされる夢とは違って、この年齢この状況になった今回は、考えたり聴いたりしながら歩いてみると、独り内面から充溢する何かを感じます(考えすぎです)。

たかが田んぼの道で大げさなんですが、なんだかこの世離れした特別な時間や空間が広がり、明日もまた歩くのが楽しみです。

2023/04/23

■あるく - 田子 - 新緑の山の道

 


あるいて気持ちの良いポイントまで、気分転換を兼ねて、クルマで行ってみます。

青森県の南東端で岩手県境の田子町(たっこまち)の山深い道。

私の地元「津軽地方」は、青森県の西。両者は地図上は直線距離で100kmほど。東北地方を縦に貫く奥羽山脈の北端に位置する八甲田連峰を横に越えて、たどり着いた十和田湖も対岸に越えた、はるか遠い「南部地方」に田子町は位置しています。津軽の人間から見れば、南部のエリアは、明治維新以前はずっと別な藩だった、異文化圏です。

今日はずいぶん遠いところまで、気分転換を兼ねて…になってしまいました。よほど鬱積するストレスがあるのでしょう…。

暖かく新緑かおる道を、ゆっくりと行きます。

鳥のさえずりと木々のざわめきだけが聞こえ、他のクルマにはほとんど出会わない、静かなたたずまいを、ひとりでひっそりと楽しむことにします。

ブナやミズナラの淡い鮮やかな新緑が目にまぶしいです。

2023/04/22

■ こわすつくる - 実家整理 - 家屋解体見積


■ 不動産屋さんより、建物解体費用、土地境界画定測量費用、建物滅失登記費用の3点の見積書が来ました。

■ 建物解体費用は、200万円になんとか丸めてくれたようです。着手時期は不明です。

■ 土地境界は、売主が確定した後に売却すべきものですので、測量費用は売主負担です。測量なしで公図(登記簿)のみの記録で売買することも当事者間の合意で可能ですが、公図は、測量年度により、信頼性に段階的な濃淡があります。ゆえに後日の問題発生の余地がけっこうな確率で存在します。

■ わが実家は、角地で、交差点にあって、北隣は境界杭があるのですが、西隣はありません。また、一般に、隣接する土地が私有地のみである場合と、官有地である場合とで、費用は倍の違いがあります。当地は、堰・排雪側溝・交通信号灯火柱用地が複雑に隣接しており、高額かつ長期間にわたる「官民測量」になりそうでした。首都圏であれば50坪50万円程度ではないでしょうか。大いに恐れていたところですが、30万円程度となりました。この金額は、場所柄(路線価)により、また、測量士により、かなりのばらつきがあるようです。


2023/04/21

■ こわすつくる - 実家整理 - 金属類を処分 - 事故


■ 朝、廃棄物処理業者のM商店に、切断・破壊・解体した金属を持ち込みました。

■ 切断・破壊・解体の作業は、素人にとっては、ほんとうに命がけな気がしました。少なくとも、毎日新しい出血は見ます。最初は傷テープを使っていましたが、きりがないので、単なるサージカルテープを傷にじかに貼るだけになりました。

■ M商店は、ぶっきらぼうな若者ばかりだけど、処分場=お役所に比べれば、搬入したこちらの目的を何とか達成させなくてはという意図を感じるような、熱心でテキパキとした動きです。

■ さて、私はずっとヘルメットとゴーグルと防塵マスクを装着して作業してはいたのですが、背の首筋に、ガラスか金属の微小破片が刺さったようで、鏡で見ることもできず、痛いけど取りようがなくて、かなり気になっていたところ...

■ 昼に、交通事故を起こしました。イラストほど派手ではないですが、リアル画像をここに貼るのはちょっと...。ガソリンスタンド敷地内での微速の事故でしたが、巻き込んでしまった相手があります。双方けがはナシ。過失割合は、当方100:相手0。

■ 平謝りに謝り、警察の事故処理も保険会社との手続きも、相手のクルマの修理の段取りも、今日一日かけて終わりました。私の保険は来年から3等級降下。私自身のクルマの損害は、当然100%自己負担。

■ 気持ちが荒れて焦って心神耗弱していたようです。40年間運転して、信号待ち停車中に追突された事故経験が1度ありますが、自分から人に損害を与える事故を起こしたのは初めてでした。

■ でも、「電動丸鋸で大腿部動脈切断」とかの事故になる前でよかったかも。もちろん相手の方には本当に申しわけないと悔いています。

■ 脱力感。実家の作業って、しなくてはだめなんだろうか。明日からどうしようかな...。でも立ち直らなくてはいけないのですか。いつかまた解体作業を必ず始めなくては…。

2023/04/20

■ こわすつくる - 実家整理 - プラスチックごみを処分場に搬入



■燃えないゴミに引き続き、同日午後に、プラスチック処理場へ。

■プラスチックゴミの中に混じる「解体したゴルフバッグ」「解体したチェア骨格」は、また担当者のカミソリ・シャープな目つきの吟味にあい、

担当者;「う~ん、ダメ。」

私;「いや、あの、これもこれも、市役所に、画像付きで問い合わせてあります。いずれも担当の迷亭さん独仙さん(いずれも仮名)に『ここまで解体したのであれば、市のプラスチック処理場で受け付ける』という回答を得ています」

担当者;「...しょうがねぇな(方言)...置いて帰れ」

■ここでも何とかひれ伏して、捨てさせてもらいました。

■...泣けるような卑屈な思い...。官吏は強しされど人民は弱し…なんでこんな思いを...。

■いずれにしても、長らく通った3箇所の処理場往復は、これにて終了。あとは、ひたすら地道に分解分別をすれば、サイズが小さくなるので、ゴミ収集日に少しずつ出します。

■山あいにある燃えないゴミ最終処分場のN処理場から、分岐した林道を歩いて5分くらいのところに、「何とか権現の湧き水」というのがあります。小さい谷を挟んだ反対側から湧いているので、湧き水と処理場とはつながっていないと思います。50年前の小学校のときから雰囲気が変わったけど、ここで手を洗って、ライオンさんの吐き出すまる~い味わいの水を飲んで、深いひと息をつき、自分の中に鬱積する毒気を抜いたような気分になりました。


2023/04/19

■ こわすつくる - 実家整理 - 燃やせないゴミを処分場に搬入


※この話は、ま、その、フィクションです。たまにフィクションをお楽しみください。画像の白亜の殿堂は、バイエルンにある「ノイシュヴァンシュタイン城」ではなく、某市にある「ゴミ最終処分場」の壮麗な事務棟かもしれません。実在する似たような団体や人物とは、ま、その、あんまり関係がないということで。

■朝、いよいよ、満を持し、シェービングをし、身だしなみを整えて、恐怖の「燃えないゴミ」処理場へ。「え、なんで?」って?...。ま、お読みください。

■他のゴミとちがい、「燃やせないゴミ」の「N処理場」に搬入する場合に限り、市役所で予約が必要です。

■ 昨日、市役所環境課に、電話で予約しました。その際には、何を運び込むのか、非常に詳細に聞かれます。「ガラス板、サイズは額縁から外した程度のもの、約50枚。鏡、半身サイズ6枚と、枠から外すために破砕したガラス片バケツ1杯分と、...」という感じで、予約するのに15分以上の問答の通話。

■処理場に行くと、かの有名な「門前ババ」(親しみを込めた方言です)が、この20年間変わらずやはりお勤めでした。

■実は、私は、十数年ほど前に、お気楽にゴミ捨てに行って、予約していない・こんなゴミは受け入れられない、など、めちゃめちゃに怒鳴られ責められ、半べそをかいてゴミの半分を持ち帰ったことがあります。


■私(緊張して);「予約した、吾輩は猫です(仮名)」

ババ;「ナニィ?、ワァ?...(リストを見ながら)...え~と、ワァ、ワァ、...ねぇよ(無い;方言です)...ホントに予約したのガよ? いつ予約したんだ?」

私;「昨日の午前中10時半頃です。担当は迷亭さん(仮名)という人です」

ババ;...舌打ちをしながらいきなり電話機をにぎり(たぶん市役所に電話)「N(処分場)ですけど、吾輩とかっていう人がいま来てるんだけどぉ…記入漏れだガッ? (怒)...」

■何とかお情けを頂戴して、搬入のご了解をいただき(昨日OKしてもらったのに…涙目)、

ババ;「(重量を)量るから、車に乗れって…(方言)」、「何積んできたって? 見るからすぐ荷台のシート取れって...」

非常に険しい目つきで、荷台の内容物を見渡す(険しいかどうかは個人の主観です)。

「このゴミはOK、コレもOK…。養生しようとして包んできた毛布は全部持って帰れよ。ガラスの破片入った段ボールは箱ごと捨てるなよ。ちゃんと空けたら箱は持って帰れ。」


■な、何とか捨てさせていただきました。はぁ~、緊張した。

■ま、気を取り直して思うのですが、搬入してくる建設業者や廃棄物処理業者などの荒い男どもを相手に、処分場の門前でスクリーニングを任されているこの女性は、市役所にとって、なくてはならない手放すことのできない素晴らしい人材ではないでしょうか。


2023/04/17

■ こわすつくる - 実家整理 - 家屋解体費用

 


■ 今整理中のこの建物は、冬前には必ず取り壊す予定です。土地は売却しますが、売却の有無にかかわらず、です。屋根の雨漏りと台所の排水詰まりの修理費用が百万円単位で、直したとしても高齢で要介護の母がその後も特に冬期に一人暮らしを続けるかというと疑問ですし、屋根雪が隣家の敷地に落ちて大きな迷惑となるからです。

■ 不動産仲介業者(不動産屋)さんにはその旨伝えてあり、解体費用の見積もお願いして、現在待っている状態です。不動産屋さんによると、「この辺の家屋解体業者の相場では、おそらく200万円前後ではないか」とのことです。

■ ところで、偶然、私の青森市の親戚Tさんが、ほぼ同じ坪数の土地上の家屋を、つい最近取り壊しました。

■ いくらかかったか、ぜひ聞きたくて訪問しました。生まれてこのかたずっと近く親しいので、すぐに関係書類を見せてくれました。

■ すると、この青森のTさんの土地は46坪。私の実家の土地は55坪。いずれも木造二階建て。家屋自体は、わが実家の方が大きいです。

■ で、Tさんの解体費用は、「解体」だけなら173万円、しかし合計363万円を支払いました。果たして私の実家は本当に200万円で済むでしょうか。

■ ほぼ同じサイズの家屋解体につき、T家360万円とわが実家200万円?の差額の160万円。あなたならどっちがいいですか?

■ T家は、いいように業者の口車に乗せられてボッタクられたのでしょうか。

■ この差額は、私にとっては明らかに、「T家の方が安い」です!

■ T家のメンバーは、実家整理処分に際して、いっさいの労働提供はナシ。業者に丸投げです。他方、こちらは、残置物処分のいっさいを、生命身体の危険、時間、財産を投じて作業...。

■ 私は、今回の作業の途中から、身の危険を感じて、ヘルメット・安全ゴーグル・安全靴・革軍手を使い始めましたが、すでにからだ中が、顔にいたるまで、傷と打撲とあざだらけです。ほんとうにもう精神が荒廃しきってうつ状態です。

■ 今から追加で個人財産から差額の160万円を、業者に投げ出したい気持ちです。

■ これをお読みの方で、「自分でする実家処分の参考にしよう」という方がもしいらしたら、今なら、「あなたのいのち・からだ・こころ・じかん」をお金で買いなさい!と強く勧めます。

■ 今回のT家と私の選択方法の、どちらが正しいか。今の私には結論はくっきり明らかです。

2023/04/15

■ こわすつくる - 実家整理 - 処分品にタグ付



■ 捨てる箪笥・家具類がたいへん多く、使った使われた思い出、ほとんど使っていないムダ遣いな感情、など入り乱れて、作業は感情的にもつらくなってきます。

■ 少しでも客観化して作業工程をビジュアル化しようと、捨てるものには、タグを貼ることにします。

■ タグといっても、使用済みのチラシやPPC用紙などを、A6サイズに大量に(数百枚程度)切断して準備し、うち、「捨てる」「残す」と、各100枚程度に印刷しておきます。これを、油性マジックでメモを書き添えて、対象物にセロテープで貼れるだけ貼ります。

■ 大きな箪笥・家具には、連番を付けて、同時に同じ番号をPCでリストアップします。

■ 少しは整理がつきました、物理的な作業も、感情も。

2023/04/14

■こわすつくる - 実家整理 - 軽トラで処分する際の荷造り

 

■ 昨日、家中の寝具類を徹底的に吟味したついでに、スポンジマットレス以外のすべての寝具類、及び、他の木製家具を、「燃えるゴミ」の処分場に持参することにしました。

■ 軽トラで3往復しました。綿製品ばかりで重かったです。

■ 寝具類のみで、300kg近くありました。

■ やはり燃えるゴミ処分場の破砕室に先客がいて外で待ったのですが、今日は金曜日は昼。処理場滞在はほんの数分でした。

■ ところで、画像を見て思い出したのですが、軽トラに積んだ荷物は、荷崩れ防止のため、毎回きっちり固定しています。

■ 固定方法は、上から軽トラ用のシート+ゴム輪(タイヤチューブ製)できつく圧迫したのち、さらにトラックロープで固定します。

■ タイヤチューブ製のゴム輪は、シート購入時についてきますが、毎日酷使すると、2,3週間で次々と切れ始めます。切れたら捨てるしかないです。ホームセンターで、さまざまな幅や長さの補充品が売られています。この3週間で10本程度補充しました。

■ トラックロープは使い捨てではなく、素人の荷造り程度なら、何年も使えるでしょう。ただ、これは弾力性が無く、強く圧迫して固定するためには、素人の場合、結び方(ロープワーク)を習得する必要があります。「南京結び」「トラック結び」などバリエーションがあります。1,2種類覚えればよいだけなのですが、「走行中にほどけた」という事態はあってはならないので、自信がつくまで何度か練習しないと。運送業や建設業の方なら目を瞑ったまま10秒でしょうが、素人には想像もつかない結び方のテクニックです。

■ この結び方は、動画サイトで多くの個人の方々が教えてくれますが、なんだか皆さん慣れきっている方々ばかりで、「教わる側であるズブの素人が理解できない箇所がこの職人さんたちには理解できていない」ような説明が多く、わかりづらくて困りました。「相手に理解できない箇所が自分では理解できていない」点で高校の数学・物理・化学の教師のようです(;^^A…。

■ この点、ホームセンターのウェブサイトが、懇切丁寧でした。

■ 同時に、「ほどき方」のコツも必要です。何トンもの負荷にも耐えるよう強固に結んだ結び目が、素手で1秒でほどける工夫があるんですね。これはネットに解説が無くて、何度も考えては試してみて気づきました。

2023/04/13

■こわすつくる - 実家整理 - マットレス等のスポンジ

 


■ 寝具や椅子のクッションにつかわれているマットレススポンジ(…って言うのですか?)。なんだか冴えないうんざりするような絵ですみません。

■ クッションの内容物がスポンジのものは、どのゴミに出せばよいか、市に問い合わせたところ;

「中身と側(ガワ;布地)を分離せよ→中身のスポンジはプラスチックごみに、側の布地は燃えるゴミに」とのこと。

■...中身と側は、別なゴミだったのか…。

■ で、家中を探してマットレスやクッションを集め、画像の通り分離しました。

■ 取り出した中身のスポンジを、市の収集袋に入れるのはとうてい無理です。他のプラごみとともに、市のプラスチックごみ処理場に、軽トラで持参しました。


2023/04/11

■ こわすつくる - 実家整理 - 置き薬



■ 「置き薬」「配置薬」という商法は、一定の需要があるようです。

■ この商法は、賛否両論あるようですね。最大のメリットは、深夜早朝の病変でも医者いらずで、元祖セルフメディケーションが可能という点でしょうか。特に今ほど気軽に医師にかかれなかった昭和の時代は。また、防災緊急時に手元にある、コロナ・パンデミックに際して外出不要なども挙げられます。他方、現代社会では、開業医はきれいでフレンドリーなクリニックとなって敷居も低く、ドラッグストアが徒歩圏内に何か所もあり、置き薬の意味は薄くなりました。若い世帯では自宅に薬をもってきてもらう必要を感じないのではないでしょうか。また置き薬の価格ですが、amazonやツルハで300円程度の第二類目薬が、置き薬になると2倍~3倍の値段で売っている商売のようです。

■ 私の祖母は盛んにお世話になっていたという私の幼少時の記憶があります。昭和の記憶ですが、年に2回程度、巨大な風呂敷包みを背負った古風なきさくなおじさんが二階(の祖母の部屋)に上がってくる光景が思い出されます。ホントに富山からお越しだそうな。腹痛(はらいた)、風邪、傷テープ、のどトローチがいつも祖母の部屋にすぐあり、気軽に使いました。祖母は「むやみやたらに使ってはならない」と私たち孫を戒めていました。

■ 祖母亡き後も、どうやら母が置き薬をそのまま続けていたようです。

■ 今回、実家整理後半は、昭和の道具や電気製品を、ゴミの分別のために、ひたすら分解作業中なのですが、その作業を1Fの玄関で実行しています。昔商売をしていた家なので、店舗部分を玄関に改造してあり、比較的広いスペースです。その場を少し離れたタイミングで、戻ってみると、作業台に、置き薬会社D社のMさんという人の名刺と「不在連絡票 - 家屋取り壊しのようですので薬箱を引き上げます」の紙が置かれていました。

■すぐ本社にメールして、清算したい旨を伝えました。

■ 翌朝9:00頃に、いつも通り家具や電気製品の分解作業中に、身なりの立派なMさんが来訪し、清算しました。

■ 薬は十点程度残っていたような気がしますが、袋に入ったものが多くて、開封したのかどうか疑義があったので、ケースとともにほとんど廃棄処分したような気がします。きれいな状態で残っていた紙箱入りの薬3点(目薬2点と風邪薬1点)をお返しします。清算金計4,070円の現金にて支払い、これまでの契約をすべて終了しました。

■ この商法は、たしかに、市販300円程度の目薬を1,000円で売る利幅の大きな商売のようで、そういう目で接すると気分は良くないです。が、せっかくお越しいただいたので少し話してみると、お年寄りの一人暮らしの顧客がそうとう多く(わが実家もそうです)、これを、言ってみれば定期的に巡回して、声掛けをしている仕事をしているんだな、という印象を持ちました。そう思うと、そうそう「高すぎる」「現代に存在価値はない」などと断ずるわけにもいかないかもしれないです。

■ いずれにしても、清算の機会を与えてもらい、感謝しています。

2023/04/10

■こわすつくる - 実家整理 - 処分場にて

 


■ 昨日4/9の朝は降雪で、慌てましたが、今日は良い天気。朝は冷えましたが、午前中から気温がどんどん上昇して17℃になるそうです。

■ 今日4/10(月)も、早朝から積込作業した「もやせるごみ」を満載して、処理場へと、お天気の良い朝の土手の道を軽トラで快走。

■ いつもと違って、月曜の朝9:30にやってきてしまったところ、一般の自治体回収ゴミの収集を終えた塵芥車が集まり始めていて、たいへん混雑しており、塵芥車の車列のあいだにポツンと入れてもらって待ち、計量・破砕・投入・計量・精算で、計1時間ほどかかりました。経験のない混雑ぶり。

■ 処分場の受付の係のお姉さんが、塵芥車に混じる私の軽トラを哀れに思ったか、精算時に「今日は月曜の朝で、混むんですよ。ふだんはこんなにかからないで済んでいたのに、すみませんね。」と労ってくれました。おなじみの顔になってしまったようです。お気づかいに感謝します。

■ 画像は、破砕作業ブースに先客がいたので、順番を処分場の屋外で待っているときの、軽トラと岩木山です。

■冬の眠りの広大な田園。そのまっただなかに、ポツンといる放心してたたずむ自分。

■昨日の雪から一夜明けて、春らしい、冷たい空気が張りつめる晴れのいい天気。

■何だか時間空間を忘れそう。

   ...自分の存在って何だろう…と、考えませんか? (精神がそろそろ蝕まれていますか?)

■ 「うらうらと照れる春日にひばりあがり こころかなしもひとりしおもへば」

■万葉集の編纂者大伴家持の愁い。摂関家に押され、飛鳥奈良以来の大伴家がまもなく絶える運命が見えてきた頃…。

■家持の「はるのその…おとめ」の歌や「新しき年のはじめの…いやしけよごと」も、和歌の日本的な美しさと価値観を代表するものだとして、検定教科書を通じて日本国民に対して、重ねて教育されているのですが...

他方、こちらの春の愁いの歌は、万葉集どころか、まるで平安400年の古今集を通り越し、武家の台頭を憂い滅びの美学と心象的な描写を旨とする凋落の公家文化に揺籃された新古今に通じるものを感じます(私個人の感想です)。

…って、やっぱたかがゴミ捨てに何を高邁なふうを装うたわごとを…って!?


2023/04/09

■あるく - 「冬季閉鎖道路」開通


十腰内のリンゴ畑を貫く農道について、2週間前の3/26(※画像左)にご覧いただいた画像は、キンと冷えた空気でお日さまと雪の照り返しが妙に目に痛い、剪定シーズン開始頃の光景でした。

あの日とは違い、春の2週間を経た今日の道(※画像右)は、もはやとっくに開通し、奥津軽の山あいも春爛漫。画像右側の農園の花は、りんごではないです。桃か梨でしょうか。りんごの木は、画像の左側斜面で、つぼみとなって待機でしょうか。それもあと1,2週間で開花しそうです。

2023/04/08

■こわすつくる - 実家整理 - 仏壇閉眼供養2

 

※ 画像は、フリー素材です。

■ まずは、菩提寺を訪問して相談することにします。

■ が、ここの住職はたいへんに多忙な事は承知なので、おそらくいらっしゃらないだろうと思い、具体的な事情と希望の供養日時の候補を、見やすいよう、ワープロで事務的な文書を作成用意して、持参します。

■ で、やはり、お寺には不在でした。留守番の方に、要旨を述べて文書を手渡します。

■ その帰途、たまたま年来の知己を得ている生花店さんがいますので、思い余って相談してみました。

■ 花店でご対応いただいた方が、「ご供養は可能だが、その段取りは、私がすぐには答えられないので、折り返し、詳しい者から電話させる。」とのこと。あまり期待せず、帰宅して待ちましたら、ほどなくして電話あり。

■ お電話をくれた方は、たいへんに詳しい方でした。

これも、この場で公開するには障りがありそうですし、地方により事情は大きく異なると思いますが、読んでくださる差し迫った事情のあるあなたにとって、ほんの少しでもご参考になれば…(私がそうだったからです);

・宗派によっては、魂抜きの段取りが非常にやっかいなので、住職に事前に通じておくのはもちろんのこと、経験のある第三者にもあらかじめ周到に相談しておくべき。

・今の私の「実家処分」状態の自宅で執り行なうとすれば、ご仏前・お花・お膳・果物・菓子・お燈明などの「霊前仏前一式」のセッティングが非常に困難だと思われる。(要するに、そんな状況でできるわけないだろう、という感じです。突き放した言い方ではなく、同情していただいている口調でした)

・現実問題としては、寺に出向いて供養することを強く勧める。住職に願い出た方がよい。

・私の菩提寺の場合については、住職が非常に多忙なので、住職を自宅に呼ぶよりもむしろ、一家で寺に出向いた方がよい。今の場合に限って言えば、その方が住職にとっても好ましいと思われる。

・私の宗派の場合、自宅仏壇上部中央にある本尊(「御姿(おすがた)」)を、供養の際に菩提寺に持参のこと。遺影や位牌と勘違いしない点に注意(まったく無頓着な私向けに釘を刺してくれたものと思われる)。

・私の場合、この菩提寺に納める費用は、「閉眼料x円」&「御布施y円」を、別々の封筒に包むこと。

・供養後の仏壇は、近くのp仏壇店にて処理してもらうのが、この地方の慣行である。仏壇サイズが人の背丈ほどある家の場合は、z円程度かかる。

・寺での供養の際の「霊前仏前」一式は、当日事前に当花店で、菩提寺に出向いてセッティング可能。費用はv円。

・家屋取り壊し後は、位牌をきちんと管理すべき。ところで、現代の家族の場合…(以下、非常に微妙なお話)。

・菩提寺住職と檀家の間で日程を相談し、決まったら、当花店に日程を知らせてくれれば、当花店側から住職に連絡をして、寺にて当日のセッティングに出向く。

■ その電話の直後10分以内に、菩提寺の住職ご本人から電話がありました。

「今帰ってきたところだ。書き置きは今読んだ。M月D日のH時に私が出向く。それでよいか。」といきなり具体的に提案していただきました。

「日程ご調整をいただき、ありがとうございます。ところでご相談ですが、こちらからお寺に出向いてもご供養なさっていただけると知人に聞いたので、家も残置物撤去作業中であることですし、お寺内でなさっていただければ」とお願い申し上げたところ、

「わかった。じゃ、M月D日のG時に変更するので、お出で下さい。ご本尊を持参せよ。位牌はもって来なくてよい。」と、15秒で決まりました。

■ それにしてもなんとまぁ頼りになる花屋さん…。 本当に地獄に仏でした…。この花屋さんの担当者が仏様のようにありがたく思われ、手を合わせてしまいます…。

...って、何か、形容矛盾を犯していますか?


2023/04/07

■きく - レコード芸術誌にこころから感謝

 


レコ芸休刊。音楽ファンの心情に、一つの大きな時代の区切りを刻むのは確実だと思います。

私は中学生だった70年代から数十年来拝読してきた口です。

中学の時、批評子諸氏の言葉は宣旨文として謹んで承り、高校の時は慈父の如き批評子に対する反抗期を迎え、大学時代は同好の士と口角泡を飛ばして今月号の論評を論評し合いました(笑

レコ芸70年の歴史で特筆すべきことや事件も多かったと思います。

個人的には「古楽」の分野。20年にわたって、NHK-FMの番組と並行して、皆川-服部両氏の博覧強記かつ温厚篤実な名コンビで、しかも一切の互いの干渉なしで続いたという奇跡です。

また、毎年の「レコードアカデミー大賞の決定」。いえ、何が選出されたか、なんかどうでもよいです。読者にとってはこの時点で既知の音盤です。むしろ、選考過程の、それも特に批評子同士で大きく混乱した際の、経過の報告が、毎年の年末の楽しみでした…って、ちょっと私の性格に問題がありますか(^^?...

新譜評論は、いつの時代も需要はあり続ける気がします。「どんな音楽を聴こうかな、どんなCDを買おうかな」を導いてくれますし、「この演奏はこんなふうだ」という方向性を示唆してくれます。だからレコ芸休刊は意表を衝かれました(「いつかは他の雑誌と同じ運命だろうけどそれは今か」という感じ)。

例えば吉田秀和のような、ひと言で正鵠を射るような優れた論者たちが導き手になっているという図式は、レコ芸にはあったと思います。私もこれに安心して身を任せていました。

思うに、これ(新譜評論)への欲求について、レコ芸の読者層は、(音友やステレオ誌に比して)いち早くネットへのシフトが完了したのではないでしょうか。例えば、買おうとするCDがあったとして、その演奏のウェブサイトのコメント欄を見ます。そのうちの一つ、国内外のHMVのコメント欄は、その積み重ねが膨大で、(しかもどなたもレコ芸やGramophoneみたいな評論調で、)読むだけでお腹いっぱい楽しめます。ふと考えてみれば、その後にレコ芸を買う必要性があるかと問われると…。

このような現象はテクノロジーの変化が主たる原因ですが、レコ芸の批評子の権威が相対的に低下したことも大きいでしょう。評論の質が下がったかどうかという問題は置いといて、「その道の権威に従う」という70年代のような価値観の単一性は崩壊し、誰でも情報の発信者になれたことで諸説紛々とした状況。ニーチェが「奴隷の反乱」、オルテガが「大衆の反逆」と喝破してもう100年ですが、2人のスタンスの良し悪しはともあれ、状況的には、彼らにも想像できなかった規模となって実現していることでしょう。

もちろんコメント欄に書き込んでいる人のレベルは玉石混交です。豊富な知識を前提に念入りに聞き込み配慮して表現したプロの批評子の比ではありません。が、なにせ量が圧倒的。読み進むうちに、そのCDの演奏がどんな演奏なのかについて、例えば自分がすでに聞いたことのある他の演奏と比べて記述してくれる人も多く、ほぼ把握できるような気がします。

でも「どんな音楽を聴こうかな」というわくわくした気分で今月号を開くという楽しみは、ネットにはない、レコ芸ならではのもの。やっぱり切ないです。


2023/04/06

■こわすつくる - 実家整理 - 仏壇閉眼供養1

 

※ 画像は、フリー素材です。

■ 一般に、住宅を解体処分する際、自力でデキる人ならば、体力・時間・機材(一般人のレベル;軽トラやどこの家にもあるレベルの工具など)があれば、残置物の分別さえ終わったならば、分別後不要な物は、いろんな方法を駆使してどんどん処分すなわち捨てればよいです。

■ さて、もしも、あなたや兄弟姉妹が、もう実家を離れて別の家で家庭を築いているとして、実家の仏壇はどうすればよいのでしょうか。

■ 「自分は無宗教」という方も、あなたの実家が徳川家康の宗門改め以来の日本人の家屋なら、実家の菩提寺というのは存在するのでは? (「いや、うちは鎌倉仏教成立以前に成立していた公家だから…」という方は、スルーしてください)

■ 私も内心、そんな無宗教気取りで、位牌や遺影は引き続き保管するとして、仏壇なら、物質的には木材とプラスチックの素材に塗装されて作られた家具だから、ゴミ処分場に持ち込んではどうかな、と思っていました。

■ そんな先月のある日、私の妹が、私の実家処分作業中でゴミが散乱する仏間にやってきて、ひとまず座って拝もうとしたところ、何か妙にクラっときて異様な焦りを感じたそうで。

■ 霊感の強い人というのはいるものなのでしょうか、やはり。差し迫った恐怖感で、彼女はすぐその場で、親類の弘前のお寺に電話して、宗派は違えど、助言を求めたそうです。

■ すると、お寺のおうちの方のご助言が…。今差しさわりない程度に要約すると;

①菩提寺に連絡し、魂抜きの法要をする。

②その後、仏壇・仏具の処分は、この地域の一般的手続きとしては、仏具屋に依頼する。

③位牌は大事なので、その後も粗末にしない。

■ そうだったのですか…。知らない私はいかにも傲慢だったと、無知の恐ろしさを実感しました。ご覧になっている方、どうぞ軽蔑なさってけっこうです(本心から後悔)。

■ 仏壇には閉眼供養が必要だということは、納得しました。

■ 具体的措置として、供養には、「席を設けるのか」「どの顔ぶれが必要か」、また、位牌の保管方法は...など、具体的に検討することにしました。

■ 何と言っても専門家に助言を求めるに限るので、やはり前述の親戚のお寺に、今度は電話ではなく時間をお取りいただいて、直接訪問しました。

■ 以下は、その内容です。ただ、地方により、宗派により、異なります。

また、もっと大きな問題ですが、本来、このような場で公開すべきことではないかもしれません。お話しくださった住職の知恵をまるっとさらすのは大きな抵抗があります。

でも、ご覧になっている方でこのつたないサイトにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれませんので、一般論としてご参考になさっていただければ…と。自分が必死にサイトを探したからです。

■ 住職のお話のうち、障りのない部分を要約すると;

・仏さまの「魂抜き」をする段取りは、宗派により微妙に異なるので、まず菩提寺に相談が大前提。

・自宅に和尚さまを呼ぶ場合は、お花お菓子程度は用意。

・お膳などの会席は、私の宗派では必須とは言えない。

・お布施は必要。

・供養後、仏壇の処分は、仏壇屋に相談せよ。

・自分で自治体のごみ処分場に持ち込む行為は止めはしないが、弘前では極めてまれなケース。

■ 従兄にあたり幼い頃からの馴染でもありますので、これでもかなりざっくばらんな言い方で教えてくれました。私以外の人が相談に来るとすれば、だいぶ異なる雰囲気になるでしょう。

■ お礼を述べて引き下がり、この時点で、作業の段取りを考えます;

・閉眼供養のタイミングとして、いまもうすでに実家は、残置物処分中で、和尚さまにお出でいただく状況ではない。執り行うなら、家具箪笥類を処分し、他のゴミをきれいにした後に。

・とはいえ、もうまもなく水道や電気の契約を打ち切るので、自宅での供養はもはや不可能ではないだろうか。場所的にムリがあるのではないだろうか…。

・供養の会席者だが、私の祖父祖母も祭ってある仏壇ではあるが、だからといって、数多くいる私のおじおばなどに遠来ご足労願えるような物理的環境ではないだろう。ゆえに、和尚さまの他には、私とその兄弟以外は不可能だろう。多くて3人程度か。それで和尚さまに申しわけがたつだろうか。

■ 困りました…。


2023/04/05

■あるく - 大鰐の杉林の道




あるいて気持ちの良いポイントまで、気分転換を兼ねて、ドライブしてみます。弘前市の南隣の大鰐町のさらに南部に通る国道454号線。国道7号線から東に山を抜ける3桁国道です。

美しい杉の林間を道が抜けています。美しい杉林なのは、見るからに丹精を込めた人の手が入っているからです。美しさの背後に、危険で過酷な林業従事者の方の苦労がしのばれます。感謝してゆっくりしずかに、慈しみ深く味わって通り抜けてみたいと思います。

早春のひんやりした杉林。吸い込む森の香り。あちこちで聞こえる雪解け水のせせらぎの音。自分の心の中にわだかまった、雑多な世俗のせせこましさに凝り固まった気持ちの澱が、すこ~しずつ、それでもつぎつぎと、流されていって、なくなっていくようです。


2023/04/04

■こわすつくる - 実家整理 - プラスチックごみを処理場へ搬入




■ 画像は、やはりこの話題の場合、やはり何というかビジュアル的にあれですが...。いつも小さめに表示しております(;^^A

■ 処分品のうち、プラスチック類、または、家財道具を分解して出たプラスチック部品などは、自治体のごみ収集袋に入るものは、少しずつ地道に収集日に出していました。

■ が、他方で、サイズ的に収集してもらえないものや分類に疑義のあるものなどを、ずっとプールしておいたのですが、今日は、それを、市の処分場まで搬入しようかと思います。

■搬入前の準備として、

1) 荷崩れ(路上に散乱)を大いに恐れますので、梱包ラップなどで入念にまとめ、積載方法をよ~く考え、それから積み込みにかかります。画像は、積み込み途中ですが、この後、軽トラ用荷台カバーをかけ、さらにロープで固定しました。

2) 疑義のある処分品は、市役所の環境整備課の廃棄物処理担当の方に、画像付きのメールで問い合わせておきました。OAチェアから洗濯ばさみ1コに至るまで、画像付きで複数回にわたってメールで質問しました。返信はこちらの望むようには速くなかったのですが、きちんと回答していただきました。ご迷惑をおかけしてしまったのですが、ご担当の複数の係の市役所職員の方々の、誠実な回答には、感謝しています。

■「ごみをたくさん捨てなきゃ」という時って、どういう気持ちですか? 「コレ分類合ってるかな・大丈夫かな・叱られないかな・分類がわからないしめんどうだから袋の外から見ても見つからないように包んで…」など、後ろめたい気持ちで、またこっそりと、あるいはハラハラしながら…、という気分って、ほんとうにイヤですよね(「そんな経験はない」という方、スルーしてください)。でもそうするしかない私のような庶民の肩身の狭さ…。

■この作業を始めた3月は、やはりそういう気分で、分別・分類がわからないものだらけでした。そもそも、「ごみの分別収集に関して、分類に自信はある」という模範的な日本人の自治体住民って、極度に珍しいのではないでしょうか?

■しかも、分類を間違えてごみ収集日に出してしまい、収集作業員に見咎められ、その結果、自分の出したごみ袋だけが、「収集しません―理由は☑を参照」ってなシールが貼られて収集してもらえないまま、自分の名前が書かれた袋が町内のさらしものにされる…。

このようなお役所の措置が、あらゆる日本人にとって、精神的に非常に厳しいサンクションとなっています。

不法投棄が絶えない一因は、この過酷な措置にあるのではないかと思います。

■話がそれました。

今回、実家処分で大量のゴミを覚悟して、いざ作業に取り掛かって、「この際、何もかも徹底的にお役所に問い合わせよう」と決意しました(おおげさかなぁ)。今は「画像付きメール」という庶民の強力な意思疎通手段があります。徹底的にこれを駆使する決意で臨みました。

■で、満を持しての今日のプラスチック処分場への搬入。積み込みながら、非常に気が楽でした。たぶん分類は全て完璧にOKではないかなと...。

中学高校の時代にさぁ(突然ため口に!?)、定期テストの日の朝って、「どうせわからない、ひどい点だろう」と、うんざり重い気分だったことが多かったですよね(「いいえ、そんな経験はないです」という方は、無視してください)。が、たま~に、今回に限り、たまたま何度も何度も繰り返した勉強した狭い範囲が試験範囲になった、昨晩勉強し直したけどほぼOK、今日は大丈夫じゃないかなぁ…と思いながら受けた定期考査で、偶然に学年1位だった…などという僥倖を経験したことはないでしょうか? …ゴミの話のさいちゅうにどうでもいいくだらない自慢をするなよって?...そ、そうでしたね。また話がそれました。

■で、分量としては、軽トラに1回ではとうてい積めなかったです。結果、今日は、市のプラスチック再生処理場まで、2回往復しました。それでもまだたくさん残っていますが、後日改めての搬入にします。

■6kmほど離れた処分場までの往復は、1回あたりたったの30分程度でした。

■経験してわかるのですが、「軽トラに積む作業」「捨てる作業」は、そう何分もかからないです。それよりも、積載する前の準備作業(「分別して床にまとめて置く」「それらを梱包ラップやヒモでまとめる」「疑義のあるものは役所への問い合わせ」「問い合わせの結果を受けて、改めて分解-梱包作業」)が、何日もかかります。

例えば、壁の1面に「ペンキを塗る」作業。塗るのは数分ですが、下準備に丸一日かかります。あるいは「自作パソコンを組む作業」。1台の組み立ては1時間で終わりますが、パーツ(CPU, マザーボード, メモリ, HDDやSSDから始まり、設置ベイ割り振りとコード取り回し、冷却ファンや果てはCPUグリス等)の選定や想定で、何カ月も考えに考え抜いて組みますよね…、って、ペンキもPCも知らんわい、という方、ごめんなさい。言いたいのは、下準備・下拵えの重要さで、今回もじっくり実感しました。

■処理場では、自信はあったけどやはり緊張します。係りの人が、カミソリのような厳しい目で吟味してくれました。

■その結果、今回は、「土ほこりで汚れた発泡スチロールは、再生できないので持って帰れ」との判決が下されました。満点回答を予想していたのにショックを受けた弱小末端庶民の私が、「発泡スチロールの泥汚れは、個人や家庭のテクニックではキレイにして再度持ち込むことができません。どう処理すればいいのでしょうか。有料の廃棄物業者に頼むしかないのですか?」と愁訴したところ、「『燃やせないゴミ』の最終処理場に搬入するように」との下命を賜りました。

■『一人で実家処分』という行為は、無限の時間とあなたの人生そのものをゴミ処理のためにささげる必要があります…。


2023/04/03

■あるく - 弘前禅林街



弘前の禅林街は、道の両側に、禅宗(曹洞宗)のお寺のみが30余りも並ぶ寺院の街です。津軽藩の政策的街造りによるもののようです。

観光地化されてしまって…という地元の人の嘆きもあるようすですが、

でも、今日この春の日曜日の夕暮れ前のひとときは、人影もまばらで、昔から変わらない暖かくも緊張感ある空気がゆらめくように漂い、夢見心地であるくことができました。

ふだんあるくりんご畑やあぜ道や湖畔の道も気持ちがなごんで良いのですが、人の手が、いや、人の意志や魂が、入念に込められたエリアは、異様な凝縮感や緊張感があるせいでしょうか、襟を正して胸を張ってあるこうというシャッキリとした意識が、自分を占めます。

私は、打ち明けると、個人的に「旅行」は苦手です。「旅行」の定義を、いま仮に「自家用車を含む交通機関を用いた宿泊を伴う移動であり、かつ、ビジネス目的や差し迫った必要性緊急性が無いもの」と定義するならば、私は、旅行をした経験が、この半世紀で1度です。

15年ほど前に、歴史的興味から奈良県奈良市とその周辺市町村を。綿密に意識して唐招提寺・興福寺・国立博物館・東大寺をあるきました。

禅林街といい、興福寺・東大寺といい、同じようなひじょうに強い古人の意志を感じて、上にかいたような同じ意識が自分を占めました。威圧感がないわけではないのですが、心地よい緊張感です。

気分が良いなら、もっと旅行をしてあちこち似たような場所を訪れればよいようなものですが…。ただ、仏教の寺院だから、宗教的な伽藍だから良い、というわけではなくて、例えば、大昔の学生時代の経験ですが、古い大学の古い図書館の内外を歩くときなど、似たような意識が目覚めます。 

自分のふだんの軽薄な日常生活意識に対して突然視界に出来する非現実な重厚感で、その背後に何か歴史上の人々の強い意志を感じる場合です。このとき、畏怖の念を覚えるのですが、冷や水を浴びせられてすっきり目が覚めたような、希望を持とう、もっとよく生きようという感覚が優る気がします…。

2023/04/02

■こわすつくる - 実家整理 - 燃えるゴミを処分場へ

 


※ 画像は、google streetからお借りしました。

■3月から何度も往復しているこの道のあの「燃えるゴミ」処分場へ軽トラで。

■ 個人でする「実家整理処分」の場合、町内の特定箇所にあるごみ収集所に、指定収集日に、ふだんから地道に、袋に詰めてゴミ出しをするのは、限界があります。特に私の自治体では、「ゴミ出しは1回につき4袋まで」と制限があります。

■ 自治体やその広域連合で公設の「廃棄物処分場」は、少なくとも「燃える」「燃えない」「プラスチックリサイクル」の3種類あり、それぞれ別の場所にあるでしょう。

■ ここに、住民が直接搬入すると、有料ではありますが、ゴミ処分が一気に片付きます。

■ 持ち込むには、車両が必要。 「『実家整理処分』を自分で」、と考える場合、トラックや軽トラがあるとないとでは、消耗する労力と時間は雲泥の差です。

■ 「軽トラなんかもっていないよ」という人の方が多数派でしょう。クルマは、首都圏や大都市圏以外の、地方在住の平均的日本人で所有している世帯は多いでしょう。が、トラックや軽トラまで所有している人は、それが日常必要な生活をしていない限り、少数派です。だから、この実家整理作業をやってみて思うのですが、個人の住宅であれば、やっている間はほんとうにたいへんな労働と精神的負担であるにせよ、丸1年もかかるわけではないので、軽トラは、1か月2か月半年などの単位でレンタルするのが賢明かなと思います。

■ 私もふだん軽トラに乗り慣れていると言えるほど乗っているわけではないです、ただ、積雪期も無雪期も、手元にあれば、思わぬ時に頼りになる存在です。

■今回は、ゴミ処分場の往復だけのため、3月下旬~4月上旬で600km走りました。しかし、その往復は、楽しい気分というワケではないです。

■画像の道は、岩木川下流のおおらかな川面を脇目に進む土手づたいの道(青森県道43号線)。水の流れや土手の鮮やかな緑が新鮮で、幼い頃から大好きな道。クルマでもチャリでも、晴れた春の土手の道は、気分もよく鼻歌混じりにでもなりそうな...。

■ところが、軽トラだとこんなに怖いとは!いつも乗るクルマより座席は狭い高い位置にあって不安で、乗り心地がぐにょぐにょして、荷物はずっしり重く、春の強い風の中、黄砂が吹き荒れ、対面から道幅いっぱいのサイズのダンプカーが次々と遠慮なく突っ込んでくるところ(「ダンプカーは、1台きたら、あと5台来ると思え」がいなか在住の鉄の掟)、風圧で軽トラのハンドルが取られ、生きた心地もしない恐怖のひととき...。

■ 軽トラでの処分場往復が、だんだんキライ、行きたくない、と、当初のお気楽な土手の道が、意識下に精神的圧力がかかり、強い緊張感に変わってきました。


2023/04/01

■こわすつくる - 実家整理 - 植物処理後



■ 植物処理後。画像ではただの乱雑なアスファルト空間に見えます。

■ 「ただの乱雑に見える」という表現にさらに何か補足があるのかと問われれば、「ある」ので、今後同様の行為をお考えの方は、どうぞご参考に。

■ 作業するあなたの生命の危険があります。

---...---...---

■ 世間様は、今日4月1日が、春風そよぐ希望に満ちた新しい年の始まりですね!

■ で、私は…。腰をかがめてマスクをして延々と続くゴミ処理の日々…。

■ 今日は、この狭い空間にて、手作業での撤去と分別の作業が必要でした。

■ 鉢植えとプランター撤去作業時に気づいたのですが、植物を置いてあったホームタンク下と、これに続く建物と塀の間の日陰の空間の接地面は、数十年来の、高湿・遮光・遮紫外線・嫌気的空間…等の条件を得て、暗湿地帯と化しており、目視では苔やカビ、さらにはおそらくその環境で繁殖しているであろう微生物で、ぬたぬたネトネトしており、かつ、猛烈な臭気がいっせいに解放空間に発散された模様です。

■ ここは、菌類・細菌類が豊かな繁殖を謳歌する培養床となっていたことでしょう。永田町や霞が関を彷彿とさせる空間ですね(意味不明でしょうか?)。もちろんその中には、人体にとっての病原体やアレルゲンも無数に種の世代を重ねており、中には、今この作業による空間膨満と直射日光照射と気温上昇を得て、空気中に浮遊するチャンスを得た菌類細菌類が、等比級数的な体積膨張、いわば空気爆発を発生したものと思われます。「臭気」という国語的日常表現も、化学的には「物質」があなたの鼻孔に入り吸着されるという機序を経た結果です。あなたの鼻の中の粘膜に付着する物質は、菌類細菌類にほかなりません。

■ この作業を、あなたが、「あ~やだな~、でもやんなきゃな~・後で手を洗わなきゃな~」ってな気分で、ゴーグルなし・ヘルメットなし・帽子もなし・マスクなし・素手・半袖・ステテコ・素足・サンダル・の、お気軽ないでたちで、とりかかったとしましょうか…。あなたの皮膚やその傷口・髪の毛・まつ毛・眉毛・口や鼻や目や耳などのあらゆる粘膜のすべてに、何かの生物(有機物)がいっせいに付着すると思いませんか…。ゾ~ッとします。

■ これに先立つ数日前、私は、家屋の屋根裏を整理して、膨大なホコリと綿ゴミの森に入りましたが、「防塵マスク」と「ヘルメット」と「安全ゴーグル」と「安全靴」と、2020年代の最新素材「ニトリル軍手」、加えて最後は、ホコリもウィルスも放射線ですら、水圧のあるシャワーで、何とか除去可能です。

■しかし、今日の、この植物エリアのバイオハザートは、デュポン・ド・ヌムール社製コロナヴァイラス感染防護服と酸素ボンベがなければ、接近不可能なんじゃぁ…?

■ ということで、除去後は、数日間、日光にさらしておきます。その後、乾燥したら、残滓をシャベル/スコップでさらってから、ごみ整理や分別を行う予定です。

■ ネトネトがニトリル手袋やビブラムソールに糸をひいて付着する拡大画像を添付しようか、と思いましたが、見る方のトラウマになって、食事ができなくなりそうなので、またの機会にしておきます(;^^w

■ 一人で今スグ解決できるわけじゃないんです。「時間」「太陽光線」「カラリと乾いた風」という、ふだんは気にも留めない、あって当たり前の役者の皆さんに、今日はすがって助けてもらうことにしましょう。

■苦痛・危険・理不尽・不満・涙に満ちた作業が延々と続きますが、チョっと背を伸ばして空を見上げて、気を取り直して、何かに感謝する気持ちを取り戻したいと思いました。