2023/04/25

■ こわすつくる - 実家整理 - 昭和初期のシンガーミシン


※ 画像は、同時期同機種別個体です

■ 基本的に捨てざるをえない物なのですが、それがさまざまな意味でつらい物は、きっと誰にでもあります。この家にもいくつかありました。その一つ;

■ 明治41(1910)年生まれの祖母の、「シンガー製ミシン」は、残して使おうかと、この家の解体処分が決まった3月上旬、実は、真っ先に脳裏をよぎりました。

■ あの家で最も古い道具、家そのものよりも古い道具で、道具というものの使い方を、身をもって示した、と言えるシンボリックな存在でした。たかがほこりだらけの古い足踏み式ミシンなのですが、実は、考えて眠れない夜が続きました。

■ 一般に、20世紀初頭から前半に英米で製造された金属製の工業製品には、製造番号(Date Code)が、英文字と数字の組み合わせで与えられ、製造場所(国、工場)と製造年月(四半期ごとのものも)とを追跡できる表示のものが多いです。一例ですが、私が愛用する物の中では、クラシックシェービングに使っている20世紀前半のジレット製のホルダーなど。"Gillette Date Codes"で英米独のサイトをググればたくさん出ます。e-bayオークション売買時に当事者は参照していると思います。

■ 探してみると、このルールが、やはりSinger製ミシンにもありました。

■ それによると、私の祖母のミシンは;

Date Code(製造番号)が、Y8 728 956

調べると、1933年2月2日頃に、スコットランド クライドバンク(Clydebank)工場製造品(※)のようです。

※Website; International Sewing Machine Collectors' Society>home>>Singer Sewing Machine Serial Number Database>

■ この個体は、祖母の嫁入り後数年して購入され、94歳で死去する平成13(2001)年の前年まで使われていました。シンプルで頑丈。

■ 製造年である1933年は;A・ヒトラーのNationalsozialismus(ナチス)政権成立の年、F・ルーズベルトの"New Deal"政策発足の年、前年日本が満州事変によって満州国を建国し、これがリットン調査団及び国際連盟など国際世論に非難されたことに対し、国連総会にて日本全権松岡洋右が日本を孤立した十字架上のナザレのイエスに例えて反論していっそう反感を買い、国際連盟を脱退した年…。

■ 私の父が1歳のときで、新生児に入用な周辺のものを作る必要があったのかもしれませんね。ただ、1929年の世界恐慌直後の当時、ミシンは「一般家庭がちょっとがんばれば買える金額」からは遠く見上げる位置にあり、シンガー社は明治時代に世界初の「月賦払い」制度を考案・実施し、わが祖母の家庭は当時かなり裕福だったようですが、月賦払いで購入したようで、祖母は生前、小学生の私によくその旨(「月賦で買った」こと)を、口にしていました。「月賦で買う」というのは、明治末期から戦前にかけては、金持ちのすることだったようです(ex; ブリタニカ百科事典の丸善による著名人への割賦販売が有名)。が、昭和の小学生の私は、「月賦だなんて。すぐには買えない貧しい家だったのかなぁ」と、祖母が胸を張って語るのが腑に落ちなかったものです。

■ 性能・意匠とも突出したトップブランドのシンガーミシンは、模倣の対象で、類似品がこの100年でたくさん出ているようです。近い例(な気がする)では、日本の某新興ミシンメーカー(かなぁと思うんですが)。このスコットランド製シンガーミシンに姿がよく似たモデルを「トーキョー オトコミシン」として売り出し、人気で生産が追い付かず、年内の次の予約販売は半年後だそうです。オトコが(コロナ禍の)在宅勤務の合間に、ジーンズや帆布の加工、手帳財布等の皮革の細工、オートバイの座席なんかを作るのに人気なのだそうです(個人的には、心和む風潮に感じます)。

■ 手元の個体は完動品です(祖母がしょっちゅう使っては手入れもしているようすが容易に思い出せます)が、一般に、壊れたままの状態でもヤフオクで万札が必要な程度の価値レベル。製造時のままの金の装飾模様が残っている美品は数十万円から上で売れるようです。

■ もし私が使おうと決意して、装飾復元なしでメカのみ調整レストアを外注すれば、費用が数万円+往復送料(鋳鉄製の脚フレームが分離できない構造なので、引っ越し家具の扱い)。

■ 立ち止まって考えます。祖母は毎日いきいきと軽快に使い愛情込めてメンテナンスをしていたのは確か。今のコンピュータ・ミシンと違って、構造は単純で故障の可能性もゼロの(必ず自分で治せる)"機械式"("電動ではない"という意味)なのです。が、ミシンの操作経験のない者浅い者が、そうすぐに祖母のレベルで使いこなせるものではないのでは? クルマの運転やパソコンの制作や大学入試共通テストレベルの数学IAIIBや化学Iやお気楽な英語問題の習得などよりずっと多くの知識・経験が必要だと思いました。

■つまり、目的が「感傷&鑑賞」ではなく「ソーイングで暮らしに潤いを」だとすれば、ふつうの人生経験や知識では習得困難なテクといい、レストアに費やすお金といい...。いずれも、今ならジューキ製のコンピュータ・ミシンに8万円を払えば、使い勝手は雲泥の差で、理性的選択がどちらであるか、明白でしょう。

■ ということは、結論がでました;祖母のミシンとは、もはやこれまで。永遠の別れです。