2025/08/20

■ まなぶ ■ "クマ"に関してネットで得た知見 - 2

いらすとや

お盆前から夏の酷暑は和らいでいますので、大好きな山あいの道をあるいて気分転換をしたいのですが、今日は強い雨が降ったりやんだり。いやそれ以前に、クマさんがすっかりこわくなり、山みちのさんぽにかわる別な気分転換をかんがえなくては。

 クマさんの出没につき、ネットにて知見を広めようとすると、さまざまな個人の知見にも触れる機会があり、ぼやっとした私には、おおいに参考になります。

 まったく思いもよらなかった新たな知見にも、いくつか触れました。ネット社会という満ち溢れる情報の海のおかげでしょうか。2つめのお話は、やはりお詳しい先日の同じ方(🔗8/18)のウェブログの別な日の記事。ごく一部を要約すると;

"昔は、里にクマが出て作物を荒らしたとなれば、(中略) 大勢の村の人たちがほら貝や鍋、釜、太鼓等を鳴らし、大騒ぎをすることで一定の方向にクマを追い込んでいき、猟銃を持つ人たちが待ち構えてクマを退治するというやり方が取られていた。仮にクマを逃したとしても、大勢の人間の怖さをしったクマは里を荒らしにこなくなる、という学習効果があった。..."

 日本昔話もビックリ!もっと詳しく知りたいのですが、具体的な出典や資料は、やはり今回も示されていないです。ネットでだいぶ調べたのですが、類似の情報が全くヒットしませんでした。

 1) どこの地方? この筆者の方は東北の方のようです。東北にはなんと広い未知の文化があることでしょう。

 2) "ほら貝、鍋釜、太鼓"の4点を、同時に装備してある家庭とは...。

 "太鼓"を、村では、何に使ったのだろう...。

 "ほら貝"を、村に住む一般の人が、どのような意図や用途で手元に常備しているのだろう...。

 時代的にいつ頃の話なのだろう...。鳴らすような鍋や釜、また猟銃といった金属器を所有する民間人がいるならば、明治以降。この方の記憶にあるとすれば、昭和のうちの戦後と、わりと最近...(戦後生まれの日本人の割合は9割)。

 3) クマを追い込むための大勢の村人の"大騒ぎ”とは...。「うぉー」という勝鬨みたいな? 周囲の山にいる数頭数十頭が複数回出没するたびに、そのような喧噪態勢で、道なき山中を駆け回るのは猛烈に疲れそう、というか、そのようなことが可能な"大勢の村人"は、みな特殊なトレーニングを受けたレンジャー部隊に近い技能と体力を日ごろから身につけていた...、そういう村が存在していた...。

 "大騒ぎ"にはリズムや歌などがあった? とするならば、その"クマ追い歌"みたいなものは、もしかして、"南部牛追唄"みたいに、文化財保護法に基づく国の重要無形民俗文化財や登録無形民俗文化財などに指定される可能性、またはされている可能性も大きいです。

 4) "村人たちが大騒ぎにて一定の方向にクマを追い込み、待ち構えていた銃を装備した迎撃部隊にて退治"というスケールの大きな猟の仕方には、そうとうなチームワーク、日ごろのトレーニングが必要なことでしょう。どのような指揮系統、チーム編成、訓練形態(頻度や装備品の分担)、招集基準や規模が採られていたのでしょうか。

 それらにより仕留めたクマの処分方法には、どのような村のルールが...。戦前ならば、軍需用・毛皮・肉・内臓の製薬用途など、一定の「クマ市場」や流通ルートがあり、クマ死骸に一定の財産的価値がありました。村ではどのように分配していたのだろう...。

 またわかることとして、村ごとに、複数人数が、猟銃を所持し日常的に使用しているという背景的な基本的事実...。

 私の住むエリアの近隣には、白神山地があって、山中の旧"目屋村"のマタギの話は何度か聞いたことがあります。たしかに村で複数人が猟銃を使っていたのですが、県内の歴史でも非常に特殊な山奥の村です。対して、ここのお話に登場するほどのレベルと規模で村全体として知的で組織的なクマ狩りがなされる話は存在しなかったです。

 高校日本史で、桓武天皇の東北平定に付随して、"アテルイの乱(巣伏の戦い)(789年)"を学習します。圧倒的な先進武装兵力を誇る数千人規模の朝廷軍を、アテルイ率いる東北の蛮族数百人が、地形を利用した巧みな追い込みで壊滅させる話です。これに激怒した桓武天皇がついに坂上田村麻呂を征夷大将軍に任じ、徹底的な凄惨窮まる東北征伐を実行した、という経緯です。高校日本史Bの検定教科書にもWikipediaにも載っています。

 この方のお話から推測するに、東北人のその壮絶な伝統を千年にわたって維持している恐るべき村々がごく最近まで存在していたにちがいありません。なぜそれが、ひろく日本人に知られていないのか、私が無知だっただけなのか、大いなる驚きの見聞だったとともに、非常に不思議な気もしました。

2025/08/19

■ まなぶ ■ 待ち行列の所要時間 - 青森県立高校入試 H29(2017)年 数学第5問


健診による体調不良からやっと回復しました(🔗8/16)。やはり土日まるまる体調不良でしたが、昨日月曜日の午前中もずっと、しくしくと胃痛、ごろごろと下腹部...。

 市の定期健診にともなう侵襲の過大感を分析すると、2点。
1) 胃透視検査。絶食空腹の胃に腹いっぱい硫酸バリウムを飲み、直後に緩下剤と水を腹いっぱい飲み、直後に食事をするよう推奨されること。胃痛と下痢と脱力感と疲労感。

2) 待ち行列に長時間並ぶ精神的ストレス。

  1)の胃がん健診については、今後、集団検診での胃透視検査をヤメて、毎年個別にいつものKクリニックで胃内視鏡検査を受診することにします(🔗2025/1/30)。

  2)は、待ち行列の順位1位を確保することと、待ち行列の数十番目以降にいて待つこととを衡量すれば、前者の方が精神的ストレスは小さいと判断し、毎年可能な限り頑張ります。なんだか子どもっぽいですネ。でも心の安らぎが得られるならそれで。

 県立高校の入試問題に、待ち行列の、待ち時間の計算や終了時間の計算をさせるものがありましたので、「設問を解く」のではなくて、「それを使って自分のためにチョっと考える」にとどめます。

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【5】 ある中学校で、入学予定者100名に新入生説明会を行うことになった。図は、そのときに使用する[ 資料 ]の一部である。

[ 資料 ]
① 受付で1番から100番までの番号札を受け取ってください。1番から50番までが1班、51番から100番までが2班になります。
② 生徒会役員が誘導するので、指示があった班は書類点検を行う場所の前に並んでください。
③ 番号順に1人ずつ、書類点検、内履き選び、運動着サイズあわせの順番で進んでください。

入学予定者1人につき、書類点検に20秒、内履き選びに30秒、運動着サイズあわせに50秒かかるとき、次の問いに答えよ。


(1) 図2で、Aは書類点検の時間、Bは内履き選びの時間、Cは運動着サイズあわせの時間、↔ は待ち時間を表している。
例えば、3番の人の運動着サイズあわせが終わるまでにかかる時間は200秒、そのうち待ち時間の合計は100秒である。

1班から始めるとする。

ア. 7番の人の書類点検が始まるまでの待ち時間は何秒か。

イ. 10番の人の待ち時間の合計は何秒か。

ウ. 午前9時に、1番の人の書類点検を始めるとき、37番の人の書類点検が始まる時刻は何時何分何秒か。

エ. 1班のn番目の人の運動着サイズあわせが終わるまでにかかる時間は何秒か、nを用いて表せ。

(2) 午前9時に、1番の人の書類点検を始め、45番の人の運動着サイズあわせが終わった時点で、2班の書類点検を始めるとする。

ア. 45番の人の運動着サイズあわせが終わる時刻は何時何分何秒か。

イ. 51番の人の書類点検が始まってから運動着サイズあわせが終わるまでの待ち時間の合計は何秒か。

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 「解いて解説」するつもりはないんですが、解く分には楽しいかも。

 イマ考えてみたい話は、「コレもし市の健診なら...」というコトですよ。

 "Aは書類点検、Bは内履き選び、Cは運動着サイズあわせ"にかかる時間という設定ですが、たとえば、"Aは問診(20秒)、Bは血圧測定(30秒)、Cは採血(50秒)"などと考えれば、自分がどのくらい待つかなぁと、やや現実味を帯びた問題になりそうですネ。

  A, B, Cの処置をいま『ノード(関門)』と名付け、ノード間を『待ち時間』とします。待ち行列を『キュー』と名付け、早く並んだものが早く処置を受けるという「先入先出法(FIFO)」のルールを貫くとします。

  キュー1位の人は、待ち時間の合計000秒。計100秒で3つのノードすべてを終えます。

  キュー2位の人は、待ち時間の合計050秒。計150秒で終了です。

 キュー3位の人は、待ち時間の合計100秒。計200秒で終了です。

 ということは、この数列を、を用いた一般項で示すと;

キュー n 位の人は、待ち時間の合計"50(n1)"秒。計"50(n1)"秒で終了です。

 たとえば、設問(2)ア.の、45番の人(キュー45位)なら、n  = 45を代入して、
50(45+1) = 2300(秒)、すなわち38分20秒。
ゆえに、時刻9時38分20秒に、本日の手続きは終了となります。
45番目にならんだら、40分ほどかかるということですね。

 あなたが朝7:00開始の健診で1番目に並んだら、100秒後 (1分40秒)、つまり時刻7時1分40秒で本日の健診は終了です。
 一番に来たら1分半で今日の健診は終わりだよ。

 あなたが朝7:00開始の健診で100番目に並んだら、n = 100を代入して、50(100+1)=5050秒後(84分10秒)、つまり8時24分10秒に終了。3つの検査そのものは合計でたったの1分半で終わるのですが、待ち時間の合計は1時間22分30秒。
  100番に来ちゃったら1時間半もかかって、終わるのは8時半だよ。

 先日書いた通り、市の健診は、ノードが13あり、それぞれ、例えば、問診で5分、尿検査で2分、胸部X線で3分、心電図で3分、採血で3分、胃透視検査で5分など、ずっと多くの項目数とずっと長い所要時間です。3時間も4時間もかかり、「朝7時に受付の市の健診を終えて帰宅したらお昼ごはんの頃」というのがあたりまえという気がします。

 運営側の市役所職員の健診企画担当者の方々が、むしろこの計算をあらかじめしてくれた上で、保健師看護師の人数、血圧測定器の台数、心電図の床数、採血の床数を配賦計算してくれれば、たいへんスムーズになるに違いありません...。市役所の皆さん、たまに県立高校の入試問題も解いてみてください...!?

2025/08/18

■ まなぶ ■ "クマ"に関してネットで得た知見 - 1

いらすとや

 数年来この春先までずっとあるいて楽しんでいたあちこちの山あいの道も、なんだか最近はクマさんが幅をきかせているので、すっかりあるきづらいです。私のように、クマさんの住まいのすぐご近所までわざわざ出向いてぼやっとうろうろしているようなヤツは、まっさきにクマさんに問い詰められそうです。🔗7/24

■ "クマは、一度ヒトを襲ったら、また襲うので、その個体はやはり駆除するしかない。「クマさんがかわいそう」という自然派の考えは、さらなる人身被害発生の蓋然性の高さを考えると、もはやその個体には通じない"という、専門家や現場の見解は、広く啓蒙が普及したところだと思います。

 ぼやっとあるいている私も、ゆえに、そういう現場には近づかないようにこころがけなくては。そのような有益な報道や近隣の出没情報は、インターネットで教えてもらいます。

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 その延長で、ネットにて知見を広めようとすると、さまざまな個人の知見にも触れる機会があり、ぼやっとした私には、おおいに参考になります。

 まったく思いもよらなかった新たな知見にも、いくつか触れました。ネット社会という満ち溢れる情報の海のおかげでしょうか。その一つ、個人のブログ記事を、数日前に拝見しました。

"人間を襲ったクマは、毛がなく食べやすい、抵抗力の弱い獲物として人間の肉の味を覚えてしまうでしょうし、親に教えられた子グマは人食いグマとして成長するでしょう。"

 3点の、動物生態学的な新しい知見を得ました。

 1) ヒトって、「毛がなく食べやすい」のですか、クマにとっては!?

 クマの立場に寄り添った新鮮な知見でした。「調理の手間が省けて食べやすい」という消費者の心理をついてあらたに市場に投入された新開発食品みたいです。

 2) クマはヒトの肉の味を覚えるのですか。

 怖いので、Google先生にも尋ねてみます;


 3) クマは親から子へと、ヒトの味やヒトを狩るテクニックを伝授するのですか。

 子どもの教育に関して意識高い系のグルメな母グマが近年増加中なのでしょうか...。

 この方は、科学的知見に詳しいごようすで、国内ブログ大手プラットフォーム中のウェブログにて大いに真剣に警鐘を鳴らされています。ウケを狙って酒宴の席で嘯いたわけではないです。もしかしたら、この方には、全国のクマたちを対象にした、毛の有無による食べやすさの違いに関する大規模アンケート調査の集計値や実験データ等、何らかのエビデンスが背景にあるのかもしれません(出典は拝見できませんでした)。

 それにしても、そうだったのですか...。なんて怖い表現...。あまりの怖さに気が遠くなりそうなぼやっとした私の耳に、遠く聞こえてきたのが、クマさんたちの会話...;

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クマのジャイアン「ヒトっていうのは、毛がなくて食べやすいんだ。その肉はうまいんだ。」

クマののび太君「え、ぼ、ぼく、毛の生えたウサギさんやタヌキさんやシカさんたちをふだん食べたことが無いから、毛がなくて食べやすいだなんて、よくわからないよぉ。」

クマのスネ夫君「あれ、たしかヒトって、服とか着てるんじゃないの? 特に山をあるいているヒトの着ているノースフェイスやモンベルのマウンテンパーカーやクライミングジャケットは、岩場での接触や雪面での滑落対策として、引き裂き強度や摩擦抵抗を高めた新素材がふつうだから、そのままじゃヒトを食べづらくないかな。中には山岳用ピッケル持ってる登山者もいたりして、それがグリベル製のクロモリ鋼ヘッドやCTテクノロジ製の鍛造ワンピースヘッドみたいな高強度なツールだったりしたら、抵抗されたらイヤだなぁ。あ、ワークマンやユニクロの安い服を着て手にスマホ持ってインスタ用に自撮りしてるヒトを狙えば、食べやすいかな。」

クマのしずかさん「わたしものび太さんみたいに動物を食べたことがないわ。なめとこ山のドングリを食べているときがいちばんしあわせなひとときかなぁ。」

クマのジャイアン「うるせえ!これからのクマたるものは、生き残りをかけて、グローバルな展開を視野に入れて、新たな市場を求めてアグレッシヴに街に進出しなくちゃダメだ。おまえたちは何もわかっちゃいねぇ。」

クマののび太君「でも、毛のないヒトがボクでも食べやすいようにはだかで抵抗しないで山や街をあるいてくれているものなのかなぁ?」

クマのジャイアン「ゴンッ!!(鉄拳制裁)」

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 ...という夢を見た。

2025/08/17

■ きく ■ シューマン – ダヴィッド同盟舞曲集 Davidsbündlertänze Op.6

YouTubeMusic / Album
"Schumann Davidsbündlertänze Op.6"
検索画面

作品番号が若いですね。聴いてみましょう。

 やはりいつものスタンス(🔗2023/3/22)で、作曲家の置かれた状況だ背景だクララだその父だ演奏家の経歴だ受賞歴だ...は、いっさい知らないってことで。そんな事はWikiやYouTubeやそれをパク 引用しているあまたの事情通なおじさんたちにお任せ。


 私たちは、そんなこと論ずるより、"音楽"に耳を傾けて感じ、気持ちを豊かにしましょう。

 この”舞曲集”は、1曲2分前後の小ぶりな曲が計18曲。全曲通して聴いても、演奏時間はDa Capoなしの演奏なら30分。

 冒頭1番の導入が、マズルカ風の、陰影とためらいがあるリズムながら、軽やかな足取りで、ふと脳裏に浮かんできて、ついまた聴きたくなるんです。

 楽譜を見ると、演奏者がとまどう文学的注釈...(拙訳)。


古い格言: いつの時代もいつも

悦びと苦しみは縺れ合う:

悦びには謙虚に

苦しみには勇んで、備えよ

 大学生時代に大学講義にも行かずにどなたも没頭したに違いないドイツロマン派のジャン=パウル『巨人』『陽気なヴッツ先生』の強い影響を実感します(?)。"同盟"といい、上の楽譜の左手の"Motto"の表記といい、この記事の楽譜の最下段最終音フェルマータ下の[F. und E.]という不明な表記といい、文学の霧に包まれたお話がまとわりついています。知るのも楽しいですが、生涯知らずに音楽を楽しむだけでも、じゅうぶんすぎるほど夢想の境地に遊べる曲集だと思います。

 そのうちの、第13曲を。"Wild(荒々しく)(A部)、und lustig(そしてほがらかに)(B部)+(おだやかなCoda)(C部)"を、何人かの演奏で比べてみましょう。なお、たった3分ほどのこの曲の、"A, B, C部"は、私の勝手な区切り方です...。

A部; 荒々しく非常に強く勢いのあるオクターヴの打鍵。左手の指のレンジが教会パイプオルガンペダル並みに広く、スフォルツァンド記号もクレシェンド記号も頻繁で、ゆえに猛烈な強打が必要です。


 ここでいま取り上げる演奏家に不満は何ひとつないです。

 他方、YouTubeにアップしている多くの若い日本人演奏家らの、左手の打鍵が、弱すぎ丸すぎ腰が引けていて、聴き続けるのが苦痛です。まるで、書家の手を書展で見た後に、ネットのブログで個人の手書きの丸文字を見せられるような見苦しさが...。YouTubeのおかげで広くいろいろな演奏に触れられるようになり、個人ブログにも「これもいいなぁ」と根拠も示さず安易にそのリンクが次々ベタベタ貼りつけられているのに出くわします。なんだか醜悪さすら漂います。玉石混交な広漠とした情報洪水の世の中、自分を磨いて、聴き分け見分けるしかないと痛感します。

 デムス盤(Documents;1970盤)(🔗2024/11/28)。個人的にシューマンピアノ曲のリファレンスとなるような刷り込みは、ここ40年ほど、彼のこのステレオ初期の全集です。LPの時代には飛び飛びに、その後、13枚の全集を、数十回か数百回か、通して聴いてきました。


 ポリーニ盤(DG;2001年)。デムス盤を踏襲した伝統的で模範的な解釈です。彼の晩年のDGの録音に共通ですが、ホール残響やペダル残響が多く華やかな響きです。が、それよりも、彼特有の、信念に満ちた打鍵の強さ、流れの美しさは、感服せずにはいられないです。晩年になってこのシューマン初期の作品を録音したんですね。


 ウーリヒ盤(Hänssler Classic;2014年)。2021年の時点でシューマンのピアノ曲全集Vol.15まで完成させているのですが、その後、全集セットを発売しないのみならず、本人のYouTube及びYouTubeMusicサイトで、全アルバムを無料開放しています。唖然...。どのような意図・戦略なのでしょうか。15枚全てにわたり、実によく考え、練り、悠然とした器の大きな演奏。このOp.6の13曲目は、少し影のある鬱屈した歩みですが、確固とした非常に強いアタックで、驚きを呼び起こします。


B部; そしてほがらかに


 豊かなレガートを幾重にも重なるスラー記号で。

 デムスもポリーニも、強いA部の残響の勢いのある水しぶきをかぶったままどんどん漕ぎ出していくかのような爽快感があります。

 他方、ウーリヒは、力で押すA部を一瞬、フと断ち切り、あらためて泰然とB部のレガートに乗り出します。この間(ま)のつくりの発想に、うならされてしまいます。ウーリヒは、全アルバムを通して、曲想について実に深い新たな熟慮を得ています。

  内田盤(Decca;2014)。上の人たちとは、いやこれまでたくさん聴いたどの演奏家とも、まったく別の道を行く大きな包容力を感じるのが、内田でした。彼女も、活動後期になってからこのシューマン初期の作品を録音したんですね。


 A部からB部を間断なくつないでそのコントラストの豊かさを際立たせる伝統的解釈とは、きっぱり袂を分かつような、その響きとためらいの麗しさには、もう魂をすっかり奪われます。そのレガートは、力みを抜ききって、静まり返った水面の凪を、なめるかのように静かに滑空します。

C部; コーダホルン5度の響きが重なるドイツ伝統の角笛の響き。


 右手から左手へとクレッシェンドしつつテンポをあれよあれよと上げ、大波のようなデュナーミクが寄せ、すっとリタルダントして引いて消えていく見事さが、息をのむような聴き所です。


 ポリーニやウーリヒのあざとさに舌を巻きます。

 が、内田の、陶酔して気を失うような美しさ...。この人は、おそらく、考えては弾き、考えては弾き、...を、数百回数千回繰り返して磨いたものでは...。まるで単なる主観的連想の比喩ですが、楽譜をバラバラにほぐして、音符を1音1音とりだして、磨き、下塗りを重ねて、研ぎだし、磨き、また塗っては、を重ねて、最後に漆黒のつややかな漆を仕上げ塗りし、あらためて組み直したところ、そのつややかな漆黒の縁辺に、美しい下塗りの朱や緑が釉を透かしてほのかに美しく見えるかのようです。

2025/08/16

■ なおす ■ 健康診断


市の健診へ。備忘録的に。主に「所要時間の所感」「胃透視検査の個人的必要性」。

 7:00受付開始のところ、6:25着。気温19℃で夏の朝としては少し冷えますが、おととし2023年同様(🔗2023/8/23)、朝1時に起きる身にとっては、もう空腹で居ても立ってもいられず、むしろ早めに出て、受付開始まで文庫本を立ち読みした方が気もまぎれるかと。

 昨年2024年は、所用で日程が合わず、他の地区の健診に参加させてもらいました。

 今年もまた2023年同様、待ち行列順位が1位になってしまいました。でも、私が並び始めると、おそらくクルマの中で待っていたと思われる人が2,3人出てきて、すぐ私の後ろに並び始めました。耳に入る話からすると、遠い地区からの人のようです。

 20人程度が並び始めた6:50頃、受付開始。

 メニューは;

1.受付-

2.会計-

3.大腸がん検診検体回収-

4.保健師看護師による問診-

5.血圧測定-

6.胸部X線-

7.体重身長測定-

8.尿検査(検体回収)-

9.眼底検査-

10.心電図と腹囲測定-

11.医師による問診と聴診

12. 採血-

13.胃透視検査

 7:27すべて終了し緩下剤を飲んで退出。

所要時間について思ったこと

 37分ほどで全て終了したことになります。どの測定でもその日いちばんの受診者として受け付けてもらった結果、2023年とほぼまったく同じ時間で退出となりました。おそらく「市の健診は、最短最速で37分」ということです。

 昨年は「他地区からの受診者は朝9:00受付開始」で、その時点以前からの待ち行列に加わり、健診終了退出まで2時間。

 もっとも長時間かかった経験は、自分のPCの記録を見ると、直近10年では2019年で、4時間。これは、市側の都合で時期と実施会場とを、例年とは一時的に変更し、6月、広い体育館になった年。6:40着で待ち行列の1桁番目についたのに、運営側の要領が極端に悪く、キュー(待ち行列)のFIFO(先入先出法)が崩れ「後から来た者が先に処遇される」混乱となり、重ねて運悪く寒く、開場後にストーブの搬入などで各ブースの場所配置変更がありました。この日は朝のうち非常に寒くて、フリースとダウンジャケットを着ていった...との記録。ルーティーンワークから外れたイレギュラーなタスクに対する市町村役場職員の無能な側面が遺憾なく発揮された記憶があります。

 今日のように、暖かい時期に、手慣れた市役所庁舎内で実施するのが、運営側にとって段取りのノウハウが蓄積され、要領が良いです。

 キュー(待ち行列)のボトルネック箇所が、上の13の関門のうち、5(血圧測定), 7(体位測定), 8(尿検査)。特に、尿検査は、例年「当日会場のトイレにて各自採取の直後その場で測定」だったものが、今年から「自宅で検体採取して持参」に変わったのですが、その検体を、1台1人のみの検査技師が例年通りその場で測定しています。2分以上かかります。「何か異常がありましたか?」と結果を聞いたら、質問されたこと自体に意外な顔で「え? いや異常は特に...。詳細は結果送付で確認してください。」との返事。受診者を測定終了までその場で待たせ、結果は告知しないって...。ならば、大腸がん検診同様、検体の回収のみにしてよいのでは...。

 キュー(待ち行列)に並んだ際の待ち時間の計算を考えると、ちょっと考えただけで、20位以降に並んだら、上記13箇所のノード(関門)での待ち時間+処置所要時間+ノード間の移動を合計すれば、60分を軽く超えます。だとするならば、早朝受付開始60分前に来て、待ち行列順位1位を確保した方が、時間的にも精神的にも良さそうな...。

 笑ってしまったのが、後ろに並んでいたおじいさんたちの会話です。「こんなお盆期間のさ中に健診を実施されると、安心して飲めないじゃないか」「この時期に健診をぶつけてくるのは、役所のいやがらせか」「健診結果なんてあきらめて痛飲したけれど、今日の結果はひどいだろう、ま、いっか...」...なるほど、ちょっとかわいそうです。お盆の豪華な酒肴を目の前にして頭をよぎる数日後の健診...うしろめたさを感じつつエンジョイ...しづらそうです。でも、意識しているだけでもエラいですネ!ここ5,6年は、この地区は、8月中旬過ぎの実施なんです。良い作戦です(おじいさんたち、ごめん)。

胃透視検査の個人的な弊害

 問題は、今日この後と明日...。私個人の問題ですが、毎年、飲用硫酸バリウム造影剤の緩下剤が効きすぎるんです。ふだんクスリというものを飲まないからでしょうか、およそ耐性というものがなく、4時間くらいしたらいきなりお呼びが来ます...。その後ずっと、不定期に突如呼ばれ、どんどんつのる脱力感...。たっぷり翌日にも及びます。しかも翌日に残る大きな疲労感。突然の呼び出しがあるので一歩も外に出られないし、脱力感があるので出たい気にならない状態です。そのせいで、翌日予定の親族葬儀をキャンセルしたことも。

 健診は1年を健康に過ごせるためには有効ですが、その1年365日のうち、早朝断食から始まり翌日いっぱい続く大きな疲労感で、丸2日というコスト(犠牲)を支払います。侵襲の過大感があり、見合うコストか疑問です。来年は、少なくとも胃透視検査の中止を検討します。

 ここ3,4年ほどは、毎年、胃内視鏡検査を受けているので(🔗1/30)、今回の市の健診のうち、胃透視検査は受診する必要は、もともとなかったのでは...。

 と、こうだらだら長く書いたのも、今日はもうすでに、他に何もできない脱力感ゆえです。あなたの参考にはならないかもしれませんが、この記録は、来年以降自分で参考にします。