2024/10/30

■ なおす ■ 古い雑誌をスキャンしてPDF保存


定期購読の古い雑誌。7,8年前のもの3年分72冊を発見してしまいました。大部分は読みもせず開封すらしていない...。

加えて悪いことに、パソコン(PC)雑誌なので、内容もとっくに古くてもう浦島太郎的存在...。たとえば、Intel CPUで言えば、現在は第14世代Raptor Lakeの時代ですが、この雑誌は第8世代Coffe Lakeの時代のもの...論外です。と、最先端を行きたい発言をしながら、イマ自分の快調に動作しているこのPCは、なんと第3世代Ivy Bridge!。i7ですので、私程度のレベルのブラウジングや表計算や画像処理など余裕でこなしています。

いちばん悪いのは、放置していた自分です。発見しなかったことにして、そのままそっと捨てる...より、いっきに読んで捨てたいです。「新製品記事」など、見た瞬間、紙ゴミの値打ちしかないですが、でも連載記事のなかに、楽しんでスキルアップに役立ちそうなものがありますので、それだけ拾って読みたいです。

そこで当初、裁断してその記事だけ拾い上げて、あとは捨てよう、と思って、まず1冊、裁断し、目的の記事の数枚を抽出したのですが、取りかかってみると、「裁断>時系列に整列>その記事だけ脇によけて」の作業が、なかなかたいへんです。


裁断機の他に、ADF(自動紙送り)付きスキャナがたまたまありますので、いっそまるごと3年分スキャンして、この際、裁断機もスキャナも、めいっぱい酷使しましょう。トップ画像は、すべての本の背を裁断したところです。

枚数を計算したら、1万1千ページくらいありそうです。

非常に薄い紙質が撚れやすく、スキャナの内部でローラーに巻き込まれてぐしゃぐしゃになることも頻出し、格闘した累計7時間...。この行為に価値はあるか疑問に囚われます。


スキャン後のPDF上での、補正の編集が、これまたたいへん。

何とか体を成しました。連載記事の抽出も一つ試してみました。

いったん全ページをスキャンすると、PC上での抽出作業は、やはり各段にラクのようです。ふぅ、たいへんだった...。

でも、PCを操作しながら学ぶ楽しみが増えました。

2024/10/23

■ なおす ■ 室内断熱に農業用マルチシート


今日は明け方から夕方までずっと雨で、暖かく、15時の気温22℃。とはいえ、もう朝晩の気温は例外なく1ケタ台です。

防寒のため、昨年同様(🔗2023/10/19)、間仕切りの無い倉庫然とした自宅居住空間を、農業用マルチシートを養生テープで貼りつけて、仕切ります。

毎年10月下旬に貼り、5月上旬に撤去、の繰り返しです。マルチシートは毎年使い切りで、新しいロールから切り出して貼ります。撤収した使用済みシートは、実は、野営でのグランドシートとして使いまわします。泥や草や露にまみれても、汚れがひどければ処分し、乾いていればまた野営で。私は農家じゃないのですが、断熱性と水密性がよく、重宝しています。

昨年も書いたのですが、狭く小さな空間に仕切り、暖房効率が良く、昼もほの暗く、デスクの照明をつける時間が長いです。ゆえに、冬に机に向かうには、暖かくて狭くて集中できて、居心地は良いです。

他方で、下図のように、ビニールハウスに住んでいるみたいな「見た目」が致命的欠陥です。照明を多くつけるほど、明るくするほど、テラテラと安っぽい空間に包まれているのがありありです...。


 これを隠すには、ロールスクリーンを部屋側に下ろして、ファブリック素材が目に入るよう工夫しています。解決(;^^

2024/10/22

■ なおす ■ ブラウン管TVの廃棄処分


倉庫の奥底に、ほこりまみれのブラウン管TVが...。1978年昭和53年下期製造。

■ ニコニコ動画のキャラみたいな外観ですね。視聴して楽しみましょう...って、ム、ムリです...。

 廃棄処分しましょう。正しい処理法は、家電リサイクル券を役所や郵便局で購入し、処分場や処分業者に自分で持ち込むことです。郵便局に出向いて数千円支払い、しかも自分で廃棄物処理場や処理業者まで運搬する義務があります。

私個人は、一人でTVを廃棄処分しようとするのが、これで3回目です。

1回目は、大学生だった昭和末期の時代。先輩からもらったというか押し付けられたTV。(コレ→🔗2023/12/04とは違います。それ以前にもらった別な個体)。TVは見ない習慣だし、電源を入れて見ても5分で飽きたので、できれば捨てたいと思いましたが、どう処分すればいいかわからなかったので、友人に聞いたら、彼の取った手法は、力任せに徹底的に破壊して粉々にして、ドサッと燃えないゴミに出せばいいんだよ、と豪快なアドバイス...。昭和の東京都では、そのまま収集ゴミとして持って行ってくれたようです...。

マネしました。下宿の、放置されたような裏庭で、金づちでブラウン管をたたいたら、ドカーン!と盛大に爆縮し、破片が飛び散り、ガラス片が顔やら髪の毛やらTシャツの中やらに...。

下宿の主であるおばさんやら他の下宿人やらがビックリして飛び出してきて、叱られてボコボコに非難されました...。そのままにはできないので、結局みんなで私の尻ぬぐいのために、破片を拾い、さらに細かく破壊し、袋詰めし、あとは私一人で暗くなるまで後始末して庭をキレイに掃いて、皆に謝り、ほうほうのていでよたよたあるいて銭湯にたどり着いて人心地ついた記憶が。

2回目は、20年ほど前、実家のこの倉庫に、間借り人がいて、その人が退去したあと、古いTVをはじめ、ストーブやらじゅうたんやら漬物樽やらを置いていきました。おばあさんだったので、退去後の新居にまで押しかけて責めるわけにもいかず、私がすべてキレイにしました。

そのTVは、学生時代の苦い経験から、その頃すでに制度化されていた現在のリサイクル制度にもとづき、私の負担で電気店で処分してもらいました。露骨に拒否されイヤな顔をされたのですが、制度制定当初の当時は「最寄りの電気店が引取窓口」だったので、そのことを言って、他人のTVをただ棄ててもらうためだけに私が4,000円という高額の処分料を負担して、電気店に頭を下げて、やっと引き取ってもらいました。

このときは、今度は私が他人の尻ぬぐいをしてお金を払って頭を下げて...学生時代のツケだろうかと思い、こらえました。

さて今回。いくら電気工事士の資格と免状があろうと、個人使用のTVであろうと、個人でブラウン管TVの解体廃棄しようとすることは、法制度の建前上は良くないことですが、過去2回のツラい思い出からして、断固として徹底的に分別解体します。

作業の方針は2点。

1) 徹底的に細かく分別解体し、キッチリ分別して収集ゴミの日に出せるようにする。

2) 巨大な真空管であるブラウン管の爆縮を事故の無いよう回避する。大気圧の与圧作業後に、破砕し、その後ガラスと金属端子を、ミリ単位まで分別する。

大学生レベルの知性があるなら、昭和のあの頃の時点で、そう留意すべきだったんですよね。ゴミ分別という意識がデキていなかったんですね。

まず、作業スペース確保と清掃。工具準備。電動ドリルのビットは絶縁ビッドに(通電も蓄電もしていないんだから、コンデンサもトランスも考慮する必要はないし、不要なんですが、気持ちの問題です)。シリコンゴム手で解体し、革手で破砕。


次に服装。ワークマン製ナイロンヤッケの上下、そのフードをかぶり、ヘルメットとセーフティゴーグルと防塵マスク。ヘッドランプも。安全靴...はナイので、登山靴!

人さまにはとうていお会いできない不気味な服装となりました。倉庫内で作業します。

ネジ部に潤滑剤を浸透させている間に、筐体をウェットウェスで清拭。私自身は使ったことが無いTVですが、父が、コレで、一人の時間を楽しんでいたようです、もう40年ほども昔...。思わずチョっとていねいに拭き掃除してしまいます...。


あとはひたすら、ネジというネジを外します。昭和の全盛時代の東芝の精密設計とていねいな組付けを感じます。三次元空間に複雑に実装しているので、電動ドリルより手回しのクロス2番のボールドライバの方が小回りが利いて速いです。ニッパとラジオペンチで、基盤のハンダ箇所を見つけて配線を次々と切断していきます。46年前の東芝の組付け工場の手作業のはんだ付けの手際よさに、ついマジマジと凝視したい気になります。が、組付けた人にこころの中で、感謝し、謝って、どんどん切断しましょう。

どこもまったく力を加えることなくハラハラと解体でき、プラ筐体、基盤、配線、ブラウン管本体と、分かれてくれました。ネジや端子類は、外すごとに、牛乳パックを切断した小皿に次々と放り込んでまとめます。

ブラウン管の大気圧平衡作業。ゴーグルとヘルメットと革手をし、袋で二重に包み、段ボールに入れて、電子銃先端付近をガムテープで保護し、手持ちの片口玄能で軽く押すように叩くと、缶飲料を開けるようなプシュっという小さな音で与圧できました。


あとは、ブラウン管の正面蛍光体付近に、片口玄能の尖端を軽くあてると、小さな音でパリンと割れます。袋の上から静かにまんべんなく叩いて破砕。かなり小さい破片になりました。金属端子を取り出し、キャベツ1コ程度のサイズに破砕できたガラス片はそのままさらにポリ袋に包み、「割れガラス」として市の「燃やせないゴミ」収集の日に出します。


爆縮で大騒ぎしたあの頃って...。野蛮人だった時代...。

プラスチック筐体は、破断のために、電動レシプロソーを用意したのですが、TVの寸法が小さいので、履いている登山靴で踏んだ方が早いと思い、これもビニール袋で包み段ボールに入れ、その上から踏むと、破砕できました。素材にはある程度紫外線劣化があったでしょうが、現在のものよりプラスチックが肉厚で、まだまだ素材の弾性粘り強度も残っていました。結局「プラスチック・リサイクルゴミ」収集の袋1つにコンパクトに収まりました。

配線類や端子類は、伸ばしてニッパでキレイに両端を切って、鉄・銅・コード線・ケーブル線など、素材別に分別し、数カ月来続いている自転車部品の処分と合わせまとめて廃棄物業者に持ち込めば、少額ですが買い取ってくれます。だいぶたまってきました。

今回は静かに(物理的に、のみならず、気持ちの点でも)、また短時間で、何事もなかったように解体できました。

感じたのは、昭和製は、やはり頑丈と、再認識したこと。基盤実装の設計技術は隔世の感はあれど、設計思想や現実の組付けには、「数年で捨てて買い換える」という発想は無く、「修理さえ重ねれば長く使えるように」という思想を感じます。また、さらに感じたのは、こういった思想や製品を糧に、自分は育ててもらったんだと、感謝して廃棄する気持ちにチョっとなったこと、でしょうか。


2024/10/21

■ なおす ■ 炭火


炭火が、ほっこりとなごむ季節になりました。

過日訪れた盛岡薮川の岩洞湖(🔗2024/10/18)は、今朝はついに0℃だったようです。

青森県の私の自宅も今朝は3℃。

りんごの剪定枝を使う薪ストーブは、この界隈のりんご農家ではごく一般的に普及していますが(🔗2023/03/28)、炭火は、さすがに青森県のいなかだからといって、暖房としては一般的ではありません。

何年か前から、意識して、火鉢と七厘に親しんでいるのですが、暖を取るためというよりも、冬の雰囲気を楽しむため、一種のこころの贅沢です。

贅沢とはいえ、使う炭は、ご覧になっておわかりの通り、分相応にお安いオガ備長炭です。岩手切炭のような黒炭すら私には手が出ない過剰な贅沢です。ホームセンターのオガ備長炭は、それより少しお安く少し長持ちします。

七厘は、どうせ使うなら炭火焼き調理の熱源にすればよいものを、定番の「さんま」や「焼肉」は、私の生活水準では手が出ないので、調理にも使わずじまいです。

■ 60年ほど前の鉄瓶で湯を沸かして、まる~い味わいの白湯を、白磁で飲むのが、ささやかな贅沢です。

2024/10/20

■ あるく ■ クリニックの待合室


いっぱんに、個人の開業医さんのクリニックの待合室って、どんなイメージですか。

診療科を問わず、たいていは、平和な自宅にいるようなこじんまりと居心地の良さげなお部屋。翻って、地域中核病院などといった大病院の待合室は...。最近は、茫漠たる巨大空間でありながらも、居心地よく配慮されています。

いずれも、存在し、自分を受け入れてくれる/医療を受けられる、というだけで、ありがたいです。唯一、私がつらいのは、どこにでももれなく備え付けてあるTVの大音量と大画面。大病院はこれにエアコンの轟音と機器類の高周波を浴びせかけられます。

TVを見なくなって数十年、その存在する空間に入るだけで、閉塞感がキツいです…、って、この時点でこころのケアが必要でしょうか!?

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過日、高校時代からの友人Sクンを訪問。朝、八甲田連峰をロードスターでゆっくり横断して4時間ほど。昼過ぎにたどり着きました。

あらかじめお願いして、彼のクリニックがお休みの日に、その待合室で、2人で2時間ほど、とりとめのないおしゃべりを。

クリニックは、こころのケアを望む人に開かれています。その空間が、実にステキです。

Sクンのクリニックが開いてもう十数年。ゆっくり話を聞いてくれる彼の人がらと職業が合っているのでしょう、訪れる人は増える一方のようです。と同時に、クリニックを設計した建築家さんも、明るく天井が高くすがすがしい空間を考えてくれたようです。

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話は突如転じるのですが、私が大学の頃がバブル時代の東京。「3か月間入院しては2か月間6畳一間の下宿で細々と...また体調を壊して検査結果が悪化して3か月間入院しては...」、という生活を繰り返してはいたものの(🔗2023/9/23)、企業用途で欧州語の入力(貸与された電動タイプライターで)や大手予備校の採点講師といった、いずれも在宅アルバイトで、独りでごはんと納豆を食べていく分には(?)十分にもらったので、身分不相応なステレオアンプSansuiのAU-D907系を、御茶ノ水のオーディオユニオンにて中古で購入(そんな物買うより栄養のある物を食えよって?)。

中古だけど高額で支払いきれず月賦払。コレを20年近く使ったある日、ついに、また身分不相応なことにAccuphase製品に買い換えました。やはり中古だけど支払いきれず月賦払。

Sansuiの旧品はリヤパネルが純銅製でしたが、故郷の青森県の実家の倉庫暮らしの自室の湿気で、一面青錆だらけに。放置していたところ、Sクンの目にとまったので、贈与。彼は喜んで持ち帰りました。

この錆だらけのSansuiのアンプが、年来、医師(で、たぶん高収入)の、彼の愛用品だったようです。が、クリニックにほど近い彼の自宅を建てた際に、ついに彼もDenon製の新品に買い換えたようす。

さて、十数年前に、初めて、遠いかの地にある彼のクリニックへと、日頃こころとからだの不摂生をしている私も、ちょっと診療科は違うかもしれないのですが血液一式検査をしてもらおうと、遠路はるばる検診に訪れました。

吹き抜けの待合室に一歩踏み入ると...。ごく小音量ですが解像度の高いすがすがしい音がするヘンデルのリコーダーソナタにびっくり。広く明るくほの暖かい、この空間...。静かに待つ患者さんたち...。かすかにゆらぐ空気のように流れるごく小さな縦笛の音...。夢見心地の快適さです。

いったいどんな高級な業務用音響機器を使っているのか!?と、診察時間終了後に拝見させてもらったら...、

あっ!あのSansuiを、クリニックの待合室の音響装置として使用していたのでした!

以来、だいたい年に1回、あの待合室に身を置きたくて、訪問しています。でもその都度診察してもらう必要性も、まだ(?)なさそうですので、わがままを言って、「クリニックがお休みのときに、あの空間で1,2時間のおしゃべりを」とお願いしています。

今年は2回もおじゃましました。まず、3月末に訪れました。

春進む3月の休日の昼さがり。小音量で佐藤豊彦のリュートの音が、花びらのようにハラリハラリとこぼれていました。

 夕刻に秋風の吹き始めた先日には、小音量でホルディ・サヴァルのヴィオールのため息が...。膨らんではしぼむボウイング(運弓)で、この世ならぬ旋律が近づいては遠ざかるかのようです。やはりこの空間にゆらぐ空気のように流れていました。


空間の設計思想が、なんとなく、カトリックの新しい教区教会の設計思想に似ているような気がします。博物館のようでもあり、保育園のようでもあります。いずれも、権威で接するのではなく、同じお部屋でいっしょに座った目線。でありながらも、日常生活の猥雑さから遥か遠くに隔絶された静かな空間。

彼が建築家さんにすべてまかせて最初の設計図そのものの通りに進めたことも驚きです。が、設計構想の段階からすでに、この空間に流れる中世ルネサンス期の静かな音楽を、居る者のこころのやすらぎと調和させることのできる空間となるよう、予想して設計できた彼女はどんな方なのだろうかと、訪れるたびに、また、あの空間を思い出すたびに、驚きを新たにします。