2026/01/19

■ あるく ■ おとといの軌跡


昨日の散策は、物足りなさが残りました。今日は、やはりいつもの近所の公園を。

 風は穏やかです。スキー持参であるいていると、綿雪がどんどん積もってきました。パリっと大きな綿雪で、シャッキリ尖った雪の結晶が肉眼で容易にみえるほどです。かなり積もりそうな勢いです。予報では、明日から大荒れのようです。

 園内は、あちこちに、うっすらとですが、おとといの小学生の大行進の痕跡とともに、私のトラックが見えています。これがあると、つらい1周目が、身体的にも精神的にもラクです。

 やはり、いつも30分弱ほどかかる1周目が、今日は20分あまりで。それにしても気温はどんどん低下しているのもありますが、1周目の指先の冷たさは何か対策がないものかなぁ。2周目に入ると指先もジンジンと温まってくるのですが。

 雪質も良く、2周目から快速となりました。

 ふだん4周前後で帰りますが、昨日の物足りなさと言い、今日の雪質によるトラックの滑走面の良さといい、明日以降大荒れの予報と言い、「今日のうちにたくさん楽しんでおこう」と欲張り、6周ほど。

 「まだまだいけそう」と思いましたが、もう1時間半以上も経っているのでは...「クロカンスキーで90分連続って、後に響かないか」と思い、切り上げ、シューズを履き替えてスキーを持って帰途についた途端、膝がガクガクです。こ、これは。つい調子に乗ってしまったようです。

 あつあつのシャワーを浴びてひと心地。ぐっすり眠れるかな、明日は大丈夫かな...。

2026/01/18

■ あるく ■ 廻堰大溜池 - 木の橋のある湖岸


みぞれだったり吹雪だったり...。0℃をはさんで、凍ったり融けたりを繰り返していますが、今朝は少し粉雪が積りました。凍った堅い雪の上に20cmほどパウダースノーが積もっています。

 クロスカントリースキーは競技用細板で快速でしょう。ストックは堅い雪を貫いて刺さるので、抜けづらく、板のスピードは乗っているのに腕や肩を後ろに引っ張られる憂鬱さが予想されるところです。

 ふだんここにさんぽのようすを何度もアップしている廻堰大溜池のエリアは、湖畔のマイナーな農道ですが、今日は、大溜池を"円"と想定した場合に、いつものエリアとは点対称の位置となる対岸の観光地化されたエリアに行ってみましょう(🔗2023/6/21)。

  "鶴の舞橋(つるのまいはし)は、青森県北津軽郡鶴田町に存在する木造の人道橋。全長は300メートルあり、三連太鼓橋の木橋としては日本最長とされる。1991年に着工し、1994年7月8日に開通した。(wikipedia)"



(この画像、もとのサイトからそのままだけど
右に傾いているんだが...)

 絵に描いたようなバブル期の企画ですが、30年経って朽ち果て、今は通行止めです。この3年間、橋の架替えのために工事中で、重機があふれかえる工事現場となっています。予定では、今年の春に、3年がかりの工事が竣工し、リニューアルお披露目となるようです。

 観光地化される30年以上前は、"濃霧の中にうっそうと葦の生い茂る人跡稀な湖沼地帯"だったのですが、猛烈に観光地化され、すっきりキレイに明るくなりました。遠足需要など誘致して夏季には大型バスが出入りしています...もともと狭い農道ばかりのりんご畑のエリアだったんですが。

 ここは、さんぽもスキーも避けてきました。行きたくない理由は...(えぇっ!?);
1) 橋は壮観ですが、たもとの観光用の広い公園が...。バブル期に、豊かな杉や松の森林を伐採しまくって、お役所得意の桜だらけにし、新たに謎の"神社"と"観音堂"がゴージャスに建立されました。数分であるき尽くす数百メートルの遊歩道は、行き止まりで周回できず、ピストン往復。隣接するのは個人のりんご農園で、私有地ですし、入り込むと迷います。

2) 公園内に、やはり木造の遊具があって、すぐ朽ち果て、その後ずっと"使用禁止"の鎖でバリケード。バブルの余韻漂うに浸ることのできる荒涼とした雰囲気...。

3) りんご畑の中に忽然とある広大な有料の駐車場と、地元の人は絶対に行かないような馬鹿げた観光用土産館(りんご畑に囲まれた沼地で、"鶴の舞橋せんべい"やら"鶴の舞橋Tシャツ"やらを売っている)。

4) 何よりイヤ、寄り付きたくない風情を醸し出しているのが、この物産館から、日中はすごい大音響でラジオやその音楽を垂れ流している点です。橋と大溜池を見に来た観光客は、この地にいるあいだずっと、ラジオと歌謡曲を聞き続ける義務がありますを鑑賞することができます。

 今この真冬、しかも工事で利用客はゼロと思い、雪で覆われ少しは風情があるかなと、ようすを見に。イマイチなら巌鬼山神社に行こうかなと...。で、けっきょく、日曜の今日は工事もお休みのようですので、スキーをクルマから下ろしました。何年ぶりかであるいてみましょう。

 公園より少し遠い所、除雪車の雪寄せ場にクルマを押し込んで、スキーで公園にアプローチします。ヒトの気配のない大駐車場。なんと今日も大音響でラジオががなり立てています。でもポツンと2台のクルマ。土産物店の職員の方でしょうか。"損益計算書", "貸借対照表"という財務上の概念が存在しないお役所の経営でしょうか。あとはひっそり重機類が休んでいます。

 遊歩道跡を外れて、湖岸すれすれの水際まで進入します。無雪期は藪で入り込めないのですが、スキーなら何に邪魔されることもなく伸びやかな光景の中に身を置くことができます。


 ここは、もう湖面の氷上です。この湖面の対岸、直径4kmのかなた向こうが、いつも私が散策するエリアです。冬は実に見晴らしが良く、大いに魅力的です。


 ほどなく公園はあるき尽くし、雑木林に出ました。人の気配は絶無ですが、動物の足跡に満ちています。


 隣地のりんご農園に失礼します。


 公園であるくより何倍もたくさんあるきます。なんだかやっぱりこっちのほうが心なごむいつもの光景となりました。

 勝手知ったる農道に出ました。最近の除雪はすごいなぁ。ココの道の除雪は、ほんの10年ほど前までは、軽トラ1台がやっとの除雪幅で、対向車が来たらどちらかがひたすらバックして戻る、それは俺かお前かと言うと、じゃんけんで決めるしかなかったのに...。


 公園より、やっぱりクロカンスキーで散策するなら、こういう寂寥感あふれる冬景色が、気持ちがやすらぎます。

 そのことをあらためて感じるために来たのかな、今日は。

2026/01/17

■ あるく ■ また大行進の痕が...


重いボタ雪が、ほぼ無風の中、降りしきっています。気温1℃。積もるというよりベタリと貼り付いていく感じで、外をあるくとびしょ濡れです。

 クロスカントリースキーにとって、雪質は悪いです。でも、ま、近所だし、あるいていきましょう。

 ら、昨年に引き続き(🔗2025/1/18)、今年もまた、公園には大行進した痕が...。


 メインのイベントは午前中で終了したふうです。お昼を過ぎたのですが、小学生たちが十数人、おうちの方々みたいな大人もいます。

 昨年は傑作だった雪だるまですが、今日は、製作途上のようです。画像右側の多人数は、製作会議で紛糾中でしょうか、左の一名は鋭意製作中のようです。


 スキーを下ろしますが、雪質は悪いは、雪面は荒れ放題だは...。でも、ま、一周ひとまず足跡のないところを選んで、トラックを刻みさえすればあとはラクでしょう。

 公園の奥の、冬はもちろん無雪期もふだん人が寄り付かない橋付近にも(トップ画像)。皆でなだれ込んだのですね。

 その想像するだけでもにぎやかそうな壮観を、来年はぜひ眺めてみたいものです。

2026/01/16

■ まなぶ ■ 寺田寅彦『コーヒー哲学序説』

🔗 2025/5/11

今日の天気は、強い風・みぞれ・雷...。前二者ならまださんぽに出ようとすれば出られるのですが、雷はムリです(🔗2025/8/10)。でも、机に向かってばかりの座りっぱなしの生活はよくないので、せめて昼休みのシェービング&シャワーの温冷浴を唯一の楽しみにします。

 気分転換の読書...といっても青空文庫で。

 遠い世界の話としてこの寺田の世界とのギャップを楽しみます。茶もコーヒーもパンもヤメてしまいましたので(ref. 🔗2025/5/18 )、いっそう遠い世界となりました。

 タイトルは壮大なものですが、エッセイで、3分で読了できます。

 前半3分の2ほどでは、コーヒーと自分のかかわり。時系列に少年時代・高校時代・大学・留学・帰朝後の見聞。後半3分の1は、コーヒーは、それ自体を味わうためにあるのではなく、それがもたらす陶酔的な雰囲気・時間が、芸術や信仰にすらつながる話です。今では、誰でも書きそうな、どんな駄ブログにでも溢れていそうな話の流れですね(...わりと自虐的な感想か)。

 ただし、読む際に留意すべきは、砂糖を入れたコーヒーという途方もない贅沢品を明治大正の頃に口にできるのは、日本国民の非常に限られた階級のみだという点です。彼はその階級です。なお、寺田は1878(明治11)年生~1935年没なので、明治維新と富国強兵という国策により、生活水準が劇的に西洋化し、日清・日露・第一次大戦とあらゆる戦争で負け知らずという背景があり、日の出の勢いの大日本帝国の頂点にて、豊かに人文主義を謳歌した科学者という立ち位置な気がします。

 留学時のベルリンで、帰朝後は銀座風月で、その間、やはり当時は特権的知識人のさらに特権としての諸国留学で、その時代その場所における最高品質のコーヒーを口にしたようです。ここでも留意すべきは、"海外渡航"は、第二次大戦後までは、日本国民には事実上不可能だったことです。渡航には、外務省の許可事項である"渡航免状"が必要です。なお、法律的には一般に"許可"という行政法上の用語は、"原則として広く禁止されている事項につき、個別の要件を満たす場合に限り行政判断により一時的に禁止を解き合法化すること"です。その例外が、官僚と知識人の視察渡航でした。

 その留学の際の、ロシア・スカンディナヴィア・プロイセン・パリ・ロンドンでのコーヒーを語ります。その話の流れが楽しいかは読む人次第ですが。

 というわけで、私個人としては、全体に、知識人の極度に主観的な自慢話にしか思えないこの随筆の(...す、すみません)、序盤の1段落の数行には、驚き、おもしろいとつくづく感じます。ここを読みたいがために、何度も本を、いや今では埃っぽい岩波文庫ではなくPCの青空文庫で、読んで笑います。文筆の師、漱石直系のユーモアがくすぶります;以下にその部分を引用。

"当時まだ牛乳は少なくとも大衆一般の嗜好品でもなく、常用栄養品でもなく、主として病弱な人間の薬用品であったように見える。そうして、牛乳やいわゆるソップがどうにも臭くって飲めず、飲めばきっと嘔吐したり下痢したりするという古風な趣味の人の多かったころであった。もっともそのころでもモダーンなハイカラな人もたくさんあって、たとえば当時通学していた番町小学校の同級生の中には昼の弁当としてパンとバタを常用していた小公子もあった。そのバタというものの名前さえも知らず、きれいな切り子ガラスの小さな壺にはいった妙な黄色い蝋のようなものを、象牙の耳かきのようなものでしゃくい出してパンになすりつけて食っているのを、隣席からさもしい好奇の目を見張っていたくらいである。その一方ではまた、自分の田舎いなかでは人間の食うものと思われていない蝗(いなご)の佃煮をうまそうに食っている江戸っ子の児童もあって、これにもまたちがった意味での驚異の目を見張ったのであった。"

_ "飲めばきっと嘔吐したり下痢したりするという古風な趣味の人の多かった"
...風変わりな趣味ですね。表現の楽しさに吹き出してしまいます。でも、ま、遺伝的に乳糖耐性のない多くの日本人にとってはやはり笑えない苦しみかと...。

_ "小学校の同級生の中には昼の弁当としてパンとバタを常用していた小公子もあった。...
蝗(いなご)の佃煮をうまそうに食っている江戸っ子の児童もあって、"
...壮絶な対比ですね。対比の巨大な乖離に、ほんとうに何というか、一種胸のすくような(?)驚きを覚えます。

2026/01/15

■ あるく ■ 静かに降ってきました


昨日までの暴風雪とは打って変わって、風はやみ、気温は0℃より上がっています。


 雪のコンディションは、まるでいまいちなので、今日はワックスを念入りにかけて公園に持参。あるく道もジャケて(シャーベット状になって)きました。

 雪の状態は悪くても、いったんトラックを1周刻んだら、あとはラクです。ひとりだけの公園で、考え事をしながら、ワックスの効いた細板で、スムーズに快適に周回します。

 静かだった鉛色の空から、次第に、重い綿雪かぼた雪がまっすぐ下に降ってきました。帰り際には、からだ中に静かにまとわりつくかのような降り方です。これはこれでかなり積もりそうかな。