2025/11/25

■ あるく ■ 深浦の銀杏

2025/11/25

2週間を経て再度(🔗11/12)、北金ヶ沢の大イチョウ(深浦の銀杏)のもとへ。

🔗深浦町観光公式サイト

 今日は珍しく午前中に青空。その後は曇天と雨雪のまま12月にはなだれ込みそうです。路面凍結の前に、ひと目でも...。


 実際に近づくと、やはり威容です。1本の木が森をなしているかのようです。

 冬の日差しをかみしめます。

2025/11/24

■ あるく ■ 湖畔の道


冬枯れの水辺の道をあるきます。

 すっかり枯れ果て、雪を待つばかりの光景です。



cf.3週間前🔗11/5

 荒れていますが、あるきはじめます。


 夏の間は葉が茂り、日の当たらない湿った道ですが、妙に明るくなりました。


 季節にしては暖かく、水温が高いのか、水面にうっすら霧があります。


 ひばの橋はどのくらい朽ちているでしょうか。


 倒木で欄干が突き破られています。床板はあちこち踏み抜かれています。


 ぐらつく欄干に寄りかかれば、あっさりそのまま落ちていきそうです。


 降雪直前の曇天。一年でもっとも憂鬱な光景かもしれません。


cf.新緑の頃 🔗6/10

 ハリエンジュの小径も葉が落ちて見通しが良くなりました。


cf.新緑の頃 🔗6/10

 静まりかえった冬枯れの湖畔。佳い表情です。


cf.新緑の頃 🔗6/10

2025/11/23

■ あるく ■ 近所の八幡さま


 一日中冷たい雨の予報ですが、気温は平年よりだいぶ暖かいようです。

 八幡さまを抜けて所用に向かいます。

 イチョウ...。時期にしては暖かい風のなか、むせ返るような爛熟した実の香りにつつまれます(;^^A

 学校時代に下宿したお寺の話、日々踏みしめて学んだ大学時代のことは以前に書きました(🔗2023/11/29)。

 実を拾い集める人は絶無になっちゃったんですねぇ、世の中は。

 ストーブの上であつあつのほくほくにあたためられた銀杏の実は、美味しいです。

 しかし、そこに至るまでが苦難の道のりです。まず実を拾うことからしての受難の始まりです(大げさ?)。じゅうぶん実を腐敗させれば洗い流しやすいです。今日の八幡さまの実など"爛熟"を通り越して、すばらしく好適です。「明日バケツ持参で来ようかな」と思ったくらい...。


 ですが、次に控える"洗わなくちゃならない辛さ"を思い起こすと...。寒いこの時期にじゃあじゃあと水で洗います。その間の強烈な香りと実の油で、冷たいわ手が荒れるわで...。さらに、外殻が真っ白になるまで徹底的に乾燥させなくちゃ。津軽地方ではもうしぐれや雪の時期なので、外に置いてただけじゃいつまで経っても乾燥しないです。そこで家の中のストーブの脇で...。すると家中あの香りが...。弘前のお寺はそうでした。住職の伯父が大好きだったので、境内で拾い集めるのですが、伯母はその後もたいへんな思いをしたことでしょう。冬中ずっと香っておりました。

 東京での大学時代の下宿も...。同じ下宿の臺湾大学からの留学生Tさん(🔗2023/12/4)は、「初めての東京の冬に驚いたことが2つ。イチョウ並木のすばらしいこと、静電気がすごく怖かったこと」と言っていたのが妙に印象的...。「台湾にもイチョウはあるけれど、こんな並木は見たことがない。臺湾大学はヤシの並木です。日帝の頃からあるらしいです。」と詳しく語ってくれたのですが、大日本帝国は台湾の大学はヤシ並木にしたんだ...と、なんだか時間空間を隔てて妙に異国情緒を誘われた思い出があります。

 一方で、やはりその下宿のおばさんが大学構内(🔗2023/8/7)から拾ってきて、ストーブで楽しんでいたようです。この下宿での初めての冬、「あ、お寺の香りだ」と思いました。あれ、お寺の香りって、ふつう"お香の香り"じゃぁ...?

2025/11/22

■ まなぶ ■ 偉人のことば...は、耳が痛いものです


「なぁ〜にが "W.ゲーテも200年ほど前におっしゃっているとおり"だよ...(→🔗11/19)。また妙な弁を弄して...!」とのことで、見透かされてしまいました。偉人の権威を借りることで人を煙に巻いたまま逃走するというスタンスなわけで(🔗2023/3/22)...。

 似たようなことはおっしゃっているようです。

"Wer klug ist, lehnet daher alle zerstreuende Anforderungen ab und beschränkt sich auf ein Fach und wird tüchtig in einem."

かしこい人は、気を散らすようなさそいはいっさいしりぞけて、 

自分を'ひとつの'専門に限定し、

'ひとつの'分野に明るくなっていくものだ。

J. P. Eckermann: “Gespräch mit Göthe” エッカーマン 『ゲーテとの対話』

Dienstag, den 24. Februar 1824

拙訳で痛み入ります

 思い出すにつけ、読み直すにつけ、自分をかえりみては、身も細るような、耳が痛くなるような、人生を送ってきたのですがね...。

 きれいならざる本で失礼します。うん十年前の学生時代に購入。単語上の色鉛筆桃色は知らなかった単語のつもりのようです。"現在存在する最善の書"だとF.ニーチェ先生による太鼓判も...↓。ニーチェ先生なら満足して幾度も読み直したことでしょう、が、私がまた読み直すとしたら、送ってきた人生を責められる一方になりそうです...

Insel Taschenbuch 1981

2025/11/21

■ まなぶ ■ ベートーヴェンは善い音楽でジャズは悪い音楽の例? - 漱石と寅彦

寺田寅彦『線香花火』

あいかわらず、夏目漱石・寺田寅彦を味読中です。

 "美しい音楽"の代表例がベートーヴェンですか。他方、"俗悪な音楽"の代表例がジャズ、という概念ペアを感じます。(カッコは私が付しました。)

夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』 (明治39年;完結)

吾輩は主人と違って、元来が早起の方だから、この時すでに空腹になって参った。とうていうちのものさえに向わぬさきから、猫の身分をもって朝めしに有りつける訳のものではないが、そこが猫の浅ましさで、もしや煙の立った汁の鮑貝の中から、うまそうに立ち上っておりはすまいかと思うと、じっとしていられなくなった。...(中略)...御三(おさん;女中)はすでにの飯を、御櫃(おひつ)に移して、今や七輪にかけたの中をかきまぜつつある。...(中略)...吾輩はにゃあにゃあと甘えるごとく、訴うるがごとく、あるいはまたずるがごとく泣いて見た。御三はいっこう顧みる景色がない。...(中略)...ひもじい時の神頼み、貧のぬすみに恋のふみと云うくらいだから、たいていの事ならやる気になる。にゃごおうにゃごおうと三度目には、注意を喚起するためにことさらに複雑なる泣き方をして見た。自分ではベトヴェンのシンフォニーにも劣らざる美妙のと確信しているのだが御三には何等の影響も生じないようだ。

 ベートーヴェンのどの交響曲のどの箇所のことなんでしょうね、"美妙の音"って


寺田寅彦『線香花火』(昭和2年)

夏の夜に小庭の縁台で子供らのもてあそぶ線香花火にはおとなの自分にも強い誘惑を感じる。これによって自分の子供の時代の夢がよみがえって来る。今はこの世にない親しかった人々の記憶がよび返される。

 はじめ先端に点火されてただかすかにくすぶっている間の沈黙が、これを見守る人々の心をまさにきたるべき現象の期待によって緊張させるにちょうど適当な時間だけ継続する。次には火薬の燃焼がはじまって小さな炎が牡丹ぼたんの花弁のように放出され...(中略)...十分な変化をもって火花の音楽が進行する。この音楽のテンポはだんだんに早くなり、密度は増加し、同時に一つ一つの火花は短くなり、火の矢の先端は力弱くたれ曲がる。もはや爆裂するだけの勢力のない火弾が、空気の抵抗のためにその速度を失って、重力のために放物線を描いてたれ落ちるのである。荘重なラルゴで始まったのが、アンダンテ、アレグロを経て、プレスティシモになったと思うと、急激なデクレスセンドで、哀れにさびしいフィナーレに移って行く。...(中略)...あらゆる火花のエネルギーを吐き尽くした火球は、もろく力なくポトリと落ちる、そしてこの火花のソナタの一曲が終わるのである。あとに残されるものは淡くはかない夏の宵闇(よいやみ)である。私はなんとなくチャイコフスキーのパセティクシンフォニーを思い出す。

 実際この線香花火の一本の燃え方には、「序破急」があり「起承転結」があり、詩があり音楽がある。

 ところが近代になってはやり出した電気花火とかなんとか花火とか称するものはどうであろう。なるほどアルミニウムだかマグネシウムだかの閃光は光度において大きく、ストロンチウムだかリチウムだかの炎の色は美しいかもしれないが、始めからおしまいまでただぼうぼうと無作法に燃えるばかりで、タクトもなければリズムもない。それでまたあの燃え終わりのきたなさ、曲のなさはどうであろう。線香花火がベートーヴェンのソナタであれば、これはじゃかじゃかのジャズ音楽である。これも日本固有文化の精粋がアメリカの香のする近代文化に押しのけられて行く世相の一つであるとも言いたくなるくらいのものである。

 寺田には、生涯を通じて"線香花火"に対する強い思い入れがあります。いくつかの随筆を通じて、また、師事した中谷宇吉郎の記録を拝読しても、そう感じます。ここでは、線香花火が、チャイコフスキーの"悲愴"交響曲を思い出すと言いつつ、すぐ、"線香花火がベートーヴェンのソナタであれば"と例えています。線香花火の美しさに音楽を連想しているようすです。

 が、他方で、ただ刺激だけで成り立つようなそれ以外の流行りの花火を批判して、"じゃかじゃかのジャズ音楽"とは...。

 寺田の時代1920年代は、ジャズといえば、20年代黄金時代のアメリカを象徴するような、楽天的で夢いっぱいの人生観を体現するディキシーランドに次いで巨大編成のビッグバンドが流行し、再生装置としては、明治中盤から戦前までの長きに渡り、「蓄音機」が普及していた頃でしょうか。

 あらゆる人にウケるわけではなく、蓄音機の音質で響く華やかなビッグバンドのスウィングに眉をひそめる人たちも世界にはいたということですね。

 バップ時代を経たマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスのモード・ジャズという思索に耽るような第2の黄金時代、同時進行的にハイ・フィデリティなステレオLPが普及する60年代までは遠いです。

 現在、学校授業での一つ覚えみたいにベートーヴェンの5番(Sym)の1楽章だけ聴いたり、俗物渦巻くオシャレな"演奏会"で、現代の巨大編成のオーケストラによる3番ばっかり演奏されたりするのを聴くのもそれなりに華やかでよいものなのかもしれないですが、類似の定番ながら、自宅でひとりでビル・エヴァンスの"Walz for ...", "Danny ..."に耳を傾けるのも、"じゃかじゃかのクラシック音楽に対して淡くはかないジャズ音楽"の対比となるようで、なかなか善いですよ、と、つぶやいてしまいます。