2025/06/25

■ あるく ■ 土手の道


どんより曇って蒸し暑いです。気温はついに30℃を超えました。まだ6月ですのに。東北地方の南部より以南では豪雨だそうで、被害が広がらないように祈ります。

 土手の上の道。右が河川敷です。そのさらに右手に位置する対岸が、いつもの"河川敷に広がるりんご畑"です。いつもはあるかない道ですが、土手を除草してスッキリしたようすで、つい足を向けてみます。この区間は車止めがあって、徒歩か自転車しかとおれない舗装路です。いまは見渡す限り人影が無いようです。


 すぐ水位計が目につきます(トップ画像)。遠目には小さなポールに見えるでしょうが、巨大です。ベース部分は、海抜9mほど。柱の上端は13mの表示ですので、柱は4mの高さ。2階建ての家より少し低いか。


 2022年8月の豪雨では、この水位計の先端が水没しました。今あるいている土手の上の舗装路とほぼ水平状態、画像の緑色の大橋に濁流がぶつかっている状態になったようで、ほんとうに怖い思いをしました。

 暑い時期になると、雨と川の増水におびえるハザードマップをもつエリアだというわけです。

 見晴らしの良い土手をあるき、いったん降りてJRの鉄橋の下をくぐり、線路と並行する別な橋を渡ると、この川の中州に出られます。車止めがあって、河川管理用の舗装路が1本貫いています。

いつもの大橋の上から見下ろした
中洲の道(河川管理用)
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 が、いずれ舗装は切れ、藪の未舗装路となり、行き止まり。で、地形はそのまま川に落ち込みます。人もクルマもまったく往来のない、うっそうとした緑に囲まれた中洲の道。ここも草が刈られたばかりでスッキリしています。


 そのままいま来た道をもどります。いつもとちがう道、見晴らし良く視野の広い道をあるきたかったというだけでした。まもなくまた草ボウボウの密林になりそうです。あるけるのは除草直後の今だけでしょう。

いつもの大橋を見上げます

 往復1時間。どこをあるくにも、そろそろ水を携行しないといけない季節ですね。

2025/06/24

■ あるく ■ 遊歩道のぶどう


涼し気なぶどう棚...に見えます。新梢はAccolage(Fixation)がなされています、が...。


 あの遊歩道の"路上ぶどう園"だったのでした(🔗5/24)。実は遊歩道沿いの何か所にも連なっています。りんご農家の軽いジョークでしょうか。


 好天続きと適度な雨で、すくすくと生長していますね!お気楽な構図ですが、健気な姿に笑いがこぼれてしまいます。

 りんごは、Éclaircissage (des pommiers), 津軽弁では「実すぐり」が始まった頃です。


 が、気の早い個体は、うかうかしている間にVeraisonの段階に...。春先のTaille(春期剪定)に次いで、農家の技量が試される「実すぐり」。りんご農家は、なかなか気が休まらないことでしょう。

2025/06/23

■ あるく ■ 菊が丘公園


 昨日までのまとまった雨も今朝は上がりました。どんより曇って湿っています。ひんやりとした風はあり、気温24℃。お昼休みに近所の公園をあるきます。


 それにしても、冬の光景と比べると、まるで別な土地のようです。

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■ いつ見てもポプラは季節を問わずすがすがしい立ち姿です。遠い目...。籠って本とPCの近視な生活に、少しは快活さを吹き込める気がします。


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 花菖蒲は、もう盛りを過ぎてしまいました。ずっと見てきてはいたのですが、今年もここに画像を残せなくてちょっと後悔。



 この、ただの藪の画像は、何を言いたいの、と言うと... :


 冬はステキなスキーの散策ルートに。想像もつきませんが。

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 せせらぎ、とはいえ、散策路のための人工的な水路なのですが、水の流れは、目にも耳にも気持ちが良いです。右の茶色い壁は図書館。

 だいぶ気分転換になりました。近くにこんな公園があることに感謝。

2025/06/22

■ まなぶ ■ 万年筆のネーミング-3:プラチナ-2


タイトルの枝番号が膨らんですみません。ま、気になさらずに。

 先日書いたプラチナ万年筆 センチュリー#3776 シャルトルブルーですが...(🔗6/16)。

 フランス、シャルトルにあるノートルダム大聖堂(カトリック教会)のステンドグラスの色を想起させるイメージで売り出しているのでした。

 おひざ元フランスのamazonで購入するフリをしてみましょう。どういう表示で売り出しているのかな。関係ないけど送り先はイスラエルにしてみました...。


 商品名は英語で"#3776 Century Gold Trim Chartres Blue"(画像右側の水色の下線)。

 色は..."ダークブルー;Bleu foncé"なんですね...。(画像右下の青い下線; いずれも下線は私が引いたものです。以下同じ)。

 ...なにか釈然としないです。

 キリスト教とは袂を分かつユダヤ教...。ヘブライ語話者すなわちイスラエル人がamazonで購入を検討しているフリをして調べてみましょう。


 色名は "ブルーチャート"...紺碧に似た海の青でしょうか。もちろんカトリック教会を連想させることなど絶対におくびにも出しませんよね。

 イスラム教が国教となっているアラブ首長国連邦の一都市、世界の富豪が集まるドバイでamazonからプラチナ万年筆#3776シャルトルブルーのお買い物をしましょう。


 商品名には、ごく一般的な普通名詞のみ列挙して、色は"ダークブルー"の表示。もちろんカトリック教会を連想させることなど絶対におくびにも...。

 日本で「シャルトルブルー」として売り出したんですが、フランス語、ヘブライ語、アラビア語とも、色の表示に変更があった、ということでしょうか。変更を加えたのはメーカー自ら? だとしたら、なぜネーミングと商品イメージを貫こうとしない?  それとも世界各地の現地のリテーラーたちがあえて変更? "こんなネーミングで売れるわけないだろう"との配慮? いずれにしても、日本でしか使えないようなイメージ商法なんでしょうか。

 所有していて、ネーミングのイメージの美しさや満足感よりも、気恥ずかしさ哀しさがチョっとだけ勝るような気が、そこはかとなく、漂うんです。

2025/06/21

■ まなぶ ■ 縄文土器 - 三内丸山遺跡の展示


緑とそよ風にあふれるいにしえのさんぽ道を存分にあるきました(🔗6/19)。日も傾きかけ、閉館まで1時間に迫りました。

 改めて展示館に入り、今度はこころの照準を、"土器"に合わせて見て回りましょう。

館内は、写真撮影可。"SNSで紹介してね"との表示があります。


 ジオラマは、地理的鳥瞰とともに、自分の理解の俯瞰が一気に進む展示物なので、詳細に見ることにしています。作った人たちの苦労やテクニックや工夫も看取されて、楽しい小世界です。cf. 奥入瀬渓流🔗2024/4/26


 館内は、「見学者」という現代人の人影は完全に絶え、ひとり貸し切って、縄文人の方々に見られながら拝見、という状況です。縄文人の皆さんそれぞれさまざまな作業中...のところ、おじゃまします。そ、それにしても、土器の圧倒的な(発掘&復元)量と、それらの巨大なこと...。


 その形状が"熱効率"という思考を得ています。狩猟した大型中型動物を解体して「焼いて」食う...だけの食生活から、動植物を「煮炊する」ことによって、消化性・保存性が劇的に改善され、ヒトという生物の寿命は飛躍的に伸び、個体数は爆発的に増えた...、との趣旨を、中学1年生の"歴史"で習います。

 前回書いた"黒曜石交易文化圏"(🔗6/18)の感動もそうですが、中学高校の歴史の授業は、それを老人の皆さんが批判するような「支配者の入れ替わりを羅列するだけの歴史授業なんて、どうかと思います/けしからん」ではなく、きちんとヒトの営みの賢明さとその感動を伝えています。"博物館"の存在で、そのことは、批判する老人の皆さん(往々にして大学受験等の中等教育の歴史を履修していなかったりする)が生命体として発生する以前から、明らかですよ。大河ドラマばかりご覧にならず、脚を使って外に出て、博物館を巡るのも楽しいですよ。

 "土器"というテーマひとつとっても、感動が伝わります。

 こちら↓は、土器ですが、漆で仕上げた"漆器"です。内容物の貯蔵性や土器そのものの耐腐食性を改善した効果があったと思います。


 それにしても、5,000年以上前の"漆器"とは...。


 こちら↓は特別展。縄文草創期の"無紋土器"の次の世代に遷移しつつあった"細隆起線文土器"です(レプリカ。左端に発掘片)。三内丸山遺跡は縄文中期の大規模集落ですが、この特別展は、当遺跡の縄文中期からさらに1万年さかのぼる14,000年ほど前のものです。想像を絶する古さのはずですが、このデザインは、製作時に、作業性や使用時の効率を念頭に置いたほかに、装飾性・芸術性まで意識し始めた様式を感じます。


 こちら↓は通常展示。↑から1万年!へだたっています...。規模が巨大化し、意匠にも堂に入った製作者の意志を感じます。


 そう思うと、5,000年前の土器ですが、美しさという感覚をじわりと呼び起こされる思いです。

 特別展を出て館内を移動していると、地下への階段と「収蔵室」のガイドプレートが。ふつうは、見学者ならそのまま通過しそうですが、ちょっと下をのぞき込みます。見学者が降りてかまわないようです。


 壁は、発掘された土器片です。レプリカではないです。あの地元小学生だった彼の話を思い出します...。🔗6/19


 おぉ、復元中、もしくは石膏かエポキシ樹脂かで補修復元済みのおびただしい数の土器群がきれいに陳列されています。(トップ画像も)


 その壮観さに、しばらく見上げたまま...。はぁ~とため息が出ます。


 さて、最大の不思議、土偶。当遺跡のそれは、平板土偶です...が、よほど大量生産されたのでしょうか...。どう見ても、いわば「縄文アーティスト展」ともいうべき、現代アートのアトリエ主催の美術展の一角にしか思えない、不思議で心おどるような芸術性に満ち溢れています。

 蛇足ですが、私のこの感覚を煽るかのように、ここの展示枠の色は、ポップなマゼンタピンクの塗装ですよ!(笑...展示担当学芸員の方の「世代を問わず、親子で/友人と/カップルで、"現代アート"を楽しんで!」という意図を感じてしまいます。ステキな演出です!

 う~ん、キミたちはなぜ存在しているのだろうか。種々の説明がありますが、私の知能と理性では理解不能で納得がいきません。合目的的な存在価値を見出そうとするのは、しかしながら、「歴史の授業はこうあらねばならぬ」と何にでも"自分で理解できる(ハズの)科学的説明"を得たがるアタマのカタそうな科学者的態度になりそうですので、戒めることにします。

 この分野の専門研究の今後のさらなる成果に期待するとして、今は、自分の無知を知り、そのまま受け入れ、これらの存在の不思議さと芸術性を心に刻みたいと思います。