2025/02/06

■ あるく ■ 菊が丘公園

日差しと強い風とでできた雪の堅い風紋。

 この冬一番の猛烈な寒波。北海道と秋田以南の東北北陸の豪雪にはお見舞い申し上げます。

 津軽地方は、風雪波浪警報が引き続き発令中であることから、風の轟音はさすがに恐怖を感じるものがありますが、雪の量は、12月~1月上旬に比べれば、身構えていたほどではなくて済んでいます。

 吹き飛ばされそうな猛烈な風雪。こんな日は家にいるに限る...ところですネ。ですが、机に向かっていながらも思う、徒歩で日参するいつものクロカンスキーフィールドの公園。氷点下3℃だよ、今日はさすがにヤメとこうか...と思うも、私しか利用者がおらず、恐れ多くも幸運にも、私の専用公園となっています。

 最初の1周。新しいトラックを刻みます。このときはツラいです。轟音で迫る風雪に耐えて、一歩一歩雪原をのろのろとあるきます。顔面と指先の感覚は、痛い>感覚がない>動かない...と変化。過日などは、吹雪の中、何度か止まって(風圧で立っていられないので)しゃがんで手袋を脱いで両手を組みあわせて指を暖めました。

 やっと1周。さて2周目は、ゆっくりあゆみ始めますが、自分の刻んだトラックを辿る限りは、どんどんスピードが載ってきます。指先の冷たさも、ジンジンと暖かい血のめぐりに変じるのを感じます。

 今日も、昨日のトラックはかすかに残るものの、新雪にまた刻みます。すこ~しずつですが、基礎代謝量は上がっているのでしょうか、昨日より低温強風なれど、指先の冷たさは少しずつ耐えられるようになっています。

 今日は、吹雪のち晴れ、のサイクルを、数分おきに繰り返す天候。他の地域に比べれば、幸運です。

■ 風をよけて樹林帯にトラックを刻みます。無雪期は深い藪で、1年中、人が入らないエリアです。刻んだ自分のトラックを快適に辿ります。

晴れれば、刻んだトラック面がテカテカとまぶしく反射して、競技場並みのリジッドなトラックになり、3周目はもう気分よく鼻歌混じり状態でしょうか。


見上げれば、ジェット機並みの轟音でうなるポプラ並木群。この同じ光景でありながら、初夏になれば、きらめく葉裏のやさしいざわめきとなって聞ける日が、きっとまた巡ってくると思うと、からだも暖まる思いです。

今日2/6

2025/02/05

■ つくる ■ おこげの甘酒


 おこげごはんの甘酒って、あなたはご存じないでしょう? ...私もです(;^^

 す、すみません、冗談です。実は甘酒をつくろうとおもって白米を炊きました。

 ふだん通り磨いで水加減しましたが、圧力鍋の最初の火力を誤って最大設定にしてしまい、1分後に、なんだかおこげのいい香りと小さくチリチリいう音が...。あわてて調整。圧力ピン降下後、おそるおそる蓋を開けると、いつものようにツヤツヤに炊き上がって、見ると、底面に薄くおこげが...。食べるには最高においしそうな炊き上がりとなりました。


白米を圧力鍋で炊くと、ぷっくりつ粒が立って、おいしすぎる上、玄米に比べて食べごたえがなく、つい食べ過ぎてしまいます。だからふだんは白米は食べず、白米を炊くのは、甘酒をつくる時だけです。

 ですので、おこげは不要です。それにしてもほかほかで香ばしい良い香り。つい一口、一膳、また一膳...。海苔、梅干し、生姜味噌、などで、何膳でも食べられそう...。

 が、こらえて、甘酒を仕込み始めます。 大丈夫なの?

 6時間後、ふつうに仕上がりました。


 甘酒はあつあつにしていただくのが好みです。熱い甘酒から立ちあがる香り...。いつもは花のような米糀の香りがするのですが、今日はやはりおこげの雰囲気が漂い、つい笑ってしまいます。見た目は、全体に茶色っぽくなっちゃって、ときおりおこげの粒粒が見えますが、自分一人で楽しむ分には、なんの痛痒も感じませんので、今日も変わらず、休憩時間の甘いひとときを堪能しました。

2025/02/04

■ なおす ■ クラシックシェービング - ふつうの石けんじゃだめ?


ブラシで泡立てるクラシックシェービング。その専用シェービングソープは100%輸入品のみだし、ブラシもホルダー(カミソリ本体)も、あれこれ選んで買える市場は日本にないです。

 「シェービングソープは、個人輸入すれば1個何千円もする。ごく普通の入浴石けんじゃだめなのか?」という質問をもらいました。

 ついでに、「納豆に純粋な酢だけかけて、食えるのか?」(🔗1/24)という質問も...(汗。

 いずれも、やってみればいいじゃないですか? すぐに比較対照実験できるものは、自ら実感してはいかが? 自信をもってその適否を確信できることでしょう。

 酢は、選ばないと。多くかきまぜた方がふんわり良い香りに...。ま、しかしそれも、ご自身で、比較対照実験しさえすれば最適解を見出すでしょう。比較なくして断言なしですよ。

 話をシェービングソープに戻しますと、これは、自分で輸入品と牛乳石鹸を比べてみろよ、なんて言えないので、この機会に私が改めて石けんを使い、これまでのシェービングソープとの違いを、再度認識してみたいと思います。

 まず、泡立て。経験的に、浴用石鹸は泡立ちが悪いという印象があったので、今日は、どこでも手に入り、泡立ちの良さを謳う『花王ホワイト』を使います(トップ画像)。

 ブラシには、カナダの"AP Shave"の製品を(🔗Website)。


 ここの製品は、ノット(毛先)の材質と直径と長さ、ハンドル(柄)の材質やデザインを組み合わせてオーダーするのですが、私が持っているなかで、最も径が太く毛量が豊富な"ソープイーター"の異名を持つ(?)ものを。あ、異名とやらは、私が勝手につけました...。すみません。毛量が多いので、泡立ちがすばらしく豊か...、なのはいいのですが、貴重なシェービングソープがすぐなくなっちゃうからです...。

 で、泡立てると: それなりに良い感じです。


 とはいえ、泡立てには、シェービングソープよりちょっと手間。石けんをブラシにこすりつける"ローディング"にも、泡立て"ラザリング"にも、いつもより時間と力を使いました。シェービングソープなら、この絵になるまでには、この労力の半分以下で済むかと。

 さっそくシェービングします。と言ってもその画像はさすがに無いです...。

 シェービングソープと遜色なく、顔にもくもくと塗れます。

 剃り味は、あきらかに、滑りの点(それがシェービングの快感の一つでもあるのですが)で劣ります。それだけ専用品が工夫して開発されているということです。今日はいつもと違う滑りなので、ちょっと気を遣います。

 でも、ちゃんとシェービングソープとして十全な機能を果たします。

 いったん流して、2クール目を塗ろうとしたら、泡立ちが、ガックリ落ちました。この点が、石けんの弱点です。とは言え、輸入ソープに比べれば、価格の点で痛くもかゆくもないので、遠慮なくまた盛大にローディングとラザリングを繰り返せばいいだけです。

 剃り上がりの爽快感や漂う香りは、その点にもじゅうぶん配慮している輸入ソープには勝てないですが、シェービング後の気分は良いに決まっています。固形のバス用石けんの香りは、何と言っても清らかですよね。

 シャワールームを出て、通常の室内に入れば、石けんならではの、猛烈なツッパリ感。これは何か自分に合ったアフターシャワーやアフター洗顔の対策が必要でしょう。

 結論として:石けんでも、ブラシでよく泡立てれば、きちんと役割は果たし、気分も良いです。何より安くて遠慮なくたっぷり何度でも泡立てられます。その意味でもすがすがしさや爽快感は大きいです。

 どうぞ、でも、その後いつか気持ちにゆとりができたら、たまには専用のシェービングソープの極上の剃り味も試してみてください。

 「で、キミもこれからはバス用石けんを使うかい?」と聞かれたら、う~ん...。他にまるっきり何も無くなったら、そりゃ使います。でも、輸入のシェービングソープが無くなっても、私はやはりオリーブオイルなどの油脂類と水酸化ナトリウムを使ってシェービングソープを自分でつくると思います。

2025/02/03

■ あるく ■ 菊が丘公園



1月中旬に良いお天気が続いたので、雪が融けかけたところだったのですが、数日前にまとまった雪。その後は氷点下の曇天が続いています。

 ここ3日ほど毎日、"あるいて行けるクロカンスキーフィールド"の菊が丘公園へ日参しています。降雪がないので、前日の私の刻んだトラックがクッキリ残り、オントラックの競技場みたいに(?)快速です。

 向こうに見えるあの橋。薄い木の板なんですが、雪の厚みが...。園内数か所の橋はみな同じ状況です。



 別な橋に。こ、これ、渡るんですか...おむすび断面(?)の頂点みたいな尾根状に尖った積雪...。ストックついたら落ちる...よね...もし落ちたら...。


 ふ~ぅ。


 雪が新たに積もって、先々週の大行進の踏み痕(🔗1/18)はなくなって、またきれいな雪原です。


先々週 1/18

 橋の欄干から雪が溢れています。



 また旧家史跡に、裏庭から失礼します。


 暮らした方々は、雪深い時期はさぞたいへんだったことでしょう。

 丸障子に風情を感じます。


 気持ちがおだやかにしずまっていくかのような情景です。

2025/02/02

■ まなぶ ■ オペラ界が直面する事情 - センター試験 2016年本試験 英語 第6問


旧センター試験の英語、最後の大問6問目の長文問題に、出題者のまるっきり個人的趣味選んだ知見あふれる話題が、割と頻繁に登場したことは、すでに触れました(🔗2024/2/10) 。音楽やオーディオ機器についての話題です。

 そのうち、オペラの話題に、この年の全国のセンター試験受験生50万人がつき合わされたその豊かな知見を共有した年がありました。

 いつもながら恐れ多くも拙訳にて見てみたいです。

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(1) オペラは、人間の声による表現を最高レベルで讃える芸術だ。オペラほど興奮を生み出し、心を動かす芸術形式は、他にない。とりわけ、すぐれた歌手たちによって歌われる場合はなおさらそうだ。そういったな歌手たちは、人間の声のために作曲された最も偉大で最も困難な音楽のいくつもを披露できるよう訓練されているのだ。

(2) オペラは、西洋のクラシック音楽の伝統の、重要な一部だ。音楽、言葉、演技を用いてドラマチックな物語に命を吹き込むものだ。そのオペラは、16世紀末にイタリアで始まり、後にヨーロッパ全土で人気を博した。以来長年にわたり、世界中のさまざまな音楽や演劇の発展に応えようとしてきた。今もそうだ。ここ数十年、現代の録音技術によって、はるかに幅広い聴衆がオペラに触れるようになっている。ラジオ、TV、映画などにおいて演奏したことで著名になった歌手もいる。

(3) しかし、近年、オペラは深刻な問題に直面している。これらの原因のなかには、オペラの手には負えないものもある。現在直面している問題の 1 つは、経済的なことだ。現在の世界経済の減衰により、文化機関や芸術家に回してもらえる資金は減っている。この資金不足により、オペラ歌手やその他の芸術家を支援するためにはいくら支払うべきか、という、より広範な問題が生じている。世の中では、企業経営者に支払われる莫大な報酬や、スポーツ選手に与えられる何百万ドルという契約は容認しているようだ。が、オペラ歌手はどうだろうか。どういうわけだか、"芸術家というものは、貧困に苦しむことでのみ創造的になれる"という観念が人々にはあるのだが、これは非現実的だ。オペラ歌手を含む芸術家に、必要な支援がないとすれば、貴重な才能は無駄となるのだ。

(4) 資金不足に加えてさらに困難を招いているのは、オペラ界の資金管理方法だ。主役級の歌手たちは、一般的に、公演を終えると出演料を支払われる。公演前の何週間にも及ぶリハーサル中は、何ひとつ受け取れないのが普通なのだ。その間彼らは、役作りのために、レッスンや指導の費用を支払わなければならない。病気になったり公演をキャンセルしたりすると、出演料は支払われない。このシステムの不安定さが、オペラの将来を危険にさらしている。

(5) オペラが直面しているもう一つの問題は、大衆娯楽に影響を受ける観客の要求にどう応えるかということだ。ポップスの歌手なら、歌声だけでなく、見た目でも評価されることが多い。そのため、この大衆文化に影響を受けた観客の前で歌うオペラ歌手は、今では『歌うモデル』であることが求められている。が、こうした要求は非現実的、いや有害でさえある可能性もある。オペラ歌手は、もし体重があまりに軽いと、マイクなしでは大きな劇場やコンサートホールに響き渡らせるほどの大きな声を出すことができない。歌唱力よりも外見を重視するならば、観客は、人間の肉声の最高のものを聞き逃してしまうおそれがある。

(6) オペラの問題には簡単な解決策はないし、オペラの価値についてはさまざまな意見がある。とは言うものの、毎年多くの若者たちが、この特別な芸術形式の中で才能を伸ばそうと、希望と夢を抱いて音楽のコースに登録している。オペラが多くの障壁を乗り越え、若い世代を魅了し続けているという事実。それこそが、オペラが価値に満ちた尊敬されるべき芸術形態であり続けていることを示している。