2025/02/01

■ きく ■ オペラは好きですか?


いいえ。

 今日は、とんでもなく不謹慎なことをば。

 1) 筋がくだらなすぎる...

 同じ声楽曲でも、ドイツ・リートが、野辺に咲く小さな花だとします。誰に見られるともなくポツンと咲いてしおれていく。簡単に動物や人に蹴散らされます。が、だからいっそう魅力的だったりします。

 対して、オペラは、温室で見事に咲き乱れる大輪のバラのような美しさ。見る人すべての溜め息を誘います。

 オペラの最高傑作は...、そりゃ人によるでしょう。が、無知な私でも博覧強記のオペラファンのあなたでも、「カルメン」「フィガロ」とまず指を折るのに、血相変えて反発するヒトはいないでしょう。じゃだったらすぐ次は「セビッリャ」「椿姫」「リゴレット」「蝶々...」と次々と堰を切って溢れ出てきますか。

 音楽の美しさ、イタリア語の母音とリエゾンの滑らかさ、いずれも悦楽と心地よさの極致です。全方位総合芸術として人類が極めた音楽芸術の頂点を感じます!

 ...意味さえ知らずにすめば、の話ですが...。

 つまり男と女の情欲のどろどろでは...? いったんその言葉の意味・筋・ストーリーを知ると...そりゃ10代20代のヒトならば血沸き肉躍るドラマでしょう(かつて私はそうでした)が、自室で一人で聴いてワクワクしますか、もはや10代20代でない私やあなたは?

 どろどろは、"18世紀のセビリアを", "華やかなパリの街を", "エキゾチックなナガサキを", "ナポレオン戦争のイタリアを"という目くるめく豪華絢爛な歴史を舞台背景にして盛り上げてもらえるのは確かですが、そういった化粧の皮を剥くと、やはり昼のソープドラマ、ライオン奥様劇場そのものでは。ま、それが、古今東西、永遠にウケているわけなんですが。

 え? 男と女のどろどろでないオペラもあるって? 「魔笛」とか? あの、ゲーテも度肝を抜かれた荒唐無稽支離滅裂な話の筋は、確かに誰もが認めざるを得ないです。思うんですが、あの話さ、19歳頃に知って、ちょっと意地悪に考えた:開幕直後に、美しい王子タミーノが、大蛇を見て気絶する...そこに現れた夜の女王の侍女たちの魔力で蛇を退治する...勝利の曲。ソレで全幕終了しても、おかしさは同じじゃない? いやむしろかえって爆笑できるかも...。(← と、とんでもねぇ野郎だ...)

 男女のどろどろがけしからんのだったら、「高邁な」物語ならいいのかよっ, て? 

 "モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」や「フィガロ」は、「天才の乱用」「好色」"と憤った高邁なベートーヴェンその人のオペラはというと、「フィデリオ」=「レオノーレ」ですか? 男女のメロドラマそのものではないかもれないけど...。厳格な押韻のドイツ語とギリシア彫刻のような端正でドラマティックな楽曲構成...。でも上演回数は...。どろどろ大好きなおめかししたスノッブな客たち、来るかな...。

 80年代の映画"Amadeus"で、モーツァルトが皇帝ヨーゼフ2世やイタリア人音楽教師らの前で語ったアメリカンイングリッシュなセリフを以下に(私のデタラメな意訳ですが);

 オーストリー帝国の国立歌劇場という皇帝も天覧する高貴な場で、トルコのハーレムという不謹慎な舞台("Entführung aus dem Serail" Kv384)を題材にしようとしたモーツァルトに対し、皇帝お抱えのイタリア人音楽家たちがモーツァルトのドイツ語オペラの構想をあざ笑います。モーツァルトは冷静に反論:

"Watching Italian opera, all those male sopranos screeching stupid fat couples rolling their eyes about.  That's not love.  It's rubbish!
(イタリアオペラを見ろよ。男どもが金切り声で目を回して太った男女どもを追い回す...愛どころか滑稽だ)

 フランス革命直前、皇帝が発禁処分した「フィガロの結婚」をオペラの台本としようとしてバレ、皇帝に審問された際、皇帝の側近で、イタリア音楽の優越性を認識しつつ、ドイツ音楽の育成や異端児のモーツァルトにも大きな理解を寄せるヴァン-スヴィーテン男爵に、こう諫められます;
"Why waste your spirit on such rubbish?  Surely you can choose more elevated themes. (なぜそんな下品なことに才能を浪費するのだ? もっと高尚なテーマを選んだらどうだ)"

 カっとなったモーツァルトが、堰を切ったように反論します;
" Elevated!?  What does that mean, elevated?  I'm fed to the teeth with these  eleveted things!  Old dead legends.  Why must we go on forever writing of gods and legends?  (高尚な、ですって? どういうことですか。もううんざりだ、そんなもう死んでる神話だなんて(ヨーロッパ古典のギリシャ・ローマ神話のこと)。なんだってそういつまでも神様だの神話だののことばかり続けなくちゃダメなんだ)"

 皇帝の前で、男爵は模範解答を諭します;
"Because they go on forever.  At least what they represent: the eternal in us.  Opera is here to ennoble us, Mozart. (価値は永遠不滅だからだ。少なくとも存在している限りは、我々にとって永遠だ。オペラは我々の魂を高めるようなものであるべきなのだ。)"

 自制が効かなくなったモーツァルト;
"Huh, 'Bello, bello, bello!'  Come on now , be honest!  You'd rather listen to your hairdressers than Hercules.  Or Horatius, or Orhpeus. People so lofty, they sound as if they shit marble! "
(は!そうですかいそりゃけっこうで。頼むから正直になろうじゃないですか。ヘラクレスなんかどこがおもしろい? ホラティウスだのオルフェウスだのって! エラい高貴なんだな、奴らは大理石のウ〇コでもすんのかよ!)

 ギリシャ神話を題材にしたって、聴衆なんか寝てしまいます(高校古典で紫ブゥだのセーショーなゴンだのつれづれなるままに世間のゴシップ大好き坊主の話で高校生が寝てしまうようなものです)。かといって、私は男女のドロドロにもワクワクしないです。

 2) 音楽は卑屈な奴隷に堕してしまう...

 オペラ演奏会場の社交的でハイソでスノビシュで華やかな雰囲気。今日も、高級レストランに行くようなおめかしをして、いかにもふだんからハイソでござい、と言わんばかりにして、しずしずと次々客がやってきます。本来、抽象的でデモーニッシュな存在であるはずの音楽を奏でるオーケストラは、音楽などどうでもいい社交の場に集まるスノッブな金持ち客たちの靴でも舐めるかのような低くて真っ暗な穴倉にて(オーケストラピットとも言う)卑屈に裏方に追いやられ、バカげた痴話話の歌詞の伴奏という場末のバンドマン連中に成り下がります。

 以上2点、けっこう50年ほど溜めていた貧民のルサンチマン感情でしょうか...、でしょうね。

 でも、オペラファンの、例えば上野公園で音楽系大学生のグループが、「パヴァロッティのドタキャン、オレも食らわされたことがある」「クライバーの"こうもり"には椅子から1m飛び上がっちまった。軍隊式か?」「ガーディナーの"オルフェオ"もその徹底的な統率は似てるんじゃ?」「ジェシー・ノーマンが"トリスタンと..."に好適だとして、"ラ・ボエーム"のミミになるって想像できるかよ?」などとおしゃべりしているなら、話に加わるのはワクワクするような腹の底からの楽しさがありそうです。

 対して、動物園脇から谷を降りてまた坂を上がった旧帝大系大学生のグループが「ベートーヴェン"大フーガ"さ、バリリの50年代のモノラルとさ、アルバンベルクSQのEMIにスタジオ録音したボウイングの類似点って...」「あ~、オレも子どもの頃、サントリーホールでアルバンベルクの、大フーガじゃないけど16番の”Es muß sein"の箇所をナマで聞いてチョっと気づいたカモ」などの議論に参加しなければならないとしたら、参加前にもう身辺整理して自分の生命保険の受取人を確認してから覚悟を決めて出かけなきゃダメです...。

 てなワケで、オペラは肩ひじ張らずに楽しみたい分野です。と言って、別にベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を正座して聴くわけじゃぁ無いんですがね。

 などと言っても、私なんか、じゃお気楽にオペラ演奏会場へ、なんていう場違いな状況に投げ込まれようものなら、緊張して、右手と右足を同時に出してロボット歩きをするのが関の山です。

 そんなヤツなんか、すごすごと自室に引きこもって、ムリせず背伸びせず、ブラームスのヘンデルバリエーションでも、VRDSメカのCDプレーヤーにアキュのセパレートPアンプ、マジコQ1で、一人寝袋にでもくるまって、蓑虫みたいになって寝そべってのびのび聴いて、悦に入っていれば人生至福のひとときなんですよ。

 センター試験過去問英語の最後の長文問題に、オペラの話題があって、そのことを書こうと思ってキーボードをたたき始めたら、こうなっちゃった。明日にします...。

2025/01/31

■ なおす ■ 理不尽な除雪...


■ また一面の銀世界となりました...。グッとこらえ、明け方真っ暗なうちに除雪作業をします。

■ 早朝に、狭い幅員4m道路を隔てた向かいの駐車場に、除雪ローダーが来て除雪。いつものことです。

■ が、今日は、私が明け方に除雪した敷地沿いの公道に、どっさり雪を投げてくれました...。そりゃないだろう。

今日1/31(1):左の駐車場敷地から雪崩が...。
今日1/31(2)

■ 明るくなってから、見て唖然...。除雪ローダーのバケットから投げられた圧縮された大量の雪。スコップ/ショベルも刺さらず、除雪機の刃も立たず...。これを、人力で、しかも公道から隣の駐車場の敷地に投げ返す、なんてマネは、ムリです...(泣。

参考:🔗1/2...ふだんの私の除雪

2025/01/30

■ なおす ■ 胃内視鏡検査


胃内視鏡検査を受診。市民検診の一環です。

 前回は2023年11月(🔗2023/11/27)の精密検査。実際症状も出ていて苦しんだ前回以来14カ月はさみました。

 昨年2024年の反省と改善点は:

 1. アルコール。5月から11月の間のみ。1回あたり、多くてウィスキー大さじ1,2杯までに(なんてせせこましい!)。ボトルの減りは少ないです(🔗2024/11/17)。ワインは昨年3本。いただきものの焼酎乙類数本は、開封したものの、やはりウィスキー並みに大さじ1,2杯なので、1年や2年ではとても飲み切れないです。ダメになっちゃうならそれはそれで。それにしても、お酒は文化ですね。どの一つの銘柄にも敬意を払います。

 2. パン。市販の白いパンは昨年も0斤。他方で、ホームベーカリーでつくり続けてきたカイザーメゾン種のフランスパンと、黒パンは...20年も30年も食べ続けたライムギパン...は、秋に、ついに一切ヤメました。だいぶ考え大いに躊躇しましたが、やはり胃にコタえる気がして。結果、バターとレーズンを使わなくなりました。研ぎ続けたパンナイフはもう不要です(🔗2024/4/16)。ドライイーストもホシノ酵母も処分。ホームベーカリー2台、処分しなくては...。

 3. 砂糖。いただきもののお菓子や出先でいただく茶菓類は、よろこんで。大いにうれしく楽しいひとときです。昨年2,3回。他方、一人でいるときに、菓子や砂糖を口にした記憶は...う~ん、あったかも、いや0回かも、でしょうか。

 4. 野菜。初夏~秋は、実によく生野菜を食べました。毎日500g程度、だいたい大きなボウルとかラーメンどんぶりサイズで山盛り。同時に酢、オリーブオイル、胡椒の消費量も多かったです。よくあるく時期だったので、体脂肪率は毎日15.0%前後の底値を記録。ところが、8月から11月下旬まで、大好きなカボチャが、北海道産と地元津軽産の出盛りとなり、どっさり食べました。12月に、お酒もカボチャもパタリとやめた時点で、タニタの体組成計では、内臓脂肪評価値が10.0に。9.5以下が推奨値(0.5刻み)です。反省します。ついでに、体脂肪率は16%前後(-(マイナス) 標準)。12月以降は、毎日野菜スープと蒸し野菜に。

 5. 米(玄米)と豆は例年と同じペース。肉を食べたのは昨年は片手の指で数えられるくらい。魚は98円の鯖缶2,3回ですが、何年も前のものを処分するつもりで。でももうしょっぱすぎます。それ以外に魚を口にしたことは絶無です、2019年以来。果物は、2月にいただきものの柑橘類、5月にいただきもののパイナップルのみで、あとはミカンもリンゴもそれ以外の果物はもちろんまったく口にしませんでした。この5.は、健康上の判断でも主義主張でもなんでもなく、ただの経済的な事情です。

  そこで、胃内視鏡検査結果としては、食道と胃の境目に少し糜爛。症状が出てもおかしくないが、自覚していないのであれば、投薬治療などは不要。他の部位は糜爛も潰瘍も癌の所見もなしでした。

 撮影した内視鏡画像を使って、K医師がていねいに説明してくれました。前回から回復しているのは自分でもはっきりわかります。

 来年以降また受診受検する際の自分のための備忘録として、メモを;

- 前日、問診票を取りにクリニックへ。自宅で記入して当日持参。

- 9:15 着。9:20 診察室で医師問診。9:30 処置室にて、カップ1杯の液体薬を内服+鼻に麻酔薬剤スプレー。

- 9:50 処置室にて、座って左腕筋肉注射。

- 9:55 内視鏡室にて、仰臥位で右鼻孔に粘性の高い薬剤注入。

- 10:00 胃内視鏡検査。側臥位にて5分程度。検査後、説明。

- 受診後の注意として「30分以内の飲食は禁止。今日一日いっぱいは、強く鼻をかまないように。」とのこと。おととしは、鼻血が一日止まらず、ティッシュを詰めるといっそう毛細血管が傷つけられてかえって止まらない、という経験をしました。

- 徒歩で帰宅時、やはり猛烈なのどの渇き。去年もそうでした。

- 帰宅して、水を飲もうとするとやはり、麻酔のせいか、気管側へ誤嚥の可能性を感じます。一口飲んでは休み...、を繰り返します。その後、鉄瓶で沸かした白湯が、やはりここでも、その湯気が、のどにも鼻にも、やさしくて気持ち良いことに気づき、休み休みゆっくり500ml飲んで、ひとごこちつきました。

2025/01/29

■ なおす ■ 腕時計の電池交換


画像左の腕時計(SEIKO CHRONOGRAPH 7T42-6A10)が、電池切れを通知する機能である"2秒運針"となりました。電池交換をします。ついでに、画像右の赤青ベゼルのもの(SEIKO Silverwave 7546-606A)は、時計ベルトを、冬季用のナイロン製NATOベルト仕様(手袋の上や防寒ジャケットなど衣類の上から装着できるので)から、もとの金属ベルトに付け替えます。

 いずれも画像では電球色LED照明のせいで金色がかって見えますが、ごく普通のステンレスの銀色です。

 左のCHRONOGRAPHは、1991年11月29日9:04に、上野御徒町の多慶屋で購入したレシートが、保証書とともに、取扱説明書に貼りつけてあります。34年間ほど連続して動いています。🔗2024/6/30


 ついでに、右のsilverwaveは、1980年4月に、父に買ってもらったもので、やはり45年間、電池切れや故障などで休むことなく連続して稼働中です。

 いずれも気に入って大切に使っています。

 ここ十数年、腕時計の電池交換はすべて自分でするようになりました。電池代の200円程度のみで済みますしね。

 今日もさっそく裏蓋を開けます。


 前回の交換は2021年4月のようです(と言っても、実は時計電池交換の記録は、別途PC上にExcelで管理しています)。仕様では2年寿命のムーヴメントですが、4年近くもちました。いつも2秒運針に気づいてすぐ交換するのですが、2秒運針になっても止まるまで半年くらいは持つようですので、4年はイケそうです...が、気持ちとしてはすぐに交換したいです。

 電池は、SR920SWが入っていました。手元にある時計用電池は、SR297SWです。電圧と直径は同じですが、厚さが違います。ちょっと大電流となりますが、入れて稼働するか、蓋が閉まるか、の2点をクリアすれば問題ないと思います。


 ひとまず蓋を閉めてみると、きちんと閉まるようですし、稼働し始めました。この電池を今回は使いましょう。


 パッキンOリングを拭いてSEIKO純正シリコングリスを塗布します。パッキンに変質もなく、前回のシリコンも残っています。このシリコンは十年ほど前に買い替えたのですが、その後減る気配がありません...。もう生涯買わなくていいみたい。


 慎重に本締めします。


 弓カンとバネ棒を装着して時計ベルトをつなぎます。説明書を見て、ストップウォッチとタイマーの指針を"ゼロ合わせ"し、秒針を正確な時刻に合わせます。


 これらの昭和製のSEIKO多機能クオーツが、中古市場ではずいぶん値上がりしているようで、当時の定価を大きく上回っています。私には市場の値段に魅力は感じられないのですが、自分で手入れをしつつ淡々と使い続けることができる点に、おおきな幸せを感じます。

2025/01/28

■ あるく ■ 廻堰大溜池


今日はスキーじゃなくて(🔗2024/12/25)徒歩で。

同じ地点 🔗2024/5/19

 雪の回廊。だいぶ低くなりましたが、まだ冬の様相です。


 とは言え、道幅は少しずつ広がっています。静かな湖畔。たま~にしか来ない軽トラは遠くから音ですぐわかるし、クルマに気兼ねなく除雪済みの舗装路を歩けます。


 明日以降またまとまって雪が降る予報です。2月に入ったら、日中の気温は0℃を上回るので、降った雪は日中に融けて、ずっと積もり続けることは、もう無いでしょう(と期待)。