2025/10/24

■ まなぶ ■ 夏目漱石・寺田寅彦・中谷宇吉郎エッセイの筆記具


 漱石『余と万年筆』は、短いですが万年筆の使用歴をユーモラスに描いていますね。

 万年筆についての著作で興味深いのは、個人的にはなんと言っても松田権六『うるしの話』(🔗2023/10/28)です。万年筆そのものの記述はごく短いのですが、作り手の側からする貴重で真摯な体験は魅力に満ちています。

 使い手の側からの記述は、玉石混交掃いて捨てるほどです。私のこのウェブログも箒の餌食のひとつでしょう。

 漱石の随筆は、ブリュブラックがイヤでセピヤ色の墨を万年筆に飲ませていた、など、豪快な話ですが、そこは、天麩羅蕎麦を四杯食って温泉で泳いだり、運動と称して墓場で墓石を片っ端から倒したりする江戸っ子の豪気なんですか。

 とは言え、万年筆は当時かなりの高級筆記具で、しかも彼のものは破損続きで、結局はペンを使って執筆していた時間のほうが圧倒的に多かったでしょう。

 "ペン"?...今ではボールペンか万年筆を指しますが、当時油性ボールペンやゲルインクボールペンがあったはずもなく、他方で"万年筆"と"ペン"を区別し、万年筆の中には"三百円もするのがある"と言う一方、"一銭のペン"と安物筆記具として対比していますので、この場合は、もちろん"つけペン"です。

 いずれにしてもやはり作家はペンか万年筆、というイメージですネ。

 愛弟子の寺田寅彦(物理学)は、おびただしい数の彼の随筆で、正面きって筆記具を扱ったものはないのですが、それら随筆の随所に"鉛筆"が普段の筆記具だったことが読み取れます。他に、漱石との出会いの最初からの因縁たる"俳句"や両者が好んで描いた"南宗画風戯画"は水墨毛筆で、また、水彩画・油絵など好んで画材に手を付けたようすが、複数の随筆に。(彼の随筆は、まさに、漱石が描いた寒月君で、飄々とした雰囲気に満ちているものが多くて、未だに愛読書です。)

 その弟子の実直な物理学者中谷宇吉郎の随筆では、鉛筆のことを書いたものがあります。

 寺田や中谷の文には、科学者特有の、世間一般に対する狭い精神地平を感じる場面も往々にしてあるのですが、中谷の、ごく短い随筆『鉛筆のしん』にも、かすかにそれを感じます。でも同時に、鉛筆の話を通じて、寺田寅彦や中村清二(物理学)の、ブレのない強い価値観から薫陶を受けたことが推し測られ、感銘を受けます。

 話の前半は、行儀・しつけについて、戦時中にはゆがめられた形で、戦争が終わった直後の今ではゆるくなってしまった、という趣旨の話を運びます。

 後半の三分の一程度を;

  "しつけといえば、すぐ、生活のしつけのことが言われますが、勉強のしつけ、学問のしつけも忘れられてはなりません。

 あなたの鉛筆のけずり方を、見てごらんなさい。むやみにしんを長く出し、その先をきりのようにとがらせてはいませんか。反対に、ちょっぴりしんが顔を出せば、それで平気でがさがさと、大きな字をなぐり書きにしてはいませんか。

「きりのしん」の人は、小さな事をいつも気にかける型、「ちょっぴりしん」の人は、ずぼら型といわれますが、本当はそうではなくて、そんな鉛筆を使っているから、そういう型の子供になっていくのです。

 ペンや万年筆は、使った後、ぬぐっておくものだということを知っていますか。賢人といわれた昔の中国の学者は、顔を洗わない日はあっても、硯を洗わない日はなかったといわれます。万年筆は、ぬるま湯で時々掃除することです。

 ノートの書き方、本の扱い方、学用品の使い方の、上手下手、手入れのよしあしというようなことは、つまらないことのようですが、これがその人の勉強に対する心構えを養う大変大切なことなのです。

 私が大学にはいった頃、中村清二という大変傑い先生がいらっしゃいました。私たちが、この大先生から一番はじめに教わったことは、何と、実験室の掃除の仕方と、ビーカーの洗い方でした。

 その頃は、くだらないことに思っていましたが、考えてみますと、ビーカー一つ満足に洗えなくては、立派な研究も出来るはずがありません。レンズを持つ時の注意、器械の持ち運び方、器械の触ってよいところと触ってならないところ。このような細かいしつけが、どれ程それからの私の研究を助けてくれたかしれないのです。"

 電動鉛筆削りはおろかポケットシャープナーも無い時代ですので、すべての国民が切り出しナイフで鉛筆を削るのが当然の頃です。

 振り返って今の私は、ここ数ヶ月はすっかり電動鉛筆削りで1時間ごとに1ダース(🔗8/26)、あるいはここ数年は、ポケットシャープナーを解体して刃を砥石で砥ぐ(🔗1023/12/30)などというみっともないことをしている気がします。

 自分では"いつもきっちり尖らせて快適に使っている"="いつも硯を洗っている"というつもりなんですが、しつけがなっていないかなぁ。

2025/10/23

■ あるく ■ 小坂町 - 鉱山博物館周辺


 つい立ち寄りたくなる小坂町の鉱山博物館周辺。

 前回は新緑の頃でした(🔗5/28)。今日は紅葉には早かったようですが、経路の途中ですので、気分転換に30分ほど散策します。


 新緑萌える頃ももちろんですが、それにおとらず紅葉の時期も佳いたたずまいです。

2025/10/22

■ つかう ■ ダイソーのメモ帳;見開き2週間バーチカル


 百円均一ショップで販売するメモ帳予定表のフォーマットのうち、"月間ブロック", "見開き2週間ホリゾンタル", "週間レフト"などは、コストの制約をいったん捨象すれば、比較的製品化しやすくつくりやすい(?)のかなと想像できます。が、"週間バーチカル"52週間分を100円で、というのはかなりのコスト高だし、人気や需要の点を考えると、まぁ販売されることはないだろうとは思っていました。

 以前からあるのかどうか、今日初めて、ダイソーに、"週間バーチカル"ではないものの、"2週間バーチカル"を見つけました。振ってある時間軸は、私個人にはちょっと使いづらいのですが、細部にさまざまな工夫をこらしてあるようで、110円の参考書代と思って購入。自分でつくっているレフィル(🔗8/7)の参考にします。


2025/10/21

■ あるく ■ 岩手山 "焼走り"


岩手山麓の"焼走り"、溶岩流痕です。

 夜が明けて30分くらいして、山の稜線の向こうに朝日が達してきました。気温3℃。

 来るたびにこころを打たれます。

 岩手山の巨大な山体はかなりの部分が雪に覆われています。


 晴れの日は良い光景でしょうが、秋の冷たい霧や雲がゆっくりゆらりと動く光景も、非日常的でこころに迫るものがあります。

 周辺は紅葉が進んでいます。東北地方北部は、今年の場合は9月から秋めいて、10月に入ったとたん朝晩の冷え込みが大きく、気温差が激しいですので、きっと鮮やかな紅葉となるでしょう。ここはあと1週間ほどで真っ赤に色づきそうです。


実に厳しい雰囲気ですが、北東北の美しい光景の中で暮らしている実感を強く覚えます。

2025/10/20

■ あるく ■ 「わら焼きをやめよう」のぼりは有効ですか


 所用の都合で、いつもと違う国道バイパス沿いの道をあるきます。


 やはり今年も『わら焼きをやめよう - 青森県』幟(のぼり)...(cf. 🔗10/12)。

 これを見たわら焼き常習農家が、「あ、そうなのか、わら焼きってよくないことなのか。よ〜し、今度からやめるぞ。」と考える...とでも、思っているのですか?

 ポイ捨てを・不法投棄を・いじめを・不健康な生活習慣を・犯罪を、「やめましょう」と書いた幟を立てて呼びかけると、ピタリと皆、無くなりますか。

 その割には、この毎年恒例の幟、記憶にある限りでここ30年ほど、夕方わら焼きの煙の中になびいているのを毎年見かけます。毎年新品の幟を業者に発注し、毎年わら焼きの煙の中に虚しくたたずみ、毎年捨てられ、毎年新品の幟を業者に発注し...。

 発案及び設置責任者の「青森県」という人たちは、そういうレベルの思考の人たちなのかな、やはり。先生に褒められる学級委員みたいな人たちの集団...。

 わら焼きをやめ、有効活用するために、農家自身が担わなければならない負担は大きいのでは。


 わら焼きをやめ、代わりに画像の稲わらロールをつくるには、知識・技術・労働力コスト・重機に準ずる規模の農機具と燃料等の設備投資コスト...。また、作業する時期は、収穫の時期で、作業が重畳的に集中します。家族経営の農家にとっては、過大な負担です。

 で、そんな稲作農家が、お役所に支援してもらいたいことは...苦しい自分たち農家を敵視してノボリを立てて懲らしめることじゃないだろう!?

 している仕事の8割が国の仕事をお金をもらって下請けしている"3割自治"の"都道府県自治体"って、その存在価値は...。