2023/04/10

■こわすつくる - 実家整理 - 処分場にて

前回🔗4/8(閉眼供養)/🔗4/4(実家整理作業)

■ 昨日4/9の朝は降雪で、慌てましたが、今日は良い天気。朝は冷えましたが、午前中から気温がどんどん上昇して17℃になるそうです。

■ 今日4/10(月)も、早朝から積込作業した「もやせるごみ」を満載して、処理場へと、お天気の良い朝の土手の道を軽トラで快走。

■ いつもと違って、月曜の朝9:30にやってきてしまったところ、一般の自治体回収ゴミの収集を終えた塵芥車が集まり始めていて、たいへん混雑しており、塵芥車の車列のあいだにポツンと入れてもらって待ち、計量・破砕・投入・計量・精算で、計1時間ほどかかりました。経験のない混雑ぶり。

■ 処分場の受付の係のお姉さんが、塵芥車に混じる私の軽トラを哀れに思ったか、精算時に「今日は月曜の朝で、混むんですよ。ふだんはこんなにかからないで済んでいたのに、すみませんね。」と労ってくれました。おなじみの顔になってしまったようです。お気づかいに感謝します。

■ 画像は、破砕作業ブースに先客がいたので、順番を処分場の屋外で待っているときの、軽トラと岩木山です。

■冬の眠りの広大な田園。そのまっただなかに、ポツンといる放心してたたずむ自分。

■昨日の雪から一夜明けて、春らしい、冷たい空気が張りつめる晴れのいい天気。

■何だか時間空間を忘れそう。

   ...自分の存在って何だろう…と、考えませんか? (精神がそろそろ蝕まれていますか?)

■ 「うらうらと照れる春日にひばりあがり こころかなしもひとりしおもへば」

■万葉集の編纂者大伴家持の愁い。摂関家に押され、飛鳥奈良以来の大伴家がまもなく絶える運命が見えてきた頃…。

■家持の「はるのその…おとめ」の歌や「新しき年のはじめの…いやしけよごと」も、和歌の日本的な美しさと価値観を代表するものだとして、検定教科書を通じて日本国民に対して、重ねて教育されているのですが...

他方、こちらの春の愁いの歌は、万葉集どころか、まるで平安400年の古今集を通り越し、武家の台頭を憂い滅びの美学と心象的な描写を旨とする凋落の公家文化に揺籃された新古今に通じるものを感じます(私個人の感想です)。

…って、やっぱたかがゴミ捨てに何を高邁なふうを装うたわごとを…って!?

次回🔗4/11

2023/04/09

■あるく - 「冬季閉鎖道路」開通


十腰内のリンゴ畑を貫く農道について、2週間前の3/26(※画像左)にご覧いただいた画像は、キンと冷えた空気でお日さまと雪の照り返しが妙に目に痛い、剪定シーズン開始頃の光景でした。

あの日とは違い、春の2週間を経た今日の道(※画像右)は、もはやとっくに開通し、奥津軽の山あいも春爛漫。画像右側の農園の花は、りんごではないです。桃か梨でしょうか。りんごの木は、画像の左側斜面で、つぼみとなって待機でしょうか。それもあと1,2週間で開花しそうです。

2023/04/08

■こわすつくる - 実家整理 - 仏壇閉眼供養2

 

※ 画像はフリー素材です

前回🔗4/6

■ まずは、菩提寺を訪問して相談することにします。

■ が、ここの住職はたいへんに多忙な事は承知なので、おそらくいらっしゃらないだろうと思い、具体的な事情と希望の供養日時の候補を、見やすいよう、ワープロで事務的な文書を作成用意して、持参します。

■ で、やはり、お寺には不在でした。留守番の方に、要旨を述べて文書を手渡します。

■ その帰途、たまたま年来の知己を得ている生花店さんがいますので、思い余って相談してみました。

■ 花店でご対応いただいた方が、「ご供養は可能だが、その段取りは、私がすぐには答えられないので、折り返し、詳しい者から電話させる。」とのこと。あまり期待せず、帰宅して待ちましたら、ほどなくして電話あり。

■ お電話をくれた方は、たいへんに詳しい方でした。

これも、この場で公開するには障りがありそうですし、地方により事情は大きく異なると思いますが、読んでくださる差し迫った事情のあるあなたにとって、ほんの少しでもご参考になれば…(私がそうだったからです);

・宗派によっては、魂抜きの段取りが非常にやっかいなので、住職に事前に通じておくのはもちろんのこと、経験のある第三者にもあらかじめ周到に相談しておくべき。

・今の私の「実家処分」状態の自宅で執り行なうとすれば、ご仏前・お花・お膳・果物・菓子・お燈明などの「霊前仏前一式」のセッティングが非常に困難だと思われる。(要するに、そんな状況でできるわけないだろう、という感じです。突き放した言い方ではなく、同情していただいている口調でした)

・現実問題としては、寺に出向いて供養することを強く勧める。住職に願い出た方がよい。

・私の菩提寺の場合については、住職が非常に多忙なので、住職を自宅に呼ぶよりもむしろ、一家で寺に出向いた方がよい。今の場合に限って言えば、その方が住職にとっても好ましいと思われる。

・私の宗派の場合、自宅仏壇上部中央にある本尊(「御姿(おすがた)」)を、供養の際に菩提寺に持参のこと。遺影や位牌と勘違いしない点に注意(まったく無頓着な私向けに釘を刺してくれたものと思われる)。

・私の場合、この菩提寺に納める費用は、「閉眼料x円」&「御布施y円」を、別々の封筒に包むこと。

・供養後の仏壇は、近くのp仏壇店にて処理してもらうのが、この地方の慣行である。仏壇サイズが人の背丈ほどある家の場合は、z円程度かかる。

・寺での供養の際の「霊前仏前」一式は、当日事前に当花店で、菩提寺に出向いてセッティング可能。費用はv円。

・家屋取り壊し後は、位牌をきちんと管理すべき。ところで、現代の家族の場合…(以下、非常に微妙なお話)。

・菩提寺住職と檀家の間で日程を相談し、決まったら、当花店に日程を知らせてくれれば、当花店側から住職に連絡をして、寺にて当日のセッティングに出向く。

■ その電話の直後10分以内に、菩提寺の住職ご本人から電話がありました。

「今帰ってきたところだ。書き置きは今読んだ。M月D日のH時に私が出向く。それでよいか。」といきなり具体的に提案していただきました。

「日程ご調整をいただき、ありがとうございます。ところでご相談ですが、こちらからお寺に出向いてもご供養なさっていただけると知人に聞いたので、家も残置物撤去作業中であることですし、お寺内でなさっていただければ」とお願い申し上げたところ、

「わかった。じゃ、M月D日のG時に変更するので、お出で下さい。ご本尊を持参せよ。位牌はもって来なくてよい。」と、15秒で決まりました。

■ それにしてもなんとまぁ頼りになる花屋さん…。 本当に地獄に仏でした…。この花屋さんの担当者が仏様のようにありがたく思われ、手を合わせてしまいます…。

...って、何か、形容矛盾を犯していますか?

→次回🔗5/30

2023/04/07

■きく - レコード芸術誌にこころから感謝

 


■ レコ芸休刊。音楽ファンの心情に、一つの大きな時代の区切りを刻むのは確実だと思います。

■ 私は中学生だった70年代から数十年来拝読してきた口です。

■ 中学の時、批評子諸氏の言葉は宣旨文として謹んで承り、高校の時は慈父の如き批評子に対する反抗期を迎え、大学時代は同好の士と口角泡を飛ばして今月号の論評を論評し合いました(笑

■ レコ芸70年の歴史で特筆すべきことや事件も多かったと思います。

■ 個人的には「古楽」の分野。20年にわたって、NHK-FMの番組と並行して、皆川-服部両氏の博覧強記かつ温厚篤実な名コンビで、しかも一切の互いの干渉なしで続いたという奇跡です。

■ また、毎年の「レコードアカデミー大賞の決定」。いえ、何が選出されたか、なんかどうでもよいです。読者にとってはこの時点で既知の音盤です。むしろ、選考過程の、それも特に批評子同士で大きく混乱した際の、経過の報告が、毎年の年末の楽しみでした…って、ちょっと私の性格に問題がありますか(^^?...

■ 新譜評論は、いつの時代も需要はあり続ける気がします。「どんな音楽を聴こうかな、どんなCDを買おうかな」を導いてくれますし、「この演奏はこんなふうだ」という方向性を示唆してくれます。だからレコ芸休刊は意表を衝かれました(「いつかは他の雑誌と同じ運命だろうけどそれは今か」という感じ)。

■ 例えば吉田秀和のような、ひと言で正鵠を射るような優れた論者たちが導き手になっているという図式は、レコ芸にはあったと思います。私もこれに安心して身を任せていました。

■ 思うに、これ(新譜評論)への欲求について、レコ芸の読者層は、(音友やステレオ誌に比して)いち早くネットへのシフトが完了したのではないでしょうか。例えば、買おうとするCDがあったとして、その演奏のウェブサイトのコメント欄を見ます。そのうちの一つ、国内外のHMVのコメント欄は、その積み重ねが膨大で、(しかもどなたもレコ芸やGramophoneみたいな評論調で、)読むだけでお腹いっぱい楽しめます。ふと考えてみれば、その後にレコ芸を買う必要性があるかと問われると…。

■ このような現象はテクノロジーの変化が主たる原因ですが、レコ芸の批評子の権威が相対的に低下したことも大きいでしょう。評論の質が下がったかどうかという問題は置いといて、「その道の権威に従う」という70年代のような価値観の単一性は崩壊し、誰でも情報の発信者になれたことで諸説紛々とした状況。ニーチェが「奴隷の反乱」、オルテガが「大衆の反逆」と喝破してもう100年ですが、2人のスタンスの良し悪しはともあれ、状況的には、彼らにも想像できなかった規模となって実現していることでしょう。

■ もちろんコメント欄に書き込んでいる人のレベルは玉石混交です。豊富な知識を前提に念入りに聞き込み配慮して表現したプロの批評子の比ではありません。が、なにせ量が圧倒的。読み進むうちに、そのCDの演奏がどんな演奏なのかについて、例えば自分がすでに聞いたことのある他の演奏と比べて記述してくれる人も多く、ほぼ把握できるような気がします。

■ でも「どんな音楽を聴こうかな」というわくわくした気分で今月号を開くという楽しみは、ネットにはない、レコ芸ならではのもの。やっぱり切ないです。


2023/04/06

■こわすつくる - 実家整理 - 仏壇閉眼供養1

 

※ 画像はフリー素材です

前回🔗4/4

■ 一般に、住宅を解体処分する際、自力でデキる人ならば、体力・時間・機材(一般人のレベル;軽トラやどこの家にもあるレベルの工具など)があれば、残置物の分別さえ終わったならば、分別後不要な物は、いろんな方法を駆使してどんどん処分すなわち捨てればよいです。

■ さて、もしも、あなたや兄弟姉妹が、もう実家を離れて別の家で家庭を築いているとして、実家の仏壇はどうすればよいのでしょうか。

■ 「自分は無宗教」という方も、あなたの実家が徳川家康の宗門改め以来の日本人の家屋なら、実家の菩提寺というのは存在するのでは? (「いや、うちは鎌倉仏教成立以前に成立していた公家だから…」という方は、スルーしてください)

■ 私も内心、そんな無宗教気取りで、位牌や遺影は引き続き保管するとして、仏壇なら、物質的には木材とプラスチックの素材に塗装されて作られた家具だから、ゴミ処分場に持ち込んではどうかな、と思っていました。

■ そんな先月のある日、私の妹が、私の実家処分作業中でゴミが散乱する仏間にやってきて、ひとまず座って拝もうとしたところ、何か妙にクラっときて異様な焦りを感じたそうで。

■ 霊感の強い人というのはいるものなのでしょうか、やはり。差し迫った恐怖感で、彼女はすぐその場で、親類の弘前のお寺に電話して、宗派は違えど、助言を求めたそうです。

■ すると、お寺のおうちの方のご助言が…。今差しさわりない程度に要約すると;

①菩提寺に連絡し、魂抜きの法要をする。

②その後、仏壇・仏具の処分は、この地域の一般的手続きとしては、仏具屋に依頼する。

③位牌は大事なので、その後も粗末にしない。

■ そうだったのですか…。知らない私はいかにも傲慢だったと、無知の恐ろしさを実感しました。ご覧になっている方、どうぞ軽蔑なさってけっこうです(本心から後悔)。

■ 仏壇には閉眼供養が必要だということは、納得しました。

■ 具体的措置として、供養には、「席を設けるのか」「どの顔ぶれが必要か」、また、位牌の保管方法は...など、具体的に検討することにしました。

■ 何と言っても専門家に助言を求めるに限るので、やはり前述の親戚のお寺に、今度は電話ではなく時間をお取りいただいて、直接訪問しました。

■ 以下は、その内容です。ただ、地方により、宗派により、異なります。

また、もっと大きな問題ですが、本来、このような場で公開すべきことではないかもしれません。お話しくださった住職の知恵をまるっとさらすのは大きな抵抗があります。

でも、ご覧になっている方でこのつたないサイトにたどり着いた方もいらっしゃるかもしれませんので、一般論としてご参考になさっていただければ…と。自分が必死にサイトを探したからです。

■ 住職のお話のうち、障りのない部分を要約すると;

・仏さまの「魂抜き」をする段取りは、宗派により微妙に異なるので、まず菩提寺に相談が大前提。

・自宅に和尚さまを呼ぶ場合は、お花お菓子程度は用意。

・お膳などの会席は、私の宗派では必須とは言えない。

・お布施は必要。

・供養後、仏壇の処分は、仏壇屋に相談せよ。

・自分で自治体のごみ処分場に持ち込む行為は止めはしないが、弘前では極めてまれなケース。

■ 従兄にあたり幼い頃からの馴染でもありますので、これでもかなりざっくばらんな言い方で教えてくれました。私以外の人が相談に来るとすれば、だいぶ異なる雰囲気になるでしょう。

■ お礼を述べて引き下がり、この時点で、作業の段取りを考えます;

・閉眼供養のタイミングとして、いまもうすでに実家は、残置物処分中で、和尚さまにお出でいただく状況ではない。執り行うなら、家具箪笥類を処分し、他のゴミをきれいにした後に。

・とはいえ、もうまもなく水道や電気の契約を打ち切るので、自宅での供養はもはや不可能ではないだろうか。場所的にムリがあるのではないだろうか…。

・供養の会席者だが、私の祖父祖母も祭ってある仏壇ではあるが、だからといって、数多くいる私のおじおばなどに遠来ご足労願えるような物理的環境ではないだろう。ゆえに、和尚さまの他には、私とその兄弟以外は不可能だろう。多くて3人程度か。それで和尚さまに申しわけがたつだろうか。

■ 困りました…。

→次回🔗4/8