2025/12/25

■ あるく ■ Jazz喫茶disk

写真歴50年の友人M君のiPhoneで撮影

またMくん(🔗10/31)にお声がけいただいて、作業のお手伝いを。何度もやり取りし、時間がかかりそうでしたので、前日から、場面や関門となる箇所をよく考えて整理し、ひとまず出向きました。

 ら、必要に迫られていたMくんの、理解も決断も速く、ものの数十分であっさりと本日の目的が遂げられました。やはり"段取り8割作業2割(🔗8/9)"は金言だったか。

 「時間があるから、前回よろこんでもらった系のお店にまた行ってみよう」と勧められ、大胆に遠乗りして、青森市のJazz喫茶"disk"に、連れて行ってもらいました。もちろん私は初めてです。

 非常にきれいな店内に入ってビックリ!なんだあのスピーカーは!?

 ホーンにスリットはないけれどアルテックか、イースタン(EAW)か、まったく未知の機器と音。別世界に足を踏み入れました。大広間の遠くで生のセッションをしているような、広域から低域までの彫りが深いのに、軽く自然な音響、ですが、苦心して試行錯誤してじゅうぶんに調整した結果のすばらしい音場感が広がっています。

 エンクロージャは、見たこともない形状のバックロードホーン構造を横置きにしています。こうなるともはや自作でしょう。しかも横置きしたその真空管アンプ時代のバックロードエンクロージャの開口部にホーン&ドライバが吊り下げられています!

 たまらなくなって、カップを持ってきてくれたお店の方に「ユニットはアルテックですか?」と口からでまかせで聞くと、「私は何もわからないので」と言って下がってすぐ、はつらつとしたオーナーがお出ましになり、「スピーカーは、ヴァイタヴォックスのユニットで、エンクロージャは私の先代が山水(サンスイ)の技術者の方のアドバイスを容れて製作したものです。実はカウンタの向こうに、その技術者の方の手作りの球のパワーが置いてあるんですよ(真空管アンプのこと)。見ますか?」と、飛び上がるような僥倖の一言!

 もちろん拝見するのは外観ケースのフロントパネルのみですが、肉厚な金属パネルに最小限のトグルスイッチとシンプルなパイロットランプ、側面および天面パネルはパンチングメタル状で、きっちり几帳面な手作り感で満ち溢れています。固唾をのんで首を伸ばして見入ります。「球の寿命が短いし手に入りづらいしでもう...」と幸せいっぱいな笑い...。

 サンスイの技術者の方って、まさか平野さん(🔗8/11)?...そこまでは踏み込んで聞けませんでしたが。

青森 disk (Facebook画像より)

 う〜〜ん。名にし負ふ初めてその音を耳にしたVitavox。立派な家具調のエンクロージャしか知りませんでしたが、いま聴くこの音は、前回連れて行ってもらった弘前市内のGroovin'81のように、超高級品をガツンとダイレクトに聴かせてくれる猛烈なインパクトとはまったく別な発想ベクトルで、夢を見るような心地の良さがあります。もともとそういうキャラクターなのでしょうか。あるいていどマグネットの磁力が減衰して(ウーファとドライバの各ユニットは、50年は経っているハズ)、柔らかな音となっているのでしょうか。本当に自然な音場感や奥行き感です。

 汲めども尽きぬ透明な水がこんこんと湧き出てくるような自然な音場感...。これはまた今晩も眠れないです。明日も明後日も毎日ふらりと徒歩で立ち寄りたいです (;^^

2025/12/24

■ なおす ■ シャッターの開閉調整


50年以上も経つような我が陋屋倉庫。そのサビだらけの電動シャッター。氷点下の風雪で動きはぎこちなく、年来、冬になると異常が発生。自分では解体してグリースアップなどできない点が歯がゆいところです。

 昨年冬も簡単に直してもらったのですが、シャッター屋さんの技量にもよるのか、今年またアウト。出入りの大工さんに頼んで、別な専門家にお願いし、根治してもらいました。

 電子部品を交換し、潤滑してもらいました。

 こういう専門家が作業する場面は何でも、つい見たがる野次馬根性を発揮して、お願いして見せてもらいました。手際の良さは、驚くほどです。やはりどんなことでも、"先達はあらまほしき事なり"です。

 何でも自分でできそうなものは自分でやろうとする自分のクセは、たまにこんな場面を見て新鮮な驚きや尊敬を喚起する機会が必要だなと感心しました。

2025/12/23

■ あるく ■ 津軽平野 - 北端の葦野原


今日もまた、冬の津軽地方には異例の"晴れ間"。気温は4℃と低いですが、この時期、太陽が出ているだけでも不思議な光景です。しかも路面は、この時期異例の"乾燥"路面です。

 むずむずして、ちょいとまた、冬眠中の(🔗2024/12/3)ロードスターのバッテリをつないで、冬眠したばかりのところ申し訳ないが、眠りを起こしてセルを起動します。

 いつもの大好きな"藻川"地区の田んぼの大平原(実はこの場で紹介したことはありません)。冬のお日様のもとで、暖かい黄金色の稲藁色の平原が広がる道を快速に進みます。葉の緑が消え失せた冬の、見晴らしが良い黄金色の道を、ぽかぽかと暖かくこじんまりとした室内のロードスターで走るのは、何だか異世界の幸せ感があります。

 一級河川岩木川に沿って土手沿いの道を、どんどん下ります(地理的には北上です)。

 広大な葦野原の河川敷(🔗11/6)。地平線が見えそうなくらいです("地平線が見える"地理的な条件は、前方直線距離27kmの平原ですので、惜しいところで及ばないのですが)。

 あるいてみます。さすがに4℃のもとでふきすさぶ風は寒い。

 白い太陽が冷淡です。正午の南中時刻付近ですが、太陽高度は計算上で仰角26度程度。だとしても、広大に広がる葦野原は、さすがに綿毛は朽ち果てたものの、今月一度雪野原となったはずの葦の平原が、驚いたことに、ごく少しの暖気でそのロフト(嵩高復活性能)を回復し、また立ち上がっています。


 湿潤期や積雪期に、大量の空気を含む断熱素材という点で冬暖かく夏は乾燥して涼しい屋根素材として、いかなる建材にも優る最高の素材である所以でしょう。

 長い積雪期を経た春には、例年、潰れ果てているのですが、今日この小春日和には、強靭で健気な立ち姿に、心打たれるものがあります。


 ふぅ、なにかことばに表せない充足感を覚えて、また楽しくロードスターのシフトノブを操って、昔ながらの集落をたどる旧道を縫うようにして帰途に着きました。

2025/12/22

■ あるく ■ "津軽の一つ残し”


冬至。太陽黄経270°0'00''と一致するのが12/22月0:03台でしたので、はや冬至点は通過し、陰は極まって陽に転じ始めたんですね。そう思うと、気分がまるで違います。

 "冬至だからかぼちゃ"なステロタイプに安心感やブログネタを求める人もわらわらといらっしゃることでしょう、今年も。うふふ。私はお腹が弱いのでパス。

 正午の気温0℃。吹き荒れる5m/sの西風。一昨日の幻想は吹き飛ばすかのように、まさに津軽の冬となりました。

 どっしり鉛色の寒空へとあるきに出ます、冬至点を越えて気分も明るく(そんな人あんまりいないか)...。


 枯れ果て、生き物の気配すらなさそうなりんご畑。雪のない暗黒な風景かもしれないのですが、独特な魅力を感じます。

 沈んだ色彩の中、目につくのが、枯れ木に1コだけ残された真っ赤なりんご。

 "津軽の一つ残し"です。

 いっぱんに、"一つ残し"と言ったら、宴会などで、大皿料理を皆一つずつ取った後、大皿にたった一つ残された状態で誰も手を付けない場面を指しますね。"関東一つ残し" "肥後のいっちょ残し"なども、大学時代に地元出身の人から聞いたことがあります。

 Google先生に聞いてみたら;


" 津軽の「一つ残し」(津軽衆)とは、宴席などで大皿料理の最後の1つだけが残ってしまう現象を指し、津軽地方の人が「遠慮深くてなかなか手をつけない」様子を表す言葉です。これは「遠慮のかたまり」とも呼ばれ、他の地域でも「肥後のいっちょ残し」(熊本)など、地域ごとに独特の呼び名がありますが、津軽の「津軽衆」は自らをユーモラスに表現する点が特徴で、その1つを食べた人を「英雄」と呼ぶこともあるそうです。 
「津軽衆」の特徴
謙遜と配慮: 食料を分け合う文化が根付いた津軽では、他人に遠慮し、最後の1つを取ることをためらう気持ちが強いとされています。
地域性の表現: この「一つ残し」の状況を、津軽の「衆」(人々)になぞらえ、「津軽衆」と呼ぶことで、津軽人の気質を表しています。
ポジティブな解釈: 誰もが遠慮して食べない最後の1つを、あえて「食べる」人を「津軽の英雄」と称えるユーモアも持ち合わせています。 
「一つ残し」の背景
「遠慮のかたまり」: 日本人特有の「厚かましいと思われたくない」「寂しくなるから」といった繊細な感情が、この現象を生み出すと考えられています。"

 いつも好意的な説明をしてくれます。ちょい掘り下げると、地元では、最後の一つに手を付けたら、憎まれる存在、傲慢な存在、無神経な存在です。そこにつけこんでその人に向かって「英雄」と諧謔的に称賛し、その人以外の周辺の皆は心の中で冷ややかに嘲笑しているわけで...。

 さて、転じて、りんご畑のりんごの木の1本1本ごとに、収穫しない果実を1つだけ残す習慣。


 この習慣も、ごく一般的に津軽地方一円に存在するのですが、この根拠はと言えば、今年も無事収穫できたことについて、"自然"への、場合によっては"神様"への、感謝をあらわすのだ、今年残したこの1コが、来年またたくさんの果実となるのだ、と、何度も聞いたり読んだりして知った経験があります。

 "科学的にそれはありえない"などという反論はバカげています。一種の土着の信仰、いやそこまで言わずとも、素朴な"祈り"、こころの奥底からふつふつと湧き出す祈りなのだと思います。

 むしろりんご畑のこの習慣から、現代的な宴会での現象におもしろおかしく転用したんじゃないのかなと、私個人は思っています。

 冬至の日に、"一つ残し"を眺めるのは、私にとっては、小さな希望の種がこれから膨らんでいく1年の始まりのような気がして、気持ちがすがすがしくなります。

2025/12/21

■ まなぶ ■ PCメモリーの高騰


 こんにちは。冬休みも近づいてきて、学校に置いてあるものを少しずつ持って帰るように先生に言われています。寒いなか嵩張って風に飛ばされやすいんです、これが。でももう冬休みかぁ。


 私がPCをつくったのは夏休みでした(🔗7/29)。2学期に入ると小4は忙しくて、その後、学んでいる"C言語"のスキルは、あんまり上達していません。でも"ポインタ"概念の難しさと同時にその偉大さは少しわかるようになりました。擬似言語を学ぶには、TombowMONO鉛筆とPentel EnerGel Infree色ペンを使って、紙に書いて楽しく覚えたほうが、ゆっくり回転する私のアタマには入りやすいです。

 お父さんが「万年筆が3倍に値上がりして、もう新しいものを買うのはムリだなぁ」と言ったら、お母さんが「あんなにたくさんあるのに、まだ買う気なのかしらね。それよりお米が3倍に値上がりして、もうパクパク食べられなくなりそうだって心配してほしいわ」と言いました。こりゃあ、お父さん一本取られちゃったぢやないかぁ、あはは...え? 笑い事じゃない?...すみません。

 お父さんによると、3年前までは、パイロット万年筆"カスタム74"が1万円、"742"が2万円、"743"が3万円でした。今は、1万円だった"カスタム74"が3万円だそうです。

 お母さんによると、3年前までは、それ以前の20年にわたってずっと毎年、青森市の農家から直接買っていたお米5kgあたりの値段が、1,700円。昨年秋は3,400円、今年の新米は5,200円だそうです。

 大人はたいへんなんだなぁ...などとお気楽にかまえていたら、昨日、PCを近々ご自身で作るつもりだった歯科医のM先生(🔗10/31)に、「メモリが値上がりしてすごいことになっているんだよ」と教えてもらいました。

 なんと、私がPCを自作するため8月に購入したメモリが、6倍に跳ね上がっているではありませんか!

RAM; DDR-5, 64GB(32GB×2) 
Crucial CP2K32G56C46U5
(kakaku.com Website)

 私が22,000円で買ったMicronウェハ搭載のCrucial製64GB(32GB☓2枚)のメモリが、130,000円に届こうかという値段って!? しかも、Crucialはコンシューマリテールを今後もうヤメちゃって、利ざやが大きいAI企業のみへの専売となるそうです...呆然。

 今後SSDやグラボや、GPUを強化した高性能CPUにまで飛び火するんでしょうか。

 AIに人類が食べられてしまう最終運命へのはじめの一歩...。自分の手でつくる楽しい自作PCって、もう小学生なんかがこれまでの一生をかけてこつこつ貯めたお年玉ではつくれない世界になってしまって、悲しいです。

私は危ういところで難を逃れたので、夏につくったPCを10年以上は使って、私はこつこつと楽しもうと思います。ゲームもお絵描きもしないし、大丈夫そうだよね。お父さんも今ある万年筆をずっと大事に使うそうです。でも、私が使う大好きなMONO鉛筆やUNI鉛筆とお母さんが買うお米は、誰でも買いやすい値段のままでいてほしいなぁと思います。