2025/12/18

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-3

赤穂城
赤穂観光協会Website

この芝居で、ストーリーを知った高校時代から理解不能だった点が2つ;

 最も不可解な疑問;殿中(江戸城内)で刀を抜いて刃傷沙汰を起こすと、"本人は切腹、その配下のお家は御取り潰し"という鉄の掟を知らない者は絶対にないはず。凶行に及んだ赤穂藩主浅野長矩だって百も承知だったではないの? 

 言葉による度重なる罵倒や遺恨にガマンしきれなくなって刀を抜き、その場で鬱憤を晴らすことができたとして、翌日以降、自分と赤穂藩はどうなるのか、藩主浅野に見境がつかなかったのはなぜか、という点です。

 第2の疑問は、"仇討ち"という表現です。一般に、仇討とは、親や主君が殺された場合、子や臣下に当たる者が、殺した者に、決闘を挑むことです。

 この芝居では、"主君たる浅野長矩が、吉良義央に殺され、この'仇討ち'を旧藩士四十七士が遂げた"ワケじゃなくて、どちらかと言えば発端たる事件の被害者加害者が逆転し、"主君たる浅野が、吉良を殺しそこね、四十七士は重ねて吉良を襲った結果殺した"というのが事件の経緯です。これは'仇討ち'のカテゴリーに入るのか、逸脱していないか、という点です。

 以上の2点、どう説明をつければ納得がいくかなぁと、以来ずっと、大学時代もその後も、12月14日になって"今日は討ち入りの日"などとお気楽モードな報道を耳にする度にもやもやとしてきました。

2025/12/17

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-2

忠雄義臣録第三 
歌川豊国三世画 1847

芝居『忠臣蔵』のストーリーのうち第1の事件『刃傷事件』の場面;

 加害者被害者両当事者は、赤穂藩主浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)と吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)。

 後者は高家旗本(高家肝煎)職なので、中央省庁たる幕府江戸城にて朝廷関連儀式を司る職で、定期的にある勅使饗応行事の実務を監督する。そのもとで、饗応役事務方は、各藩の持ち回り当番制。

 1701年の勅使饗応役は、播磨赤穂藩が選任され、藩主浅野長矩が江戸城に登城し、吉良の指示で立ち回っていた。言うなれば、中央省庁本庁の局長級の偉いお役人が、当番制でやってきた県知事に指示を出して、共同プロジェクトの遂行にあたっていたとでも捉えることができそうです。事件の4月21日は、勅使到着の当日。

 浅野は吉良から、日頃、ことあるごとに、田舎者扱いされ、恥をかかされ、パワハラ、嫌がらせ、イジメ、挑発を受けていた。

 その原因は、諸説によると、吉良の指導に対する浅野からの"指導料"たる献上進物(賄賂)が少ない、という短期的なものから、塩田における製法と販路と販売量を両者が競っていたが、赤穂藩が圧倒していた、という長年に渡る因縁まで、種々積層していたというもの。

 事件は、江戸城本丸御殿の中で、最も広く、かつ長いもので、障壁画として松が描かれていたことから、「松之廊下」と呼ばれていた場。 ここは、御三家、加賀前田家、越前松平家等の登城時の控えの間があり、幕府の権威を示す特に重要な儀式が行われる場。儀式によってはこの廊下で行われることもあり、当日はこの場に朝廷勅使が到着する直前であった。

 この時点で、芝居『忠臣蔵』と史実である『赤穂事件』とで、"傷害事件"である事件の時系列に食い違いはないようです。

 芝居『忠臣蔵』の描写によると;

言葉による挑発に耐えかねた浅野が、「吉良、待て」と声をかける。振り返った吉良の顔面に正面から一太刀浴びせ、額に流血。驚いて逃げようとするその肩口にさらに一太刀。膝から崩れ落ちる吉良。この時点で、現場にいた梶川与惣兵衛頼照によって、浅野は背後から羽交い締めにされて制止され、逮捕・拘引され、お裁きとなる。

 この、襲撃行為の描写に、芝居と史実とで大きな喰い違いがあるようです。

2025/12/16

■ なおす ■ 窓断熱にロールキャップ


窓辺から猛烈な冷気が侵入しているのはわかっていました。灯油代もやはり、高かった去年よりなお高いので、この際、見た目など無視して、対策します。

貼る前

 窓枠にロールキャップ(ぷちぷちシート)を養生テープでベッタリと貼ります。

貼った後

 ただでさえ農業用マルチシートで屋内空間を仕切っていて、"ビニールハウス住まい" なのですが(🔗10/18)、ますます...。

 窓を密閉するように貼ってびっくり。きっちり閉じてロックした、ペアガラスのアルミサッシ窓なんですが、それでも冷気が、貼ったロールキャップを強い圧力で押しています。外縁部のテープもメリメリと剥がれそうな音です。手で触って押し戻そうとしても、ロールキャップシートは容易には押し戻せないほど強圧です。まるではち切れるほど空気が入ったビニール製のボールみたい。

外から侵入する冷気で
ロールキャップシートが膨らんで
左のペットボトルを倒しそうです

■ 養生テープを補強して二重に幅広に貼ります。テープの種類も変えたほうがいいかも。こんな強い氷点下の冷気が続々と室内に入ってきていたんですねぇ。そう考えると、逆に、室内暖房の威力もまたスゴい熱量で暖めていたんだなぁと実感します。

 まともな生活ができているのも、これらの素材、機材、現代文明のおかげだナと、つくづく思いました。

2025/12/15

■ つかう ■ 消しゴムの消しくずは、どう始末


やあ、こんにちは、お邪魔します。

ま、どうぞ。デスク散らかってるけど。

  おや、今度は、"消しゴム商品テスト"かい? 感心すると言うか呆れると言うか...。キミって『暮しの手帖』編集部に採用してもらえそうだね。

 夏頃から、決まったフォームに細かくたくさん書く必要ができて、"鉛筆 > シャーペン(🔗10/15) > 鉛筆"と多用するようになって、消しゴムもかなり使うようになったんだ。

  で、どんな消しゴムが"ベストバイ"なのか、結論は出たの?

 う〜ん、たくさん消してデスクが消しくずまみれになるから、消しくずがまとまるのがいいと思ってさ、いくつかためしたんだけどなぁ。

  まとまったら、いいんじゃないの? キミみたいにそうたくさん使うって言うなら。

 たしかに、一度に消す量がすごく多いなら、まとまると便利なんだ。けど、書いては消したり、細かい数字の一部を消したり、なんて使い方だと、どれも同じように細かい消しくずが出るから、大差ないとわかったよ。

  んじゃ、"ベストバイ"は選べなかったってことだね。ま〜時間の無駄だったねぇ。

 かもね。でも、わかったのは、
1) "消しくずが出ない"を謳う物って、ちょっと堅くて使い心地は悪くない、
     でもとても減りやすく、コスパの点でどうかなぁ。
2) 伝統のスタンダード品、あの青・白・黒の、"Tombow MONO"を基準にすると、 
     "KOKUYO RESARE"はそれに追従した感じ。
     "PILOT FoamEraser"は、"MONO"を研究し克服し、より硬めで、軽い力で消えるよう努力とした痕跡が感じられる...
 
  やれやれ、消しゴムの違いがわかるグルメになっちゃったね。じゃ、ボクが使うとしたら、何を買おうとあんまり変わらないってことだね。

 うん、国内メーカーものならネ。百円均一の、量が多くてオトクな中国製は、どれもことごとくゴミだとわかった。全部捨てちゃったけど...。

  消しくずになる前に早々とくずになっちゃったのかよ。ふぅん。あんまりボクには役立つ知識じゃなさそうだけど、参考にします。

 で、悩んだのが、ココ数日、消しくずまみれになっちゃって...。

 払えばいいだけじゃないの?

 床に落としても、掃除する手間は同じだし、チェアのローラーで轢いちゃったら潰れてこびりつくので、デスクの上できれいにするしかないよ。

  手で寄せてデスクの端で、紙に取れば?

 そうしていた。けど、けっこう神経をつかって...。

  神経質なヤツだなぁ。んじゃぁ刷毛や羽ぼうきで悠長におしゃれに楽しめば? キミらしくて笑っちゃうね、あはは。

 実は、刷毛で試した。時間ばかり食っていっそうイライラと...。それで、消しくずが出ない消しゴムを試していたってことだよ。消しくずがまとまってくれればいいじゃない。

 それでけっきょく、どの消しゴムも同じだという結論に戻る堂々巡りかい。おいおい、もう付き合ってられないね。なら、いっそのこと手っ取り早く、ダイソンとかの電気掃除機を机の上に上げて徹底的にガーガー吸っちゃえばいいじゃない、あっはっは。

 無責任なコト言うなよ、乱暴なヤツだなぁ。こっちは神経すり減らして真剣なんだ...。
あぁっ!そうだっ!

 な、なんだよ急に。びっくりした。

 以前、職場の事務所で使っていたマキタの18V掃除機があった!

 なんのこっちゃ。

 いや、強力充電池セット式の建築現場用の小型掃除機が複数あったのを思い出した。

 へぇ、試したら?

 うん。

---...---...---   おもむろに探してきて、手指消毒用アルコールとウェスで清拭。


 ノズルのうちの一つを、デスク専用にしよう。台所用洗剤で徹底的に洗って拭いて...。よし。

 いいんじゃないの? ガ〜っとやってみたら?

 うん。

---...---...--- ガ〜〜ッ

 おぉ!

 いいねぇ!

 コレだ! ありがとう!"消しくず問題"は、消しゴムを選ぶよりも、コレで一気に解決だったんだねぇ。君のアイディアに感謝!持つべきものは、無神経な友達だ。

 なんか余計なこと言わなかったか? 

2025/12/14

■ まなぶ ■ 理解できなかった『忠臣蔵』-1

江戸城本丸 松の廊下 
(模型 都江戸東京博物館)

12/14は"赤穂浪士討ち入り事件の日"。

 毎年この日になってニュースなどの話題に"今日は『忠臣蔵』の日"なんてのを耳にする度に、もやもや感が...。

 人形浄瑠璃・歌舞伎から現代のお芝居に至るまで、最も有名な伝統的芝居です。

 一般的には、彼らの"主君の仇討ち"行動は、"忠義"に基づいた、人としてあるべき"義挙"として、日本人の琴線に触れるような称賛される見解が優勢です。日本の文化や価値観において広く"美談"として受け止められている気がします。

 いま、あなたも私も、「暴力は/自力救済は/決闘は、現代の民主主義国家では禁止されて...」という現代法をひとまずおいて、武家社会に身を置いてみるとすれば、古来日本人の儒教的価値観に基づき、"肉親と主君の仇討ちは、忠義で美しい行為"ということをいったん疑義なく肯定するとします。

 討ち入った"赤穂浪士"は、"主君を自死に追いやった敵を、討ち倒し、亡き主君の無念を晴らした"。上の価値観に適合しそうです...。

 じゃ、その"敵"って、"主君"を殺したんですか? どんな殺し方をしたんですか。だから"仇討ち"という報復を遂げたんですか?

 主君が自ら死なざるをえなくなったいきさつを知って、激しい疑問が沸いたのが、ストーリーを知った高校時代。

 祖母が、やはり年末迫る今の時期、テレビで『忠臣蔵』を見ていて、私が、それはどんな芝居かと尋ねたら、お前は忠臣蔵を知らないのかと驚かれたのがきっかけです(;^^...く、くやしい...。当時高校生の私は、すぐに調べました...。

 史実となる事件は、時系列的には2つに分けられます(Wikipediaを参照);

1) 1701年4月21日、江戸城内で、赤穂藩藩主・浅野長矩が、高家肝煎・吉良義央に対し、背後から重傷を負わせる刃傷に及んだ。

幕府が江戸城内で朝廷の使者である公卿を歓待する当日に起きたこの刃傷事件に対し、激怒した五代将軍徳川綱吉の命で、浅野長矩は即日切腹となった。結果、浅野家赤穂藩は取り潰し、藩士は全員牢人(浪人)となった。

2) 翌1702年12月14日深夜、うち47名が、吉良邸を襲撃、1)の刃傷事件の被害者吉良義央らを殺害した。その後、この浪士たちは切腹、その遺族は連座して処罰された。

 私の目には、どうしても、

"殺人未遂犯が処刑された。被害者は一命を取り留めた。翌年、犯人の元部下47名が被害者を再度襲って殺害した"という事件に思えました...、今でも、というかますます強く。

 これは"仇討ち"なのですか。日本人の価値観において"美しい行為"なのですか。