2023/12/02

■ なおす - TVを見た記憶 - 1

中学時代1975年頃購入のLP (コレギウム・アウレウム合奏団; Harmonia Mundi/テイチク)

なんだそりゃ、というタイトルでごめんなさい。昨日の記事を打ち込んでいたら、TVを見て印象的だったことって、五指におさまりそうな気がしてきました(下書きは手書きでなく入力しながら考える人間なもので...)。今後もTVは不要だけど、ちょっと思い出しなおしてみるといった程度のヨタ話です。

 1). 小学校6年まで、毎日祖母の部屋で見ていた気が...。ほとんど「ドラえもん」などのアニメでした。

 2). 中1から下宿したので、TVとは生涯の訣別...(笑っちゃいますが)。小学校以来初めてTVを視たのは、1975年頃?中3頃?のとき。2回。下宿していたお寺の伯母(親戚です)に、食堂にある白黒テレビを夜8時前後に見せてくださいと、お願いしたのを覚えています。どちらも片耳にイヤホンで小さい画面に顔を近づけて視ました。

 うち1つは、カール・ベームがヴィーン・フィルと来日した際のインタヴューが放送されたとき。もう1つは、コレギウム・アウレウム合奏団が来日した際の演奏とインタヴューが放送されたとき。どちらもNHKでした。

 前者については、7/17にチョっと書きました。

 後者は、当時(1975年頃)めずらしい古楽器だけから編成される合奏団でした。その時点でLPレコードを数枚持っていて、さらにたくさん欲しいタイトルが販売されていたのですが、それは中学生には無理。古楽器などという謎の楽器だけで構成される合奏団など、ヴィーン・フィルより遠い謎の存在。

 記憶では、番組では、NHKのスタジオでも番組のためにわざわざ演奏してくれ、また、驚いたことに、当時の朝6時頃のNHK-FM『バロック音楽の楽しみ』でおなじみだった服部幸三が、カメラマンといっしょに、演奏の合間に、オーケストラの雛段のなかを歩き回って、楽団員に、楽器について、詳細に質問して回ったことでした。初めて見る古楽器...。服部幸三も初めて見たし、彼の達者なドイツ語も、画面に次々と映る謎の異様な古楽器も、15歳の私には、仰天の境地でした。TVとか音声付きの映像といったものの威力を、じっくりとしみじみと実感したのをハッキリ覚えています。

 以下さらに2倍のテキスト量があるとわかったので、つづく...

....のかよ、このくだらない話が...(;^^

2023/12/01

■ なおす - TV、ステレオ、ポータブルCDプレーヤ


 TVをなおす話じゃなくて、考え直す話、「キーを打ちながら自分の考えを整理する」話です;

 1. TVが羨ましい?; 「先日TVを買い替えたんだけど、今どきはTVでYou-Tubeも視聴できるんだよ」と友人に聞いて、「え~、すごい。いいなぁ。でもデカいTVってウン十万円の世界なのかぁ」などと羨む自分...。この会話はしかし20年くらい遅れてますよね。ま、先日したやりとりなんですがね...。

 TVは12歳の頃からもうかれこれ半世紀ほど、自発的には視聴せず所有もしていません。中学時代は、下宿の食堂にあった白黒TVを、年に2,3回、イヤホン(片側)をつけて劣悪な音の「N響アワー」か何か観させてもらいました。高校時代は見事に全く見ませんでした。自分で所有したのは、大学生の頃、古いものをもらったのち、新品を激安で個人的に譲ってもらった経験がありますが、どちらも特に欲しかったワケではなくて、会話の行きがかり上...で、ほぼ全く見ずに、結局2,3か月で、人に譲りました。その後は絶無...。唯一、自らTVを見たい、と初めて自発的に思って、役立ったのが、2011年3月11日の大地震で東北エリアが全面的に停電した際に、たまたま私の軽自動車のナビにTV機能がついていたのを思い出して、クルマをその日何度も始動して状況をニュースで確認できたこと。携帯電話にもTV機能があったけど緊急時の電池消耗を恐れて使いませんでした。

 でも、先日、You-Tubeのクラシック音楽のサイトが猛烈に充実していることに、初めて気づきました。特に古楽器での演奏で、CDの音と解説の活字でしか知らなかったリュートやテオルボ、ヴオール族の擦弦楽器群、キーが小指程度にしかない木管楽器群、バルヴなしの金管楽器群など、現代楽器同様に当たり前のように使って演奏しています...。また、モンテヴェルディのヴェスプロ・バッハの2つの受難曲・ヘンデルのメサイアなど、大掛かりな合唱曲にて、曲ごとの、楽器群・合唱団やソリストの配置換えなど、大いに衝撃的でした...。

 その視覚的感激を先日友人に打ち明けたら、冒頭のようなことを教えてもらいました。...そこで私もTV欲しくなってきま...せんでした(;^^A…。TVが羨ましいわけじゃなくて、音楽を気軽にYou-Tubeのような無限の音源から、良い音と映像付きで視聴できるのが羨ましいってだけですので、やはりTVは何十年たっても私にとってはデカいタカいムダな物体のようです。イマからTVを買うよりもCDを100枚買った方がいいナと、考えました。

 2. 音源に制約がない(CDに限られない)環境が羨ましい?;でも、音源がCDに限られないYou-Tubeのような無制約の環境が羨ましいです。かつてはFM放送がそうでしたが、番組放送時間にこちらが合わせるという時間的な制約があります。そこで、You-Tube視聴用に、ひとまず、PCにヘッドフォンを挿して、ブラウザで映像と音響を視聴してみます。もしよければ、活用していない27インチのEizoディスプレイも小型パワーアンプもあるし音響用に1台PCを組もうかな、と思い始めます。

 ただ、PCを置いているデスク周りのスペースは、私の場合、本来、音楽を楽しむための環境じゃないです。いろいろと窮屈だし、何より、Windows95の頃からここ30年ほど何度も考えては挫折したことですが、PCのCPUクーラやケースファンや部屋の壁の常時吸排気換気扇の音が気になり、音楽がつまらないです。

 実は、音楽再生用に、ケースファンが大きく低回転なPCを組む試みをしたことがありますが、CPUの冷却には、どうしても、空冷でも水冷でも、モーター駆動のファンが必要で、かならず騒音源です。

 また、視聴していると、そのうち、やはり視覚情報は猥雑で気が散るし、拘束される窮屈感、耳穴を塞ぐヘッドフォンの閉塞感に気づきます。他方で、数万円も出せば買えるPC用のパワードな(電源付きの)小型スピーカーの音は、やはりつらいです。

 3. 気軽に良い音という環境が羨ましい?;他方で、自分の本来のステレオ装置が大げさになってくるほど、着座位置やその空間が、より良い音響に奉仕するために規定され、場所的に拘束されます。また、私の場合、その大げさなステレオ装置で聴ける音源はCD(+SACD)のみです。PCは、前述の通り、稼働音という騒音源のため、つなぎません。ノートPCもファンの音は小さいけれど大同小異です。騒音の無い唯一の可能性は、タブレットで音源を得て、その信号を、CDプレーヤ附属のD/Aコンバータにブルートゥースで受ける作戦です。検討中ですが、それよりも問題なのが、冬になるとその「デカいオモいステレオを置いてある視聴空間が、寒くて、聴かなくなりがち」という点です。

 4. ...も~わがままなヤツだなぁ。じゃ、どうだったらいいのよ、オマエは?; 気持ちを整理します。

視覚情報 → 欲しい必要を感じたときに、目的意識を持ってPCでYou-Tubeを見れば十分かも。オペラファンじゃないんだし、結局あきらめよう。

You-Tubeのような無限の音源を、少し良い音で、もっと気軽に、座ったり立ち上がったときでも聞きたい & 手持ちの全てのCD(1200枚くらい)を、大きな装置でなく、お気楽に聴きたい。

→ PCに無線LANトランスミッタを挿し、受信できるパワーアンプと少しマシなパッシブスピーカがあればいいではないか。→ でもアンプとスピーカの配線がまた煩わしいか...。

→ 仕事用に使っていたポータブルCDプレーヤにブルートゥース機能があったはず。

 考えてみれば、音楽の視聴目的ではないけど仕事の必要性から、BlueToothの音響機器は、CDプレーヤもタブレットも、けっこういくつかあったはず。探し回りました...(画像)。しかも、ヘッドフォンのようにステレオ左右の位相は保ったまま、ヘッドフォンほど閉塞感のない「JBLのウェアラブルスピーカー(ネックスピーカ)Soundgear BTA」があったじゃないか!これらは、どれも本来は音楽の視聴目的に造られたはず...ということに、今になってやっと、本来の使い方が便利だと気づきました...。今まで気づかなかったのかよ。これってスマホでYou-Tubeがふつうにあっさりつながったりして...。

 ってことで、ひとまずは、Logitecのお安いポータブルCDプレーヤ(blue tooth)+JBL Soundgear BTAで解決しました。やっぱりウン十万円のTVなんか、いらないじゃない。もう進化しない生物だな、オマエは...。ここまで読んでいただいた方...人類の常識に今さら追いついたというだけのくだらなすぎる話でごめんなさい。

2023/11/30

■ あるく - 八幡宮


昨日に続いて、今朝もあるいてみました。

 すっかり冬景色となりました。

 カラー画像なんですが、まるでモノクロ写真みたいです。

 年来の堤防工事が終わって、八幡さまも、戦場の光景か機材置き場の様相を呈していたのが、また静かな冬の景色にもどって、少しこころがなごみます。

 国道や県道の除雪グレーダが街中に初出動したのは、先日11/26でした。今日は2回目で、真冬並みの除雪量だったと思います。個人所有の除雪機はまだ不要ですが、この1週間で初出動になりそうです。

2023/11/29

■ あるく - 八幡宮


あるいて3分の近所にある八幡宮です。

 昨晩はたたきつけるような雪混じりの猛烈な風で、近い雷も何度もあり、少し恐怖を覚えたくらいでした。

 風はなおずっと強く、この天候で除雪しなきゃだめかもと思いましたが、早朝見るとほとんど積もっておらず、イマ昼になって、雪の痕跡はほぼ消えました。


 近所の八幡さまをあるきます。参道に、トップ画像のように銀杏の実が散って、踏みつつ参拝します。

 画像左は、土手で、流れる川は一級河川「岩木川」です。この土手の大掛かりな補修工事がここ数年続き、今年終了したようです。その工事中だった昨年夏には、この土手の「避難判断水位」「氾濫危険水位」をともに越えた日が2日間ほど続き、あとほんの数cmで、画像左の土手の上端から溢れるところをゴウゴウと流れておりました。今立っているココよりも水位がずっと上だったってことです。その時点で土手は補強工事のさいちゅうだったし、これまでの人生に無い経験だったので、大いに肝を冷やしました。

 この土手沿い数kmにわたって、私の幼少時の思い出からつい最近までずっと、ポプラと銀杏と桜の巨木がズラリと立ち並んでいました。この八幡さまなど、ポプラ・銀杏・黒松の並木の中にあり、昼なお暗いほどのうっそうとした雰囲気でした。ですが、今回の補修工事で、すべてなぎ倒されてしまいました...。昨年までの工事中のこの数年間は、この境内にたくさんの重機がいて、巨木が切り倒され、泥と土まみれの切り株や根が掘り起こされて覆され、放置されていたその光景は戦場のような残虐な光景で、泣けました。堤防地盤の強度計算や工事の段取りの効率性といった必要性からやむをえなかったのでしょう。ケーベル先生に叱ってもらいたいです...。

 画像のような銀杏の実は、かつては、多くの人たちが拾って、一瞬にしてなくなってしまっていたものですが、最近は拾う人もいなくなったのでしょう。こないだうち続いた好天のうちに拾えばよかったかな。今日は盛大に踏んでシューズの裏についています。水たまりで洗って帰らなくては。

 学校時代、弘前のお寺(🔗2023/6/1)に下宿していたとき、住職ご夫婦(親戚の伯父伯母です)が、境内の銀杏の実をマメに拾っては、洗って彼らの居間の石油ストーブの上に実を置いて、ホクホクと楽しんでいました。お寺のたてものじゅうが銀杏のステキな香りに...

 大学時代、大学構内のうち、かよっていた学部の一角が銀杏並木で(🔗8/7)、図書館とつながるその通りを、一日に何往復もするし、東京はそもそも冬の入りの時期以降は雨も降らず乾燥しているので、雨で洗われることもなくすっかり靴底に銀杏の実が摺りこまれてしまって、下宿にかえってシューズを脱ぐと、家屋中が銀杏のステキな香りに...!下宿のおばさんに「靴底はオモテの入口に置いたブラシとバケツの水できれいにしてから入るように」何度も言われました。

 あの香り、そんな思い出があるので、何となく憎めないような...。『秋の日の図書館のノートとインクのにおい』という歌がありましたが、私の場合は、銀杏の香りが、秋も深まるお勉強の香りです...(;^^

2023/11/28

■ まなぶ - 莫大な夢 - 青森県立高校入試 H31(2019)年 - 英語第5問


私の地元の県立高校の過去の入試問題の英語科目を読んで、大いに感銘を受け驚きましたので、いっしょに読み直しましょう。なお、英文を私の拙い和訳にしてあります。

 私は中高生のいる家族でもなく学校関係者や業界関係者でもありません。末端の庶民が外野席から、お気楽に連想して、眺めているのみです。

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ジャクソンさんは私の父の友人です。 彼は若い頃に、私の祖父の家に、半年間、滞在しました。 彼は帰国後は医師となり、目薬の新薬を作りました。 病院も建てました。 彼は日本をとても愛しています。 それで、彼は、昨年、家族と一緒に日本を訪れ、私たちの家に一週間滞在しました。

ある日、私は彼に尋ねました。「ジャクソンさん、あなたは人生で素晴らしいことを成し遂げました。 どうやってそれらを成し遂げたのですか?」 彼は「やりたいことをやっただけですよ、ミオ」と答えました。 それは私たちの日常の行動とあまり変わらなかったので驚きました。 私はもう一度彼に尋ねました。「多くの人が同じように考えますが、同じようにはできません。 何が違うのでしょう?」 彼はこう答えました。「人は夢を持っているけれど、それは単なる夢ですよ。 何かをしたいなら、目的と方法が必要ですよ。」 私はショックを受けました。

私にも夢はあったけれど、目的とか方法といったものはありませんでした。 ジャクソンさんは次のように続けました。「しかも、多くの人は、時間を気にしていないと思います。 たとえば、インターネットを使ったり、ビデオ ゲームを長時間プレイしたり。 ミオさん、人生は両親からの贈り物であり、短いものだと思うんです。私たちは時間を有効に使うべきですよ。そこで私は、15歳のときに自分の目的と方法を選んだのです。 病気の人たちを手助けすることが、私の目的でした。 医者になること、新しい薬を作ること、病院を建てることが、私の方法でした。 私は目的を達成するために、長い間かけて努力しました。」

彼の言葉は、私にとって驚くべきものでした。 彼は、自分自身の目的と方法を持って生きてきました。 時間には限りがあることも忘れていません。 私たちは、目的と方法を持たなければならないと思います。 そして時間を大切に過ごすことが大切だと思います。 私たちは、これまでよりも長生きするかもしれませんから、時間はたくさんあると言えるかもしれませんが、時間が経つのは早いものです。 時間はたくさんあっても、目的と方法がなければ何もできません。 そこで私は目的と方法を紙に書き出しました。

[目的]: 世界中で困っている人たちを助けること。

[方法]: 1. 世界の文化に関する本を読みます。

2. 私はフランス語と他の 5 つの言語を勉強します。

3. 私は外国の大学に進学します。

4. 私は看護師になり、国際的な援助組織で働きます。

私は、これを、ジャクソンさんに送ってアドバイスを求めようと思います。 この4つを実行して目的を達成したいと思います。

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ジャクソンさんは偉大な人なのですね。刻苦勉励、合理主義、社会事業への奉仕の使命感という、18世紀アメリカ建国時における近代的人間の理想像を象徴するような人物です。この方の本名はもしかしてベンジャミン・フランクリンさんというのではないですか。

 夢・目的・方法・手段という合理的思考と、時間の貴重さの2点は、取り戻せない人生を振り返ると、身に染みて反省したい気持ちです。

 このような偉大な方が、ミオさんのおうちに一週間も滞在するのですから、ミオさんのご家庭もさぞかし...。

 ミオさんの夢・[目的]・[方法]には目を丸くしました。でも、若者はそれでよいのではないでしょうか。

 私などのような矮小な人間には、彼女の夢の莫大さに、読んでいて気が遠くなって意識がなくなりかけました。また、彼女にとっては[手段・方法]に過ぎないどの1つをとっても、私にとっては人生の究極の夢・[目的]となりそうです。

 青森県の15歳の県立高校受験生がこれを読んで、ミオさんのあまりのスゴさに、ミオさんや青森県教育委員会に対して心の壁を構築してしまわないよう祈ります。