2023/09/29

■ あるく - オートバイの利点


あるくことを楽しめるポイントまで、クルマやオートバイや自転車で出向きます。あるくのが目的ならば、自宅付近をあるけばよい、あるくためにクルマやオートバイを使うなんて矛盾だ、と思うのですが、7/24に書いたように、私の自宅は、比較的街中の住宅街なので、交通繁雑で喧噪と排気ガスのアスファルト道路をあるいても、あまりわくわくした気分転換になりませんので、楽しめるかどうかという点では、いっそ緑が豊かなポイントまで出向きたいという気持ちがあります。

 そんな場所は、歩けるような近くにはないので、動力を利用するというわけです。が、この空前のガソリン高で、それも気が引けるようになってきました。クルマは最も快適ですが、手持ちの車両の燃費は、近隣の田園地帯を往復して、軽トラのダイハツハイゼット(CVT)が16km/ℓ弱、ロードスター(MT)が20km/ℓ弱といったところです。

 他方、オートバイもあります。昨年夏の9月に、別な構想を描いて発注したのですが、今年の6月に納車になりました...。その間に私の生活が激変してうっとりした構想など消え、もう注文など販売店側で忘れたか、供給不足のメーカー側による自然キャンセルなのかと思っていた頃...。当初の用途はなくなりましたし、すぐこのまま売却処分しようかなと思いましたが、気を取り直して、幸運に感謝し、リターンライダーの末端に加えてもらうことにします。で、もっぱら、夏以来おなじみの、青森県道2号屏風山内真部線の内真部森林公園の往復にのみ使っている状態です。

 交通量の多い街中を6分ほどで抜け出し、田園地帯を貫く快適な国道バイパスを12分あまり駆け抜け、県道の山岳路を12分ほど上り、向う側に6分ほど降りて、森林公園に到着。片道27.0km、約40分程度の旅です。ペースはゆるいです。走っているクルマを追い越すことはありません、それが広いバイパスで前を走るのが農家のおばあちゃんの運転するゆったりペースの軽トラであっても。すると、燃費は、メータークラスタのデジタル燃費計では、ほぼ決まって36.6km/ℓです。軽トラの半分以下の燃費です。

■ 以上より燃費を計算すると、近隣のレギューラーガソリン価格が今日の時点で172円/ℓですので、私の1回の往復には258円かかることになります。

 この山岳路は、片側0.8車線な(?)、狭く、曲がりくねり樹木で見通しが利かず、舗装が荒れ果てた道。軽トラは恐るべき乗り心地で、また、今や3ナンバーとなったロードスターは道の狭さと視界の悪さで、チョッと気持ちが重いです。オートバイで森の雰囲気を楽しみながらゆっくり行きましょう。

 その際には、四輪が逆立ちしてもマネできないオートバイの楽しさである「コーナーリング」をチョッピリ味わいましょう。

 以上の、「燃費の良さ」「狭隘路での身軽さ」「コーナーリングの楽しさ」が、オートバイの決定的な利点でしょうか。なお、「ツーリング」「キャンプツーリング」というスケールの大きな楽しみ方があるようですが、そんな洒落たテクニックが私にはないので、キッパリあきらめることにしています。

 オートバイを往復で1時間半、田園地帯の快走路と山道とを楽しみ、ひば樹林帯の山道を深呼吸しながら小一時間ほどウォーキングして、計2時間半の大いなる気分転換が258円。高い!とは思えないです。とはいえ、技術的に低レベルな今の私は、50ccのスーパーカブでもじゅうぶんなくらいですが、幸い買えた今のバイクで、調子に乗って転倒事故など起こさないようつねに気をつけて楽しむことにします。

 今週に入っていきなり気温が下がりました。先週の月・火(9/18, 19)など昼間は30℃越えていたのに、今週の月曜(9/25)は朝の最低気温が11℃台。今9/29pm1:00の気温は24℃で湿度38%と、夢のような爽やかな天気です。気温の下がり方が大きい年は、紅葉がきれいです。今日はまだ山の景色は緑一色ですが、もう来週には、ぶなのきれいな紅葉が始まりそうです。

2023/09/28

■ まなぶ - 宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」は良い話ですか?

宮沢賢治『春と修羅 - 竹と楢』- 青空文庫

宮沢の童話は有名です。でも、文学など理解する能力のない私にとっては、打ち明けますと、実は、楽しくありませんでした、ず~っと。

 「童話」の基本概念の典型は、無知蒙昧な私にとっては、古いところでは「イソップ物語」、「グリム童話」、より下っては新見南吉です。

 人類に愛と憎しみと殺し合いをもたらし続けている人類の三大宗教。「イソップ物語」は、それ以前に成立し、宗教以前の、人類である限り誰にでも理解できる素朴な慈しみの感情と教訓が満ち溢れていて、読む都度に心打たれます。16世紀に法王庁が世界中に「派兵」した法王秘蔵の精鋭特殊工作部隊であるイエズス会士が、あらゆる地球上の奥地の謎の人類の部落に入り込み、死屍累々たる苦難の末に現地の人類をカトリック教化できた理由はいくつか挙げられます。うち、現地語の教材をイソップ物語で作成することによって、後輩宣教師の現地語理解の速度を速め、かつ現地人の共感を必ず得たという事実も、またそれに資するものと、私は勝手に推理し納得しています(これを一人合点というのですが...)。

 民間伝承「グリム童話」はそれよりも極度に狭く暗く愚昧な背景を感じますが、それでも話の楽しさは、グリムらの手腕に与る所大ですが、もう抜群です。

 これらすべてを心得た上で、子どもに、いやあらためて読む人なら誰であっても、童話らしいあたたかい感動や美しい日本の背景を呼び起こして与えてくれるのが、新見南吉のお話です。

 そのようにしてつくられた私の「童話」の概念から期待して宮沢の「童話」を読むと...。

 「ゴーシュ」は、子どもの頃に、子ども向けに書かれたこの話を読んで、漠然とつまらなさを感じ、かつ、心が痛んだ記憶があります。小学校のときに、子ども向けにつくられたこの話の映画を見て、つまらなく、かつ、心が痛みました。 大学生になって、本が簡単に手に入る環境になって、原典を読んで、つまらなく、かつ、心が痛みました。

 ゴーシュは粗野な人間で残虐趣味があります。極端な練習不足のままセッションに出向くこと、喫煙癖があること、など、自己統制力の欠如した人格です。対等に語る人格者となってお願いにあらわれたすべての動物たちに、ひどい「言葉の暴力」を浴びせ、法律上の定義である物理的有形力そのままの「暴力」を加え、本人はそれを暴力だとわきまえていない人格です。

 もっとも「喫煙」や「それが暴力にあたるか」という基準は、百年たった21世紀の日本の価値観とは違うので、その点は非難してもムダです。が、その人柄の全体的な粗雑さとストーリーのとげとげしさや読後の充足感のなさや哀しさ、という点で、もう読みたくない「童話」、子どもにはまさか勧められない「童話」...。

 「料理店」も、落ちのあざとさはわかるのですが、読んだあと、楽しいか・充実感があるか・心温まるか、という基準は遠く満たさないでしょう。他の「銀河鉄道」「電信柱」「雪渡り」に、ストーリー性を期待しても、何一つ腑に落ちてこない、どころか、「電信柱」などは一読して心を病んでいるのではないか、などと勘ぐります。この観点から、精神病理学会界隈での研究が盛んなようです。

 最近になって、...と、ここまで書いてきた罵詈雑言を取り繕おうとあわてているところなんですが...、図書館に出入りできる時間が増えたり、青空文庫やアマゾン・キンドルで著作権フリー = お財布フリーの宮沢作品が好きなだけたくさん読めるようになった最近になって、一連の『春と修羅』のような詩集を読めるようになり、チョっと読んではチョっと考えてきました。

 西洋的な「独立した個人vs社会」、「我と彼」、の線引きをするところから始める発想とは、別な山に登って景色を見ているようです。また、仏教輪廻のような、時間軸という座標軸も彼からは欠落している気がします。

 「我」は「世界」とは線を引くことのできないような、つながった同じ成分組成の存在のような...。たとえば、の感覚的なたとえの話ですが、肺胞や柔毛の突起組織の1つが「我」で、それは肺嚢や小腸という器官や毛細血管やリンパ管からなる有機的な「世界」の一部品のような存在のしかたをしているのではないのかなと思います。「我」という柔毛が充実しその存在を主張するときは、栄養素や酸素のような外からの物質が「我」の細胞膜付近を盛んに透過して取り込み、血液やリンパ液が相応する物資をやり取りする流速が速く、「我」は激しく活動し肥大化している状態で、その「我」も、その後一時活動が不活発になったり停止したり、そして最後は病変や壊死したりするでしょう...

...え? 「お前が病んでいるのではないか」って?......そ、そうかもしれない気になってきました。

 ただ、宮沢が精神を病んでいないことは、それを客観的に文字で表現できる時点で明らかではないでしょうか。加えて、たとえば、『春と修羅』では、叫びや異なる内面の声を、性質に応じて、段落文頭の複数種類の文字下げや複数種類のカッコの使用で区別し、ト書きで全体を制御することによって、詩の構造を整理しています(例えば、上の画像)。人格的に病的な解離ではないのはハッキリしています。

「ゴーシュ」という名前にしても、仏語  “gauche” = maladroit et disgracieux (不器用で見苦しい), 転じて英語 “gauche” [góʊʃ] = neither ease or grace; unsophisticated and socially awkward (粗野な; 安らかさも優雅さもなく, 洗練されておらずかつ社会的に引っ込み思案) の発音に着想したネーミングではないでしょうか。つまり、そういうキャラクターとして客観的に認識していたのではないでしょうか。

 だとして、宮沢が、お話の中で、アピールしたかった抽象的な理念は何なんだろうな、と、しかしながら、いまだに思います。と同時に、だんだん、「つまらなくて心が痛む話ばかりで、もう読みたくない」とばかりもいえない存在になりつつあり、毎日玄米(に似た五分搗き米)2合と味噌と少しの野菜を食べては、『春と修羅』の詩を何度も何度も読んでいるところです(あの、玄米は「四合」も食えないです)。

2023/09/27

■ まなぶ - 鉛筆を使って - 三菱鉛筆・トンボ鉛筆・その他


鉛筆の話の続きでごめんなさい。自分の備忘録として書かせてください。

■ この3か月で、家中からかき集めた鉛筆のうち、私の使用目的に合うものと合わないものに自然に分かれたようですので、うち、一部をかいつまんで。

■ 家中からかき集めた...と言うと、あたかも広々とした家に住んでいるかのような表現ですが、面積は比較的広いです。が、この建物はかつては親の商売の倉庫だったからなわけで...。荒涼殺伐とした土間空間も多いです。それを借りて住まいとしているので、この建物にある物のうち、文具はすべて自分で買った物のみです。ここに住む以前は、昭和50年代に学生生活のため東京に出て以来、平成に変わって関西に大地震があったあたりまでの十数年間、東京で暮らしていました。

■ 画像の7本はすべて、東京にいたときに購入した昭和の物で、JISマーク入りです。30年以上は経ています。濡れや湿気はないです。なお、すべて「HB」で比べています。MONO100は、たまたま「H」を撮影してしまいましたが、HBもあり。基準としたのは、画像②のHi-Uniです。

■ 画像一番下の⑦のヤマブキ色の物は、MEIZAN(名山)鉛筆です。昨日も触れました。トレードマークは山のデザインですが、削っちゃってご覧いただけなくて残念。かつて昭和の末期には都心や下町エリアではふつうに文房具店で見かけました。下町の日暮里に町工場ふうな社屋があったのをおぼえていますが、今はもうこの鉛筆は買えないようです。

■ 今回だいぶ使いました、けっこうガマンして。昨日も書いた通り、サリサリ感が強調されたザリザリ感が強いです。用途によってはファンになる人がいるかもしれません。

画像その上の⑤、⑥は、言わずと知れた、トンボ鉛筆のMONOシリーズ。⑥はベーシックラインの「J」で、⑤はハイエンドの「100」です。他に「R」もあります(9/11の画像)。すべて、JISマーク付きの「HB」と「H」で、まだ合わせて数十本あります。硬度「H」は、私が高校生だったころから始まった「大学入試共通一次試験」で採用された「マークシート方式」で推奨された鉛筆芯硬度でした。それ以外に私が進んで「H」を買う理由はなかったはずなので、今手持ちの「H」は皆、40年以上前の物のみということになります。

トンボ鉛筆はMONOシリーズしか使ったことがないのですが、今使ってみて、感じたことは、三菱Uniシリーズに比べて;

① 芯が硬く、同じ硬度なら色合いが薄め。

② 書き味のサリサリ感が強い(逆に言うとUniシリーズは滑らか感がある)。

...この時点では、「漢字をていねいに」「計算過程や思考過程がわかりやすいようなノートの清書」などの用途に向いていそうです。

③ 同時に、シャーペンの芯みたいなプラスチッキーな滑りというか、紙に黒鉛が定着しづらいような滑り方をする。

■ 以上の感想は、・欧米文筆記体のみを書く用途である、・字粒は極度に小さい、・筆圧は極度に低い、・40年前の物を使っている、・この会社トンボ鉛筆は、創業以来、創業経営家族は歴代に渡って連綿と青雲の志をもって精進してきたが、平成になってからは、不祥事が繰り返される体質の同族会社というイメージが払拭できない、などの私個人の主観的なパースペクティブを反映していますので、どうぞご勘案ください。

■ ①は三菱鉛筆「ユニ・スター」で、Uniシリーズのベーシックラインです。Mono Jとバッティングするグレードです。弱い筆圧でも黒々とした黒鉛が紙に乗る感じがあります。トンボ鉛筆と比べると、三菱鉛筆全般にそれが言えます。私の用途からは、MONO JよりUni-starが滑らかさで優ります。

■ 三菱鉛筆は、廉価になるほど、サリサリ感が強くなり、見方によっては、鉛筆らしい安心感があります。その点で、サリサリ感と芯の硬さの感覚が似ているのは、「トンボ鉛筆MONO J = 三菱鉛筆#9800」 が同列に並ぶと思います。

■ ついでに今回発見したのが、③の謎の「三菱鉛筆#8800」。太平洋戦争前後に「トンボの#8800」というのはあったそうですが、「三菱の#8800」の方は、戦後、名入れや贈答用の専用品番だったようです。

■ じ、実はこの鉛筆を180°転がすと、その塗装面には『ちからいっぱいがんばろう - 南小学校』と縦書きで金文字印字されています...。私が小学校のときに運動会で入賞してもらったものを、ずっと取っておいているらしい...。ご...50年、半世紀前の...。

■ ④の “MOON-RABBIT” 鉛筆は、⑦のMEIZAN鉛筆同様、東京で同時に購入した記憶があります。トレードマークが、三日月とウサギで、ずいぶん凝っています。

■ 切断されてあらぬ方向から削られて粗雑な扱いを受けたようです。期待もせず使ってみたところ...え?、いいみたい、いや、とてもいい、い、いや、抜群の書き味ではないの!? 同じHBでは、三菱鉛筆の現在の事務用ベーシックライン#9800を優に上回って黒々として、黒鉛の定着がよく、かつ、サリサリ感はUniシリーズより強く、#9800に近いです。あたかも、Hi-Uniとは違って、普段着の鉛筆を使っている幸福感がたちのぼってくるかのようです。

■ なんて良心的なモノづくりをした鉛筆でしょうか。ぜひたくさん買いたいと思い、即座にPCに向かってネットで探したのですが、まったく購入できないようです。う~ん、ざんねん!

2023/09/26

■ まなぶ - 鉛筆を使って - 三菱鉛筆Hi-Uniと周辺文具の感想。


新品の三菱鉛筆Hi-Uni 2Bの6本 を、7月1日から今日9月26日まで、毎日60分から90分間、毎月3週間、今日で通算約66日間ほどですが、使って、今日は画像のようになりました。

■ 画像のハンディ・シャープナーで削るにも、回す指が痛くて回しづらいので、このくらいにして、また新品を使い始めることにします。

■ ハンディ・シャープナーのうち、画像左側のものは、9/21にご紹介済みです。画像右奥の薄型のものは、ステッドラー製で、台座の素材はマグネシウム製です。火気厳禁ですのでブンゼンバーナーなどを近づけないよう日ごろから気をつけています(じ、冗談ですよ...)。刃の取り付け角度のせいか、鉛筆への食い込みが深く、削る(回す)際にかなりの抵抗と厚い削り屑が出、芯はワイルドに削られます。もちろん片刃ですが、反対側も研いで両刃にすれば角度が調整できるかな...と、また重箱の隅をつつくようなつまらないことを想ってみたりします。

■ 新品から半分を過ぎた頃、短くて持ちづらくなった鉛筆は、画像の補助軸と共に使いました。

■ 補助軸の感想です;

■ 短くなりかけた当初は、プラスチックやアルミの鉛筆キャップ(芯保護用)を使いました。手もとに何年もあったプラ製やアルミ製の先細のおなじみの形のものと、無印良品「両端が使える鉛筆キャップ(2本100円)」。無印良品のものは、ソフトポリプロピレン製のキャップです。使って2,3日ですぐに鉛筆を押し込む圧力で内径が広がり、鉛筆がカタカタブカブカと遊びます。発想・素材の選択・設計・工作精度のいずれも、最初から甘く、寿命は短く、以上の品質に対して製品価格は目が飛び出るほど高く、さすがは無印良品、信者層の厚い宗教であることを実感しました。

■ 次に、入手しやすい画像奥のクツワ製品(2本で380円)を。アルミ製で軽くてよいのですが、締まりが甘く不安定で、軸本体もローレット風加飾部分も滑ります。手に汗をかいていても滑るし(そのような場合はさっさと手を洗えばよいだけですが)、手が乾燥していても滑ります。アルミニウムゆえに差込口が簡単に塑性変形して、出し入れするたびに金属加工バリによって鉛筆の側面塗装が削られ、鉛筆は醜くなっていきます。別に構わないんですが、それよりも使うのをあきらめた理由は、寝かせて持つと、私にとっては短いということです。

■ ここで悩みました。プラスチック製品は短かさからして論外。アルミ製品には上記の工作精度の不安を感じます。日本製中国製とも低価格低品質に集中しています。ドイツ製に、ステッドラー社製の補助軸(2,750円)、ファーバーカステル社製の補助軸(33,000円から)を見つけました。

■ ステッドラーを使ってみましょう。ダメならファーバー...い、いや、宗教にのめり込むのはやめておきましょう。ダメなら、あきらめて新品鉛筆に切り替えて使いましょう。

■ 半分あきらめの境地で、大きな期待はしていなかったステッドラー製を、楽天市場で1,980円で購入。クツワ製とそう変わらないかなぁと思いつつ、手にしてみると...、とても良い!です。

■ 軸はじゅうぶんに長く、少し重いけれど手に持った感触は、重さも含めて、心地良いです。消しゴムもクリップも鉛筆硬度表示もついています。が、私は不要。クリップはハズします。ローレットは、金属ヤスリのようにキッチリと刻んだローレットなのに、指が当たっても不快ではありません。素材はアルミのようですが、ローレットを外して観察した鉛筆の差込口の工作精度が高く美しく、鉛筆を出し入れしても干渉せず、ローレットは、片手の中指薬指小指で軸を保持したまま親指と人差指だけで軽く回り、その回転に合わせて締め緩め具合の程度がハッキリ指に伝わります。なんと感動的な工作精度でしょうか。

■ 思い切り尖らせた鉛筆で、思う存分寝かせた角度で 、8ポイントより小さな文字で、そっと、しかしスラスラと、書き出すことができ、その勢いであっと言う間に1ページを書き終えてしまいます。この精密感...三菱鉛筆Hi-Uniにステッドラーの補助軸を装着したら、鉛筆の軽やかさはなくなりますが、その重さや感触や精密感が、いかなる筆記具でも味わうことなどありえなかった新たな筆記具の経験となりました。これが高品質鉛筆の世界だったのか...。

■ さて、前置きはこのくらいにして...え(;^^? で、肝心の、画像のチビた鉛筆6本の筆記量は、9/3に予想したとおり、単語集3周回目を書き終え(99,700語程度になる)、さらに少し使いましたので、おそらくほぼちょうど英単語10万語程度を書いたものと思います。

■ この3か月間、家中の鉛筆をかき集めて並行して使いましたが、Hi-Uni(1ダース1,980円)は、たとえば三菱鉛筆#9800(1ダース660円)と3倍も使い心地は違うのかというと、「2B芯で英文を書く」場合について言えば、3倍かどうかはともかく、倍以上の違いはとっくにあると実感しています。もし、「次回も、#9800に660円出さずにHi-Uniに1,980円出すのか」と言われると、出します。私の用途には良く合います。

 三菱鉛筆Hi-Uniは、三菱鉛筆#9800に比べて、

・鉛筆特有のサリサリ感は、#9800の方が強く、鉛筆らしい心地よさがあります。蛇足ですが、さらにサリサリ感が強いザリザリ感?の鉛筆も手元にありました(JISマークがついていた昭和の東京下町製のMeizan(名山)鉛筆など)。が、欧米文筆記体という用途からは、心地よさから離れていく気がしました。

・Hi-Uniでも、「ガリ」粒子(?)は、たま~に出ます。#9800より頻度は明らかに少ないです。

・Hi-Uniは、筆記体でスラスラというよりむしろヌメリ感があって鉛筆特有のサリサリした音がないか微小で、それが欧米文に合います。

・「ていねいに漢字を書く」「考えて手ごたえを感じながら線画を描く」などの用途には、Hi-Uniが良い場面と、いやむしろ#9800の方が合う場面とがありそうです。なお、美術系の学校では、UniでもUni-Starでもなくハッキリ「Hi-Uni派」が多数派のようです。

・書いていて、芯の緻密さ・木部の削り出し面の美しさは、Hi-Uniが、あらゆる他の鉛筆より圧倒的です。使っているあいだ中「これが世界一の品質」という満足感がじゅうぶん実感できます。

■ 明日から残りの新品6本を削って使いましょう。おや、その割には画像にたくさんの本数のHi-Uniが...。実は、画像最前列のHi-Uniは、ピントが合っていないのですが、鉛筆硬度が「10B」です...。

■ モンブランの#149(150,700円)とHi-Uniの10B(1,980円)とでは、あなたはどちらを選ぶ? って...比較の対象になるのかい(;^^?... いや、じゃ、問い直して、「選ぶに際して、『緊張感・恐怖感・自分は使えるだろうかという不安・使う直前のワクワク感』が、より大きいのはどちら?」 とすれば、硬~い書き味の#149はチョっとの使用経験があるので、今の私は、迷わずHi-Uni 10Bです。明日から使ってみましょう。

2023/09/25

■ なおす - 心筋梗塞と慢性胃炎


市民健診で、心筋梗塞の疑い、慢性胃炎の疑いが出、精密検査を勧められました。

いずれも、自覚症状があります。

いずれも、あらためて精密検査の予約をしました。