2023/07/15

■ なおす - 包丁を砥ぐ


今日の「英単語を書く」は、1401-1500の例文まで書き終えました。

今日の例文1439: One must currently doubt the efficacy of the United Nations in world governance.

世界統治における国連の実効性は、もはや疑問に付されなければならない。

… この単語集は、ロシアのウクライナ侵攻以前のものなのですが...。

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今日は包丁を砥ぎました。

砥石を出して水につけて...の間に、包丁2本・ペティナイフ・果物ナイフ・パン切りナイフを準備します。荒砥から仕上砥まで、毎回3~5種類を使っています。

万年筆の項でも書いたのですが(7/10)、やはり道具である以上、ふだんは数か月ごとに自分で手入れして(砥いで)、加えてかつては年に1回、紙の裁断機の大きな刃を砥いでもらうついでに、包丁も、砥ぎ屋さんにお願いしていました(弘前の刃物屋さん)。

20年ほど前のあるとき、包丁を砥いですぐ刃物屋さんに見てもらいました。

「コレ、昨日自分で砥いだんですけど、どうでしょうか?」

「え、う、うん、えへへ」...。それ以上おっしゃらなくてけっこうです...(ioi)

今は、少しは砥げるようになり、砥ぎ屋さんに持参しなくなりました。まだまだはっきりヘタですが、 砥いだばかりの包丁は、まな板上で、「トン」というより、まな板に「ス」と吸い込まれるようです。

砥ぎたての日は、使うと切れ味の違いに身の毛もよだつのですが、切れない包丁の方が危ないですよね、きっと。

部屋の掃除をした直後のように、道具の手入れの直後というのは、気持ちの良いものです。

2023/07/14

■ まなぶ - 鉛筆を使って - 英単語集の例文を書く14 - 鉛筆の減り具合 2/3


今日の「英単語を書く」は、1301-1400の例文まで書き終えました。画像は書き終えて削ったところです。

今日の例文1312: Government red tape has retarded progress on economic reform.

政府の官僚的形式主義のせいで、経済改革の進行は遅延してきた。

… “red tape”って、行政学上の用語では…? Google 翻訳に “red tape” を入れたら、「赤いテープ」「吏臭」...。後者は中国語ですよ、グーグル先生。ただ、その下に英文で正しい解説があったんですが、 “excessive bureaucracy or adherence to rules and formalities, especially in public business.”...って、だからそれを日本語にしてくださいよ。

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新品のHi-Uni (2B)の6本を使い始めて、今日で、2100の単語(&例文)から成るこの本の3分の2の例文、23,000語程度の英単語を書きました。減りは、1本あたり4分の1を過ぎたくらいかなぁと思います。ということは、この本1冊を書き切ると33,000語ですが、使いかけの6本は、半分程度は残るだろうということですね。意外に減らないものですね。

 意外に減らない理由は、使い始めた2週間前に比べると:

1) 当初の頃は、細さに戸惑い、つい強く握って高い筆圧でしたが、今はそう力を入れなくても書けるようになった。

2) 当初の頃は、ボールペンや万年筆より筆跡の色合いが薄く、思わず「立てて」「大き目の字で」「強く」書き、何だか疲労感がありましたが、今は、薄く書いてかまわない、遠慮なく寝かせてかまわない、と思うようになり、「より薄く」「よりいっそう寝かせて」軽く書くようになりましたが、結果的に、「より小さい字」で「より速く」書くようです。

■ 「より弱い筆圧」と「より小さな文字」の2点から、鉛筆を常用する専門家である「小学生」に比べると、格段に減りが遅いのではないかと思います。 4Bや6Bにしてもう少し濃い目の色になると、いっそう書きやすそうで、万年筆に匹敵するような『新しい筆記具』になりそうです。

でも、4Bや6Bに手を出すのは、いまのこの2Bを1ダース使い切ってからにします。筆記具を次々と買って試しただけで終わりというのは、よくないですね(自分への戒め)。

2023/07/13

■ まなぶ - 「社会にお返し」- ジョブスのスピーチ


今日の「英単語を書く」は、1201-1300まで。

今日の例文1285: The guest speaker made an inspiring speech in which he urged graduates to give something back to society.

招かれた話者は、卒業生たちに、社会に恩返しするよう促す、気持ちを奮い立たせるスピーチをした。

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この例文は、スティーブ・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式でしたスピーチ(Commencement Address at Stanford Univ. 2005)を意識していますネ、きっと。

このときの内容は、感動的で、日本でも高校3年生の英語の検定教科書や副教材で全文や一部が採り上げられたりしました(ex; 三省堂Crown III (画像))。

「点をつなぐこと」「愛することと失うこと」「生きることと死ぬこと」(拙訳)の3つの要点でした。私のようにぼうっと生きた人間には、第1点の要旨「積み重ねた努力を無駄にしない」という戒めに心が痛みます。

Windows95以前のDos V時代に、カリグラフィに傾倒していたジョブスのこだわったApple Macの美しいGui画面は、大いに感動的でしたが、研究者にも高嶺の花(日本ではCanon関連会社が気の遠くなるステキな値で売っていたので)、たいていの日本人には縁のない遠い国のあこがれでした。

 30年後の今は、Appleのi-OSでもWindows 11でもなく、高額なOSライセンス料の息苦しさから完全に解放されたLinuxディストリビューションを、快適に使っています。時代は変わったものです。

■ すべての科学技術は移ろい色褪せるのですが、でも、ジョブスの言葉のような先人の知恵は、だれの人生のどの段階でも、常に新しい響きを失わないものですね、きっと。

2023/07/12

■ まなぶ - 「決意」

Le Lour de France ; étape de montagne

今日の「英単語を書く」は、1101-1200までの例文でした。

今日の例文 1144: The tennis player herself said that her success owed more to determination than to natural talent.

自分の成功は、持って生まれた才能よりも、決意によるものだ、と、そのテニス選手は自ら語った。

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この例文の言葉って、人生で運命の強い一撃に打たれ自ら大きく進路を変えた人間でなければ、まるっきりピンとこないひとことではないでしょうか。よくこのような例文を置こうと思ったものだな、と、この単語集で、最もこころ打たれた例文でした。

スポーツにかぎらず一般に言えることだと思います。が、スポーツの場面がやはり理解しやすいです。今の状況を認識して、これを敢えて打ち破るには、「決意」が必要だと思います。

私はスポーツ観戦の醍醐味を知らないつまんないヤツなのですが、自転車競技のうち、競輪などのトラック競技ではない、一般道を閉鎖して行うロードレースに、ここ40年間ほど、チョっと興味があります。日本ではなじみのない競技ですが、欧州には「三大グランツール」という、自転車ロードレースの頂点に立つ競技があります。とはいえ、私などは、TVも映像も見ず、少年時代から自転車専門雑誌で、興奮の瞬間から1カ月も遅れて活字となる競技結果と雑誌記事だけを垣間見ている程度。

このグランツールのうちの例えば毎年今月7月開催のツール・ド・フランス。これを5連覇する偉業を成し遂げたのは、110年の歴史で2名。うちの1人のアシスト役だった若い選手に雑誌がインタビューして、「彼(キャプテン)の強さは何に由来すると思う?」と聞いたところ、いつも身近についているそのアシストは、「『決意』だよ。いや僕が言える立場にはないけど、感じるんだ。彼の『決意』だよ。」

 また別の話ですが、1936年のベルリンオリンピック。ナチス政権の権威を世界に見せつけるためのナチス祭典と化した分厚い応援軍団の中で、水泳平泳ぎ女子200mで、前畑がデッドヒートの末ドイツのゲネンゲルを下して優勝しました。「前畑がんばれ」と絶叫のみ放送し実況中継の責務を放棄して立ち上がって応援したNHKの放送も有名です。後に、彼女は、「優勝できなかったらと考えた瞬間がありましたか」という問いに「死ぬつもりでした」と迷いなく即座に平然と答えたと...。命と引き換える『決意』だったのですか...。

このような話は、スポーツ界には、枚挙にいとまがないでしょう。スポーツが私たち一般の人間に、希望と強さを与えてくれる良い存在であってもらいたいです。

とある都心の旧帝国大学の合格発表の日。いまどきはオンラインで合格発表を見る人が多数派ですが、それ以前は、大学に来なければ結果はわかりません。生徒やその家族のみならずマスコミや学生の「胴上げ実行委員会」まで出現してごった返す中、とある学生ボランティアの集団が出て、その熱狂的な群衆をかきわけて思いつめた蒼い顔をして去ろうとする若者を見つけ、その手にチラシをサっと滑り込ませます。そのチラシには「死なないで!」と書いています。内容にはさらに、この大学を落ちたけど有名人著名人になった幾多の名前が書かれていたりします...。臺灣大學やソウル大学校でも同様の話があると、両大学の複数の留学生から聞いたことがあります...。受験生の中に、本当に命をかけた決意をした人たちがいるんですね。その決意のしかたの良し悪しを評価するのは置いて、決意して実行したその瞬間とそれに続く期間って、その人の生涯に、シュガリーな人生を歩む他の同年代の人には経験のない決定的な軸を刻みこむ人生の一瞬ではないかと思います。 

2023/07/11

■ まなぶ - 『半七捕物帳』- 再読したい気持ちにさせる背景描写


今日の「英単語集を書く」は、1001-1100まで例文を書きました。

今日の例文1071: Some say that bribery and extortion are rampant in post-communist Russia.

   共産主義崩壊後のロシアでは、賄賂と恐喝が蔓延しているという人もいる。

… “単語集”がここまで言っていいんですか!?...post-communist直後の10年間はエリ(E)の、さらにその後23年間はプチ(P)の独裁政権ですね。国営企業をタダ同然で手に入れたオリガルヒたちを、Eは癒着によって、Pは恐喝によって、手中に収めてきました。これをすべて許すロシア人。200年前に生まれたドストエフスキーが「ロシア人は長いものに巻かれろという民族性なのだ」と喝破した通りですか、やはり。

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私のような底辺の庶民は、普遍的価値のある文学に、小さな心の安らぎを求めるとしましょう。

そのうち、年に1,2回、思い出して全編を読みたくなるのが、幕末~維新を舞台とする岡本綺堂『半七捕物帳』なんです。

19世紀末の『シャーロック・ホームズ』が最初にして最高の探偵小説ですが、これを範としたのが『半七捕物帳』。日本文学における最初にして最高の探偵小説(?)です。前者には種々の学究的考証を進めるシャーロキアン協会が存在しています(入会希望者は筆記試験採用です)が、後者にも「ハンシチアン」が存在するんだそうです。さもありなん。

ストーリー(落ち・プロット)はもうわかりきっているのに、どうして再読味読するのでしょうか、特に探偵小説なんか。同様に、考えてみると、寄席に通う人というのは、古典落語のストーリーが知りたくて行くはずがないのですが、なぜお金を払って聞きに行くのでしょう。いや、それはすべての文学作品に、敷衍すれば、音楽・美術など全ての古典作品に共通する疑問です。ま、答えは置いておくとして...。

 「また読もうかな」と思って『半七捕物帳』に手を出すのは、最近、私は、「江戸情緒を感じてみたい」という、妙な気持ちがそうさせるようです。過日(7/6)に書いた「手塚マンガの背景」に、やはり似ています。

『半七』と、二匹目のどじょうを狙った『銭...』との大きなへだたりが、江戸情緒の描写の有無・巧みさです。

『半七』のほかに、再読味読する作品のなかには、そういえば、同じ動機で手を伸ばしているものがあるんじゃないかな、と、ちょっと振り返って考えました。

簡単に引用してみましょう。漱石『猫』、鷗外『高瀬舟』もどれも著作権の心配はもうなさそうです;

そうですね、さしあたり「春の宵」の情景を思い出して選んでみましょう。


綺堂 『半七1 - お文の魂』

...閉め込んだ部屋のなかには春の夜の生あたゝかい空氣が重く沈んで、陰つたやうな行燈(あんどん)の灯は瞬きもせずに母子の枕もとを見つめてゐた。外からは風さへ流れ込んだ氣配が見えなかつた。お道は我子を犇(ひし)と抱きしめて、枕に顔を押付けてゐた。


漱石 『猫』

...花曇りに暮れを急いだ日は疾く落ちて、表を通る駒下駄の音さえ手に取るように茶の間へ響く。隣町の下宿で明笛を吹くのが絶えたり続いたりして眠い耳底に折々鈍い刺激を与える。そとは大方朧(おぼろ)であろう。...

...春の日はきのうのごとく暮れて、折々の風に誘わるる花吹雪が台所の腰障子の破れから飛び込んで、手桶の中に浮ぶ影が、薄暗き勝手用のランプの光りに白く見える。


鷗外『高瀬舟』

...さう云ふ罪人を載せて、入相(いりあひ)の鐘の鳴る頃に漕ぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を兩岸に見つつ、東へ走つて、加茂川を横ぎつて下るのであつた。...

...いつの頃であつたか。多分江戸で白河樂翁侯が政柄を執つてゐた寛政の頃ででもあつただらう。智恩院の櫻が入相の鐘に散る春の夕に、これまで類のない、珍らしい罪人が高瀬舟に載せられた。


「春の宵」は、読むあなたにしてみれば、あたたかくゆるやかな気持ちになろうかという暗示をかけられます、ただ、夕闇が迫ることから、そっと緊張感もあなたの襟首から差し込む、そういう気分を、さらに「江戸情緒」という背景に重ねて、読むあなたを包みこもうとする巧妙な技巧のように思えてきます。

 いずれもそれが、情景を描写するのが主たる目的ではなく、お話のごく些細な背景のためにわずかな言葉を費やすに過ぎないのですが、特に漱石と鷗外は、さりげないながら、じつに周到に1ページ程度おいた後に、春の宵の江戸風情をリフレインします。

思い返してみれば、噺家の中にも、桂米朝(人間国宝)などは、筋を急ぐだけでなく、上方落語の鳴り物入りとはいえ、季節の情景描写の織り込み方もじつに見事なものがありました。

これに身を任せようかなと意識したうえで、文豪の手のひらの上でいいように転がされるのを楽しむというわけなんですよ。これが私にとって、再読味読の楽しみです。