2025/04/05
■ あるく ■ 巖鬼山神社の山道
2025/04/04
■ 安い腕時計チープシチズンは使い捨てですか?
■ 電池切れで止まりました。Amazonで買った安い腕時計。2014年に898円で購入したようです。
■ 電池が切れたからといって、使い捨てというわけじゃなくて、電池交換すれば使えます。ウレタン製の時計バンドはすぐ切れたので、スペアにダイソー製のナイロン製バンドに交換。長く薄くなって使いやすくなりました。
■ "街の時計屋さん"で電池を交換してもらえば、1,500円程度...って、電池交換するより新品を買った方が安いじゃないですか...。でも"時計屋さん"に長くご商売してもらいたい私としては、交換をお願いしようかな、と、ちらりと思ったりもするのですが...。
■ 爪に火を点すような暮らしの私のことですので、やはり、また自分で交換します(🔗1/29)。
■ この"チープシチズン"の裏蓋は珍しいボルト留めです。"クロス:0番"という精密ドライバで。
■ 前回交換日が2022年7月のようです。

■ 電池代は、1個あたり87円ですか。1,500円とはだいぶ差がありますね。
■ 交換は、いつものルーティーンなので、すぐ終了。
■ このお安い時計は、気兼ねなく使え、こすったりぶつけたりと、つい酷使しがちです。そのためにあるのですから、本望です。
■ で、プラスチック風防は、傷だらけになり、曇ってきます。
■ 電池交換時には、いつも、液体コンパウンドで磨くことにしています。
■ 少しはキレイになった風に見えるでしょうか。文字盤11, 12, 1のあたりとか。
2025/04/03
■ あるく ■ 梅の道 - まだまだつぼみもやっと...
2025/04/02
■ あるく ■ 高照神社
■ 岩木山神社の東1kmにある神社ですが、18世紀の津軽藩主の廟所として建立されたようです。
■ 境内の深い森が魅力的ですが、弘前市内から岩木山に向かうと、旧岩木町を過ぎたあたりから始まる山の坂道を起点にこの神社のある集落に至るまでの立派な黒松並木が、幼少時から夢に出てくるような見事さでした。今はだいぶ伐採されたようですが。
■ 境内につらなる1kmほど、集落全体が一直線の門前町となっていて、広い直線路が壮観です。
■ が、特に観光地として推されているようすもなく、静かに昔の風情を保っています。
■ 何年ぶりかで参拝します。
■ 参道は大掛かりな除雪は無しのようです...。人の踏み跡のみです。(トップ画像)
■ 随神門(前門)をくぐります。新品のスコップが5本ほど立てかけてあります。参拝者自ら除雪せよとのことでしょう。
■ 手水舎が...。
■ 手を合わせて後にします。
■ 拝殿から戻ろうとすると、視界が門前町をまっすぐ貫いています。
■ 数十年ぶりに訪れたせいか、はたまた壮麗な岩木山神社の後に訪れたせいか、それとも鬱蒼とした森林の陰よりも残雪の明るさが勝る日となったせいか、スケールがうんとこじんまりとして、親し気な雰囲気となっていました。
2025/04/01
■ あるく ■ 岩木山神社
■ いつもの"巖鬼山神社(がんきさんじんじゃ)"ではなくて、今日は"岩木山神社(いわきさんじんじゃ)"へ。
■ 両社は別の位置にあります。平面図にて岩木山山頂をいま原点Oとすると、前者は1時の方角に直線にして10km程度、後者は5時の方角に直線にして5km程度の位置。両地点はクルマで30分程度。
■ ご本尊奥宮は、岩木山の山頂で、山頂がここの本殿の背景にぴたりと座る構造が威容を放っています。
■ "4月1日新年度", "非日常で気持ちに緊張がある場", "水の鮮やかな流れ"...を意識して、いつもの親しいエリアでなくて、足をのばしてこの岩木山神社へ。
■ 自宅を出ていつもの土手の道・廻堰大溜池を経由して山岳道路に上がって40分。遠いのですが、その点も非日常です。
■ 観光客風の方がほとんど。「すみません、撮ってもらえますか。」とスマホを手渡されたり。
■ やはりスケールが違います。杉巨木の広い参道。漂う空気感も違う気がして、気持ちに張りが出ます。残雪が、予想より、またいつもの年より、かなり多いです。
■ 参道をゆっくり登りつめ、お札番所や社務所を過ぎて、楼門へ。この左脇から、「奥宮登拝道」つまり「登山道:岩木山-百沢コース登山口」です。今日は実はその鬱蒼とした杉の巨木の森をあるけるかな、と思って、春山登山の足装備=トレッキングシューズとゲイターで来たのですが、今年は、登山口は雪で閉ざされています。
■ 楼門の右が禊所、つまり手水場です。
■ 三頭の水口が、いつ来ても壮観です。他の神社とは格が違う様相です。
■ この水の流れに会いに来ました。
■ 柄杓で左手を洗い、左手に掬った水で口を漱ぎ、ついでに一口、二口と、柔らかい味わいの山の水を飲みます。右手と柄杓を洗い、戻します。
■ 改めて楼門。拝殿への石段を上がって...以降は、ここで記述する必要は無いでしょう。
■ 特に神社神道の氏子でも信仰を持つわけでもないのですが、日本で暮らす限り、神社の存在は身近でありながら、その空間は、宗教そのものとは異なる意味でもまた非日常です。ちょっと静かに自分を省みることのできる場と自分の中に位置づけています。昨年訪れて祈り決めたこと、今年これからしようとすること...、さまざま祈り念じる場にしています。










































