2024/02/02

■ こわすつくる - 煮込む


 2月は告解(うちあける)月...。

 別に、「バレンタインデー」みたいな、ステキな物語性を感じて業界の儲け話の手のひらの上で踊らされ転がされてる話なワケがなくて...。1,800年前に処刑された聖ウァレンティヌスが、チョコ食ってたり恋人取次の使い走りするワケないのでは...、現代人が彼をネタにワクワクと興じたりカネ儲けするのは...遠い騒ぎを対岸に見る目...。ウキウキして「お返し」など買い込んでいる男子諸君には申しわけないけど、そういう話でなく...。

 四旬節に、これまで自分の犯した罪を省みる月...。カトリックや聖公会の大斎小斎(例年2月)やイスラム暦のラマダン月(今年は3月)に、そういう発想があります。自分のこころのなかの気持ちだけでもそういう時期があっても、と、思います。東京にいた学生時代に、大正前半生まれの高齢の方に、「9月1日は(関東)大震災の日。あの日、ありがたくて涙が出たおにぎり。自分はあのとき以来今日まで、9月1日に口にするのは、ごはんだけのおにぎりだけです。あの日を思い出すことにしています。」との話を聞いたことがあります。"あのときを思い出して今を感謝する"お話でした。(カトリック中央協議会 澤田神父...ありがとう、命の恩人です)

 そういう節制する話を持ち出しておいて、この画像は何だ、と不埒さが漂うところ、すみません(画像の色合いは補正しています)。ここで別に私の犯した罪を告白するつもりもなく、皆さんに告解や断食をお勧めするつもりもなく、ただ、2月は、過去の自分をいろいろと思い出して、自分ってどうなりたいのか、立ち返る月にしている、ってだけなんですよ。

 20代は病人をしていたので、「就職」「フルタイム正規社員」なんてのはちょっとはかない夢。で、25年ほどまえに、ひっそりほそぼそと自分で生活の糧を得ようと何か始めたんですが、当初は準備に毎日14時間くらいかかって、労働時間は18時間くらい、お休みは1年のうちゼロ日です。仕事から離れた「丸一日お休み」というものを、その後も25年間ほど、1日も取ったりもらったりしたことはないです。

 始めたばかりの四半世紀ほど前のある日、私の姪たちが、じいちゃんばあちゃんの家、つまり私の親の実家に集合しました。お正月とかお盆とかでしょう(覚えていない)。

 その際、私は「仕事が忙しくて、丸一日、ボロ倉庫でパソコン打つとか本で調べたりとかそんな作業とかばっかりなんだ。」とボヤいたら、姪の一人が「じゃぁさ、煮込み料理でもしてたら!? あ~はっは!」...他の姪たちもドっと爆笑。私は「なんだとぉ!?」とカチンときました...

 ...が、ひとり振り返ってよく考えてみると、うん、そりゃぁ~いい考えだ (← どうにでもなる性格)。

 少しだけ自由になるお金もできてきたことだし、調べて、フィスラーの圧力鍋とティファルのフードプロセッサを買って、始めました...お、おい、気は確かか...。

 失敗に次ぐ失敗でしたが、素材や材料は純正なものだけ(農家の素材ばかりで、工場の素材はナイという意味)なので、失敗しても気にせず栄養にして、明日も作れます。

 どんな仕事も、4,5年もやれば慣れてきます。始めた頃はツラかった、食べるものも失敗作ばかりで意味不明なものを食べていた...、けど、4,5年たち、10年たち、20年たち、まったく同じ忙しさとほそぼそとした生活水準は変わらないとしても、ひとつだけ、ちがうものは、気持ちのゆとりです。ゆとりができたのは、あのときコンニャロと思った姪のおかげです。

 お肉は、自分では、年に1回、2月にしか食べなくて、ふだん処分価格野菜のポトフだけの生活ですが、今日はタンシチューをつくりました。あの「ゲリラ食品店」(1/9)で、なぜか「牛タン切り落とし」が、スジやメンブレンよりはるかに安い明らかに間違った値付けをしているのを発見して、買い込んできました。牛タンのシチュー調理は私にはちょっと難易度が高いんですが、あの時以来、部品交換しつつ使っているフィスラーで、長時間高圧で加圧調理します。市販のルーやソース類はナシで、加圧制作したオニオンスープのみです。俵型に形成したニンジンや小玉ねぎの切り落とした端切れ部分は、完全に溶けてスープになっています。お肉も野菜も箸ではらりとほぐれますので、フォークも、むだにカミソリシャープに砥いであるカトラリーナイフも、実は不要です。

 葡萄酒は、プーリャでありさえすればIGTクラスはおろかネグロアマッロかプリミティヴォならVdTで私の人生終わってもじゅうぶんすぎるのですが、今日はD.O.C.G. が何かの間違いでリーデル ・ヴェリタスの中に...たまたまです。ヴィンテッジは平凡です。デキャンタジュはデュラレックス・ピカルディ250ccの中で...え?。澱より温度の問題です。ネッビオッロ種は遠い非現実の世界ですが、人生、今年の2月だけは、個人的事情で、許してもらうことにします。ピエモンテの農家の方も、「王様」がまさか極東の酷寒のみじめな食卓で開栓されるとは思っていなかったことでしょう。

今はレディになられた姪の皆さん、そんな話はとんと記憶にないでしょうが、どうもありがとう。みなさんのおかげです(笑

2024/02/01

■ なおす - シェービング - 今日

手前は自作のシャワー用石鹸

真冬の吹雪となりました。昨夜0時は6℃だったのに、12時間後のイマ昼12:00は-5℃と、昼になるにつれて11℃も気温が降下して、一転して極寒です。

 夏は、汗をかいたり一日に何度もシャワーを浴びたりします。といっても、1回あたり15分程度の温冷浴です。シャワールームをその都度タオルドライするので、その時間が5分とか10分くらいかかって、その間、また汗をかいたり冬は寒くなったりしがちなんですが...。ま、夏の方がシャワーの回数が多いので、市販の入浴用石鹸を使うことも多いです。冬は、市販の石鹸が、なんだかつっぱり感があったりするので、シェービング同様、自作の石鹸を使うようにしています。

 自作の石鹸は、市販の石鹸の倍以上も減りが早いです。今日、たまたま市販の石鹸を使って、ついでにいつになく、シェービングソープを使わずに市販の石鹸のままシェービングして、数時間したら...顔がヒリヒリします...。何だか顔がかゆいと思ったら数時間後にヒリヒリピリピリと痛くなりました。

 冬はどうしても免疫機能が下がって、ウィルス病に感染しやすくなります。石鹸が悪いわけじゃなくて、生活習慣や食習慣も影響があるだろうとはわかっているんですが、ひとまず、シェービングソープはやはりきちんと使った方がトラブルがないようです。

2024/01/31

■ あるく - 羽黒神社


 今日も昼までは晴れ間ののぞくおだやかな冬の日。このあと夕方から数日間にわたり、冬の雪の天候に戻るそうです。今日のうちにあるいておきましょう。

 おととい(1/28)のりんご畑から下って、同じ十腰内(弘前市)の集落にある羽黒神社です。

 巖鬼山神社(1/17)からほど近く、クルマなら山麓の一本道を7,8分なのですが、りんご畑を縫って近道してあるけば40分程度でしょうか。集落のはずれにあって、巖鬼山神社に比べればだいぶ簡素な、地元の神社ですが、手水の湧き水があります。

 湧き水は「眼病に良い」とのお触書があります。とはいえ、水場は、特にきれいなふうだったり霊験灼然を装うふうにしつらえてあるわけではなく、野菜を洗ったり長靴を洗ったりできそうな生活用水みたいな実用的なつくりです。

 不思議なのは、標高が高い巖鬼山神社の湧き水は、季節の気温の影響を受けやすい感じで、夏はややぬるく冬は氷のように冷たいのですが、他方、こちらの羽黒神社の湧き水は、集落のはずれにあるのですが、夏は痛いほど冷たく、冬はほんのりぬるいです。

 いずれも、軽くのどをうるおすために、つい遠回りして立ち寄りたくなる魅力があります。

2024/01/30

■ まなぶ - おじいさんの住む街ってどんな所? 2 - 青森県立高校入試平成13(2001)年英語第5問


昨日の続きです。おじいさんは、2人の人に対して、まったく同じセリフ「この街の人たちも、ちょうどそんな感じじゃよ」とかって、ダイジョブか、このおじいさん、その認知能力に、そこはかとない不安が...、などと、よけいな心配をしてしまいました。ところが、傍らでお人形さんで遊んでいた孫娘が、おじいさんのその2回の同じセリフは正反対の意味に捉えられる、と指摘したところ、おじいさんの最後の答えは、...なんとまぁ、哲学者の深い答えでしたね。おじいさん、誤解しそうになって、ほんとうにごめんなさい。

 さて、この深遠な思想をもつ哲学者のおじいさんに対して、失礼な設問が...


問(2) 次の英文に続けるのに最も適切なものを、それぞれ1~4のうちから選び、その番号を書きなさい。

ア Every day the old man was at the gas station,

    1. and he worked very hard for the gas station.

    2. and he liked talking to the people.

    3. and said nothing to the people.

    4. and he played with his doll.


 選択肢を一つずつあてはめて、和訳してみましょう。

    1. 毎日、そのおじいさんは、ガソリンスタンドにいて、

        ガソリンスタンドで、一生懸命働いていた。

    …毎日「いらっしゃいませ~!」「ハイオク満タン、オッケ~!」と元気よくガソリンスタンドで働いてたんですね。

    2. 毎日、そのおじいさんは、ガソリンスタンドにいて、

        人々に話しかけていた。

    …コレを選ぼうかな。あの、出題者さん、“the”はいらないと思います(よけいなお世話です)。

    3. 毎日、そのおじいさんは、ガソリンスタンドにいて、

        人々に対しては何ひとつ口をきかなかった。

    …愛想のないぶっきらぼうな店員なんですね...。

    4. 毎日、そのおじいさんは、ガソリンスタンドにいて、

        彼のお人形さんで遊んでいた。

    …こ、これはそうとうイっちゃっているおじいさん...。け、けしからん!哲学者のおじいさんに向かってなんたることを!おじいさんを侮辱し受験生を侮辱して。出題者は、ちょっと前へ出てきなさい!...なんてネ。

2024/01/29

■ まなぶ - おじいさんの住む街ってどんな所? - 青森県立高校入試平成13(2001)年-英語第5問


私の地元の県立高校の過去の入試問題の英語の読解問題のお話を、また読んで楽しんでみましょう。なお、英文を私の拙い和訳にしてあります。

私は中高生のいる家族でもなく学校関係者や業界関係者でもありません。末端の庶民が外野席から、お気楽に連想して、眺めているのみです。

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むかしあるところにおじいさんがいました。 おじいさんは毎日毎日、ガソリンスタンドのそばで、椅子に座り、小さなその街を車で通りかかる人々に声をかけようと待ちかまえていました。 ある日、おじいさんの孫娘が、一緒にいました。 孫娘はおじいさんの椅子の傍らに座って、彼女のお人形さんで遊んでいました。

午前10時、大きな黒い車が彼らの前に止まり、背の高い男が出てきました。 嫌な顔つきであたりを見回していました。 おじいさんのところにやって来て、「住み良い場所が必要なんだが、ここはどんな街だい?」と尋ねました。 おじいさんは背の高い男を見て、「で、あんたはどんな街から来たんだい?」と返しました。 

背の高い男は答えました。「ひどい街だよ。 誰もがお互いの悪口を言い合っているんだ。 私たちは、隣人など信じられない。 私はその街にいる連中が好きじゃないんだ。」 椅子に座っていたおじいさんは男を見て、「この街の人々は、ちょうどそんな感じだよ。」と言いました。

1時間ほどして、ガソリンスタンドに青い車が止まりました。 車には家族連れが乗っていました。 母親は幼い子ども2人を連れて車から飛びだしてきました。 彼らはおじいさんと孫娘に向かって駆け寄ってきて、「トイレはどこ?」と尋ねました。 おじいさんはドアに書かれてある小さな看板を指さしました。 その父親が車から降りてきて、おじいさんに「ここは住みやすい街ですか?」と尋ねました。 おじいさんは「で、あんたたちの街はどうなんだい?」と返しました。「あんた、自分の街は好きかい?」

父親はほほえんでこう言いました。「私たちは自分たちの街が大好きでした。 みんなとても親しみやすくて、親切でした。 困ったことがあったときは、いつも近所の人たちが助けてくれました。 街にはいつも『こんにちは』『ありがとう』の声があふれていました。 私たちは本当にそこを離れたくはなかったのですが。」

老人は父親にほほえみかけました。 「ここも同じような街だよ。 ここの人々も、ちょうどそんな感じだよ。」 

それからその家族は「ありがとう」「さようなら」と言って車で去っていきました。

車が遠ざかると、孫娘はおじいさんを見上げてこう言いました。 「おじいさんは、この街について、2人の人それぞれに、違うことを言ったわ。どうしてそう言ったの?」 おじいさんは、彼女にほほえみかけてこう言いました。「どの新しい場所に行っても、人は、自分たちの考えを持ちこむものなんだよ。 私たちの考え方しだいで、その場所が、悪くなったり、素晴らしくなったりするんだよ。」

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 ふぅん、で、どんな街なの?...と、孫娘みたいにギモンに思いました...よね(;^^? 「どんな街?」よりも、「このおじいさんって、どんな人」というギモンも...。

 あした、いっしょに設問の一部を解いてみましょう。