■ 2月は告解(うちあける)月...。
■ 別に、「バレンタインデー」みたいな、ステキな物語性を感じて業界の儲け話の手のひらの上で踊らされ転がされてる話なワケがなくて...。1,800年前に処刑された聖ウァレンティヌスが、チョコ食ってたり恋人取次の使い走りするワケないのでは...、現代人が彼をネタにワクワクと興じたりカネ儲けするのは...遠い騒ぎを対岸に見る目...。ウキウキして「お返し」など買い込んでいる男子諸君には申しわけないけど、そういう話でなく...。
■ 四旬節に、これまで自分の犯した罪を省みる月...。カトリックや聖公会の大斎小斎(例年2月)やイスラム暦のラマダン月(今年は3月)に、そういう発想があります。自分のこころのなかの気持ちだけでもそういう時期があっても、と、思います。東京にいた学生時代に、大正前半生まれの高齢の方に、「9月1日は(関東)大震災の日。あの日、ありがたくて涙が出たおにぎり。自分はあのとき以来今日まで、9月1日に口にするのは、ごはんだけのおにぎりだけです。あの日を思い出すことにしています。」との話を聞いたことがあります。"あのときを思い出して今を感謝する"お話でした。(カトリック中央協議会 澤田神父...ありがとう、命の恩人です)
■ そういう節制する話を持ち出しておいて、この画像は何だ、と不埒さが漂うところ、すみません(画像の色合いは補正しています)。ここで別に私の犯した罪を告白するつもりもなく、皆さんに告解や断食をお勧めするつもりもなく、ただ、2月は、過去の自分をいろいろと思い出して、自分ってどうなりたいのか、立ち返る月にしている、ってだけなんですよ。
■ 20代は病人をしていたので、「就職」「フルタイム正規社員」なんてのはちょっとはかない夢。で、25年ほどまえに、ひっそりほそぼそと自分で生活の糧を得ようと何か始めたんですが、当初は準備に毎日14時間くらいかかって、労働時間は18時間くらい、お休みは1年のうちゼロ日です。仕事から離れた「丸一日お休み」というものを、その後も25年間ほど、1日も取ったりもらったりしたことはないです。
■ 始めたばかりの四半世紀ほど前のある日、私の姪たちが、じいちゃんばあちゃんの家、つまり私の親の実家に集合しました。お正月とかお盆とかでしょう(覚えていない)。
■ その際、私は「仕事が忙しくて、丸一日、ボロ倉庫でパソコン打つとか本で調べたりとかそんな作業とかばっかりなんだ。」とボヤいたら、姪の一人が「じゃぁさ、煮込み料理でもしてたら!? あ~はっは!」...他の姪たちもドっと爆笑。私は「なんだとぉ!?」とカチンときました...
■ ...が、ひとり振り返ってよく考えてみると、うん、そりゃぁ~いい考えだ (← どうにでもなる性格)。
■ 少しだけ自由になるお金もできてきたことだし、調べて、フィスラーの圧力鍋とティファルのフードプロセッサを買って、始めました...お、おい、気は確かか...。
■ 失敗に次ぐ失敗でしたが、素材や材料は純正なものだけ(農家の素材ばかりで、工場の素材はナイという意味)なので、失敗しても気にせず栄養にして、明日も作れます。
■ どんな仕事も、4,5年もやれば慣れてきます。始めた頃はツラかった、食べるものも失敗作ばかりで意味不明なものを食べていた...、けど、4,5年たち、10年たち、20年たち、まったく同じ忙しさとほそぼそとした生活水準は変わらないとしても、ひとつだけ、ちがうものは、気持ちのゆとりです。ゆとりができたのは、あのときコンニャロと思った姪のおかげです。
■ お肉は、自分では、年に1回、2月にしか食べなくて、ふだん処分価格野菜のポトフだけの生活ですが、今日はタンシチューをつくりました。あの「ゲリラ食品店」(1/9)で、なぜか「牛タン切り落とし」が、スジやメンブレンよりはるかに安い明らかに間違った値付けをしているのを発見して、買い込んできました。牛タンのシチュー調理は私にはちょっと難易度が高いんですが、あの時以来、部品交換しつつ使っているフィスラーで、長時間高圧で加圧調理します。市販のルーやソース類はナシで、加圧制作したオニオンスープのみです。俵型に形成したニンジンや小玉ねぎの切り落とした端切れ部分は、完全に溶けてスープになっています。お肉も野菜も箸ではらりとほぐれますので、フォークも、むだにカミソリシャープに砥いであるカトラリーナイフも、実は不要です。
■ 葡萄酒は、プーリャでありさえすればIGTクラスはおろかネグロアマッロかプリミティヴォならVdTで私の人生終わってもじゅうぶんすぎるのですが、今日はD.O.C.G. が何かの間違いでリーデル ・ヴェリタスの中に...たまたまです。ヴィンテッジは平凡です。デキャンタジュはデュラレックス・ピカルディ250ccの中で...え?。澱より温度の問題です。ネッビオッロ種は遠い非現実の世界ですが、人生、今年の2月だけは、個人的事情で、許してもらうことにします。ピエモンテの農家の方も、「王様」がまさか極東の酷寒のみじめな食卓で開栓されるとは思っていなかったことでしょう。
■ 今はレディになられた姪の皆さん、そんな話はとんと記憶にないでしょうが、どうもありがとう。みなさんのおかげです(笑
