2023/12/10

■ なおす - 軽トラを冬タイヤに交換


備忘録。今さらですが、12/10、軽トラのタイヤ・ホイールを、スタッドレスに交換作業。もう周りは1か月も前に終えています。私だけです。ただ、今年は雪が無くて、イマでも余裕です。こんな年は珍しいです。

 年々、腰に負担を感じます。軽トラの12インチだというのに...。かつては17インチも余裕で交換していたのに...。

 とはいえ、17インチだののときは、すべてハンドツールだけの強引な力技(チカラワザ)でした。イマでは、電動ですがインパクトレンチが手もとにあって、各段にラクです。

 数年前に、従弟が私の倉庫によく出入りしていた時期があって、そのとき農家(米とりんご)の彼は、私の倉庫わきの広めのアスファルトスペースで軽トラのタイヤ・ホイール交換をしたい、ということで、電動インパクトレンチを貸してあげました。「電動インパクトでもナットが外れない!」と騒ぎ出したのですが、たしかに外れません。私たちの力量不足もあるのですが、このボロい軽トラ(ごめん)、農家が激しく冬の間泥道をこいで、サビや泥や塩化カルシウムなどで固着しているんでしょう。それにしても激しいです。

 画像中央やや左に、半分だけ見えている長い棒は、KTC(京都工具)のBS-4Lロングスピンナハンドルです。全長600mm, 自重1100gの棒...。先端は12.7sq.ソケットがついているだけ。コレで外れないボルトorナットは、一般民間人の日常生活には無いでしょう...、ってなワケで、そのときの彼の軽トラホイールにこれを使ったところ、あっさり緩みました。

 彼に、そもそも締め込むときにどうやって締めたんだと聞くと、画像左にあるような「十字レンチ」に、一瞬両足をかけて右足にグイっと体重をかけて締めて着地するという曲芸をなさったそうで...。滑って転んだこともあったと...。だから思いっきり強く締め込むことになって、外すときはいつも苦労するとのこと...。それ外すのたいへんってさ、締め込みが強いというより、ボルトの歪みや曲がりがあるからじゃないのかい?

 近所のおじさんたちでも、自分でタイヤホイール交換をしているひとたちのほとんどが、十字レンチだけで作業しています。コレだと、外すのも猛烈な力が必要だし、じゅうぶんキツく締め込んだたつもりでも、実際にはトルク不足です。私はもう全く使わなくなってしまいました。

 イマ私は電動ながらインパクトレンチがあるので、脱着はコレでお気楽です。で、ナットを締める際は、画像右手前に見えるプリセット型の「トルクレンチ」で103N・mにセットしてかならず16本確認します。軽トラを含む多くの国産車は、タイヤのナット1本あたりの締め付けトルクはこの値です。

 この「トルクレンチ」は、ホームセンターで数千円で買えますので、精度はそう厳密ではないですが、あるとないとでは雲泥の差、自分でホイール交換をして一般道路を走るつもりなら、絶対に必要です。で、これを使って103N・mの値に締めるとしたら、この全長は400mmですので、かける力は257.5N程度、だいたい26kgの締め付け力が必要ですが、その力って、大人が体重と勢いを込めて締める最大値に近い程度だと思います。

 一方で、「十字レンチ」は、有効に締め付けトルクのエネルギーとして使える長さは200mm未満ではないでしょうか。だとしたら、103N・mの値を得るには、上のトルクレンチの倍の515N、だいたい52kgの「締め付け筋力」が必要ですが、十字レンチの200mmという作業領域では、屈強な成人男子のうちでもごく一部の方のみ叩き出せる値、通常の人間には不可能な値です。...と、近所のおじさんたちに説いて回りたいところなんですが...、ウルサいヤツになりそうです。近所のおじさんたちは、きっと日ごろから莫大な重量のウェイトリフティングをなさっている筋肉隆々とした方々なのでしょう。

 さて他方で、KTCのBS-4Lという「棒」は、全長600mmです。これを使えば、171N、17kgほどの力をかければ済みますし、自重ですでに11N稼いでいます。ボクでもワタシでもチョっと腕だけ動かせば簡単に緩みます。ただし、これで締め付けると、今度は逆にオーバートルク(締め付け過ぎ)も簡単に起こり、危険です。やっぱり、トルクレンチがないと、怖くて作業できないですよ。

 ってなわけで、彼の軽トラのホイールのナットを外す分には、この棒でラクラクだったのでした。「コレすげえな、農機具のメンテにも役立つね。一つ買っておかなきゃ。どこで買えるの? いくら? なんだよ、おしえてくれよ。」...あ、あの、実は、この「棒だけ」の工具なんだけど、えぇっと、い、いち、いちまん、...にさらに、にせんえん...じゃ買えないんだ...!(ioi)...

 ってことで、インパクトレンチを買おう、電動でも安いやつでもいいから!あと、トルクレンチも買おう!2つ買ってもヘタすりゃ「棒」1本買うよりおつりがくるかも...。

2023/12/09

■ まなぶ - 袋詰めの食事に頼る? - 大学入試 共通テスト 試行調査 - 数学IIB - 2018年第1問目(2)


食事の話。「袋詰めされている食品から、健常な18歳以上の日本人に必要な1日のカロリーや脂質の半分以上にあたる1500kcalを、毎日、摂取する生活」をしていますか? 私は違います。あなたは? 

 ポテトチップスなどの「袋菓子」なら受験生の年頃の18歳ではありうる話ですが、そうであっても、カルビーのポテトチップスは1袋60gで330kcal程度。それを「毎日」...。しかも「1500kcal」って、たぶん間違っている生活では? だとして、今回登場の太郎君と花子さんの生活って、何か異常な事態ではないでしょうか? 

 大学入試共通テスト試行調査問題で、異常な世界の人たちの生活を垣間見て楽しんでみましょう(なお、[  ]のオ以降は、カタカナ1文字に、解答となるアラビア数字1字が入ります)。

奇想天外な豊かな想像力に満ちた出題者に敬意を表します。

---...---...---

100gずつ袋詰めされている食品AとBがある。

l袋あたりのエネルギーは食品Aが200kcal, 食品Bが300kcalであり,

1袋あたりの脂質の含有量は食品Aが4g, 食品Bが2gである。

(1)

太郎さんは,食品AとBを食べるにあたり, 

エネルギーは1500kcal以下に, 脂質は16g以下に

抑えたいと考えている。

食べる量(g)の合計が最も多くなるのは, 

食品AとBをどのような量の組合せで食べるときかを調べよう。

ただし, 一方のみを食べる場合も含めて考えるものとする。

i) 食品Aをx袋分,食品Bをy袋分だけ食べるとする。

このとき, x, yは次の条件①,②を満たす必要がある。

摂取するエネルギー量についての条件 [  ア  ]………①

摂取する脂質の量についての条件 [  イ  ]………②

[ ア ], [ イ ]に当てはまる式を, 次の各解答群のうちから一つずつ選べ。

[ ア ]の解答群

200x+300y≤1500 200x+300y≥1500

300x+200y≤1500 300x+200y≥1500

[ イ ]の解答群

2x+4y≤16 2x+4y≥16

4x+2y≤16 4x+2y≥16


ii)  x, yの値と条件①,②の関係について正しいものを, 以下から二つ選べ。 [  ウ  ], [  エ  ]

(x, y)=(0, 5)は条件①を満たさないが, 条件②は満たす。

(x, y)=(5, 0)は条件①を満たすが, 条件②は満たさない。

(x, y)=(4, 1)は条件①も条件②も満たさない。

(x, y)=(3, 2)は条件①と条件②をともに満たす。

 

iii) 条件①,②をともに満たす(x, y)について, 

食品AとBを食べる量の合計の最大値を二つの場合で考えてみよう。

食品A, Bがl袋を小分けにして食べられるような食品のとき, 

すなわちx, yのとり得る値が実数の場合, 

食べる量の合計の最大値は

[  オカキ  ]g

である。

このときの(x, y)の組は,

(x,y)=([  ク  ]/[  ケ  ] , ([  コ  ])/([  サ  ]))

である。

次に, 食品A, Bがl袋を小分けにして食べられないような食品のとき,

すなわちx, yのとり得る値が整数の場合, 

食べる量の合計の最大値は

[  シスセ  ]g

である。

このときの(x, y)の組は

[  ソ  ]通り

ある。


(2)

花子さんは,食品AとBを合計600g以上食べて,

エネルギーは1500kcal以下にしたい。

脂質を最も少なくできるのは,

食品A, Bがl袋を小分けにして食べられない食品の場合, 

Aを[  タ  ]袋, 

Bを[  チ  ]袋

食べるときで,

そのときの脂質は

[  ツテ  ]g

である。

---...---...---

 いったいどんな食品なんだろうと思いつつ、読み進むにつれてだんだん気持ちが悪くなってきたのですが、こらえて解いてみましょう。

 カロリーの条件は、200x+300yを1500kcal以下に①し、脂質は、4x+2yを16g以下に②すればよく、xとyにii)の座標の選択肢の組合せを丹念にあてはめていけば、何とか暗算か軽いメモで行けそうです。

 iii)の、食べる量ですが、袋を小分けできるなら、上の連立不等式のxとyは実数ですが、袋を小分けできないなら、xとyは整数でなくちゃだめですネ。

 ここで、x+yを組み合わせて食う合計量を、いったんkとおくのが、最大のポイントでしょうか。x+y=kならば、変形して、y = -x+k(③)。これって、傾き-1でy切片はkの直線の式です。

 ①と②を、どちらも “y = …”の一次関数式にして、xy平面に書き出します(グラフはせっかく描くなら、できるだけデカく描こう!)。不等式なので、直線と原点に囲まれる直角三角形が有効なエリアですが、二直線に交点があるので、算出しておきます。分数座標でした。

 ①と②の両方の条件を満たすのは、重複したエリアです。この平面に、y = -x+kを書き込み、この、傾き-1の直線が有効なエリア内を通過する内で、切片kの値が最も高くなる時が、もっともたくさん食える場合ってことですネ。するとそのときの直線③は、交点座標を通過するってわけで...。

 食える量は、x+y = k より、100(x+y) = 100kだから、xとyとに、有効領域と直線の共有点のうちただ1点に定まった最高地点=交点の座標を代入して100g倍すれば、575g食えるんだと、結論が出ました。

 575gは、どういう形状の物質が入っているんだろうな!? これ575gひたすら食ってうまいのかな...。

 この手法は、「工業簿記」の「原価計算」でおなじみ...な人は、高校の普通科にはおらず、商業高校・工業高校など実業系高校で簿記2級を目指す生徒さんでしょうか。原価計算の一分野、「線形計画」の基本テクでした。でもそこの生徒さんでも、まさか太郎君の食生活にこのテクを使うなんて思いもよらないところです。

 袋が小分けできないとすれば、xとyが整数でなくちゃだめなので、重複する有効な範囲内で最大となる格子点を丹念に拾えばいいですが、その結果、満たす座標は、和が5になる6つの組合せのうち、領域内の5つに限られます。

 花子さんの食生活の場合、太郎君より多い600gを食い、カロリーは同じ1500kcal以下だが、脂質を抑えたいんだって。も~、わがままだなぁ。

 でも2人は、非常に特殊な生活をしているところなんですね、きっと。イマ、大気圏外の有人宇宙ステーションにてミッション実行中にちがいありません。

 なんでこんな特殊な食生活の計算を、18歳の50万人がいっせいに計算してあげなきゃダメなんだろうか...? 庶民にとっては、りっぱな象牙でできたタワーにお住いの出題者の方々の発想は、いっけんバカげているように見えて、実はほんとうにばかげている 実は深遠な見地に発するものであると思うと、胃が気持ち悪くなってうがいしたくなる こころを洗われる思いがいたします。

2023/12/08

■ なおす - クラシックシェービング - 今日


昨夜は眠っていられないような暴風だったものの、ここのところ例年にない雪の少ない不思議に乾いた日々が続いています。ずっとこうならどれほど良いことでしょう...。

 珍しい冬の晴れた日、気分転換に最適な、クラシックシェービング。暗い悪天候の日には、気持ちを変えてくれ、晴れた良い天気の日にはますます気分を高揚させてくれます。

 ブラシは、前回11/24で登場の高品質バジャー(アナグマ)のブラシに並び、こちらも最高品質のバジャー。デンス(植毛の濃さ)、ダイアミタ(根もとの直径)、レングス(毛の長さ)とも、文句なく特級品です。が、価格は、前回の熊野筆の3分の1でした。販売会社は中国Yaqiですが、製造地は東南アジア製です。ハンドルはずっしり重いアルミ合金のインゴットです。少しのシェービングソープで、もりもりと密度の濃い泡立ちがあり、しかもじゅうぶんすぎるほど長く持続します。伝統的工芸品の熊野筆も、品質的には問題ないかもしれないですが、やはりクラシックシェービングの文化のある場所で生産されたものは、不動の信頼感に満ちています。

 ソープは、アメリカ製の高級定番品スターリングStirlingのDeep Blue Seaというフレーバーの品です。これは私のような日本の末端庶民にとっては、明らかに身分不相応な贅沢品です。といっても、1,2週間でなくなる石けんや市販のシェービングスプレー(?)と違い、大切に使って何年も持ちます。何年も贅沢できるだなんて...。

 贅沢品ついでに、肝心のホルダは、アメリカ製のAbove The Tieの品。高級ラインの『Windsor Pro』シリーズのうちの『Kronos / SB90』という型番です。ギャップは0.9mmでアグレッシブ(刃とベースプレートの間隔が広いがゆえに、かなり鋭い切れ味で、中級者以上向け)です。これまたずっしり重いステンレスのインゴット削り出し品をポリッシュ加工しています。購入した数年前から、円安のせいもあって、今ウェブサイトで見て2.5倍程度に値上がりしていて、卒倒してしまいそうです。ま、コレも生涯にわたり使えるので、シックやジレットの使い捨て品を思うと、満足感の高さは比較になりません。

 いずれも、買ったときには、そう贅沢をしているだなんて意識はなくて、必要にかられていたのですが、今となってはもう...。

 これら、代替品類似品が日本に存在しないジャンルの製品を使うのは、シャワーのときです。毎日使うものを、外国から購入できることに、ほんとうに感謝の気持ちがふつふつと湧きます。...毎度同じことを言ってしまうのですが...。

 『イギリスのラシャとポルトガルのぶどう酒』といえば、経済原論を学んだ全ての人におわかりの通り、国際分業をすることによって、全ての人類の幸福が最適解を得られる、リカードの自由貿易論です。

 シェービングをするたびに、ひしひしと感じます。

 この理論の当然の大前提は、自由貿易が可能な国家関係です。原材料のみならず、労働条件や捨象可能な低関税といった経済学的資源の条件が均衡する、自由貿易を受け入れる民主主義国家同士で可能で、このときこのゲーム理論は、人類という全構成メンバーにとって最適解です。

 破壊し合う生物よりも生産し合う生物に、どうか戻ってくれるように、と、"真珠湾の日"に、こころからいのっています。

2023/12/07

■ きく - バッハ「オルゲルビュヒライン」BVW599-644; アラン


大学時代にいなかから東京に出て来て、本でしか知らなかったものの実物に接触する機会は多かったです。東京国立博物館の収蔵品などがその例です。うち、パイプオルガンというものを初めて聴く機会に触れたのも、その一つです。

■ おとといの冒頭画像は、東京カテドラルですが、この大聖堂は、典礼用途で実働する日本最大のパイプオルガンを備えています。小教区教会としてのカトリック関口教会で、ふだんの主日ミサで毎週稼働しているわけではないようですが、教会暦上の大きな祝日には当然、聖歌の伴奏に用いられます。

■ 初めてその音を聞いたときは、想像を絶するレベルで、「楽器」というよりは、「建物の構造物」が圧倒的な力を及ぼしているのを感じました。コンクリートという一種の石造建築物の中で、内側に向かって湾曲するネガティブラインを持つ内壁を這う猛烈な音の波や圧力が、集う会衆や私の皮膚や筋肉を押し脳を揺さぶるのではないかとすら感じます。それが、外側に膨らむ穹窿をなすヴォールト天井(8/6ご参照)を持つヨーロッパの教会と同様なのか、また、それが会衆に心地よいか、というのはまた別な問題ですが...。

■ ロックコンサートやサウンド効果付きのシネマシアターなど、類似の熱い高揚感があるのではないかと思いました(どちらも行ったことがありませんが)。

■ 飛躍しますが、1517年にくすぶりが破裂した宗教改革で、ルター本人の強い意志は、そのエグいドギついドイツ語訳の聖書と、積極的なドイツ語の讃美歌の、両方を用いる典礼(礼拝)で、説得力を強めたのではないでしょうか。うち、歌は、カトリック修道院のような、器楽伴奏なしの単旋律のしかも会衆にとって意味不明なラテン語なんかのモノフォニーではなく、オルガン伴奏が当然の前提とされる(当時は場合によっては管弦楽団までつく)多彩なホモフォニーに支えられた、歌いやすいドイツ語の主旋律をもつ讃美歌が、次々と作られていきました。

 自分たちの生活や場合によっては命をも抑圧するカトリックという巨大な敵対圧力を押し戻す強い意志は、会衆が、自ら読み歌う形で、積極的に参加する際に、教会という石造りの砦とオルガンという心理的に圧倒的な構造物によってバックアップされたのではないでしょうか。オルガンは、人間の意気を昂め、意志を束ね、決意を促し、人間の歴史を変える構造物です。

 さて、話はガックリ変わって、大学時代の80年代半ば、内臓疾患で何か月間か何年間か病院の天井を見て暮らしていた折りに、それまで何度も耳にして知っていたはずのマリ=クレール・アランの演奏を、耳にしました、と言ってももちろんいつものFM放送で...私が生の演奏に接する境遇なワケがないじゃないですか。

 このときの私の置かれた状況から、いつも鈍い私の感覚も、チョっと人並みに鋭くなっていたのか、ブクステフーデのあの二短調のパッサカリア(BuxWV161)で重々しい曲のハズのところ、たしかに軽くはない、がっしり芯が通った音色でしたが、だのに、ずいぶん明るくすがすがしい透明感でいっぱいで...。知っているヴァルヒャとは全く異質の音色に聞こえて、改めてLPで(当時CDは高価だった)じっくり聴いてみたい気分がむずむずしてきました。

 クラシックのLPレコードにつき、圧倒的に怒涛のラインナップを揃えているのは、世界広しといえど、ロンドンでもニューヨークでもパリでもなく、明らかに秋葉原の石丸電気です。一時退院した機会に、物色に出かけていきました。

 アランのLPは、すぐたくさん見つかりました。あの明るい音色をいっそうじっくり味わいたかったので、恰好の1枚、バッハのシューブラーコラール集(Schübler Choral BWV 645-650)を選びました(上の画像のLP)。

 自室の貧弱なステレオで聴いて、びっくり。いきなり感じたのがペダルの風圧です!?...えぇ!?...大音響で鳴らしたわけでは全くないのに、がっしりと芯が通った底抜けに明るい音色、いやそれを越えて、ペダルの低音で、音の波の風圧が物理的に内臓を揺らします(病気ゆえの幻覚です...)。フランスのエラート(Σrato)盤の特有の音の良さは定評がありますが、自分のショボいステレオの、ダイナミックレンジを上から下まで使い切っているようなずっしりと深い音です。あの関口教会の体験と同じではないか、ただこちらのシューブラーコラールの曲は、あの威圧感がなく心地よいです。

 オルガンは、オーヴェルニュ地方ドロームDrômeにあるサン=ドナ教会 (Collegiale de Saint-donat)の、1970年代のシュヴェンケーデル Schwenkedel 製で、1982年頃の録音。アルザス地方にあるこのオルガン工房の名前こそゲルマン語系ですが、音の体験なのに、音色は、南フランスの、明るい、強い、迷いがない、などのイメージが広がり、何か視覚的なものを感じます。南の地中海から吹く穏やかで湿度の多い海風。北から吹く乾いたミストラル。青空の下でからみあうようです(病気ゆえの幻覚です...。内臓疾患が精神まで蝕んできたかもしれません...)。

 その録音を遡る2年ほど前にアランがすでに完成させていたバッハのオルガン全集を、聴かずにはいられなくなりました...。LPでヴァルヒャの全集は持っていたので、その扱いのたいへんさから、もはや今度は、ダイナミックレンジの広い、しかも扱いやすいCDで欲しくなったのですが、CD17枚組はとても購入できず、何年も欲求を封印しました。全巻一括で購入したのはその後何年もたってからです。

 日本語盤の全集には、200ページにわたる分厚いブックレットが附属しています。アランが1曲1曲を全て丹念に解説しています。和訳が、ぎっしり濃密でやや衒学的、その文体が、淡々とした学術的で客観的な記述からは遠い文学的修辞に満ちていますが、元のアランの仏文がそうなのでしょう。それでもこの内容的な自信と信念・学究的誠実さがみなぎる人格には、圧倒されます。

 ヴァルヒャのオルゲルビュヒラインが、ほの暗く、模索して辿り着き、内面からにじみ出る喜びをじわりと感じるところ...でもそれを、今、この晴れ渡る南フランスの対岸から眺めると、場合によっては ceux qui cherchent en gémissant 呻(うめ)きつつ求める者ら? …。とすれば、アランのそれは、フランス的な clare et distincte 明晰判明, sens intime 屈託のない親しさ?... 

 No.4 “Lob sei dem allmächtigen Gott (BWV602)”...昨日のArchiv盤の和訳と違い、こちらΣrato盤の和訳は「全能の神を讃えよ」。ここでの彼女のペダルの音は、何の抵抗も障りもなくスっとからだに入ってきて気がつけば次の瞬間に心臓も腹も抜け落ちるている、といったような柔らかくもずっしり深い音。それが見通しの良い左手の装飾的な中音域と違和感なく戯れるようにからみます。右手旋律を歌う高音のストップは、ビブラートを知らない子どもがあっけらかんと発声するようなカラリと明るい色合いです。

 彼女のオルゲルビュヒラインは、しかし、曲ごとに、表情が多岐多彩で、巨大なダイナミックレンジにわたります。この、20世紀に新規に建造された現代の巨大オルガンを、手足のように動かし、あるときは浅く小刻みにあるときは深々と呼吸しているかのように、ほんとうに自在に振り回しています。もはや『オルガン小品集』の枠を超えて、あらゆるオルガン技巧の見本サンプルカタログででもあるかのようです。したがって、バッハ全集の他の曲、プレリュード、フーガ、トッカータなどのスケールの大きさに、この人の偉大さが、これでもかと痛いほど感じます。それら全てを包む背景にあるのは、全く揺るがない強い信念と楽観性、そのさらに根底に、...彼女の宗教は私にはもちろんわからないのですが、何か、こんこんとあふれるような信仰の喜び、というものがあるのではないのかな、という気が、ちょっとします。

2023/12/06

■ きく - バッハ「オルゲルビュヒライン」BVW599-644; ヴァルヒャ


オルガン曲といえば、私ならば、この人のこれです。

 もうちょいウルさく書けば;

バッハ『オルゲルビュヒライン - 45のオルガンコラール集』のうちから 

 Nr 4. Lob sei dem allmächtigen Gott (BWV602) 

レーベルは、アルヒーフ Archiv Produktion (West Germany)

1969年9月のステレオ録音

オルガニストは、ヘルムート・ヴァルヒャ Helmut Walcha 

 今は、静かなこころ楽しさがある待降節の時期なので、45曲のうちの、第4曲目を。たった40秒たらずの曲です。

 1970年代後半に購入した画像のLP、アルヒーフの国内盤の訳では、この第4曲目は、「万能なる神に賛美あれ」と文語調でいかめしい表現ですが、曲はふわりと柔らかいです。

 どの曲も、ルター派の讃美歌の旋律です。ただしそのさらに元はラテン語の(つまりカトリックの) “Conditor alme siderum”(輝く星の創造主)に由来します。でも、言葉で補おうとすればするほど、難しげになりそうで、ごめんなさい。が、そんな前提知識は不要です。

 聴けば、柔らかく喜びにはずむ低音ペダルのリズム(下の画像の最上声部の四分音符 - 緑枠)と、軽やかな左手の対位法的装飾音(楽譜画像の十六分連符 - 黄枠)を伴って、高音域の右手旋律(画像の最上声部の四分音符 - 橙枠)が、四分音符のみの、単純で素朴でおおらかな下降旋律で弧を描きながら、少しずつ降りてきます。最後の和音は、上行する左手の装飾と交叉して、御座への昇天を予告します。

※ Bach 自筆譜 "Lob sei dem allmächtigen Gott (BWV602)"

 このペダル-緑枠と左手-が、最初の小節で、直感的にほっと息を吐きたくなるような、何もかも、後悔も悲しみも罪の意識も、ふわりと包み受け入れてくれるようなやすらぎがあります。

 待降節は、"神の子が人となって地上に降りる"神学的モチーフが必ず背景にあります。ゆえに、待降節用のコラールには、基本的には下降音型をもつ旋律的動機が用いられる点で共通しています(たとえば、ご存じのクリスマス讃美歌『きよし、この夜』ですが、この2文節のいずれも、旋律語尾は下降していませんか?)

 あ、そもそも「オルゲルビュヒラインOrgelbüchlein」とは、「オルガン小品集」「オルガンの小さな本」という意味です。バッハのこの曲集の定訳が表題のカタカナのみの音訳となっているので、無理に訳し直すならそういう感じでしょうか。

 この45曲は、教会暦にしたがって、1年を「降誕(12月)、新年、受難、復活、聖霊降臨、祈り、死(11月)」に分割し、それぞれに数曲ずつ、ルター派のコラールをもとにさまざまなオルガンの技法を記したものです。

 うち、待降節用に第1~14曲目、復活までで第32曲目までと、やはり降誕と復活には大きく割り当てられています。

 全盲のオルガン奏者ヴァルヒャは、バッハのオルガン曲全集を、モノラル時代とステレオ時代の2度録音しています。私は70年代前半の中学1年生かそこいらの頃に、バッハって、ヴァルヒャって、誰だかよくわからないまま、この曲集のFM放送をカセットテープに録音しました。曲集の途中から録音、途中で尻切れです。きびしいようなやさしいような、ひとりでよく考えてみよう、と語りかけるようなこの曲集...。何百回か聴いて、カセットテープはもつれて捨てる状態に。高校生になった16歳、70年代後半頃に、意を決してあのカセットテープに録音した音源である、冒頭の画像の2枚組LPレコードを、当時の価格5,000円で買いました。画像のLP音盤はもう傷だらけです。日本語盤ですので、磯山雅の解説和訳があり、買ってすぐ読みました。そのとき、演奏者年譜に、ヴァルヒャという人は「16才...全盲となる」と書かれてありました。

 心臓がつぶれる思いでした。幸せにもLPを買った私と同じ歳で...。どんな思いだったのでしょうか。それが自分だったら...。

 目を瞑って聴いてみたらどうだい? と、声をかけられている気がしました。

 目を瞑って音楽をきくようになったのは、その瞬間以来、今日まで、半世紀近く続いています。

 この第4曲の音、いや、この曲集全体の色調が、やわらかいのは、当時のクリアならざる録音技術のせいもあるでしょう。ラジカセでは、よく言えば神秘的な、ハッキリ言えばモヤっと曇った響きでした。

 LPをヘッドフォンで聴いて、やはり、やわらかく包み込む響きがしました。今でもです。また、この第4曲の1969年録音時の一次音源には、曲の最初しばらく録音技術上のバグ的な雑音「ザリ」音ノイズがあります。

 同時に、このやわらかい響きは、使用したオルガンの音の特徴も大きいと思います。

 オルガンは、歴史的に独仏の領有争いが絶えなかった「アルザス=ロレーヌ地方のストラスブール 」=「エルザス=ロートリンゲン地方のシュトラスブルク」にある、サン=ピエール=ル=ジュヌ教会(Saint-Pierre-le-Jeune, Strasbourg)のジルバーマンオルガンです(画像CD右のジャケット)。

 聖人信仰の教会名からしてカトリック教会ですが、このエリアの複雑な歴史的経緯から、バッハの時代にはもう現在のルター派教会となっているようです。

 オルガン制作者のジルバーマンは、バッハと同時代人です。このアルザスエリアは、当時はオルガンの名工らで名高く、彼はその代表格でしょう。建造後数年して当地に来たモーツァルトがこれを演奏した当初は、構造的に、マニュアル(手鍵盤)1段、ペダル(足鍵盤)数本程度だったに違いないのですが、200年の間に修復を重ねたようで、20世紀になって、その初頭に、あの「密林の聖者」シュヴァイツァー、彼もストラスブールの人ですが、その彼が、エルフェル社と共同で手直しをしたのを始め、1979年頃までに、マニュアルはレシ込みで3段鍵盤かつワイドレンジで大掛かりなペダルに拡張され、そうとう大型のオルガンになっているようです。

 ジルバーマン建造当時のストップ(同種発音を有する一群のパイプ配列群)も敢えて残して使っているようです。

■ LPの解説にはオルガンの説明もあり、改修歴とディスポジション(ストップ仕様)が、それぞれの風圧データに至るまで詳細に表示されています。

 発音の特色(音色)は、おそらくの推理...ですが;LPと、その後80年代にこれをCD廉価盤にて再販した同一録音を購入したのですが、その2種の音源を、目を瞑ってジッときいての推理でしかないのですが、そうとう大型のオルガンでありながら、おそらく、たいへんに柔らかい発音の特色、場合によっては、同じ大規模なサイズで20世紀に新建造されたオルガンと比べてかなり反応が鈍い特色、などを備えているのではないでしょうか。これをヴァルヒャは、小さな独楽(コマ)でも転がすように、自由自在に操っているような印象をもちます。

 その、ストラスブールのジルバーマンオルガン固有の発音の特色と、他の人ならぬヴァルヒャという歴史的存在が、他の曲ならぬオルゲルビュヒラインを選んで弾いている、という組合せが、私にはかけがえのない、生涯の出会いです。