2023/07/24

■ あるく - 県道2号屏風山内真部線


夏は、散歩道の事情が少しむずかしいんですよ。

春先にあるいていたりんご畑は、そろそろあるくのを遠慮した方がいいかなと。実選り(みすぐり= 摘果)から収穫までは、りんご畑をつらぬくせまい農道を知らない人間が往来するというのは、農家の方を無駄に警戒させたり刺激したりする場合もありえますし、また途中スピードスプレイヤーの噴霧に出くわすとエラい目にあいますので。

他方、田んぼの農道は、炎天下の夏は、日陰も何もない灼熱なので、これもしばらくはやめておきます。

 自宅付近をあるけばよいようなものですが、私の自宅は、比較的街中の住宅街なので、排気ガスのアスファルト道路をあるいても、あまりわくわくした気分転換になりません。

そういうわけで、夏は木陰をえらんであるきます。

今日も、県道2号内真部線から眺望山へ。画像は、眺望山に至るアプローチ、県道2号屏風山内真部線に、金木町の喜良市(きらいち)集落から入ってダムや鹿の子滝を越えたあたりです。ブナやナラの木陰のトンネルになっています。木陰のトンネルというのは、幸せ感に満ちあふれた道だと感じます。

内真部の森林公園からアスファルト車道を山側に向かってあるき始め、30分ほど登ったら折り返します。道路工事作業の軽トラ2台と出会っただけで、あとは森閑としています。熊鈴をつけて歩いています。津軽半島は伝統的に熊が生息していないところ、最近はそうでもないようです。この鈴の音にいつもおもしろいように反応してくれるのが、うぐいすです。近づくにつれてこちらに警告をよこします。遠ざかるとまた静かな森に…。気温31℃、湿度60%。歩いていて暑いのですが、カラリとした風があって、汗は出るそばから乾く感じで、快適です。


2023/07/23

■ まなぶ - 昔使った『関口ドイツ語教本』の序言

 

関口存男 『初等ドイツ語講座-上巻』序言 p.x(10ぺージ)

大学1年生だった1981年初夏の頃、週6回毎朝あったドイツ語の授業についていけず、落第する前に、夏休みを機会に一から勉強し直そうと思って、文法参考書;関口存男『初等ドイツ語講座 – Deutsche für Anfänger』全3巻(三修社)を買いました。3冊をいきなり購入してかなり手痛い出費でしたが、後戻りできないように自分を追い込みました。

1巻あたり200ページ程度。3巻セットで、ドイツ語の文法を一回り解説しています。初版は1956年です。この時点でもう古い感じでした。

この関口という人がどんな人か、私はまったく知りませんでしたが、信じて夏休み全部を捧げてついていってみようと思いました。

 数ある参考書からコレにしたのは、第1巻の序言を立ち読みして声を出して笑ったからです。

序言の大風呂敷に半信半疑でしたが、読み進むうちに、関口の語り口のスゴさ・学ばせる際の周到さに、大いに魅了されました。

 3冊を1年以上かけて学習する予定らしきことが、序言の示唆からうかがえますが、私は、大学1年の夏休みの2か月間、東京の古い下宿の6畳の部屋で、来る日も来る日も、朝から晩まで、いや正確には、晩から朝まで(昼は暑くて...)、汗だくになって、手拭いを肘に敷いて、これを読んでは書き...と続けました。9月中旬に3巻を終えました。大学の文法より先を進んで終了してしまいました。いいのか、そんなことして...。

 その数か月前の4月(大学入学時)に、三修社の独和辞書を初めて購入したのですが、半年後の9月に、関口ドイツ語を学習し終える頃に、辞書製本の背の接着剤が崩壊して綴じ糸が次々と切れ始め、勝手に3分冊4分冊になり、携帯に便利になりました…え?
そういえば高校2年の時に、入学時に買った英和辞書が同様に崩壊したので高3になる春休みに買い直した経験がありますが、今回の独和辞書は6カ月でお別れだったので、悲しい…わけではなくて、関口ドイツ語のスゴさを物語るような気がして、妙に充足感がありました。

この関口ドイツ語の本は、数十年後、やはり製本の背が糊割れして紙も傷み、感傷的に保存する意義を感じなくなったので、迷った挙句に捨てましたが、その際、スキャンしてPDF化してあります。画像で、その序言の一部をご覧になってください。他の語学参考書のすべてをズタズタにこき下ろし、ホントにやる気があるなら歯を食いしばってついてこいという口調です。挑発されてついていったってわけです。

その結果、秋学期からの大学ドイツ語教材が、妙に手加減してランクを落としてくれたかのような錯覚が沸き起こって、えッ!?まさか、と疑って、ページを次々とめくって確かめた記憶があります。年度末のドイツ語の試験は満点で、評価はA判定でした。

 A判定を得たあの大学生はもう存在せず、別人のダルな人間にすり替わりました...。「鉛筆で書いてみようかな」の次のテーマは、この本の、格変化表と例文にしようかな。

2023/07/22

■ あるく - 眺望山


夏休み最初の土日。全国どこも良いお天気で暑いようです。当地は、晴れ・気温28℃・湿度70%・微風です。

今日も、ひば山である眺望山を、あるきます。夏~秋はできるだけここの森林浴に向かいたいと思います。

 画像の、散策路を登った稜線付近は、ヒバとカラマツの混生林で、陽の光と風が通り、路面はつねに落ち葉で乾燥してふかふかしています。このすがすがしさとあるき心地のよさは、毎日あるきたいと思わせる非日常的なすばらしさがあります。

2023/07/21

■ まなぶ - 鉛筆を使って - 英単語集の例文を書く-21


7/1から始めた「英単語を書く」の最終日。2001-2100の例文を書き終えました。

今日の例文2054: Both war and pandemic were over, and people’s lives gradually regained a semblance of a normal life.

戦争もパンデミックも終わり、人々の生活はしだいに平常の生活らしさを取り戻した。

...になりますように。

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7/1から始めた、数十年ぶりに使う鉛筆「Hi-Uni (2B)」の6本。今日7/21で、2100の単語に添えられたこの本の全ての例文、33,241語程度の英単語を書きました。

減りは、3週間で1本あたり4割くらい使ったくらいでしょうか。予想外に長持ちします。

使い始めた3週間前に比べて、筆圧低く、薄く、小さく、速く書いています。

当初は、その軸の細さと、芯の減り(細→太)の変化が速くて、とても使いづらく、やはり鉛筆は劣った筆記具かもしれないと思いかけました。でも、結論を出すのは、ひとまずコレを最後まで使ってからだなというつもりで続けています。

6/26に書いた通り、1) 寝かせた持ち方で(ボールペンにはムリ)、かつ、2) 紙質を選ばない(万年筆にはムリ)、すぐれた筆記具ではないかと予想したのですが、この時点での感想は、その2点を同時に満たす予想外に使いやすい新しい筆記具を発見した気持ちです。

道具は何でもそうですが、毎日使っていると、なじむものですね。道具というものがそういうものだというわけではなくて、人間というものが適応していくものだから、という気もします。

この調子でひき続き使ってみたいと思います。使えないくらい小さくなったら、また書きとどめてみようかと思います。

なお、使った紙は、PPC用紙(坪量69±2g/m^2)、A5サイズ横に10mm罫線を引いたものの裏表を使って、計64枚(127ページ)に書きました。廉価な用紙で表面はやや粗く、万年筆インクだと滲みと裏抜けがある紙ですが、鉛筆だと快適です。

本1冊の例文単語3万語が、鉛筆6本の半分程度、用紙は60枚くらいで、全部書けちゃうんですね。語学学習系の書き方の場合そうだということで、引き続き同様のコトをする際の自分の参考にします。

2023/07/20

■ あるく - 眺望山


今日の「英単語を書く」は、1901-2000の例文でした。

今日の例文1961: In America, it is common to see caricatures, even of the President.

    アメリカでは、風刺画はよく見られる。大統領が対象のものすらある。

アメリカ憲法を範にした日本国憲法21条1項は、表現の自由を認めていて、その運用が、どのくらい自由を認めているのかが、民主主義国家かどうかのメルクマールです。アメリカは、まさに自由の国。

某大国が、クマのプーさんを検閲によって徹底的に取り締まっているという事実は、むしろ世界の人たちの笑いを誘っています。江戸時代の徳川幕府は、将軍の無謬性から、表現の自由を徹底的に取り締まりました。いつの時代も権力者のヤルことは同じです。が、江戸時代に存在した「川柳」「狂歌」は、自然の美しさを謳ったものという表皮一枚をめくっただけで、江戸庶民の誰にでもすぐ幕府批判が理解できる高度な芸術です。庶民は独裁者ほどバカでなく、人類ある限り、権力と抑圧があり、カリカチュアはあります。現在もう一人のプーさんが世界の人々を苦しめているなか、多くの国民が、NAFO (North Atlantic Fellas Organization / Organisation des Fellas de l'Atlantique Nord) に加盟できたら、チョっとすてきではないでしょうか。

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ずっと雨がちだったところ、今日は昼前から晴れました。ひば山である眺望山のトレッキングコースを歩くことにします。

たかだか150mほどの山で、トレッキングコースも延べ数km程度なのですが、原生林ゆえに樹冠が多層に重なり、目にする景色は、なかなかの深山幽谷です。

また、ヒバの樹形が、画像のとおり、街の木には無い樹形なのでドキっとする形ですが、気持ちよいほどまっすぐな幹から、細い枝が次々とスっと真横に水平に伸び、その先に葉がつきますので、日光が地面まで差し込みづらいです。木の外観は、針葉樹は多かれ少なかれそうですが、こんもり濃緑が密集した三角錐をしています。

7/5の記事以来、何度か行って、交通量がゼロのヒバの森の道を楽しんでいます。山の稜線を越えた向うの森林公園で車両を降りて、舗装道路を、ランニングシューズを履き、水ボトルを腰に巻いて、1時間ほど歩きます。

ランシューズで舗装路を歩くのは、準備や荷物がごく少なくて済むし、安全で気軽だからです。

 今日は趣向を変えて、山道を歩くことにしました。トレッキングシューズと登山用の上下長袖など装備をして、水を持って、これも何年ぶりに歩いてみました。

うっそうとしたヒバの森の下生えの道の日当たりの良い入口で、雉(キジ)の親子5,6羽みんなで日向ぼっこをしていました。私がゆっくり近づいても気持ち良い陽だまりの場所を譲ってくれないのですが、そのわきを歩き始めます。

■ ヒバやブナやカエデの樹冠が厚いので、散策路は湿ってぬかるんでいて、シダ類やコケ類が群生し、蚊やアブも多いです。自然の倒木や登山道の崩壊も幾多見られます。登山道整備をしたのは50年近く前のようです。刈り払い程度の維持管理の手が入っているのは知っていますが、25年ほど前に、また15年ほど前にこのコースを歩いたことがありますが、改修などの形跡はなく、それ以前より大規模なメンテは何十年もしていないようです。とはいえ、歴史的に江戸時代から計画的に伐採と植樹をしてきたようです。散策路があるヒバ林は原生林相で、他にヒノキやブナの古い二次林も見られます。人の手が入っている安心感はあります。

 標高が上がるにつれて、ヒバとカラマツが混生し始め、陽も差し込み、道も乾いた枯葉のじゅうたん状態になり、ふかふかと快適です。30分歩いたら折り返そうと思っていたのですが、25分で山頂に着きました。

■ 山頂から陸奥湾の海や青森市を望むことができたのは明治時代の話。そのときに「眺望山」と名付けられたのですが、現在の山頂は、眺望ゼロです。山歩きコースとして見れば、ここは展望が開ける場所は皆無で、登山客にアピールできそうにないです。ヘタにフェイクな名前になっちゃったせいで、登山口コミサイトなどで、眺望ゼロがかえってクローズアップされて流布しやすいと思います。でも、不人気ゆえいっそう、深閑とした森林浴の散策路として、私は大きな魅力を感じます。