2025/08/17

■ きく ■ シューマン – ダヴィッド同盟舞曲集 Davidsbündlertänze Op.6

YouTubeMusic / Album
"Schumann Davidsbündlertänze Op.6"
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作品番号が若いですね。聴いてみましょう。

 やはりいつものスタンス(🔗2023/3/22)で、作曲家の置かれた状況だ背景だクララだその父だ演奏家の経歴だ受賞歴だ...は、いっさい知らないってことで。そんな事はWikiやYouTubeやそれをパク 引用しているあまたの事情通なおじさんたちにお任せ。


 私たちは、そんなこと論ずるより、"音楽"に耳を傾けて感じ、気持ちを豊かにしましょう。

 この”舞曲集”は、1曲2分前後の小ぶりな曲が計18曲。全曲通して聴いても、演奏時間はDa Capoなしの演奏なら30分。

 冒頭1番の導入が、マズルカ風の、陰影とためらいがあるリズムながら、軽やかな足取りで、ふと脳裏に浮かんできて、ついまた聴きたくなるんです。

 楽譜を見ると、演奏者がとまどう文学的注釈...(拙訳)。


古い格言: いつの時代もいつも

悦びと苦しみは縺れ合う:

悦びには謙虚に

苦しみには勇んで、備えよ

 大学生時代に大学講義にも行かずにどなたも没頭したに違いないドイツロマン派のジャン=パウル『巨人』『陽気なヴッツ先生』の強い影響を実感します(?)。"同盟"といい、上の楽譜の左手の"Motto"の表記といい、この記事の楽譜の最下段最終音フェルマータ下の[F. und E.]という不明な表記といい、文学の霧に包まれたお話がまとわりついています。知るのも楽しいですが、生涯知らずに音楽を楽しむだけでも、じゅうぶんすぎるほど夢想の境地に遊べる曲集だと思います。

 そのうちの、第13曲を。"Wild(荒々しく)(A部)、und lustig(そしてほがらかに)(B部)+(おだやかなCoda)(C部)"を、何人かの演奏で比べてみましょう。なお、たった3分ほどのこの曲の、"A, B, C部"は、私の勝手な区切り方です...。

A部; 荒々しく非常に強く勢いのあるオクターヴの打鍵。左手の指のレンジが教会パイプオルガンペダル並みに広く、スフォルツァンド記号もクレシェンド記号も頻繁で、ゆえに猛烈な強打が必要です。


 ここでいま取り上げる演奏家に不満は何ひとつないです。

 他方、YouTubeにアップしている多くの若い日本人演奏家らの、左手の打鍵が、弱すぎ丸すぎ腰が引けていて、聴き続けるのが苦痛です。まるで、書家の手を書展で見た後に、ネットのブログで個人の手書きの丸文字を見せられるような見苦しさが...。YouTubeのおかげで広くいろいろな演奏に触れられるようになり、個人ブログにも「これもいいなぁ」と根拠も示さず安易にそのリンクが次々ベタベタ貼りつけられているのに出くわします。なんだか醜悪さすら漂います。玉石混交な広漠とした情報洪水の世の中、自分を磨いて、聴き分け見分けるしかないと痛感します。

 デムス盤(Documents;1970盤)(🔗2024/11/28)。個人的にシューマンピアノ曲のリファレンスとなるような刷り込みは、ここ40年ほど、彼のこのステレオ初期の全集です。LPの時代には飛び飛びに、その後、13枚の全集を、数十回か数百回か、通して聴いてきました。


 ポリーニ盤(DG;2001年)。デムス盤を踏襲した伝統的で模範的な解釈です。彼の晩年のDGの録音に共通ですが、ホール残響やペダル残響が多く華やかな響きです。が、それよりも、彼特有の、信念に満ちた打鍵の強さ、流れの美しさは、感服せずにはいられないです。晩年になってこのシューマン初期の作品を録音したんですね。


 ウーリヒ盤(Hänssler Classic;2014年)。2021年の時点でシューマンのピアノ曲全集Vol.15まで完成させているのですが、その後、全集セットを発売しないのみならず、本人のYouTube及びYouTubeMusicサイトで、全アルバムを無料開放しています。唖然...。どのような意図・戦略なのでしょうか。15枚全てにわたり、実によく考え、練り、悠然とした器の大きな演奏。このOp.6の13曲目は、少し影のある鬱屈した歩みですが、確固とした非常に強いアタックで、驚きを呼び起こします。


B部; そしてほがらかに


 豊かなレガートを幾重にも重なるスラー記号で。

 デムスもポリーニも、強いA部の残響の勢いのある水しぶきをかぶったままどんどん漕ぎ出していくかのような爽快感があります。

 他方、ウーリヒは、力で押すA部を一瞬、フと断ち切り、あらためて泰然とB部のレガートに乗り出します。この間(ま)のつくりの発想に、うならされてしまいます。ウーリヒは、全アルバムを通して、曲想について実に深い新たな熟慮を得ています。

  内田盤(Decca;2014)。上の人たちとは、いやこれまでたくさん聴いたどの演奏家とも、まったく別の道を行く大きな包容力を感じるのが、内田でした。彼女も、活動後期になってからこのシューマン初期の作品を録音したんですね。


 A部からB部を間断なくつないでそのコントラストの豊かさを際立たせる伝統的解釈とは、きっぱり袂を分かつような、その響きとためらいの麗しさには、もう魂をすっかり奪われます。そのレガートは、力みを抜ききって、静まり返った水面の凪を、なめるかのように静かに滑空します。

C部; コーダホルン5度の響きが重なるドイツ伝統の角笛の響き。


 右手から左手へとクレッシェンドしつつテンポをあれよあれよと上げ、大波のようなデュナーミクが寄せ、すっとリタルダントして引いて消えていく見事さが、息をのむような聴き所です。


 ポリーニやウーリヒのあざとさに舌を巻きます。

 が、内田の、陶酔して気を失うような美しさ...。この人は、おそらく、考えては弾き、考えては弾き、...を、数百回数千回繰り返して磨いたものでは...。まるで単なる主観的連想の比喩ですが、楽譜をバラバラにほぐして、音符を1音1音とりだして、磨き、下塗りを重ねて、研ぎだし、磨き、また塗っては、を重ねて、最後に漆黒のつややかな漆を仕上げ塗りし、あらためて組み直したところ、そのつややかな漆黒の縁辺に、美しい下塗りの朱や緑が釉を透かしてほのかに美しく見えるかのようです。

2025/08/16

■ なおす ■ 健康診断


市の健診へ。備忘録的に。主に「所要時間の所感」「胃透視検査の個人的必要性」。

 7:00受付開始のところ、6:25着。気温19℃で夏の朝としては少し冷えますが、おととし2023年同様(🔗2023/8/23)、朝1時に起きる身にとっては、もう空腹で居ても立ってもいられず、むしろ早めに出て、受付開始まで文庫本を立ち読みした方が気もまぎれるかと。

 昨年2024年は、所用で日程が合わず、他の地区の健診に参加させてもらいました。

 今年もまた2023年同様、待ち行列順位が1位になってしまいました。でも、私が並び始めると、おそらくクルマの中で待っていたと思われる人が2,3人出てきて、すぐ私の後ろに並び始めました。耳に入る話からすると、遠い地区からの人のようです。

 20人程度が並び始めた6:50頃、受付開始。

 メニューは;

1.受付-

2.会計-

3.大腸がん検診検体回収-

4.保健師看護師による問診-

5.血圧測定-

6.胸部X線-

7.体重身長測定-

8.尿検査(検体回収)-

9.眼底検査-

10.心電図と腹囲測定-

11.医師による問診と聴診

12. 採血-

13.胃透視検査

 7:27すべて終了し緩下剤を飲んで退出。

所要時間について思ったこと

 37分ほどで全て終了したことになります。どの測定でもその日いちばんの受診者として受け付けてもらった結果、2023年とほぼまったく同じ時間で退出となりました。おそらく「市の健診は、最短最速で37分」ということです。

 昨年は「他地区からの受診者は朝9:00受付開始」で、その時点以前からの待ち行列に加わり、健診終了退出まで2時間。

 もっとも長時間かかった経験は、自分のPCの記録を見ると、直近10年では2019年で、4時間。これは、市側の都合で時期と実施会場とを、例年とは一時的に変更し、6月、広い体育館になった年。6:40着で待ち行列の1桁番目についたのに、運営側の要領が極端に悪く、キュー(待ち行列)のFIFO(先入先出法)が崩れ「後から来た者が先に処遇される」混乱となり、重ねて運悪く寒く、開場後にストーブの搬入などで各ブースの場所配置変更がありました。この日は朝のうち非常に寒くて、フリースとダウンジャケットを着ていった...との記録。ルーティーンワークから外れたイレギュラーなタスクに対する市町村役場職員の無能な側面が遺憾なく発揮された記憶があります。

 今日のように、暖かい時期に、手慣れた市役所庁舎内で実施するのが、運営側にとって段取りのノウハウが蓄積され、要領が良いです。

 キュー(待ち行列)のボトルネック箇所が、上の13の関門のうち、5(血圧測定), 7(体位測定), 8(尿検査)。特に、尿検査は、例年「当日会場のトイレにて各自採取の直後その場で測定」だったものが、今年から「自宅で検体採取して持参」に変わったのですが、その検体を、1台1人のみの検査技師が例年通りその場で測定しています。2分以上かかります。「何か異常がありましたか?」と結果を聞いたら、質問されたこと自体に意外な顔で「え? いや異常は特に...。詳細は結果送付で確認してください。」との返事。受診者を測定終了までその場で待たせ、結果は告知しないって...。ならば、大腸がん検診同様、検体の回収のみにしてよいのでは...。

 キュー(待ち行列)に並んだ際の待ち時間の計算を考えると、ちょっと考えただけで、20位以降に並んだら、上記13箇所のノード(関門)での待ち時間+処置所要時間+ノード間の移動を合計すれば、60分を軽く超えます。だとするならば、早朝受付開始60分前に来て、待ち行列順位1位を確保した方が、時間的にも精神的にも良さそうな...。

 笑ってしまったのが、後ろに並んでいたおじいさんたちの会話です。「こんなお盆期間のさ中に健診を実施されると、安心して飲めないじゃないか」「この時期に健診をぶつけてくるのは、役所のいやがらせか」「健診結果なんてあきらめて痛飲したけれど、今日の結果はひどいだろう、ま、いっか...」...なるほど、ちょっとかわいそうです。お盆の豪華な酒肴を目の前にして頭をよぎる数日後の健診...うしろめたさを感じつつエンジョイ...しづらそうです。でも、意識しているだけでもエラいですネ!ここ5,6年は、この地区は、8月中旬過ぎの実施なんです。良い作戦です(おじいさんたち、ごめん)。

胃透視検査の個人的な弊害

 問題は、今日この後と明日...。私個人の問題ですが、毎年、飲用硫酸バリウム造影剤の緩下剤が効きすぎるんです。ふだんクスリというものを飲まないからでしょうか、およそ耐性というものがなく、4時間くらいしたらいきなりお呼びが来ます...。その後ずっと、不定期に突如呼ばれ、どんどんつのる脱力感...。たっぷり翌日にも及びます。しかも翌日に残る大きな疲労感。突然の呼び出しがあるので一歩も外に出られないし、脱力感があるので出たい気にならない状態です。そのせいで、翌日予定の親族葬儀をキャンセルしたことも。

 健診は1年を健康に過ごせるためには有効ですが、その1年365日のうち、早朝断食から始まり翌日いっぱい続く大きな疲労感で、丸2日というコスト(犠牲)を支払います。侵襲の過大感があり、見合うコストか疑問です。来年は、少なくとも胃透視検査の中止を検討します。

 ここ3,4年ほどは、毎年、胃内視鏡検査を受けているので(🔗1/30)、今回の市の健診のうち、胃透視検査は受診する必要は、もともとなかったのでは...。

 と、こうだらだら長く書いたのも、今日はもうすでに、他に何もできない脱力感ゆえです。あなたの参考にはならないかもしれませんが、この記録は、来年以降自分で参考にします。

2025/08/15

■ あるく ■ 河川敷のりんご畑の道

8/15

 真夏の日差しですが、なんだか6月7月の勢いに比べると衰えています。早朝は20℃を切ってひんやりします。今お昼は、気温27.5℃、湿度60%、風はやや強く(5m/s)、乾いた感じです。

cf.🔗6/27

■ また大橋をわたった川向うの河川敷のりんごの森をあるきます。夏草の藪がすごそうですが。

 あの大きな栗の木に隣接するりんご畑は、ちょうど乗用型草刈り機が退出するところでした。草の萌える良い香りが漂っています(トップ画像)。

8/15

 河川敷の岸辺の道におそるおそる入ります。やはり視界が効かない藪の道となっています。

8/15

cf. 🔗5/19

 せみ時雨のなか、夏の真昼のおだやかな祠のたたずまい。一礼して、歩を進めます。


 寒暖の差があり、りんごのヴェレゾン(色づき)が進みそうです。

8/15

cf.🔗5/5

 となると、それはそれで、防鳥対策や袋がけなど、新たな作業も多いことでしょう。

鳥害(つつかれた)と
キラキラ光る防鳥テープ

防鳥カイト(左上)と
防鳥テープ(右下)

 お盆だから農家は休み、というわけではないようです。農村においては、かつての世代は、お盆の豪華な仏前に親族が集まり、饗宴だカラオケだビールだ枝豆だ(?)とお祭そのもののような大声での乱痴気騒ぎでしたが、この30年ほどで、どの集落にも小ぶりで四角い高断熱高気密なツーバイフォーの家々が建ち始め、お墓参りも少人数で静か。寺や墓地には飲食物を残さずに持ち帰られ始めています。朝から淡々と農作業にいそしんでいる若い世代の合理的価値観には、多くの部分で共感を覚えます。

8/15