2025/01/02

■ まなぶ ■ 屋根雪

近所の郵便局

「ずしん」と落雪の音。いつもと違う音なので、出てみると、2軒隣の空き家の屋根雪が落ちたようです。↓


 雪が多い冬です。


 ↓のボイラー(H=180cm)は埋まりそうです。


 追加で、隣家から投下されそうです。


 屋根雪は悩みの種です。



 完璧な回答のひとつが、(「落雪対策」の観点のみ考慮するとすればの話ですが、)「片流れ」形状の屋根です。

wikipedia-片流れ

 今日の一番上↑のトップ画像は、地元のすぐ近くの郵便局なんですが、毎年、冬になってこの建物を見るたびに、惚れ惚れします。よくぞここまでキッパリ割り切った建築設計を!と。

 当地域に雪をもたらす季節風シベリア寒気団は、もっぱら強い西風です。防雪壁などは西面に建てるべきです。他方、一般的に、あちこちで屋根雪がいっせいに落ちるのは、昼過ぎの気温が高まる時間帯、すなわち太陽が南中を回って西に傾く午後の時間帯です。

 トップ画像は、アンテナの向きで方角がおわかりの通り(?)、片流れの屋根が西斜面を形成しており、西面の屋根と壁は、徹底的に落雪・耐雪と換気通風が考慮されている一方で、郵便業務オフィスの入り口や窓口は、東側と南側に大きな明るいガラス壁として確保しています。

 昼なお暗い雪国の冬ですが、ここの郵便局の利用客は、強い風にもあたらず、明るく居心地の良い郵便局で用を足せる設計となっています。

冬の悪条件と地元の落雪の条件を計算し尽くしたこの建物の建築士さんは、エラい。

2025/01/01

■ きく ■ C. P. E. バッハ - 弦楽のための交響曲 Wq 182-2

■ たとえばの話。いなかでの閉塞した息苦しい因習に縛られた長年の生活。が、大都市に出、 今日から、新しい生活をするとしたら。あらゆるしがらみから解き放たれ、深呼吸して自由に羽を伸ばして、生き生きと思ったとおりにのびのびと活動し始めたら。さぞ"都市の空気は自由にする-Stadtluft macht frei."ことでしょう!

  16世紀ルネサンス晩期、教皇の玉座ローマを花の臺(うてな)のように擁するイタリアが、サンピエトロの御聖堂(おみどう)に響き渡る爛熟のポリフォニー音楽の惰眠をむさぼっていた頃。同時進行で、北端の商業自治都市ヴェネツィアにて、革命的に新鮮な"いびつな真珠 barocco"が隆盛し、初期バロックとなるモンテヴェルディらヴェネツィア楽派が、閉塞したポリフォニックな教会音楽の腐乱の息の根を止めた...、ふうに、私には映ります。都市の空気が新風を吹き込んだことでしょう。

  ヨハン・セバスチャン・バッハが20歳のときに、いなかの教会オルガニストの職の4週間の休暇という制約を、傲慢にもまるで無視して、勝手に16週間かけて、400kmの道のりをあるいて、北ドイツハンザ同盟の都市リューベックに、ブクステフーデのオルガンを聞きに行ったのも、閉塞からの深呼吸、都市の空気のなせるわざでしょうか。

  その大バッハ晩年のブランデンブルク協奏曲は、いわゆる「バロック音楽」晩期の完成様式で、もはや"いびつな真珠"どころか、バロック音楽のすべてのエッセンスを凝縮する大粒の円満な調和を象徴しているのではないでしょうか。とはいえ、今でも、鳥肌が立つような斬新な演奏の新譜が登場する楽しい源泉でもあります。

  この、偉大過ぎる父ヨハン・セバスチャンの、第2子カール・フィリップ・エマヌエル(C.P.E.)・バッハは、大バッハ20人の子の誰よりも父の価値観や様式に忠実なようです。

  職も、プロイセンのフリートリヒ大王の宮廷に鍵盤奏者として奉職し、父大バッハとフリートリヒ大王を引き会わせています("音楽の捧げもの(BWV1079)"のきっかけ)。

 トップ画像のアルバム・アートは、下↓の、メンツェル(Menzel)の絵画の、部分です。フルート奏者はフリートリヒ大王、鍵盤はC. P. E. バッハ、右端はフルート教師で大王の音楽の師のクヴァンツ、ヴァイオリン奏者の2人はベンダ兄弟のはず...。ベルリン、ポツダムのサン・スーシ(sans souci)宮殿にて、啓蒙君主を取り巻く錚々たる音楽家メンバーでのコンサートの華やかさに、惹かれずにはいられません。


 目を奪われるような絵画の美しさは、燭台とシャンデリアの光の美しい描写によるものではないでしょうか。ドイツのレアリスムス派を象徴するタッチで、ほぼ同時代のロマン派フリートリヒ(C.D.Friedrich)の息を呑むような幻想世界と並びます。いずれにしても、フランス印象派の勃興がもう目の前に迫っています。

 で、言いたいのが、モンテヴェルディ、若き大バッハと同様に、このC. P. E. バッハも、父の宗教的・音楽的価値観への共感と重圧、偉大な啓蒙君主のパトロンながら専制君主たるフリートリヒ大王の重圧から、まさに逃れ、期せずして父と類似した、かのハンザ同盟の自由都市の、ハンブルクに新天地を求めて、30年奉職したポツダムの宮殿を後にします。新鮮な空気を深呼吸したかったにちがいないです。

 自由な自治都市ハンブルクにて書いたこの交響曲(作品番号;Wq182の6曲)の、アっと驚くような書法。

 私がこのCDを思わず手にしたのは1980年代の大学生時代。80年代に隆盛をきわめていたイギリス古楽器集団のうちのピノックの演奏、アルバムアートの斬新さ、「大バッハの息子」というエピゴーネンの器楽による調和的世界、などといった期待感と先入観の後押しによるものでした。

 弦楽器と通奏低音(チェンバロ)だけで、管楽器も打楽器もない「シンフォニア」と称する3楽章形式の曲が6曲。まぁ軽い曲かな、と。

 がっ!...一聴して、その和声構造の、現代アートのような破壊的な意外さに、えぇっ!?と。もう、崩壊しています...。大バッハの円満な調和も打ち砕かれ、ぶち壊されました。

 2番の1楽章を見ましょう。


 突如ユニゾンで、轟音を立ててガラガラと構造物が崩壊します(枠)、と、八分休符とスタッカートで息の根が止まった!(枠)、かと思いきや、スグ立ち直り...(ここまでたった1小節)、スタッカートの低音リズムに突き動かされて16分四連で歩み始めたヴァイオリン(Vn)が、一音ごとに、異常な転調を繰り返し、完全に制御を失っています...。(枠)

 二段目1stVnが、突如止まり、トリルで痙攣し、また止まり、より強いトリルで痙攣し、を繰り返します(trp, mf, f の強弱記号が...)。(枠)

「バロック音楽」が爛熟し破綻した今。ハイドンはまだエステルハージ家の抑圧下にあって、モーツァルトはまだザルツブルク司教の抑圧下にあって、ヴィーン古典派はまだ芽生えておらず、音楽は、もっと自由な空気を求めて破裂するための突破孔を求めていた時期ではないでしょうか。

 C. P. E. バッハのこのWq.182の6曲は、まさに、破裂しています。

 "多感様式 Empfindsamer Stil" などと呼ばれる彼の音楽。かつての価値観に安らぎなど求めない、内に秘める激しい心の動き。この作品を貫いて、音型には、異常に激しい跳躍、踏み外したような思いがけない転調、突如の休止と窒息、直後に激流の破裂と、聴く者を、急峻な岩場をほとばしる白濁した急流に力いっぱい投げ込むようです。

 史上、すぐ続いて、ハイドン、モーツァルトの"疾風怒濤期 (Sturm und Drang Zeit)"が押し寄せます。

「よ、よし、今日は聴くぞ」と決意して手を伸ばすCDは、いくつかありますが、この、たった数分の楽章構成をもつにすぎないこの1枚も、それにあたります。「うはっ!すごいな」と、つい、このピノック/イングリッシュコンサートの演奏の爽快感から、独り言をうなってしまいます。

 音楽史上、様式の過渡期にあたる上に、"大バッハの子"という陰の存在ゆえに、「独自性」「自分」といったものを声高に主張しない存在のような気がするのですが、自分のなかでは、異様な存在感があり続けています。

 ポッと明かりがついたり、フッと暗闇に戻ったり、しかし、中をよく見ると、奥底に、煌々と灼熱の熾(おき)を秘めている、消せども消えぬ炭火の熾のような存在が、このC. P. E. バッハのWq.182です。

2024/12/31

■ きく ■ 桂米朝 『厄拂い』


明け方、珍しく雨がザーザー降りです。大晦日の夕暮れ迫る今は、ぼた雪がどんどん降りてきます。

大晦日の落語」。何が思い浮かびますか。

 幾多あれど、大晦日の噺の両横綱は、上方・江戸問わず『掛け取り』。江戸落語では『芝濱』が、圧倒的存在感ですよネ。

 個人的には、上方落語にはただでさえ登場が珍しい「雪」が、まさに主役級と言える、大晦日のお寺での噺、桂米朝・永滝五郎の『除夜の雪』が、まったく特別な存在です。実によく考えられたマクラでリラックスした聴衆。その笑みが、あまりの恐ろしさと悲しさに、瞬間冷凍されるように凍りつき、寄席の場は、水を打ったような静けさのうちに、すっ...と短く終わります。"国宝"とうならされる名人芸...。

 まぁそ~お堅いこと言うなよ、と思われているでしょうから、んじゃぁやっぱ、くつろげるお話を選ぶとして、大晦日の上方の庶民と大店(おおだな)の幸せ感溢れる『厄拂い』。

 いつもの与太郎(チョイと頭のクギが一本抜けたニート君)に、ご隠居さんが、お小遣い稼ぎのアイディアを与えます。大晦日の「厄払い」です。

 昭和初期頃までは盛んだった習慣らしいです。現代日本には無くなった習慣でしょう。江戸時代最大の商業圏の大阪ならではかもしれないです。

 大晦日に、「厄、払いまひょか。」と、とりわけ験を担ぐ習わしの大店の店先に現れ、縁起の良い年越し文句を、軽妙な調子をつけて祈祷する、一種の売り子。店側では、番頭以下丁稚までが並んで調子〆め、ご祝儀にお金と節分豆の報酬を払い渡してやります。

 その文句が:

"あーら、めでたやな、めでたやな。

めでたいことで払おなら、

鶴は千年、亀は万年、

浦島太郎は八千歳。

東方朔(とうぼうさく)は九千歳。

三浦の大助、百六つ。

かかるめでたき折からに、

いかなる悪魔が来ようとも、

この厄払いがひっとらえ、

西の海へサラリ、

厄払いまひょ。"

 ご隠居さんが、与太郎に教えて暗記させようとするのですが、まぁどうしようもないです。与太郎は、すべてカナ書きしてもらったカンニングペーパー持参の状態で、商売に繰り出します。

 その後の話のおもしろさは、いずれの噺家も、腕の見せ所でしょうか。

 桂米朝の昭和50年の録音では、まるっきり覚えていない与太郎が、あちこちの店で、しゃべることごとに、縁起の悪い単語を連発し、店の者に顰蹙をくらい、聞く私たちを笑わせます。

 最後に寄った大店。待ちかねた番頭が、与太郎を急かします:

与太「"う、うら、浦島太郎は"、...ここちょっと読みづらいなぁ、これカスレたぁる。ちょっとおたずねしますが..."浦島太郎は"、...なんでしたかいな」

番頭「何を言うてる。"浦島太郎は八千歳"じゃ!」

与太「あぁーそやそや。それから?」

番頭「東方朔は九千歳っ!」

与太「なるほど、で?」

番頭「三浦の大助百六つ!」

与太「そうそう。」

番頭「いかなる悪魔が来ようとも...」

与太「そやそや、違いない違いない。」

番頭「西の海へサラリ、厄払いましょうっ!」

与太「アハハ、アンタが払うとくれなはった、ほなさいなら。」

番頭「お、おいこらぁ。...人に払わして、行ってしまいよった、あの厄払い。」

旦那が登場「ハッハッハ、いやいやけっこうけっこう。番頭どん。うちの者が厄払うたのも、おもろいやないか。こっちゃぁ腹かかえて笑うとったがな。これでもう、毎年のご祝儀が済みました。さぁさぁ、これで目出とう休むことにひまひょ。」

番頭「旦さん、えらい急に雨が降ってきました。」

旦那「おう、急に雨が降ってきたなぁ。年越しの晩に雨が降るとは。」

番頭「旦さん、これはおめでとうございます。めでたいこってんねん。」

旦那「そうかえ?」

番頭「そうでんがな。急に雨が降ってきましたんや。

"降るは千年、雨は万年"でっせ。」

旦那「なるほど、こらぁ験のえぇことを言うてくれたな。

おや、おい、何をばたばたしとんねん。」

二番番頭「いや、降ってきましたんでな、裏の方の戸を閉めてきましたんで。

"裏閉めたるは八千歳"とは、どうでございます。」

旦那「はぁ、ようでけたな!」

三番番頭「わたしゃ、ほうぼうの戸を刺して(施錠して)きましたんで、

"ぼうぼうさすは九千歳"と。」

旦那「やぁ、これもうまいなぁ。おや権助、そんなところでブルブル震えてどないしたんや。」

権助「いやいや、

"みぶるいの権助、百六つ"でおます。」

旦那「アッハッハ、...」

 という調子で、大店の店の者一同で、駄洒落た厄払いを次々に調子よくこなし、噺の落ちとしています。

 大晦日の夜は、落語をピリリと聞いて、充足感をもって眠りにつきたいです。


2024/12/30

■ あるく ■ 牧場


牧場です。北海道に行ってきました...じ、冗談です。すみません。地元の牧場です。

 クルマで20分くらいの県畜産試験場。

 無雪期は、リンゴ畑の網の目のような農道から何通りものアプローチができ、リンゴあり牧場ありのすがすがしい農道が延々と続きます。

2019年7月

 が、冬は、農道は一切閉鎖。集落をつなぐ一本の道筋のみ。それがまたなかなか怖い、急坂のアップダウンがある細い道です。


 あちこちの埋もれた農道をよく見ると、軽トラ1台がやっと通れるくらい細~く掘り進むように除雪している道もあるようです。通り抜けられるものなら行ってみたいのですが、作業する農家のジャマとなりそうなので、畑に作業も用事もないヤツがクルマで深入りはダメでしょう。やはり雪融けの頃をおとなしく待ちましょう。

 年始に、あちこちの山あいの神社の参道が、拡張して除雪されますので、お正月ののんびりムードが終わったあたりに、そういった近隣在郷のエリアに軽トラであちこち探検するのを楽しみにしましょう。

2024/12/29

■ こわすつくる ■ 積み上げた雪に雪庇


自宅倉庫前の狭い幅員4m道路を挟んだ向かいの駐車場。除雪ローダーで積み上げた雪がもう3m程度になってしまいました。


 強い西風にさらされて、尾根が雪庇風の曲線を描いています。

 へぇ、きれい...と眺めました。


 予報では、まだまだ大雪は続くようです。冬は始まったばかりだし...。

 私の場合に限って言えば、ご近所の手前大きな声では言えないのですが、これまでの数十年の苦しさに比べれば、まるでラクになりました。でもこの連日のドカ雪は...。どうぞやすみやすみの間隔で降ってもらいたいです。