2025/12/24

■ なおす ■ シャッターの開閉調整


50年以上も経つような我が陋屋倉庫。そのサビだらけの電動シャッター。氷点下の風雪で動きはぎこちなく、年来、冬になると異常が発生。自分では解体してグリースアップなどできない点が歯がゆいところです。

 昨年冬も簡単に直してもらったのですが、シャッター屋さんの技量にもよるのか、今年またアウト。出入りの大工さんに頼んで、別な専門家にお願いし、根治してもらいました。

 電子部品を交換し、潤滑してもらいました。

 こういう専門家が作業する場面は何でも、つい見たがる野次馬根性を発揮して、お願いして見せてもらいました。手際の良さは、驚くほどです。やはりどんなことでも、"先達はあらまほしき事なり"です。

 何でも自分でできそうなものは自分でやろうとする自分のクセは、たまにこんな場面を見て新鮮な驚きや尊敬を喚起する機会が必要だなと感心しました。

2025/12/23

■ あるく ■ 津軽平野 - 北端の葦野原


今日もまた、冬の津軽地方には異例の"晴れ間"。気温は4℃と低いですが、この時期、太陽が出ているだけでも不思議な光景です。しかも路面は、この時期異例の"乾燥"路面です。

 むずむずして、ちょいとまた、冬眠中の(🔗2024/12/3)ロードスターのバッテリをつないで、冬眠したばかりのところ申し訳ないが、眠りを起こしてセルを起動します。

 いつもの大好きな"藻川"地区の田んぼの大平原(実はこの場で紹介したことはありません)。冬のお日様のもとで、暖かい黄金色の稲藁色の平原が広がる道を快速に進みます。葉の緑が消え失せた冬の、見晴らしが良い黄金色の道を、ぽかぽかと暖かくこじんまりとした室内のロードスターで走るのは、何だか異世界の幸せ感があります。

 一級河川岩木川に沿って土手沿いの道を、どんどん下ります(地理的には北上です)。

 広大な葦野原の河川敷(🔗11/6)。地平線が見えそうなくらいです("地平線が見える"地理的な条件は、前方直線距離27kmの平原ですので、惜しいところで及ばないのですが)。

 あるいてみます。さすがに4℃のもとでふきすさぶ風は寒い。

 白い太陽が冷淡です。正午の南中時刻付近ですが、太陽高度は計算上で仰角26度程度。だとしても、広大に広がる葦野原は、さすがに綿毛は朽ち果てたものの、今月一度雪野原となったはずの葦の平原が、驚いたことに、ごく少しの暖気でそのロフト(嵩高復活性能)を回復し、また立ち上がっています。


 湿潤期や積雪期に、大量の空気を含む断熱素材という点で冬暖かく夏は乾燥して涼しい屋根素材として、いかなる建材にも優る最高の素材である所以でしょう。

 長い積雪期を経た春には、例年、潰れ果てているのですが、今日この小春日和には、強靭で健気な立ち姿に、心打たれるものがあります。


 ふぅ、なにかことばに表せない充足感を覚えて、また楽しくロードスターのシフトノブを操って、昔ながらの集落をたどる旧道を縫うようにして帰途に着きました。

2025/12/22

■ あるく ■ "津軽の一つ残し”


冬至。太陽黄経270°0'00''と一致するのが12/22月0:03台でしたので、はや冬至点は通過し、陰は極まって陽に転じ始めたんですね。そう思うと、気分がまるで違います。

 "冬至だからかぼちゃ"なステロタイプに安心感やブログネタを求める人もわらわらといらっしゃることでしょう、今年も。うふふ。私はお腹が弱いのでパス。

 正午の気温0℃。吹き荒れる5m/sの西風。一昨日の幻想は吹き飛ばすかのように、まさに津軽の冬となりました。

 どっしり鉛色の寒空へとあるきに出ます、冬至点を越えて気分も明るく(そんな人あんまりいないか)...。


 枯れ果て、生き物の気配すらなさそうなりんご畑。雪のない暗黒な風景かもしれないのですが、独特な魅力を感じます。

 沈んだ色彩の中、目につくのが、枯れ木に1コだけ残された真っ赤なりんご。

 "津軽の一つ残し"です。

 いっぱんに、"一つ残し"と言ったら、宴会などで、大皿料理を皆一つずつ取った後、大皿にたった一つ残された状態で誰も手を付けない場面を指しますね。"関東一つ残し" "肥後のいっちょ残し"なども、大学時代に地元出身の人から聞いたことがあります。

 Google先生に聞いてみたら;


" 津軽の「一つ残し」(津軽衆)とは、宴席などで大皿料理の最後の1つだけが残ってしまう現象を指し、津軽地方の人が「遠慮深くてなかなか手をつけない」様子を表す言葉です。これは「遠慮のかたまり」とも呼ばれ、他の地域でも「肥後のいっちょ残し」(熊本)など、地域ごとに独特の呼び名がありますが、津軽の「津軽衆」は自らをユーモラスに表現する点が特徴で、その1つを食べた人を「英雄」と呼ぶこともあるそうです。 
「津軽衆」の特徴
謙遜と配慮: 食料を分け合う文化が根付いた津軽では、他人に遠慮し、最後の1つを取ることをためらう気持ちが強いとされています。
地域性の表現: この「一つ残し」の状況を、津軽の「衆」(人々)になぞらえ、「津軽衆」と呼ぶことで、津軽人の気質を表しています。
ポジティブな解釈: 誰もが遠慮して食べない最後の1つを、あえて「食べる」人を「津軽の英雄」と称えるユーモアも持ち合わせています。 
「一つ残し」の背景
「遠慮のかたまり」: 日本人特有の「厚かましいと思われたくない」「寂しくなるから」といった繊細な感情が、この現象を生み出すと考えられています。"

 いつも好意的な説明をしてくれます。ちょい掘り下げると、地元では、最後の一つに手を付けたら、憎まれる存在、傲慢な存在、無神経な存在です。そこにつけこんでその人に向かって「英雄」と諧謔的に称賛し、その人以外の周辺の皆は心の中で冷ややかに嘲笑しているわけで...。

 さて、転じて、りんご畑のりんごの木の1本1本ごとに、収穫しない果実を1つだけ残す習慣。


 この習慣も、ごく一般的に津軽地方一円に存在するのですが、この根拠はと言えば、今年も無事収穫できたことについて、"自然"への、場合によっては"神様"への、感謝をあらわすのだ、今年残したこの1コが、来年またたくさんの果実となるのだ、と、何度も聞いたり読んだりして知った経験があります。

 "科学的にそれはありえない"などという反論はバカげています。一種の土着の信仰、いやそこまで言わずとも、素朴な"祈り"、こころの奥底からふつふつと湧き出す祈りなのだと思います。

 むしろりんご畑のこの習慣から、現代的な宴会での現象におもしろおかしく転用したんじゃないのかなと、私個人は思っています。

 冬至の日に、"一つ残し"を眺めるのは、私にとっては、小さな希望の種がこれから膨らんでいく1年の始まりのような気がして、気持ちがすがすがしくなります。