2025/11/21

■ まなぶ ■ ベートーヴェンは善い音楽でジャズは悪い音楽の例? - 漱石と寅彦

寺田寅彦『線香花火』

あいかわらず、夏目漱石・寺田寅彦を味読中です。

 "美しい音楽"の代表例がベートーヴェンですか。他方、"俗悪な音楽"の代表例がジャズ、という概念ペアを感じます。(カッコは私が付しました。)

夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』 (明治39年;完結)

吾輩は主人と違って、元来が早起の方だから、この時すでに空腹になって参った。とうていうちのものさえに向わぬさきから、猫の身分をもって朝めしに有りつける訳のものではないが、そこが猫の浅ましさで、もしや煙の立った汁の鮑貝の中から、うまそうに立ち上っておりはすまいかと思うと、じっとしていられなくなった。...(中略)...御三(おさん;女中)はすでにの飯を、御櫃(おひつ)に移して、今や七輪にかけたの中をかきまぜつつある。...(中略)...吾輩はにゃあにゃあと甘えるごとく、訴うるがごとく、あるいはまたずるがごとく泣いて見た。御三はいっこう顧みる景色がない。...(中略)...ひもじい時の神頼み、貧のぬすみに恋のふみと云うくらいだから、たいていの事ならやる気になる。にゃごおうにゃごおうと三度目には、注意を喚起するためにことさらに複雑なる泣き方をして見た。自分ではベトヴェンのシンフォニーにも劣らざる美妙のと確信しているのだが御三には何等の影響も生じないようだ。

 ベートーヴェンのどの交響曲のどの箇所のことなんでしょうね、"美妙の音"って


寺田寅彦『線香花火』(昭和2年)

夏の夜に小庭の縁台で子供らのもてあそぶ線香花火にはおとなの自分にも強い誘惑を感じる。これによって自分の子供の時代の夢がよみがえって来る。今はこの世にない親しかった人々の記憶がよび返される。

 はじめ先端に点火されてただかすかにくすぶっている間の沈黙が、これを見守る人々の心をまさにきたるべき現象の期待によって緊張させるにちょうど適当な時間だけ継続する。次には火薬の燃焼がはじまって小さな炎が牡丹ぼたんの花弁のように放出され...(中略)...十分な変化をもって火花の音楽が進行する。この音楽のテンポはだんだんに早くなり、密度は増加し、同時に一つ一つの火花は短くなり、火の矢の先端は力弱くたれ曲がる。もはや爆裂するだけの勢力のない火弾が、空気の抵抗のためにその速度を失って、重力のために放物線を描いてたれ落ちるのである。荘重なラルゴで始まったのが、アンダンテ、アレグロを経て、プレスティシモになったと思うと、急激なデクレスセンドで、哀れにさびしいフィナーレに移って行く。...(中略)...あらゆる火花のエネルギーを吐き尽くした火球は、もろく力なくポトリと落ちる、そしてこの火花のソナタの一曲が終わるのである。あとに残されるものは淡くはかない夏の宵闇(よいやみ)である。私はなんとなくチャイコフスキーのパセティクシンフォニーを思い出す。

 実際この線香花火の一本の燃え方には、「序破急」があり「起承転結」があり、詩があり音楽がある。

 ところが近代になってはやり出した電気花火とかなんとか花火とか称するものはどうであろう。なるほどアルミニウムだかマグネシウムだかの閃光は光度において大きく、ストロンチウムだかリチウムだかの炎の色は美しいかもしれないが、始めからおしまいまでただぼうぼうと無作法に燃えるばかりで、タクトもなければリズムもない。それでまたあの燃え終わりのきたなさ、曲のなさはどうであろう。線香花火がベートーヴェンのソナタであれば、これはじゃかじゃかのジャズ音楽である。これも日本固有文化の精粋がアメリカの香のする近代文化に押しのけられて行く世相の一つであるとも言いたくなるくらいのものである。

 寺田には、生涯を通じて"線香花火"に対する強い思い入れがあります。いくつかの随筆を通じて、また、師事した中谷宇吉郎の記録を拝読しても、そう感じます。ここでは、線香花火が、チャイコフスキーの"悲愴"交響曲を思い出すと言いつつ、すぐ、"線香花火がベートーヴェンのソナタであれば"と例えています。線香花火の美しさに音楽を連想しているようすです。

 が、他方で、ただ刺激だけで成り立つようなそれ以外の流行りの花火を批判して、"じゃかじゃかのジャズ音楽"とは...。

 寺田の時代1920年代は、ジャズといえば、20年代黄金時代のアメリカを象徴するような、楽天的で夢いっぱいの人生観を体現するディキシーランドに次いで巨大編成のビッグバンドが流行し、再生装置としては、明治中盤から戦前までの長きに渡り、「蓄音機」が普及していた頃でしょうか。

 あらゆる人にウケるわけではなく、蓄音機の音質で響く華やかなビッグバンドのスウィングに眉をひそめる人たちも世界にはいたということですね。

 バップ時代を経たマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスのモード・ジャズという思索に耽るような第2の黄金時代、同時進行的にハイ・フィデリティなステレオLPが普及する60年代までは遠いです。

 現在、学校授業での一つ覚えみたいにベートーヴェンの5番(Sym)の1楽章だけ聴いたり、俗物渦巻くオシャレな"演奏会"で、現代の巨大編成のオーケストラによる3番ばっかり演奏されたりするのを聴くのもそれなりに華やかでよいものなのかもしれないですが、類似の定番ながら、自宅でひとりでビル・エヴァンスの"Walz for ...", "Danny ..."に耳を傾けるのも、"じゃかじゃかのクラシック音楽に対して淡くはかないジャズ音楽"の対比となるようで、なかなか善いですよ、と、つぶやいてしまいます。

2025/11/20

■ なおす ■ 包丁砥ぎ - "1)良い和包丁を、2)砥いで使う"ことの良さを実感


とある経緯で手元にやってきた三徳包丁(画像ナシ)で、ネギを切ります...。

 ダメだろうなと思いつつ...。やはりダメでした。


 ネギの粘りが、鈍っている刃にまとわりつき、断ち切ろうとしてもただつぶししているだけの状態に...。こりゃ砥がずにはいられない...のですが、この包丁自体、その刀身は砥ぐ値打ちはない品質のようですので、そのことを確認し、洗い、廃棄することに。

 でも砥ぐ準備をして砥石は水に浸漬してありましたので、せっかくなら、自分のふだんの本鋼の菜切和包丁と、今日は珍しく久々に藤寅作のV金10号ステンレスのペティナイフを砥ごうと思います。(トップ画像の2本)

 実家整理の際に見つけた、おそらく#1000程度の日常使いふうなレンガ砥石で。(🔗8/31)

 和包丁はすぐに返りがついて、砥ぎ終えるのも早くカミソリシャープな切れ味が蘇るのですが、ステンレスV金10号は、この砥石では、いや、砥ぐこと自体が、やっぱり厳しいです。V金10号の性質として、シャープな切れ味は長く続くのですが、砥ぎがたいへんです。一日中酷使するプロユースである所以です。でも今日は浸漬している砥石はコレだけなので、しょうがなく必死に砥ぎます。ひとまず納得して終了。

 で、ネギを切っていた続きを本鋼の和包丁で...。


 大きな重い刀身で、まるっきり力も加えずに、あっさりスパスパと切れます。同じ"包丁"を名乗れる道具同士とは思えない差。

 気分が良くなってサクサク切ります。ラッセル車の除雪のように白いネギが宙に舞います。ああ愉快。


 ...ところでこのネギって、何に使うんだっけか?

2025/11/19

■ まなぶ ■ 飽和曲線

■ 10℃なら10gの水は
赤い曲線上にあって
湿度は100%
■ 30℃なら10gの水は
赤い曲線の高さまでまだ3分の1だから
湿度は33%

世に"飽和曲線"は多様に存在しますが、学校で初めて出会うのは、中1数学反比例関数の"双曲線"、中1理科の"砂糖が水溶する飽和水溶液曲線"、中2では空気1㎥中に含むことのできる"飽和水蒸気曲線"...。

 出入りの大工の棟梁Tさん(1/3)。義務教育が終わるか終わらないかのうちに大工に弟子入りし、この道一筋60年。

 私がお願いした仕事も済み、支払いにご自宅にうかがったときの、もう何年も前の話。

 ヒバの内装の立派な邸宅です。居間に通されて、茶と茶菓子のご相伴に与ります。

 人間一つのことに人生をかけて取り組めば、立派な邸宅を建て何人もの徒弟を率いる身分になるのだ、とW.ゲーテも200年ほど前におっしゃっているとおりです(ほんとか...?)。誰かさんのように、あちこちに興味の首を突っ込んでけっきょく何一つ身についていない人は、倉庫然とした陋屋に細々と暮らすのもまぁしょうがないかもしれないです...。

 冬の入りの寒々しい日でしたが、邸宅の居間には、立派な薪ストーブと見事な煙突が。燃やす薪など、大工作業で出る端材が一年中どっさり。しかも端材と言えども、ヒバやヒノキやスギのような高級建築材。どっしり落ち着いた和風の居間は、暖かく、良い香りが漂います。

 聞くと、煙突を修理したのを機に(この界隈には、りんご農家などの薪ストーブ愛用者も多いので"煙突専門業者"もごく普通に存在します)、この際ストーブを新調したようで、ため息の出るような暖かく立派な暮らしぶりです。

 Tさんの朝食・昼食・夕食は、現場や作業場にいても、軽トラで自宅に戻ってきて自宅にて。その後この居間で茶を一服。

 ストーブを新調したのを機に、朝昼晩の食後の一服時に、眼に入る手元の温湿度計を見て、なんとなく居間の室温と湿度をメモするようになった、と言って、私に、鉛筆で数字がびっしり書かれた紙を見せてくれました。

 曰く「冬、朝のうちは湿度の数字は高いのに、昼飯のときや晩飯のときになると、湿度の数字って、低くなるものだなぁ。ストーブをつけないとそんなに湿度は低くならないんだけどなぁ。ストーブが何か関係があるんですかい? どういうカラクリなんですかね?」

 まるで「お前ならわかるだろう、説明してくれ」と迫られています...。

 う...。あなたならどう説明します?

 そりゃま、ストーブをたいて空気があたたまると、露点が上がり飽和水蒸気量は大きくなり、たとえこの空間の水蒸気量がまる一日一定だとしても、飽和量増加に対して今ある水蒸気のレベルは相対的に下がるから、湿度の%値は低いです...、などとしゃべっても、ちょっと無理がありそうです。

 とっさに「温度が高くなれば、空気がより多くの水蒸気を含むことができるんです。」

「は? 空気がば〜んと膨らむのかい?」...まるで空気が膨らんで部屋が破裂するのを心配するかのように天井をぐるりと見回し、で、疑いに満ちた眼差しをこちらに向ける...。こ、これはまずい...。

 「た、たとえば、さ、砂糖って、冷たい水にあんまり溶けないですよね。たとえば10gくらいドサっと入れても、コップ1杯の水には、たった1gで、もう十分溶け切って、溶けきれない分が底に見えます。」(🔗2023/12/23)


「へ、砂糖? ま、そうだな。」

「溶ける量が1gでいっぱいいっぱいで、もう100%溶け切ってるってことで。

でも、コップ1杯の熱いお湯になら、もっと、3gも5gもたくさん溶けて見えなくなりますよね。」

「うん、で?」

「お湯に1gくらいなら、まだ余裕、ほんの10%くらいしか溶けてないから、またあと90%くらい溶かす余裕があって。だから"今溶けてる量は10%ですよ"ってことですよね。」

「う〜ん、そうだろうな。」

「温度の高いお湯の方が、たくさんの砂糖を含むことができるってことですね。

この部屋の空気も、

i) 温度が低いと、少し、たとえばほんの10gの水蒸気があるだけで、もうそれ以上含みきれなくなって、いっぱいいっぱい、湿度100%に近くなるんですが、

ii) 温度が高くなると、10gといわず100gくらいなら含むことができるようになるので、"今ある10gじゃまだほんの10%くらいですよ"ってことになりますよね。」

「...??? 数字ばっかりだな。でもお湯の方が砂糖が溶けやすい。それと同じで、暖かい空気のほうが水分がたくさん入りやすいってことなのかい?? 」

...私との間の1mほどの空間に水分がないかいっしょうけんめい探しているようす...。

 「う〜ん、ま、ニンゲン、学問がないとダメなもんだな。孫にもうるさく言っているんだが、ゲームばっかやりゃ〜がって。でもヤツはあれでもいいところもあって..」

...ここからはだいたいお察しの通りの孫自慢の展開...。

 "中2のお孫さんに聞けば、ちょうど期末テストの範囲になってたりしたら、グラフを使って説明してくれて、互いに尊敬し合うすばらしい展開に"とも思いましたが、そう都合の良い話もなく...。