2025/08/11

■ きく ■ パッシブアッテネータで

パッシブアッテネータ

イシノラボMASTERS_CA-999FBG/P


「その2階のステレオシステムってイマ何だったっけ? サンスイ907の次のアキュフェーズたちも無くなったんだよね」...って? (🔗2024/10/20)

 今は、小さなモノーラルパワーアンプ2台と、電源ナシのパッシブアッテネータです。(🔗2023/9/9)

 「その"パッシブ..."ってナンだ?」という話でしたネ。遅くなってごめん。

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 オーディオ機器の高額化と巨大化には、私のような末端の庶民など、もはや希望を失っています。

 いつの間にか、身の程に余る高級機Accuphaseは、どの筐体も、ついに自分では持ち上げられない箱となり、何十年間も人生の一部だったはずの音楽の楽しさがすっかり重々しいものになっていました。

 いや、しかし、Accuphaseの音の良さ、"天上の美しさ"は、文句を言う筋合いのものでは、断じてナイです。じゃなくて、あの"ラジカセでFM-エアチェック"を楽しんでいた1970年代のお手軽さが懐かしくなったという、後ろ向きな心理的状況だと思います。

 シンプルなパッシブアッテネータの合理性は、1980年代のCello製 "Etude Passive Preamplifier"で広く認知されました。このブランド、マークレビンソンの品質を受け継いでリリースされ、 "Encore1MΩ", "Audio Palette"という超弩級のばかりでした。このアッテネータも、オルゴールみたいな小さい箱、ただの精密多接点信号減衰機が、当時40万円。別な惑星に住む人の物でした...。

Cello Etude

 もう20年もとっくに気づいていたことですが、自分の今の環境って、LPはナシで、出力される信号の音圧レベルや増幅周波数が一定範囲の「CD」しか聞かなくなった。ならば、音圧レベルを減衰させるアッテネータでじゅうぶんじゃなかろうか。そんな製品ってあるのかな。

 そこで思いが至ってしまったのが、市販品にはありえない発想のイシノラボ...。頭をよぎるけど注文制作をお願いするのは、自分のような人間では気が引けるというか...。

 日本オーディオ界の生き証人、イシノラボの平野さんに、しかし、5年ほど前、恐れ多くもお願いして手作りしていただいたのが、いま手元にあるバランス型トランス式パッシブアッテネータ、さらにモノーラルパワーアンプ2台です。

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 昨年(2024年)亡くなった平野さん。ご存命の時から仙人のような高みにいらっしゃる方でしたが、本当に雲上の人となりました。1965年新卒でタムラ製作所へ、のち67年から山水電気へ。75年(昭和50年)に、のちに山水の主力アンプとなったAU-607の開発に着手。以来、70年代半ば以降、サンスイ607,707,907シリーズを開発し、最後に、1999年、消えていく日本のHi-Fi市場とサンスイの歴史に花を添えるかのような形で、1965年型AU-111を、現代技術でていねいに復刻させた方です。

 引退後は、たったお一人の手づくりで一台一台、注文に応えていました。信じがたい話です。

 私ごときにも、ていねいに制作していただいたコレら。いまその構造を解説する資格も知識もないのです。

フルバランス式

 何にもわかっちゃいない素人の私が聴いて感じるのは、パッシブアッテネータ特有のすがすがしいようなそっけないような空間の広がり、と同時に、微少音量での異様な解像度の高さ!

 そのせいでしょうか、OVPP編成(1人1パート)のヨハネ受難曲の演奏について、SACDで聴くと、定位感、空気感が、あまりにも良く伝わるために、気づいてしまった違和感...。無音でも、広がる空間の向こうに人がいます!このことはいつか書きました(🔗2024/3/29)

 いずれにせよ、"絶対に一人で、絶対に真っ暗な明け方に"じっくり聴くときのアンプについては、私は生涯もうこれでじゅうぶんです。

2025/08/10

■ まなぶ ■ 雷をこわがる



それは私です...。地震に次いで恐れるべきものであって、火事やおやじよりも怖いんだぞ、みんなもっとこわがろう。幸いにして身近で被害を見たり聞いたりした経験は無いのですが、知識としてだけであっても、恐れるに値します。

 屋外にいるときはもちろんのこと、屋内にいても、その効果の広く強いことを知れば、怯えずにはいられません。高校古典で、菅原道真がお怒りになった『日本紀略』『扶桑略記』をよく読もう(?)。

 先週、雷鳴が、極端に長く続きました。3日以上、絶え間なく雷鳴がします。2日間ほど、夜は閃光が頻繁でした。比較的遠く(いつも光ってから何秒かカウントするクセがあります)、被害は及ばないだろうとわかってはいても、うまれてこのかた、経験の無い長さに、不安なままです。

気象庁防災情報XMLデータベース
...継続時間があんまり長かった...

 半径2kmより外なら、落雷による直接の被害の最頻値階級は免れ、5kmより外なら、サージの被害も遠ざかるだろうと、ひとまず自分に言い聞かせます。音速は340m/s(15℃)程度ですが、8月上旬の今はずっと高温だし、もっと速いハズ。めやすとして、約3秒で1kmあまり進むことになりますから、光った瞬間から5,6秒経てから雷鳴が聞こえたとすれば、屋内にいる限り命の危険は無いでしょう...、たぶん。

 それで安心できないのが、オーディオ機器とパソコン(PC)です。サージの影響は5km程度みておいた方がよさそうです。

 オーディオはアースをしています。サージ経路は、アースだってじゅうぶん選択されうるので、雷には過敏です。ので、可能なら、すべてのコンセントを抜くのが完全な対策です。が、「雷だから、家中のコンセントを抜こう」とまでは、なかなか。

 でも今回は、強烈な閃光と雷鳴がずっと続いた1日目の夜に、すべての壁コンセントにホスピタルグレードのアース付きをグルリと設置してある2階の、オーディオ機器のプラグを全部抜きました(通常の壁コンセントよりかなりキツくて抜けづらいです)。

 自宅2階の壁コンセントは、2005年に、すべて、ホスピタルグレードにしてあります。音質を考えて、雷サージタップは挟んでいません。


 パソコンの使用も、必要最小限のみで。こちらは、対サージタップを介在させるべきですが、怠慢から...。ま、今の生活で自宅にいるのであれば、PCならば、雷鳴閃光を感知したらシャットダウンすればいいだけです。万が一でも損害は多額ではないです。他方で、PCの使用は、少なかったり制限されたりした方が、自分の頭を使って考える時間が多そうですので、それはそれで。

 昨日になって、やっと雷注意報が解除...。あぁ長かった。こんなに長かった雷は初めてでした。

 根が臆病者なんです...。

2025/08/09

■ まなぶ ■ 木こりの寓話

フランクリンプランナー / 
プランナーガイド

『"手帳 ⇔ 刃を研ぐ"と、すぐ連想する方は、フランクリンプランナーの信者さん』と書いた昨日の一句は、意味不明でごめんなさい。

 イソップ寓話以来2,500年、さまざまなバリエーションのある「木こりの寓話」のことです。

  Google先生に「木こりのジレンマ」で質問してみましょう。

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(回答) 次のような状況を表すたとえ話として使われます:

目の前の仕事に忙殺される: 木こりが、刃こぼれした斧で木を切り続けるように、目の前のタスクをこなすのに精一杯で、改善や効率化を考える余裕がない状態。

 効率化の重要性を無視する: 旅人が「斧を研げばもっと効率よく木を切れますよ」とアドバイスしても、木こりは「そんな暇はない」と拒否するように、改善の重要性を理解しながらも、それを後回しにしてしまう。

 生産性の低下: 切れ味の悪い斧で木を切り続けると、作業効率が低下し、成果が出にくくなるように、改善を怠ると、全体の生産性が低下する。

[ 教訓 ] この寓話は、以下の点を教えてくれます。

 改善は重要: 目先の仕事に追われるだけでなく、定期的に立ち止まり、仕事のやり方を見直し、改善することが重要である。

 効率化は長期的な成果につながる: 改善や効率化に時間をかけることは、一時的には手間がかかるように思えるかもしれないが、長期的に見れば、作業効率を高め、より大きな成果を出すことにつながる。

 バランス感覚の重要性: 目の前の仕事と、改善や効率化、自己成長のための時間をバランスよく配分することが大切である。

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 フランクリンプランナーは、心がけるべき心理的習慣として、「7つの習慣」を挙げているのですが、その7つ目が、「刃を研ぐ」というスローガンで、手帳に書き込まれた予定に忙殺されることなく、どんな状況に陥っても対応できるよう、日ごろから精神・知識・肉体のレベルを高めておきましょうという趣旨です。

 リンカーンは、「もし木を切り倒すのに6時間与えられたら、最初の4時間を斧を研ぐのに費やすだろう」 と応じたそうです。

 職人さんたちから「段取り8割、作業2割」という趣旨の基本的な心構えを複数回聞いたことがあります。昨年は自動車メカの方から、今年に入って塗装工の方から、偶然同じことを聞きました。古今東西どこの起源かはわかりませんが、相通じるものを感じます。