2025/10/03

■ つかう ■ "北星鉛筆"に想う


 ダイソーで、北星鉛筆製#9900の6B(トップ画像手前)が、3本110円で販売されて久しいです。いや当初は4本110円だか108円だったと思います。

 北星鉛筆の#9900は、かつて、ダイソーで販売される以前は、北星鉛筆のトップグレードでした。

 セカンドグレードとして、#9500(トップ画像奥)が、HB, B, 2Bで、現在も存在し、一般に販売されていて入手性は比較的良いです。(ダイソーにて販売、ではなくて、AmazonやYodobashiで取扱い中です。)


 画像は、北星鉛筆メーカーWebsiteより。


 この話の内容からそれますが、ウェブサイトは、"htms xmlsn ="http://...")なので、ご覧になりたければご自身で。ついでに、このサイトの「鉛筆の正しい持ち方」は、とてもわかりやすくて参考になりました。

 さて、ダイソー扱いの#9900は、税抜きなら3本100円だから、1本33円ですネ。セカンドグレードだったはずの#9500は、1本あたり50円。一見すれば、逆転していますね。

 書き味は;

 ダイソー扱いの#9900の外観は、6Bらしく、極太の芯。丸軸ですが滑りにくいような高級感ある黒い塗装。国産の他の鉛筆には類のない手触りの良い塗装。しかも塗装は厚めです。削るのがなかなかたいへんでした。33円でいいんですか。うれしい!

 ら、....。これ、6B?...う、う~ん。正直に告白すると、薄くて、硬くて、その...。

 他方、#9500は。

 6Bはないので、ラインナップ中で最も濃い2Bを愛用しています。外観は、三菱の#9800やトンボの#8900といった普及価格帯品と同じ、濃緑色の六角軸。

 この品質の良さは、歴然です。三菱の#9800やトンボの#8900のような普及価格帯品にある、"サリサリ感"よりも、黒鉛含有量の多そうな、素晴らしい滑らかさ。筆跡も"2B"の表示を上回るような黒々としたものです。

 言っていいのかな、#9900の6Bより、#9500の2Bの方が、濃く、滑らかで、高品質なのは、2本同時に比べれば誰でもわかるのでは?

 いや、ハッキリ言いましょう。#9900は、#9500よりも、大幅に品質とコストを落とした、低級品です。現状で入手できる価格の序列の通り。

 のみならず、#9900には"6B"を称する価値は無いです。6Bの鉛筆が欲しいなら、三菱鉛筆のUni(エンジ塗装軸)シリーズか、トンボ鉛筆のMONO(黒塗装軸)シリーズ以外を買ったとして、満足を得られることは、無いです。硬筆書写の方、デッサンの方は、手を出さない方が...。逆に、"6B"を期待しないで、ふと太とした書き心地の筆記用として使えればそれで、というつもりなら、サリサリした書き味と、サラサラした心地よい塗装の手触りが楽しめるかもしれないです。

 他方、北星鉛筆の#9500は、しかし、--  #9500のB, 2Bをこの2年で1ダースずつ以上を使ってきて感じるのですが、--  その品質の高さは(その安い価格を大幅に上回って)、上のエンジ軸や黒軸に匹敵します。HBやBや2Bを使いたいなら、まず北星鉛筆の品質の良さと価格の安さは、購入する際の候補の筆頭です。

 ここからは憶測なんですが、北星が、ダイソーの販売網で販売できるとして、北星は、"ダイソーで売れる"と大喜びしたのかな。

 両者がその商談をする際に、強い立場って、どちらでしょうか。東京の下町の町工場に、強大な企業は、どんなことを要求したのでしょうか。

 北星が、従来の最高グレードを、リテール価格3本100円や4本100円の条件で卸して、利益の余地がある話だと信じる人類が存在しますか?

 外観は従来の最高グレードのまま、同時に、目に見えないけれど製品としての生命線である"芯"の品質だけを、ガックリと抜いたのではないかな、断腸の思いで...。

北星の無念たるや...。でも、ダイソーの販売網に乗せられることで、少なくとも知名度を得られそうですね。P/L(損益計算書)に金額で表示できる取引以外の利益と将来性が得られることを、願わずにはいられないです。

2025/10/02

■ あるく ■ みんなキレイに駐車した跡?


また田んぼの道をあるいて、遠い方の図書館を往復。

 雨が上がって、やや風は残りますが、秋晴れに向かいそうです。

 図書館開館と同時に着いたので、図書館が入っているショッピングモールの駐車場は閑散としています。、

 雨上がりの広い駐車場の舗装のへこみに、小さな水たまり。これ駐車車両のタイヤ跡では。猛暑でへこんだんですね。周囲を見渡すと、キレイに規則正しく水玉模様が...。

 往来のない静かな舗装農道をまたあるいて帰ります。追い風で無風に感じるところ、風切り音もピタリと止み、ステレオイヤホンの音が良いです。バッハの無伴奏バイオリンソナタとパルティータも、孤独感に満ちていますが、見渡す景色にすばらしく良く響き渡ります。

 この夏は、猛暑やらクマさんやらその怖いニュースやら珍情報やらで、やむなく自宅界隈の道をひたすらあるいたのですが、おかげでクルマはバッテリーが心配なくらいまるっきり使っておらず、しかも運動量(歩数)はこれまでになく増えたようです。


 毎朝(といっても起床時間は0:00amなんですが)計測する体組成計のBMI値は、20.6~20.8で9月は安定。"22.0じゃないから不健康"なのかな。

 体脂肪率は、毎日極端に変わるんですが、15%前後で、今朝は13.4%...。カラダも気分も軽快な気がするんですが。さんぽできる場を取っちゃったクマさんに感謝すればいいんですか。

2025/10/01

■ まなぶ ■ 教科書を読...まずに、絵を眺める(2) - 中学1年国語


国語教科書の、レイアウトに不満がある話その2...。

 個人的なぼやきを先日(🔗9/27)から続けているだけなので。

 どのお話の最後にも、著作者の顔写真と経歴が必ずあります。

 文庫本や新書などは、著作者の顔写真を掲載していないのがふつうでは。

 "教科書なんだから載せてよい/載せるべき"という議論があるのかもしれないのですが、ちょっと...。

 写真の写り方/写し方によって、見るすべての中学生の目には、カッコよかったり悪役風だったり、好みのタイプだったりその逆だったり...。それによって、読む内容の印象にも影響があったりしませんか。

 でも、"国語教科書"に必要なのは、「言語を通じて何が書かれてあるか」じゃないのかな。

 で、教科書の著述がきっかけで初めてその著作者に興味を持ったら、今どきの世の中、さらにどんどんその人の著作物に触れる手段は多様にあり、その過程で、顔や容姿や経歴など外見的な部分にいくらでも触れる機会があると思います。

 顔写真はその人のごく一面しか反映しない気がしますし、ましてやその書いた内容と顔写真は関係がないので、"教科書"にどうしても掲載する必要はない気がします。

 やはり前回同様、著述内容にとって、"ヴィジュアルな要素"があるせいで、ことばとその内容以外の、余計な印象を混入させている気がするんです。