2023/12/18

■ あるく - 八幡宮


今日はドカ雪。今朝は家のドアが開きませんでした。雪質からすると、例年より重く、今日は驚いたけどこのままどんどん積もるような感じではないようすですので、除雪機の必要はなく、放置することにします。

 明るくなった雪の合間、八幡宮まで軽く歩いてみます。

 例年だと、冬の入りのドカ雪では、八幡宮の桜や松の並木が雪をためこんで、参道の雪は膝や腰まで...だったところ、今年は、堤防工事により神社の樹木をほぼすべて伐採したので(11/29)、雪は吹き飛ばされて積もっていないです。何だかお宮が裸にされて吹きっさらしとなった異様な光景。参道は風が強くて立っていられないくらいです。気持ちまでもが寒々しいです。お宮の魅力は、季節の並木の風情にあったんだなぁと気づきました。

2023/12/17

■ なおす - 湯たんぽ


湯たんぽは、東京で大学生だった頃から、数十年来使っています。

 最高の暖房といえば、私にとっては湯たんぽです。

「足で踏みつけて」使います。温めるのは足先・足の裏です。

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 高校生くらいまでは、冬は、勉強する部屋には、石油ストーブを焚いて、ローゲージの登山用の毛糸の靴下を二重三重に重ね履きし、さらに登山用の羽毛ブーティーも化繊で起毛したボアスリッパ(?)も使っていました。それで暖かいための対策は全て講じたと信じていたわけで...。

 そもそも動いているときなどは、暖房というものは、ありさえすれば何でもかまわないです。学校や職場という場は、自宅にいるときに比べると、明らかに運動量もあり緊張もしていて交感神経優位になっているハズですので、暑い寒いはあまり感じません。

 人体は、首から上と手足の末端から、放熱しています。暑い時も寒い時もです。他方、人体不活性の状態で、どんどん環境気温が下がっていくにつれ、人体は、内臓など体幹を守ろうとして、手足の血流を劣後させます。

 暖房で部屋をいくら温めても、冬場に自宅で机に向かっている時は、足先は冷たいままに決まっています。部屋の暖房は、一定の温度、たとえば18℃程度になったら(人によります)、室温をそれ以上に上げるのはムダで、必要なのは、i) 動き回る, ii) ジッとしているなら手足の末端に加熱する、のどちらかです。

 i)ならば、18℃+長袖で快適でしょう。この地方ならば5月連休中に散歩するようなものです。ii)が問題です。20℃…25℃…と暖房をガンガンきかせても、足先は冷たいままです。つまり暖房の愚かな無駄遣いです。

 靴下を重ねたからといって、足や体内で熱の生産量を上げるわけでもないし、ゆえに体温が上昇するわけではないし、手足の血流の循環は必ず緩慢になるわけだから、いくら足先に靴下を重ねても、それはインシュレーション(衣類による「断熱」)であって、熱源でない以上足先は冷たいままではないでしょうか。ヘタすりゃ通気性を妨げて蒸れて指先にムダに汗をかいて湿ってきます。もう、この場合は、足先に体外からの熱源で加熱することを考える必要があります。

 「こたつ」は、それへの解答の1つです。が、私はこたつを使った時期も習慣も全くありません。

 …ってなわけで、病気で入院していた大学生のときに、ここまで考えが辿り着きました(その後半世紀ほど、考えは前進していません...)。

 考えるきっかけとなったのは、病室という環境ゆえ、ダンロップ製のゴムの氷嚢をいつも見て、ふと、自分の部屋にいるときにアレにお湯を入れたら? と思いました。看護師さんに「それ、お湯を入れてもいいのですか?」と聞いたら、「湯たんぽとして使える。熱湯はダメなので注意。」とのこと。

 「湯たんぽ」と言われてそのときすぐ、祖母が使っていた「トタンなど金属製の容器に熱湯」という絵を思い出し、恐怖感がよみがえります。また、「湯たんぽなんてものは、袋にお湯を入れておくだけだから、すぐ温度が下がって、パワーなさそう(?)」とナメていました。

 でも、足先の熱源として使えそうで、結局、退院した際に試しに、ゴム氷嚢を購入し、お湯を入れてタオルで巻いて、机の下に置いて踏んで使ってみました。たいへん心地良いです。それ以来今日まで使い続けています。

 このゴム製湯たんぽ(その後、画像左手前にあるようなシリコン製と変遷を重ねています)は、給湯蛇口から直接お湯を入れると適温です。すぐに暖かいという即効性があります。一方で、1時間程度で冷めきって効力がなくなり、むなしくぬるい水の袋を踏んでいる状態になります。

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 ここ30年ほどは、メインの湯たんぽとして、祖母の使っていたタイプの、金属製の湯たんぽを踏んづけています。

 机に向かう間、1時間2時間3時間...とずっと踏んでいます。人体は、体温よりほんの少しでも高いものに長時間触れていると、かならず「低温やけど」をします。あのとき「すぐ温度が下がって、パワーなさそう」と思っていたのですが、実は、体温よりは少し高い温度をずっと持続できるので、ずっと暖かいし、ということは、簡単に低温やけど可能なパワーというかカロリー(熱量)はあるわけです。

 さて、この金属製の湯たんぽを試してみようと思った際、臆病者の私のことですから、図のような着色アルコールの棒温度計を使って、60℃程度のお湯を入れ、タオルで包んで踏んでみました。今でも、温度計と革手(革製の作業用軍手)を毎日使っています。初めて使った当初は、「温度が低すぎて、大して暖まらない」と思い、使うのをあきらめ、シリコン製品のものに戻りました。何度か考え直して取り出してみては、やはり金属製はタオルで包むと暖かくない...と思い、またしまい込んだりしました。

 あるとき、低温でもかまわないつもりで、ずっと(2,3時間程度)踏んでいたのですが、そのうち、からだ全体が異様に熱いのに気づきました。たとえば半身浴で長湯するのと同じ効果ではないでしょうか。あるいは、高校時代に登山靴の底にホッカイロを入れて冬の低山ハイクをした際、当初はぽかぽかとたいへん快適でしたが、そのうち妙に背中に冷や汗が...。これは運動中は危険な行為だし、足のグリップも悪化するのでやってはいけない行為ですが、当時は知らずに何度か入れて歩きました...。足の裏をほんの少しでも温めるというのは、人体にとっては、放熱するはずの排熱を無理に体内に戻し込む意味があるのかもしれません。コントロールしないと危険性もありそうです。

 このときの湯たんぽを手で触ると、ほんのり暖かみがあるかな、というだけです。もう捨ててもいいくらいの生ぬるいお湯。棒温度計を入れてみると、40℃に満たないくらい。体温よりほんとうに1℃2℃高い程度です。

 このときハッキリわかりました。湯たんぽというのは、40℃で十分すぎるほど暖かく、足先の冷たさからは、何時間も完全に解放されるということです。

「こんな温度で効果なんかあるの?」というほの暖かい温度が、金属製湯たんぽの本領発揮の温度で、そうだとしたら、6時間程度は持続します。もう、快適で机から離れられなくなりました...。

 しかも、このトタン製品(マルカ製)は、薪ストーブや石油ストーブやガスコンロの直火にかけられる、というか、私の場合は、IH(電磁調理器)でじかに温められるので、6時間ほど使ったら、IH調理機で2,3分間「追い炊き?」してやります。その点でも、シリコン製で1時間ごとにさめたぬるま湯を捨ててあらたにお湯を入れる必要がなくなりました。

 私の用途は、デスクワークの際のみですので、以上で最適な答えとなっています。足先の冷たさはもう無いですし、こたつと違って、暖かさは、足を離したり立ち上がったりと、簡単にコントロール可能です。

 なお、湯たんぽを包むタオルが複数枚必要です。私は何枚も用意して洗濯したものを毎日複数枚使っています。また、床と湯たんぽの間に、切った木板やバスマットのような断熱材を敷くべきです。

気をつけるべきなのは、私とは別な用途、例えば、足先以外に用いるとか眠る際に用いるなどの場合、また新たな注意点や危険性もありますので、じゅうぶん調べてからどうぞ。

 無駄に靴下を重ね履きしてスリッパを履き、かえって湿って冷たくなった足先で机のPCに向かうあなたに、ぜひお勧めします。まずはシリコン製から、どうぞ試してみてください。

2023/12/16

■ こわすつくる - 茶封筒や紙バッグを解体して万年筆用紙に


またせせこましい話を。

 あいかわらず単語集を、万年筆と鉛筆で50文ずつ書き進んでいます(11/1)。単語を覚えるためではなく、芯とインクの減り具合を確認してみたいためです。

 それとは別に、ここ数日は従来型高粘度ボールペンで楽しんでいたのですが、書く文字は小さく、減りの速度は速く、ここいらで気分を変えて、大きい字を、減りの心配がないたくさんあるインクを使って、万年筆でのびのびと書きたい衝動に...。定期的に「小さい字」→「大きい字」と気分が往復します。9/12や9/15にも書いたのと同じ記事だと思って下さい。

 今日は、また溜まってきた、茶封筒角2サイズと、買い物を持ち帰る際にお店でくれる紙製の手提げバッグ(って言うのですか?)を、裁断機で解体してA4サイズにし、PCのプリンタで罫線を印刷し、万年筆ででかでかと書きます。家族親族にも「余ってる使用済み封筒があったら、ちょうだい」などと情けないお願いをして、何枚か集まってきました。単純にうれしいです。

 茶封筒も紙バッグも、クラフト紙ですので、分厚く、万年筆で書くと、実は快適です。

 万年筆も、太字。パイロット(Pilot)製品は何本かありますが、気分転換に、それ以外で書いて、ボヤっと思ったことを、口走る...より入力した方が私は速いかも...。

 紙が万年筆にとっては粗悪な品質(?)なので(だったら書くなよと言いたくなりそうな無理な試みですが)、なるべく気軽に使えてガシガシ書き進んでいける鉄ペン先の太字...こういう製品が無いんですよ、「鉄ペンで極太」。

 個人的好みとして、一般に万年筆は柔らかいほど心が和み使いやすいです。パイロットのカスタム漆、ペリカン(Pelikan)のM1000、パイロット742;F(フォルカン)、と、万年筆ではないのですが、つけペンのうちのGペンです。「柔らかい金ペン」はこの3本で生涯を終えても、もはや何の悔いもなく満足です。

 ガチニブはちょっと...なんですが、今の用途 - 解体した茶封筒や紙バッグのような「クラフト紙」に、いわば書きなぐるのなら、金ペンより鉄ペン、柔らかいニブよりガチニブ...。

 こういう場面で、他の万年筆に疎い私の浅い経験では、いちばん使いやすいと思う「鉄+太字」の条件をみたす万年筆は、台湾のツイスビー(TWSBI) Diamond580のB(太字)です。ペン先はガチニブで、軸も長く剛性感に富み、このジャンルでは突出した万年筆です。とはいえ、購入した数年前に比べると、今では3割も4割も値上げされていて13,200円ですか...。でも品質や実力に比して価格はまだまだ割安と言えます。

 次点が、画像のカヴェコ(Kaweco) SportのBB(極太)です。ペン先はパイロットカクノより小さくチャチで、本体は鉛筆キャップより小さい上、触ってがっかり、剛性感がなくて安っぽいです。が、書き出すと、いっちょ前に「ドイツ製万年筆の極太」の筆跡です。

 有名どころのラミー(LAMY)には、日本国内のラインナップにBがありません。ペリカン「クラシック」は、鉄ペンでBもありますが、2万円という価格は...。アルミ製のKawecoも同断です。パイロットの742の良心的な定価や743の割引後の実売価格とバッティングすると考えると、ありえない選択です。

 日本製でステキなのが、セーラー(Sailor)の「プロフィット・カジュアル」です。この鉄ペンは、ペン先が、Bも、またZ(Zoom;極太)も選べます。出た当初、思わずZに飛びつきました。サイズは、セーラーやプラチナは全般にそうですが、小さくて華奢です。が、Zの筆跡の図太さと書きやすさには感心しました。

 筆跡の圧倒的太さでは、モンブランNr.149のBBB、ペリカンM1000のBBBがありました(オブリーク版も別に存在しました)。試したことがありますが、異常な世界。カリグラフィー用でしょうか、Nr.149はイリジウムが極薄の平研ぎで、18Cだったけど硬く、書いていてちょっと不快でした。M1000のBBBは、イリジウムが巨大な球で、イマ思い出すと喉から手が出てきそうですが、今となっては、世界的にも私の財布的にも入手は絶望でしょう。149のB以上は現時点ではそもそも全て平研ぎで、長時間にわたり「本文」にあたる筆記を続けるのは苦痛です。日本製品にも、三社一様に「M;ミュージック」と銘打って同じ筆跡が得られるペン先ジャンルがあります。やはり平研ぎで、長時間の連続筆記はつらいですが、日本製品は三大メーカーとも、ほんとうに微に入り細を穿つ怒涛のラインナップを揃えてくれるという心づかいがあり、世界に類のない良心的なメーカーばかりです。

 Nr.149やM1000を別にして、実用レベルで最も太いのは、パイロットのC(Coarse)ですよ。繊細なペン先のプラチナでもCがありますが、プラチナのペン先は全体にか細く、本体は全体に小さいです。細やかな日本語向け製品なのでしょう。セーラーのZはすばらしいけれど、パイロットのCは暴力に近い(?)...というわけで、私のような、本来筆記用途のはずがない紙バッグのクラフト紙などに書こうかという野蛮な人間にもたいへん魅力的です、が、Cは金ペンしかないんですよ...残念(と言いつつ、カスタムシリーズでは硬めの912のCを常用しています。画像のような使い方や書き方だと、カートリッジは1時間ももたないです...)。この点で、鉄ペンでも極太ペン種を選ばせてくれるセーラーには、大いに感謝しています。

 と、言いたい放題なわがままでした。反論したくてむずむずしている方もいらっしゃることでしょう。蓼食う虫も好き好きという表現を思い出していただいて、妙なヤツもいるものだと、どうか大目に見てください。おかげで私は、今日は、カヴェコとツイスビーで、大いにストレス解消になりました。年に何回かこういうストレス解消が必要なようです。ふつうの人にとっての「良いお酒をじっくり飲む」「パ~っと飲みに行く」「甘いお菓子を楽しむ」「奮発して外食する」「旅行にショッピングにお出かけする」...どれも私は全く縁がないのですが、それらと同じ行為、「くつろぎ」「精神の解放」だと思います。