2023/12/09

■ まなぶ - 袋詰めの食事に頼る? - 大学入試 共通テスト 試行調査 - 数学IIB - 2018年第1問目(2)


食事の話。「袋詰めされている食品から、健常な18歳以上の日本人に必要な1日のカロリーや脂質の半分以上にあたる1500kcalを、毎日、摂取する生活」をしていますか? 私は違います。あなたは? 

 ポテトチップスなどの「袋菓子」なら受験生の年頃の18歳ではありうる話ですが、そうであっても、カルビーのポテトチップスは1袋60gで330kcal程度。それを「毎日」...。しかも「1500kcal」って、たぶん間違っている生活では? だとして、今回登場の太郎君と花子さんの生活って、何か異常な事態ではないでしょうか? 

 大学入試共通テスト試行調査問題で、異常な世界の人たちの生活を垣間見て楽しんでみましょう(なお、[  ]のオ以降は、カタカナ1文字に、解答となるアラビア数字1字が入ります)。

奇想天外な豊かな想像力に満ちた出題者に敬意を表します。

---...---...---

100gずつ袋詰めされている食品AとBがある。

l袋あたりのエネルギーは食品Aが200kcal, 食品Bが300kcalであり,

1袋あたりの脂質の含有量は食品Aが4g, 食品Bが2gである。

(1)

太郎さんは,食品AとBを食べるにあたり, 

エネルギーは1500kcal以下に, 脂質は16g以下に

抑えたいと考えている。

食べる量(g)の合計が最も多くなるのは, 

食品AとBをどのような量の組合せで食べるときかを調べよう。

ただし, 一方のみを食べる場合も含めて考えるものとする。

i) 食品Aをx袋分,食品Bをy袋分だけ食べるとする。

このとき, x, yは次の条件①,②を満たす必要がある。

摂取するエネルギー量についての条件 [  ア  ]………①

摂取する脂質の量についての条件 [  イ  ]………②

[ ア ], [ イ ]に当てはまる式を, 次の各解答群のうちから一つずつ選べ。

[ ア ]の解答群

200x+300y≤1500 200x+300y≥1500

300x+200y≤1500 300x+200y≥1500

[ イ ]の解答群

2x+4y≤16 2x+4y≥16

4x+2y≤16 4x+2y≥16


ii)  x, yの値と条件①,②の関係について正しいものを, 以下から二つ選べ。 [  ウ  ], [  エ  ]

(x, y)=(0, 5)は条件①を満たさないが, 条件②は満たす。

(x, y)=(5, 0)は条件①を満たすが, 条件②は満たさない。

(x, y)=(4, 1)は条件①も条件②も満たさない。

(x, y)=(3, 2)は条件①と条件②をともに満たす。

 

iii) 条件①,②をともに満たす(x, y)について, 

食品AとBを食べる量の合計の最大値を二つの場合で考えてみよう。

食品A, Bがl袋を小分けにして食べられるような食品のとき, 

すなわちx, yのとり得る値が実数の場合, 

食べる量の合計の最大値は

[  オカキ  ]g

である。

このときの(x, y)の組は,

(x,y)=([  ク  ]/[  ケ  ] , ([  コ  ])/([  サ  ]))

である。

次に, 食品A, Bがl袋を小分けにして食べられないような食品のとき,

すなわちx, yのとり得る値が整数の場合, 

食べる量の合計の最大値は

[  シスセ  ]g

である。

このときの(x, y)の組は

[  ソ  ]通り

ある。


(2)

花子さんは,食品AとBを合計600g以上食べて,

エネルギーは1500kcal以下にしたい。

脂質を最も少なくできるのは,

食品A, Bがl袋を小分けにして食べられない食品の場合, 

Aを[  タ  ]袋, 

Bを[  チ  ]袋

食べるときで,

そのときの脂質は

[  ツテ  ]g

である。

---...---...---

 いったいどんな食品なんだろうと思いつつ、読み進むにつれてだんだん気持ちが悪くなってきたのですが、こらえて解いてみましょう。

 カロリーの条件は、200x+300yを1500kcal以下に①し、脂質は、4x+2yを16g以下に②すればよく、xとyにii)の座標の選択肢の組合せを丹念にあてはめていけば、何とか暗算か軽いメモで行けそうです。

 iii)の、食べる量ですが、袋を小分けできるなら、上の連立不等式のxとyは実数ですが、袋を小分けできないなら、xとyは整数でなくちゃだめですネ。

 ここで、x+yを組み合わせて食う合計量を、いったんkとおくのが、最大のポイントでしょうか。x+y=kならば、変形して、y = -x+k(③)。これって、傾き-1でy切片はkの直線の式です。

 ①と②を、どちらも “y = …”の一次関数式にして、xy平面に書き出します(グラフはせっかく描くなら、できるだけデカく描こう!)。不等式なので、直線と原点に囲まれる直角三角形が有効なエリアですが、二直線に交点があるので、算出しておきます。分数座標でした。

 ①と②の両方の条件を満たすのは、重複したエリアです。この平面に、y = -x+kを書き込み、この、傾き-1の直線が有効なエリア内を通過する内で、切片kの値が最も高くなる時が、もっともたくさん食える場合ってことですネ。するとそのときの直線③は、交点座標を通過するってわけで...。

 食える量は、x+y = k より、100(x+y) = 100kだから、xとyとに、有効領域と直線の共有点のうちただ1点に定まった最高地点=交点の座標を代入して100g倍すれば、575g食えるんだと、結論が出ました。

 575gは、どういう形状の物質が入っているんだろうな!? これ575gひたすら食ってうまいのかな...。

 この手法は、「工業簿記」の「原価計算」でおなじみ...な人は、高校の普通科にはおらず、商業高校・工業高校など実業系高校で簿記2級を目指す生徒さんでしょうか。原価計算の一分野、「線形計画」の基本テクでした。でもそこの生徒さんでも、まさか太郎君の食生活にこのテクを使うなんて思いもよらないところです。

 袋が小分けできないとすれば、xとyが整数でなくちゃだめなので、重複する有効な範囲内で最大となる格子点を丹念に拾えばいいですが、その結果、満たす座標は、和が5になる6つの組合せのうち、領域内の5つに限られます。

 花子さんの食生活の場合、太郎君より多い600gを食い、カロリーは同じ1500kcal以下だが、脂質を抑えたいんだって。も~、わがままだなぁ。

 でも2人は、非常に特殊な生活をしているところなんですね、きっと。イマ、大気圏外の有人宇宙ステーションにてミッション実行中にちがいありません。

 なんでこんな特殊な食生活の計算を、18歳の50万人がいっせいに計算してあげなきゃダメなんだろうか...? 庶民にとっては、りっぱな象牙でできたタワーにお住いの出題者の方々の発想は、いっけんバカげているように見えて、実はほんとうにばかげている 実は深遠な見地に発するものであると思うと、胃が気持ち悪くなってうがいしたくなる こころを洗われる思いがいたします。

2023/12/08

■ なおす - クラシックシェービング - 今日


昨夜は眠っていられないような暴風だったものの、ここのところ例年にない雪の少ない不思議に乾いた日々が続いています。ずっとこうならどれほど良いことでしょう...。

 珍しい冬の晴れた日、気分転換に最適な、クラシックシェービング。暗い悪天候の日には、気持ちを変えてくれ、晴れた良い天気の日にはますます気分を高揚させてくれます。

 ブラシは、前回11/24で登場の高品質バジャー(アナグマ)のブラシに並び、こちらも最高品質のバジャー。デンス(植毛の濃さ)、ダイアミタ(根もとの直径)、レングス(毛の長さ)とも、文句なく特級品です。が、価格は、前回の熊野筆の3分の1でした。販売会社は中国Yaqiですが、製造地は東南アジア製です。ハンドルはずっしり重いアルミ合金のインゴットです。少しのシェービングソープで、もりもりと密度の濃い泡立ちがあり、しかもじゅうぶんすぎるほど長く持続します。伝統的工芸品の熊野筆も、品質的には問題ないかもしれないですが、やはりクラシックシェービングの文化のある場所で生産されたものは、不動の信頼感に満ちています。

 ソープは、アメリカ製の高級定番品スターリングStirlingのDeep Blue Seaというフレーバーの品です。これは私のような日本の末端庶民にとっては、明らかに身分不相応な贅沢品です。といっても、1,2週間でなくなる石けんや市販のシェービングスプレー(?)と違い、大切に使って何年も持ちます。何年も贅沢できるだなんて...。

 贅沢品ついでに、肝心のホルダは、アメリカ製のAbove The Tieの品。高級ラインの『Windsor Pro』シリーズのうちの『Kronos / SB90』という型番です。ギャップは0.9mmでアグレッシブ(刃とベースプレートの間隔が広いがゆえに、かなり鋭い切れ味で、中級者以上向け)です。これまたずっしり重いステンレスのインゴット削り出し品をポリッシュ加工しています。購入した数年前から、円安のせいもあって、今ウェブサイトで見て2.5倍程度に値上がりしていて、卒倒してしまいそうです。ま、コレも生涯にわたり使えるので、シックやジレットの使い捨て品を思うと、満足感の高さは比較になりません。

 いずれも、買ったときには、そう贅沢をしているだなんて意識はなくて、必要にかられていたのですが、今となってはもう...。

 これら、代替品類似品が日本に存在しないジャンルの製品を使うのは、シャワーのときです。毎日使うものを、外国から購入できることに、ほんとうに感謝の気持ちがふつふつと湧きます。...毎度同じことを言ってしまうのですが...。

 『イギリスのラシャとポルトガルのぶどう酒』といえば、経済原論を学んだ全ての人におわかりの通り、国際分業をすることによって、全ての人類の幸福が最適解を得られる、リカードの自由貿易論です。

 シェービングをするたびに、ひしひしと感じます。

 この理論の当然の大前提は、自由貿易が可能な国家関係です。原材料のみならず、労働条件や捨象可能な低関税といった経済学的資源の条件が均衡する、自由貿易を受け入れる民主主義国家同士で可能で、このときこのゲーム理論は、人類という全構成メンバーにとって最適解です。

 破壊し合う生物よりも生産し合う生物に、どうか戻ってくれるように、と、"真珠湾の日"に、こころからいのっています。

2023/12/07

■ きく - バッハ「オルゲルビュヒライン」BVW599-644; アラン


大学時代にいなかから東京に出て来て、本でしか知らなかったものの実物に接触する機会は多かったです。東京国立博物館の収蔵品などがその例です。うち、パイプオルガンというものを初めて聴く機会に触れたのも、その一つです。

■ おとといの冒頭画像は、東京カテドラルですが、この大聖堂は、典礼用途で実働する日本最大のパイプオルガンを備えています。小教区教会としてのカトリック関口教会で、ふだんの主日ミサで毎週稼働しているわけではないようですが、教会暦上の大きな祝日には当然、聖歌の伴奏に用いられます。

■ 初めてその音を聞いたときは、想像を絶するレベルで、「楽器」というよりは、「建物の構造物」が圧倒的な力を及ぼしているのを感じました。コンクリートという一種の石造建築物の中で、内側に向かって湾曲するネガティブラインを持つ内壁を這う猛烈な音の波や圧力が、集う会衆や私の皮膚や筋肉を押し脳を揺さぶるのではないかとすら感じます。それが、外側に膨らむ穹窿をなすヴォールト天井(8/6ご参照)を持つヨーロッパの教会と同様なのか、また、それが会衆に心地よいか、というのはまた別な問題ですが...。

■ ロックコンサートやサウンド効果付きのシネマシアターなど、類似の熱い高揚感があるのではないかと思いました(どちらも行ったことがありませんが)。

■ 飛躍しますが、1517年にくすぶりが破裂した宗教改革で、ルター本人の強い意志は、そのエグいドギついドイツ語訳の聖書と、積極的なドイツ語の讃美歌の、両方を用いる典礼(礼拝)で、説得力を強めたのではないでしょうか。うち、歌は、カトリック修道院のような、器楽伴奏なしの単旋律のしかも会衆にとって意味不明なラテン語なんかのモノフォニーではなく、オルガン伴奏が当然の前提とされる(当時は場合によっては管弦楽団までつく)多彩なホモフォニーに支えられた、歌いやすいドイツ語の主旋律をもつ讃美歌が、次々と作られていきました。

 自分たちの生活や場合によっては命をも抑圧するカトリックという巨大な敵対圧力を押し戻す強い意志は、会衆が、自ら読み歌う形で、積極的に参加する際に、教会という石造りの砦とオルガンという心理的に圧倒的な構造物によってバックアップされたのではないでしょうか。オルガンは、人間の意気を昂め、意志を束ね、決意を促し、人間の歴史を変える構造物です。

 さて、話はガックリ変わって、大学時代の80年代半ば、内臓疾患で何か月間か何年間か病院の天井を見て暮らしていた折りに、それまで何度も耳にして知っていたはずのマリ=クレール・アランの演奏を、耳にしました、と言ってももちろんいつものFM放送で...私が生の演奏に接する境遇なワケがないじゃないですか。

 このときの私の置かれた状況から、いつも鈍い私の感覚も、チョっと人並みに鋭くなっていたのか、ブクステフーデのあの二短調のパッサカリア(BuxWV161)で重々しい曲のハズのところ、たしかに軽くはない、がっしり芯が通った音色でしたが、だのに、ずいぶん明るくすがすがしい透明感でいっぱいで...。知っているヴァルヒャとは全く異質の音色に聞こえて、改めてLPで(当時CDは高価だった)じっくり聴いてみたい気分がむずむずしてきました。

 クラシックのLPレコードにつき、圧倒的に怒涛のラインナップを揃えているのは、世界広しといえど、ロンドンでもニューヨークでもパリでもなく、明らかに秋葉原の石丸電気です。一時退院した機会に、物色に出かけていきました。

 アランのLPは、すぐたくさん見つかりました。あの明るい音色をいっそうじっくり味わいたかったので、恰好の1枚、バッハのシューブラーコラール集(Schübler Choral BWV 645-650)を選びました(上の画像のLP)。

 自室の貧弱なステレオで聴いて、びっくり。いきなり感じたのがペダルの風圧です!?...えぇ!?...大音響で鳴らしたわけでは全くないのに、がっしりと芯が通った底抜けに明るい音色、いやそれを越えて、ペダルの低音で、音の波の風圧が物理的に内臓を揺らします(病気ゆえの幻覚です...)。フランスのエラート(Σrato)盤の特有の音の良さは定評がありますが、自分のショボいステレオの、ダイナミックレンジを上から下まで使い切っているようなずっしりと深い音です。あの関口教会の体験と同じではないか、ただこちらのシューブラーコラールの曲は、あの威圧感がなく心地よいです。

 オルガンは、オーヴェルニュ地方ドロームDrômeにあるサン=ドナ教会 (Collegiale de Saint-donat)の、1970年代のシュヴェンケーデル Schwenkedel 製で、1982年頃の録音。アルザス地方にあるこのオルガン工房の名前こそゲルマン語系ですが、音の体験なのに、音色は、南フランスの、明るい、強い、迷いがない、などのイメージが広がり、何か視覚的なものを感じます。南の地中海から吹く穏やかで湿度の多い海風。北から吹く乾いたミストラル。青空の下でからみあうようです(病気ゆえの幻覚です...。内臓疾患が精神まで蝕んできたかもしれません...)。

 その録音を遡る2年ほど前にアランがすでに完成させていたバッハのオルガン全集を、聴かずにはいられなくなりました...。LPでヴァルヒャの全集は持っていたので、その扱いのたいへんさから、もはや今度は、ダイナミックレンジの広い、しかも扱いやすいCDで欲しくなったのですが、CD17枚組はとても購入できず、何年も欲求を封印しました。全巻一括で購入したのはその後何年もたってからです。

 日本語盤の全集には、200ページにわたる分厚いブックレットが附属しています。アランが1曲1曲を全て丹念に解説しています。和訳が、ぎっしり濃密でやや衒学的、その文体が、淡々とした学術的で客観的な記述からは遠い文学的修辞に満ちていますが、元のアランの仏文がそうなのでしょう。それでもこの内容的な自信と信念・学究的誠実さがみなぎる人格には、圧倒されます。

 ヴァルヒャのオルゲルビュヒラインが、ほの暗く、模索して辿り着き、内面からにじみ出る喜びをじわりと感じるところ...でもそれを、今、この晴れ渡る南フランスの対岸から眺めると、場合によっては ceux qui cherchent en gémissant 呻(うめ)きつつ求める者ら? …。とすれば、アランのそれは、フランス的な clare et distincte 明晰判明, sens intime 屈託のない親しさ?... 

 No.4 “Lob sei dem allmächtigen Gott (BWV602)”...昨日のArchiv盤の和訳と違い、こちらΣrato盤の和訳は「全能の神を讃えよ」。ここでの彼女のペダルの音は、何の抵抗も障りもなくスっとからだに入ってきて気がつけば次の瞬間に心臓も腹も抜け落ちるている、といったような柔らかくもずっしり深い音。それが見通しの良い左手の装飾的な中音域と違和感なく戯れるようにからみます。右手旋律を歌う高音のストップは、ビブラートを知らない子どもがあっけらかんと発声するようなカラリと明るい色合いです。

 彼女のオルゲルビュヒラインは、しかし、曲ごとに、表情が多岐多彩で、巨大なダイナミックレンジにわたります。この、20世紀に新規に建造された現代の巨大オルガンを、手足のように動かし、あるときは浅く小刻みにあるときは深々と呼吸しているかのように、ほんとうに自在に振り回しています。もはや『オルガン小品集』の枠を超えて、あらゆるオルガン技巧の見本サンプルカタログででもあるかのようです。したがって、バッハ全集の他の曲、プレリュード、フーガ、トッカータなどのスケールの大きさに、この人の偉大さが、これでもかと痛いほど感じます。それら全てを包む背景にあるのは、全く揺るがない強い信念と楽観性、そのさらに根底に、...彼女の宗教は私にはもちろんわからないのですが、何か、こんこんとあふれるような信仰の喜び、というものがあるのではないのかな、という気が、ちょっとします。