2025/07/27

■ あるく ■ 川倉地蔵尊 "賽の河原"


どんより曇った蒸し暑い日曜日の昼下がり。

 あの湖畔の道(🔗7/13)に。周辺はどこもきれいに除草作業が重ねられた跡が見られ、岸辺の柳の光景もすがすがしいです。


 実は、その岸辺の一部に、「賽の河原」という霊場があり、そこが遊歩道の一部でもあるのでした。

 正面山門は、神仏習合を許容する山王鳥居です。神社鳥居に阿吽像が鎮座している異世界の雰囲気を漂わせています。


 まさに冥界の深淵に向かって開かれる年大祭は、先日終了しました。今日は参拝時間も終了した静かな昼過ぎ。実は正面山門からではなく、遊歩道のある岸辺の急坂を上って社殿の裏手に出ます(トップ画像も)。


 踏み込めば深い闇を垣間見る津軽の地蔵信仰。

 津軽の地蔵講の習俗が非常に色濃いこの霊場は、その地蔵信仰のうち、亡児供養、水子供養、若くして亡くなった人の供養に、独特の生々しいアプローチがある場です。トップ画像もそうですが、外にある小ぶりな有像舟形光背式構造の地蔵は、皆、あどけない子どもの表情です。なぜ、子の地蔵信仰があるのか...。近世以来の深淵を覗く真似はやめておきましょう。

 興味があれば「川倉地蔵尊、賽の河原」などでお調べいただくことにして、さぁ帰ろう...と言いたいところです。が、境内まで登ってきたので、そのまま通りすがりを装って無礼に通過すると、何かが背中に乗っかってきたらちょっと困るので、1点、目につきやすい象徴に想いを致し、祈ることにします。

 地蔵尊堂。


 その正面欄間彫刻が...。


 上の彫刻の左半分では、子が早世した親不孝を親に詫びるために賽の河原で回向の塔を組んでいます、が、それを鬼が崩しに来、積んでは崩され、涙のやまぬ無間地獄です。

 右半分では、水子が賽の河原で鬼の責め苦に遭い、水子は地蔵尊に救いを求めています。

 この賽の河原でさまよう子の虚しさを癒し救済するのが地蔵菩薩だとするアレゴリーを表現しているのだと思います。同時に、今これを拝観する親は、死んだ子が成仏できるよう、この現世で、地蔵菩薩を信じ、追善供養と善行を促されます。

 そ、そろそろ、どんより曇った蒸し暑さに呼吸が苦しくなってきました。光に向かって森を抜けましょう。


 太宰も、『思ひ出』に、乳母の"たけ"から教わったあの世の描写をしています。たけの描写のくだりを思い出すと、芥川の『蜘蛛の糸』『地獄変』、その素材となった宇治拾遺の『絵仏師良秀』まで思いが及び、...暑さは消し飛んで、寒さと動悸に襲われます。


 光があふれる現代の日常にいそいで戻りましょう。現代に生まれ、今日まで生きてきた幸せをかみしめます。これも川倉地蔵尊の功徳でしょうか。