■ 野営。岩手盛岡北東部の「岩洞湖」にて。
■ ここ盛岡市薮川は、岩洞湖が氷上ワカサギ釣りで有名な通り、実は本州イチ寒いスポットです。
■ 岩洞湖のここ無料キャンプエリアは、今月末で今期終了なので、終了前に、またあの白樺の森に座って、その空気感を味わい、底なしの深々とした静寂にひたり、考えごとをして、眠って、帰ることにしましょう。
■ 片道5時間な上、4,5kmほどの未舗装林道の奥にあるので、行くには決意が必要です。
■ いつもの海の断崖絶壁の高野崎キャンプ場と異なり、「森のキャンプ場」などというロケーションは、初夏から盛夏の時期は多様な虫が...。そう考えると、野営に適するのは、雪解け後にキャンプ場が開く月の5月か、冬前にキャンプ場が閉じる月の10月の、実はたった2か月のみです。
■ 気象予報を毎朝眺めて、「晴れ」「風力ゼロ」「月齢3~22」、つまり、朔や晦(つごもり)などの新月以外の「静かな月夜」を、ずっとずっと探してきましたが、10月中旬のある日、予報では、午後から快晴、風力0。月齢13。条件がそろいました。
■ 午前中は東北地方は雨、昼から晴れて風も止んでくるようです。雨の中、ロードスターで出発。
■ 弘前から県境坂梨峠、鹿角、安代、八幡平、安比高原レインボーライン、岩手山パノラマラインと通過。雨は上がり薄い日差し。のどかで暖かく、岩手のスケールの大きい伸びやかな道をオープンカーで抜ける楽しさをじっくりかみしめます。
■ 西根から姫神山を越えて、未舗装林道をのろのろと進んで到着。14:30。晴れ。気温20℃。
■ 管理棟は無人。管理人さんは作業で不在との表示。利用申請用紙に記入してカウンタに置きました。
■ ほんとうにハッとするようなすばらしい白樺の森。いつも行き届いた手入れに感謝します。
■ テントを設営して、コットを組んで、簡単な昼食兼夕食を調理。もう日が傾いています。
■ 時期的に、この時期に快晴で昼の気温20℃なら、夜はよほど冷えるでしょう。かなり露も降りそうです。
■ 日がある間は、座って白樺林を、飽きもせずに眺めます。1時間、2時間...。
■ 「キャンプで焚き火」の趣味は無いです。新しいキャンプツールやアイテムを試したり披露する趣味も無いです。焼肉だバーベQだ宴会だ、は、論外。
■ 無人の広大な白樺林に一人静かに座っていられる状況に、こころから感謝。
■ 「フィンラガン」(スコッチ)を持参したので、ほんの半ショット(15ml)ほど。チェイサーには、いつものように、出発前に自宅で鉄瓶で沸かしたお湯。熱くておいしいです。
■ 18:00。日没後の薄明(はくめい)もついに途絶えましたが、東の白樺の梢に、月齢13の小望の薄明りが上がっています。霧がたちこめてきましたか、もう。
■ 暗闇と霧と寒さの中、なお座って、あれこれ考えます。霧にかすむ月明かりが、たいへん明るく、ヒトが持ち込んだ明かりは不要です。
■ 深い静寂と闇。霞がかった月明かり。たまに聞こえるのが、大きな音では、鹿の鳴き声。夏は涼し気ですが寒い夜は不気味なトラツグミ(鵺)。それらに比べれば親し気な静かなフクロウの声。いずれも、ふだん聴くことはまったくない音です。
■ 月明かりのなかで、鹿や鵺の、静寂を破る音に、古代のヒトは恐怖を感じたのではないでしょうか。
■ 岩手に来ると、宮沢賢治、柳田國男、石川啄木などを読んだ記憶がつきまといます。
■ 冷涼で乾燥した高地が広大に展開している北上高地。初夏に吹き付ける親潮オホーツク海由来の寒冷湿潤なヤマセ。
■ この地で、平安最初期以来の朝廷から江戸幕府にいたるまで、熱帯由来のコメの栽培と供出をヤマト民族に強制されてきたイワテの人々...。
■ 江戸時代の重なる大飢饉で、本当に悲惨な歴史が形成してきた陰惨な習俗…。この抑圧をそのまま被った純粋さといびつさの石川啄木、口にしてはならないはずの岩手を語ってしまった柳田國男。
■ "國内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ"。たしかに、わが津軽にだって、戦慄すべき伝承は幾多存在します。が、他方、山深い岩手の地に、テントという布一枚の無防備な野営に独り、身を置き、岩手の深い森を延々と細く貫く道を、幌を開けた無防備なロードスターでそろりそろりと走るたびに、畏怖すべき柳田の伝承の数々が脳裏を巡ります。
■ 他方で、同様な気候風土をもつフランス大陸北西岸、イングランド南西岸、ウェールズ、スコットランド、南北ニュージーランド島のように、もしも、ここ岩手も、牛・羊の酪農・肉・羊毛、また三圃式や四圃式農業による養鶏養豚と小麦・大麦・ライ麦・葡萄などの果樹栽培といった伝統を形成していたならば、さぞ世界的に大成功した農業地帯となっていたであろうに、平安初期以来の千数百年の歴史にわたり、異質な温暖湿潤気候のヤマト民族に隷属服従させられ、無駄に稲作に固執したせいで...。
■ おそらくそう気づきかけていたであろう宮沢賢治の、身もだえするような歯がゆさと未来への幻想。
■ 彼の作品の登場人物名や地名がことごとく、ゲルマン語系やスラブ語系の音であることからも、中部ヨーロッパ以北の気候風土のシノニムとしてイワテの気候風土を見、イワテに歩んでほしい希望的将来を儚くも夢想しているような気がします。
■ などと、とりとめのない空想が、イワテに対する独自の歴史観に支配されるようになってしまったので、もう今日は18:00過ぎに就寝...。
■ 落ちていく意識...。ときおり耳底に響く、鹿の鳴き声、渡りの白鳥の大集団の声。寒いです。夢でうなされます。自分の眠るテントを囲んで、妖怪や怪奇現象が繰り広げられている幻覚。ムソルグスキーの「禿山の一夜」状態でしょうか...。
■ 0:00に目が覚めたのですが、寒いです。空腹です。ダウンを重ねて羽織って湿ったシュラフにまた横になり、1,2時間ほど、Jörg Demusのシューマンピアノ曲全集を聴いていたのですが、またいつの間にか眠りに落ちます。
■ また寒くて覚醒。5時前。気温は3℃ですが、真冬装備でもやっぱり薮川は寒かった...。雨がざぁ~ッと降っている音です、が、テントには雨だれを感じません? 夜明け前の薄明を感じますので、もう起床しましょう。
■ 濃霧。テントを一歩出ただけでびしょ濡れです。雨は降っていないのですが、白樺の木々からいっせいにしたたる露のせいでそう聞こえます。霧のなかにたたずんで、周りは雨ざぁざぁの音。不思議です。天気予報では、眠っていた湿っぽい夜中もこの朝もずっと快晴。ただ、盛岡周辺に濃霧注意報。
■ 背筋や腕脚を伸ばし、玄米を研ぎ、顔を洗い、お湯を沸かします。水は、そりゃ冷たいのですが、夏じゃないので、ほんのり温かく感じます。これから冬にかけてそんなふうに感じます。
■ 東屋(あずまや)風のひと隅に露は降りていないので、そこにコットやシュラフを持ち込んで広げておきます。
■ 日の出とともに、みるみる明るくなり、ぐんぐん霧が晴れ、妖怪たちは退散し(?)、木々はクッキリ緑や黄や紅色に、白樺の幹はさわやかな白に。温度計がどんどん上がります。お日さまが、あらゆる不安を何もかも払いました。
■ 朝食をたっぷり摂り、テントは時間をかけて拭き、自然乾燥にまかせます。気持ちが晴れ晴れと高揚します。
■ 起きた朝5:00には、薄明のなか濡れたまま撤収して明け方の空いた道路でさっさと帰途に就こうかと悲惨なことを考えました。考え直して、いま、しばらくチェアに座り、すっかり暖かくなりカラリと乾燥した空気と落ち葉の中で、またゆっくり白樺の林を眺めます。シューズはびしょ濡れですが、日が差して気温が上がると、何か大きな希望がわくものですね。
■ さわやかな空気の中、ぼちぼちと撤収作業をし、白樺の林の中に座り、思いついたことを書き出したり、地図を見たり、ナッツをほおばり、ゆっくり白湯を飲み...。
■ と、もう昼が近いです。今日はこれから、おおいにまわり道をして、かねてより望んでいた、龍泉洞から深い森を延々と細く貫く岩手県道7号線を北上して太平洋岸の久慈に抜け、牧場地帯の二戸、田子を巡って、十和田湖に降り、八甲田山系に上がって酸ヶ湯温泉経由で帰ろう、などと、大胆なドライブの一日にすることにしました。