2024/05/26

■ まなぶ - 自転車スプロケットの構造


何やら自転車部品シリーズになりそうです...。

 自転車の後輪の多段ギヤが、スプロケット、またはカセットスプロケット。

 ...構造に変遷があります。

 あなたがコレを設計するとしたら、どうやって作りますか? 

 素朴な発想では、何枚かの、大きさ(歯数;T)の異なる板を打ち抜いて組み合わせる。ただ、各板の間には、チェーンのプレートが通りますので、隙間が必要です。その隙間には、スペースを稼ぐリング(スペーサ)を入れましょう。

 多段ギヤが1950年代に競技用に発明され、60年代以降CampagnoloとSHIMANOによって実戦投入され、90年代までは、この発想です。

 ↓は、1980年代設計の、7400系SHIMANO Dura-Ace (デュラエース;DA)。ギヤ板が1枚ずつ分離され、間にアルミリングのスペーサを入れます。図は、最小T(min T)=12(ギザギザが12個出っ張っているというコト), 最大T(Max T)=23の8枚。「リヤ8段変速」となります。

 競技者はお好きなギヤ数(T)を組み合わせることも可能。山岳ルートでは、ワイドレシオ(Max Tをより大きく=登りで楽、かつ、min Tをより小さく=下りで速い)、平地ルートでは、クロスレシオ (Max Tとmin Tの範囲を小さくしてこまめに変速し、身体負荷や心拍数を一定に保ち続けられる)。

 ギヤ板を、内側(車軸側)に重ねる順に、Z字に並べてみました。

 競技では耐久性が重視されますので、鉄製です。カセット全体の質量は277.4g。

 次の画像↓は、1990年代設計の、7700系SHIMANO Dura-Ace。ギヤ板は、大きい方3枚、続く2枚が、アルミ製のスパイダーアームで固定されています。


 やはりギヤ板を、順に、Z字に並べてみました。


  7400系から言えるのですが、変速時のチェーンラインの、コンピュータによる動態解析が進み、隣り合う刃先(ギザギザの先端)の形が1枚ごとに微妙に異なり、かつ、重ね合う歯板の重ね位置が固定され、円滑動作をめざして歯の下・プレート面に、スプライン(流れ溝)が刻まれています。

  先ほどの画像の7400系と同じ歯数の構成ですが、スパイダーアームで結合された3枚と2枚は、チタニウム製です。小ギヤは大きな応力がかかるため、鉄製です。かつ、いずれにも、軽量化のため、円形の穿孔で肉抜き加工がされています。結果、同じ歯数構成同じサイズでも、質量は100g以上の軽量化となり、161.8g。42%もの軽量化に成功しています。

 次の画像↓は、2000年代設計の、アメリカのSRAM社製のマウンテンバイク用カセットスプロケット XX。

 じつはこれ、ギヤ「板」という概念が存在しません。この構造は、ギヤ板を重ねたように見えるのですが、鉄のインゴット(カタマリ)を、CNCコンピュータ旋盤でこの形にまで3D状にくり抜いた結果です。軸にあたる中心部にはアルミのスリーブを入れています。なお、切削加工は台湾です。

 切削加工しづらく耐久性で不利なチタンではなく、切削技術が確立され圧倒的な耐久性のある鋼鉄製なのですが、この3D構造のせいで、質量は、MTB用の大口径ギヤ(Max T=32)で大きなサイズなのに、質量は7700系DA(↓の右に置いたもの)と、8gしか、つまりほとんど変わりません(169.8g)。メーカーアナウンスでは、右のDAと同じロードバイクの歯数構成なら155gです。

 この構造を知ったときにはギョっとしました。抑えきれない好奇心で、手に取ってみて、MTB用スプロケとしてはありえない軽さに、何かの冗談かと思いました。使ってみて、その変速性能は、操作感においてフェザータッチの軽さ、動きにおいて生き物のようなぬるりとした滑らかさ。

 ついでに、財布の中身もありえない軽やかに...。

 これは、競技用自転車(ロードバイクやマウンテンバイク)の世界に言えるのですが、ま、ためしにTREK(アメリカ)、GIANT(台湾)といったブランド物の自転車の価格をご覧になってみてください。軽自動車や小型自動車の1台どころか...。

 ただ、200万円のブランド物のロードバイクは、自作すれば同じスペックを100万円で作れます。パソコン(PC)でも、ブランド物の50万円のPCは、自作すれば同一性能が20万円で作れるのと同じです。「知識・スキル」と「費用」は、負の相関関係です。知識もスキルもなければお金を出せばよい、という、ある意味わかりやすい関係です。

 自動車やオートバイは、全人類に普及していますが、その理由は、「枯れた技術」の集合体であることにより、設計・安全性・耐久性・保守性・販売戦略等が容易に予測できるからです。健全な進化です。他方で、意外にも競技用自転車は、新素材・新発想・コンピュータ解析技術による数々の設計上のブレイクスルーのせいで、10年で別な生物、と言えるほどの進化です。参加プレーヤーになれば大いに感動的な世界でしょう。私は、やっぱりココでも外野席から固唾を呑んで見守り、チョッピリと感動を分けてもらうだけの観客...で、大いに満足です。