2024/01/09

■ まなぶ - 地元の「g食品店」


このお店を、仮に、「g食品店」としましょう。

 「低品質・低価格」の「ゲリラ食品店」です。悪口ではありません。何びとと雖も、いかなる他のスーパーと比較しようとも、同じ結論が出る、反復的客観的検証に耐えうる科学的叙述であると、ハッキリ断言できます。

 ずっと、何年もの間、誰かに話したかったのですが、あまりにも理解してもらえない切り口が、複数、次々と、こころの中に湧いては鬱積し、堪えられなくなったので、危険なガスを放出したいところです...こ、怖い...ことはないんですがね、でも異様に長文になる気配が...が、それでもごく一部のガス抜きにとどまりそうです。

 私の実家の近所にあり、創業は、私の高校生の頃でしょうか、もう40年程度は営業しています。つまり、根強い支持層に支えられていることを意味します。お店の中のたたずまいも扱う品も、まるっきり昭和の時代そのままです。「八百屋さん」から発展しかけたところで時間が止まった...という雰囲気です。ただ、ウェブサイトもあり、「マニアックな店」を自称しています。店舗の画像を本日ここに置こうとも考えましたが、恐ろしい結果が種々想起されるので、控えたいと思います。

 ロケーションとしては、旧市街、ドーナツ化現象で取り残され、再開発も放置された狭い小路の街中。客層としては、シニア層のみ。例えば小中高生の子をもつ二世帯の家族風なお客は、絶対に足を踏み入れないです。シニア層とひと口にいっても、経済的な富裕度には大きな格差がありますが、そのうち中低層の固定客が、ほぼ100%...客観的に見て明らかです。中層の固定客は半径数kmからクルマで、低層の地元固定客は徒歩で来店します。私など、年齢的にも所得層的にもそのカースト制の最下層に最近編入されたばかりです。

 商品は、地元産の野菜がほとんどで、他に、魚介類、袋菓子類、惣菜。肉類卵類酪農品は取扱はあるけれど割高で、何の魅力もありません。他方、店頭の往来には、乱雑に目玉商品が陳列されています。寒冷な時期には冷凍食品もオモテの陳列棚に野ざらしです。鮭もニシンも平置きされて互いに見つめ合っています。頭だけの鯛も、口を開けて隣に置かれた赤蕪の束10kgを、じっと見つめています。この店頭の super surréaliな構図は、カンディンスキーがロシアにいた頃に津軽地方に来て、のちの抽象画の大作アンプロヴィザシオンImprovisationシリーズの着想のもとになったとささやかれています(※要出典及び要検証)。それぞれの取り扱いアイテムにつき、語れば長大な学術論文となりうるのですが、今日は、そのうちの、野菜の、ごく一部についてのみ...。

 野菜の売り方が、「大量・低価格・低品質」です。収集ごみの袋サイズに、野菜を満タンにして売っています。たとえば、「ニンジン10kg980円」など。質量で比較すると、あなたのような裕福な階級をあてこんだ郊外型のオシャレなスーパーマーケットの3分の1から5分の1の価格です。チラシもあり、日替わり品がいっそうゲリラ的な安さとなりますので、地元の固定客がつきます。

 ただし、これら商品を複数購入して持ち上げてレジに持ち込むのには、屈強な体力を要します。顧客の多くはクルマで買いに来て店舗前の狭い小路に路上駐車し、購入したモノをスグ積み込めるようクルマを待機させておきます。その質量の大きさゆえ、顧客層の年齢的にも体力的にも、クルマに積載する際には、歯を食いしばり顔に青筋を立てて必死の思いです。

 このような顧客が複数来ると、狭い旧市街の小路にたちまち渋滞と交通往来危険を惹起しますが、顧客にとっては、自分の利便性と衡量すると、交通障害なんざぁ、どうでもいい話です。が、年に数回、このゲリラの拠点に、顧客同様に当局内部でもチラシを精読して資料としガサ入れの計画を決行したと思われるパトカーが急襲し、取引に来た顧客は狙い撃ちにされ、ほんとうに次々と切符を切られたり笛で追い払われています。そんなチラシ特売日とガサ入れが重なった日には、まるでアクション映画の舞台がニューデリーの朝市になったみたいな阿鼻叫喚の恐るべきカオスと化します。

 袋菓子や菓子パンなどは、「賞味期限切れ」を、低価格で販売しています。その旨ハッキリ表示しています。賞味期限が切れても、「消費期限」とは異なりますので、そのニッチな需要を狙って、ハッキリ表示して価格を下げて売っているのは、違法でも不当でもないのはもちろん、むしろ良心的です。地元中学生のうち、店舗前の異様な雰囲気をものともせず入店する猛者たちが、賞味期限の切れた菓子パンを買い漁っている光景を目にすることがあります。大手スーパーにはとうていマネできない販売戦略...です...か?

 チラシが2週間ごとに出ます。これを利用して買うには、かなりの経験値を重ね、通常の人類の常識的ルールと異なるディスクレパンシィにユーモアを見出すトレランスを必要としますので、なかなかハードルが高いです。一例です;

  i) あなたが、たとえば「チラシ掲載 日替わり品 りんご サンふじ 350円」を買いたいと思って、出かけます。店の中を探しても、通常品の「りんご サンふじ450円・550円・980円」しかありません。「あのぉ、日替わりのふじはぁ...」「ないです。」...あなたの請求は一言のもとに棄却されました。売り切れでも仕入れ入荷のトラブルでもなく、最初から用意していない日替わり品があります。このお店は、12km離れた町に「本店」があり、そちらには存在している蓋然性が推理されます。あなたはギャンブルに敗れました...残念だったな、ポン (肩をたたく音)。

  ii) あなたが、「チラシ掲載 日替わり品 殻付き落花生 298円」を手に、レジにて清算します。すると通常価格の350円で入力され、これに消費税が加算されて378円が請求されます。この場合、あなたは「落花生は今日は日替わり品であって、298円です」とレジのおばちゃんに申告しなくてはなりません。すると「そう言ってくれると、(日替わり品だと)ワカるので、助かる」と感謝され、レジを打ち直してくれます。申告を怠った客は、ギャンブルに敗れました...残念だったな、ポン (肩をたたく音)。「利益帰する者に損害も帰する」というユスティニアヌス帝以来の古代ローマ法から近代民法に至る黄金の法諺を実行している格調高い店だというわけです。

 さて、私も、ゴミ袋満タンのニンジンを買います。

 1本1本が、見事にデカく、しかも大量に入っています。うれしい思いを胸に、背中には縦走登山用30ℓザックに10kgニンジンを。帰って、開封して包丁で割ってみます。ら、芯の中央に、真っ黒い「鬆(ス)」が上から下まで入っています。本来みずみずしくておいしい箇所の透明な芯は、ほぼ液状化して腐敗しかかっています。泣く泣く包丁で削ぎ取ります。調べると、2,3本に1本の高い確率で「ス入り」です。低価格の秘訣はここにあったんですね、なーるほど!?

 砂糖を使ったお菓子など口にできる階級ではない私にとって(12/22, 12/24など)、お楽しみのおやつは、かぼちゃとさつまいもです。たとえば、今日は、このお店で、さつまいもを買いましょう。この店で買うかぼちゃにも、語るも涙、聞くも涙の、膨大なナラティヴがあるのですが、イマはヤメておきます。

 さつまいもは、ふっくらラグビーボール型をしています...か? それを手にできるのは、あなたが豊かで恵まれた遠い外国に住んでいるからです。このお店のものは、ごぼうのようにスラリとスリムで、噛んですぐセロリと間違うほどの繊維質豊富なものが、十数本も袋詰めされて、合計1kg198円前後。たいへん安いです。品質と言い価格と言い、ここにはアフリカや東南アジアのイモの売買のような素朴でダイナミックな自然と社会があり、あなたの国とは購買力平価や貨幣価値が抜本的に違います。

 さつまいもの種類は数種類あって、選ぶことができます。この中に、たまに、たとえば「さとむすめ」のような、この地方ではなじみのない品種が仕入れられて売られているとします。仕入れ担当者にも顧客にも謎の品種と思われます。価格は1kgあたり50円程度の差で他の品よりほんの少し高めであるとしても、他のスーパーと比べると破格の安さ。しかし、芋の品種につき豊富な知識は無く経済的ゆとりの少ない保守的な客層からして、皆、敬遠するでしょう。

 結果、かなりの長期間にわたって売れ残るので、100円ほど値下げして売ります。この時点で、ふつうのスーパーの3分の1の値段です。そこへ、私のような、この店の客層としてまだなじんでいない好奇心の強いのがたまにまちがって風に吹かれて紛れ込んできたとして、思わず手に取ります。

 買って帰って開封して、唖然...。どの個体も一様に、部分的に腐敗しています。値下げ処分なんだから、海千山千の売主が手ぐすね引いてカモを待つどっかのネットのYオークションのお決まり文句みたいな「ノークレーム・ノーリターン」かなぁ...とがっかりします。

 ですが、「さとむすめ」は粘度と糖度が非常に高いのをチョっと知っていますので、ぜんぶ捨てるのももったいない、ってことで、包丁で、腐敗部分を削ぎ取ります。たいへんスリムでコンパクトなゴボウのようなサイズのさつまいもの、食べられる部分と食べられない部分を、精密に削ぎます。これを何本も繰り返します。

 カミソリシャープに砥いである藤次郎の包丁ですら、デカくて振り回しづらくなってきました。この際、手持ちの、藤次郎のV金10合金ペティナイフ刃渡120mm、いや、ヴィクトリノックスのペティナイフの顎無し60mm、いや、ヘンケルの顎付き80mm...と、次々とナイフを出して...、まるで、危ないナイフマニアの板前が飾り切り技の修行中ででもあるかのように、ズラリと並んだナイフの周りにさつまいもクズが散乱し山積する事態になってしまいました...。

 この時点で、買った生のさつまいもは、廃棄される部分が、購入時の全体の体積の半分ほどになりました。

 やっとのことで、洗って、圧力鍋で加圧します。予想外に少ない量となったので、小ぶりなドイツ製フィスラー3.5ℓで加圧しましょう。このいもの品種は、紅あずまみたいなホクホク感はあまりなくて、もちもちしてたいへんに甘い...ハズです。

 じゅうぶんな加圧及び減圧が完了(冒頭画像)。ワクワクして薄皮をそいで、食べる、と...ゴリっと、生のジャガイモみたいな感触、甘さはゼロで苦味があります。...す...捨てます。

※ (a) 双子葉類   /  (b) 単子葉類

 画像の左(a)のように、双子葉類の植物に特有な環状配置された維管束外周の皮質部にナイフをあてると、硬変していてすぐわかるので、ナイフで感触を確かめつつ、大根の桂剝きをするように、ペティナイフで不良部分を次々と削ぎ切って捨てます。


 この場合、維管束内部に「ス」が通っています。おそらくですが、維管束内で、糖とアミノ酸が長期間にわたって褐変する「メイラード現象」を起こし、その後に低温・湿気・空気の侵入により腐敗したと思われます。固く苦く、食品としてのエディビリティは喪失しています。いまあなたの前にいるこの愚かな客は、食品ではないほっそりした植物の根を買ってきました...。

 デンプンを組成する糖分、その分子周辺に配置されるたんぱく質とそれを組成するアミノ酸は、いずれも苦味成分と表裏一体です。時間・空気・水分の含有のタイミングで、甘くなったり腐敗したり乾燥したり苦くなったり...。植物とその生態系の必然の過程です。他方、ヒトの食糧として見た場合は、師管も道管も腐敗しそれが維管束全体に及んだ完全にアウトなタイミングで無神経に販売する点、品質管理がずさんで、卸す農家や販売する小売店のレベルを物語ります。この点も、大手スーパーにはとうていマネのできないワザと言えるでしょう。

 この時点で、購入時の4分の3以上は廃棄されました。心に吹きすさぶ寒々しい風...。

 ということは、あなたの住む国のオシャレな郊外型スーパーの大型パーキングロットにステキなクルマで乗りつけて、きっちりディーセントな金額を出して、丸々と太った紅はるかを買って食べた方が、手間なく満足感は大きいですネ!大いにまなびました (最初からワカれよ、おばかだなぁ)。

 では、この「g食品店」の、さつまいも販売市場における存在意義は何であろうか。その le sens d'exister を我々は問わねばならない、と、誰もが強い決意でその哲学的課題に取り組みたい気持ちになりま...せんよね、別に...。

 昭和の場末なマニアックな食料品店の雰囲気を味わいたい、レジのデタラメな絶妙な販売戦略のスリリングさを味わいたい、包丁とナイフを使いこなす細かい技能を磨き、哀しい対象物に使われ、けなげにすり減っていく高性能な包丁やナイフを砥ぐ機会を増やして、包丁の砥ぎにつき悲壮な決意で研鑽を積みたい、などの特殊な需要に応じてくれる、という複数の raison d'être を推論できました。

■ ただし、ここまでで理解できたように、「あり得ない量・ありえない価格」の鉄の掟を貫いている店ですので、野菜や果物の、旬の時期のごくピンポイントのタイミングで、「あり得ないジャックポット」を引くことがあります。地場ものの旬ドンピシャな野菜・初夏のいちご・夏過ぎの毛豆(枝豆)・秋のカボチャなど、ウワッ!大当たりだったな!もあります。これが、永年に渡る操業を可能にする要因でしょう。

■ 今後も積極的に利用させていただくであろうゲリラなお店の話の、積年に渡る腹ふくるる思いのごく一部、でした。