2023/11/10

■ まなぶ - 万年筆を始めた私 - 3


- 10/25の続き - これまで聞いた複数の方々のステキな体験を合わせて、お一人の方の体験としてまとめてみます(;^^w...私はパイロット関係者でも業界関係者でもありません


あらためて、初めての万年筆を、あの昔風な爪みたいな形をしたタイプから始めようと思う。調べると『パイロット エリート95』として売られているようだ。

やはりいまだに、一般的な万年筆のあの、ギラつくペンの先の金属が剣のように突き出した形は、これ見よがしにひけらかしている人たちの印象が強く、好きではない。職場で万年筆自慢の人たちは、それに反発する目というのもあるかもしれないとは、考えないのだろうか。

ただ、今から考えると、使ったことのない自分のこの心理は、万年筆が、なんだか知的な趣味であること、それをひけらかされている場面、という、一種のコンプレックスによるものかもしれないな、という気も、最近は、する。

しかし、まぁ、私の場合は、これから購入したとしても、職場や人前で使うことはなく、自分の部屋だけで使うから、気にしないで、おいおい慣れた方がよいのかもしれない。

いずれにしても、まずは、『エリート95』だ。購入方法としては今どきは、amazonなどのネット販売で安く買うというのが賢いようだ。注文の予備知識として、まずメーカーのウェブサイトを見る。すると、型番が『FES-1MM-B(ペン種)』などと書いてある。『ペン種』とは何だろうか。

気にせずamazonを見る。定価より2割ほど安い。だが、全く同じ外観だが『細』とか『M』などの末尾の記号が微妙に違って何種類かあるらしい...。何が違うのだろうか。ペン本体の大きさや太さだろうか。筆跡の細さのことだろうか。こないだ買ったカクノは何だったのかな、ろくに見もしなかったな。

うかつにネットでは注文できなくなった。実店舗で店員に聞いて確認しようか。といって、またあのショッピングモールの文具売り場に、カクノのようにぶら下がっているとは思えない。文具専門店に行こう。

さて、大きな文具店にクルマで遠路はるばるやってきた。今日は妻が所用で私は一人。この買い物は一人の方が気が楽だから、実は妻の所用の日を選んだりしたのだったが...。

万年筆のコーナーは、時計店や宝石店みたいにガラスケースにきらびやかに並んで、目もくらむようだ。気軽な感じがなくなって少し緊張する...。「1万円のエリートください」と今すぐに言い出す雰囲気じゃないか。とはいえ、時計店や宝石店の売り場担当者のような専門家風の紳士ではなくて、今いるのは私の娘より若そうな親切そうなお姉さんなので、いろいろ見て聞いてから決めるふりでもしようか。

「万年筆を見たいんだが...」

「いらっしゃいませ。贈り物ですか、ご自分用ですか。」

え、贈り物? なるほど、自分への贈り物、なんて考えるのも、ちょっとしゃれていて悪くないね。きれいに包んでもらえるかもしれないし。

「う、うん、贈り物にしようかなと...。」

「ご希望のお品はすでにお決まりですか。これからお考えですね。受け取られる相手の方は、男性ですか女性ですか、お若い方ですか、万年筆のご経験がおありの方ですか、(どんどん続く)...」

「えッ!? あの、そ、そうだな、男性で、まぁ若いっちゃ若くて(気持ちだけは)、万年筆は使ったことがあるようなないような...」

「お若い方で、未経験の方や初心者の方にでしたら、こちらが多く選ばれており、いちばんのお勧めです。軸も細目で、他の筆記具に慣れた方や、筆圧が高めの方でも違和感がないようですし、このように(と次々とガラスケースの上に出して並べてくる)お色も何色かありますので、相手の方に合わせてお選びいただけますし、(どんどん続く)...」

「あッ、あの、そ、そうだな、これはそもそも何ていう万年筆かな」

「パイロットのグランセといいまして、このように、何種類もそろえてありますので、さまざまな雰囲気やご予算でお求めになれ...、特に今の春の時期にはたいへんよく...、当店でも最もよくお求めいただいて...、(どんどん続く)...」

「こんなに種類があったらわからないな。金額の違いは何なの? デザインの違いだけにしか見えないんだけど...」

「おっしゃる通りデザインの点で、塗装の種類が、...、またペン先の材質が、...、さらにペン先のペン種が...、加えて、(どんどん続く)...」

「そ、そのペン種って、何のこと?」

店員は、この時点ではもうすでに、私が万年筆を使ったことがないのをあっさり見破ったようすだ。急に話し方がゆっくり念入りになった...。

他方で、私は、ペン種とはペン先の筆跡の細さ太さのこと、同じ銘柄では、軸の大きさや太さは、服のようにS, M, Lというサイズでは選べず、1種類しかないこと、ペン先の金属は、ステンレスか金の合金で、金には純度の設定がある銘柄も多いこと、日本の万年筆の構造はほとんどが「カートリッジ式」でトラブルが少なくコストが安いが、他方、ヨーロッパのものはほとんどが「吸入式」で手間と愛着が伴い高額なこと、などを知った。

さらに、話を聞きつつ、「試し書き」というのをさせてもらった。パイロットの「74」とかいう番号のシリーズがズラリと試し書き用にそろえてある。万年筆やクルマの名前を番号にするのはやめてもらいたいものだが...と思いつつ、1文字書いた瞬間に、お姉さんから、筆圧が強すぎるようだ、そんなふうに持たないでもっと人差し指を前に出して軽く握って...などと、次々と説教を食らう...。まるで母と少年みたいになってしまった...。また気づいたことだが、どうやら、先日初めて買ったカクノの一瞬で終わった短い一生は、私の無知のせいであったと哀しさと共に冷や汗が出てくる...。

「ここまで申し上げた点で、何かお聞きになりたいことは...」

もうかれこれ30分も説明してもらっている。最初はお姉さんの話しぶりがずいぶん煙たかったけれど、感謝の気持ちに変わってくる...。

「いいえ、よくわかりました。どうもありがとうございました。では、グランセのこれ、少し地味な色合いですが、相手は男性でまぁそうすごく若くもないし、となったら、金ペンでなきゃね、ハハハ」と鷹揚に構えて、ゆとりのある紳士のふりをする...。無駄に一万数千円の出費...。

「ありがとうございます。プレゼント用にお包みしましょう。包装紙とリボンの色はこの辺でいかがでしょうか、よろしいですか。」

内心、やった~と喜ぶ。プレゼントのふりをしてよかった。

「包装費用は110円を頂戴いたしております。」

あ、そう...。おや、ところで;

「あ、あそこにあるあの、『エリート』を、ちょっと見せてもらえますか。今はこの形のペン先が、あまり見られなくなりましたね(妻のセリフをマネしてみる)、懐かしい...(ふりをする。)」

しっかし、ショーケースのはるか隅っこ視界の外にある『エリート』が突然目に入って急に気づいたフリというのも、無理があるが...。

「あら、お客さまもお使いになられていましたか。昔はこれがたいへん普及していたようですね。」

はいはい、あなたのような若いお嬢さんは存在していない古い時代の話ですよ。といっても、私も当時は何の興味もなくてやはり知らないのだが、今は、学生時代に使って懐かしいフリをする...。

触ってみる。と、グランセより軽く安価で、ペン先も露出することなくつつましく、黒い胴軸に小さくキラキラと光り、書きやすそうだ。書いてみたい。キャップの中に胴軸が長く収まっていて、安心感がある。やはりコレは良いのではないか。妻の刷り込みで私の感情も移入したようだ。妻が懐かしがる気持ちに、共感できた気が一瞬した。

「これもいいですね。ください。」

「ありがとうございます。黒のFでよろしいでしょうか。こちらはご自分用ですか。」

「ええ、ぜひまた久しぶりに使ってみたいと思います。(実は初めてだが、でも使ってみたいと、本心からそう思った)」

「お会計、24,310円となります。本日はお買い求めいただき、どうもありがとうございました。」

売り場の方々みながいっせいに頭を下げる。たいへん良い気分だ。やはり実店舗に限るなぁ。

…って、一人、ひんやりしたクルマに着座して感じたが、なんだか、あきらかに無駄な買い物をしていないだろうか...。反省半分、でも楽しみも半分以上はありそうな気がする...。